ウェイトリフティングのトレーニングにおけるバックスクワットの相対的な価値
Andrew Charniga、Jr
ウェイトリフティングのトレーニングにおける、負荷の強度や量、エクササイズの選び方、補助種目の役割と位置について書かれた文献はたくさんある。この分野の研究に関わる人たちの目的は、究極的には、コーチや選手に最良なトレーニングの方法を与えることである。
最もよく採用されている補助種目はスクワット(フロントおよびバック)である。しかし、長期的に見てスクワットが、スナッチやクリーンアンドジャークの改善に関して、本当に価値があるのかということをはっきりと示す文献はない。
スクワットの相対的な価値はスナッチやクリーンアンドジャークに与えた影響に基づいて客観的に評価するべきである。
たとえば、スクワットとスナッチおよびクリーンアンドジャークは、コーディネーションの面でどれくらい似ているのか?スナッチやクリーンアンドジャークに重要な筋肉はスクワットでバランスよく鍛えられるか?スクワットで特に鍛えられる筋肉は、選手が一番必要とする筋肉か?スクワットは正しい動作特性の形成や、さらなる発展に役立つか?長期的に見てスナッチやクリーンアンドジャークの記録に大きく貢献するか?
バックスクワット:ブルガリア VS ソビエト連邦
スクワットは脚の強化の為にリフターが行う主要なエクササイズである。クリーンアンドジャークは脚の力が大きくものを言う種目なので、クリーンアンドジャークにとってスクワットは特に重要である。しかしブルガリアで70年代後半に行われた研究の中には、スクワットはスナッチの改善に有効であると主張するものもある。Dobrev や Kolev は、スナッチ、ハイスナッチ、スナッチプル、バックスクワットの関係を分析した。彼らのデータは、スクワットとスナッチの間に高い相関があることを示している。
彼らの結論はこうである。「多くの人が、スクワットはクリーンアンドジャークの基礎種目であり、スナッチの補助種目と考えるべきではないとしてきたが、われわれの研究ではスナッチとクリーンアンドジャークの記録の間にかなり相関がある事が分かった。
スナッチは、スナッチプルより、バックスクワットとの間の方に高い相関があったので、バックスクワットはスナッチの基礎トレーニングだといえる。したがってウェイトリフティングで高い結果を残す為にはバックスクワットが重要である。」
彼らの結論は、スナッチで大きな重量を挙げる為にはバックスクワットを強くすることに注意を向けるべきだといっているように思える。Florov らはスクワットとスナッチとの間の同じような相関を発見した。しかし、スナッチの記録を挙げる為には、‘explosion’の時にバーの下に膝を入れる速さ、及び‘explosion’の速さの方がより重要であると判断した。
‘explosion’が速ければ速いほど、大腿四頭筋が伸ばされる速さは速くなり、続く収縮はより力強くなる。絶対筋力の測定結果、バックスクワット、プルなどと、スナッチはほとんど何の相関もない事が分かった。しかし、垂直跳びや、スタンディングジャンプのような瞬発力はスナッチと高い相関を示した。さらに、ハムストリングスが強いほどジャンプは高い値を示した。
したがって、スナッチの記録を伸ばすのに必要なのは、バックスクワットではなく爆発的な力や、膝を曲げる筋肉を相対的に強化することなのだ。
Florov の発見は生理学的に考えれば予想できることである。Lukashev によれば、「スナッチの記録は、かなりの度合いで、筋収縮の速さ、筋神経系の反応の良さ、これらの力を利用する方法によって左右される。」
リフターが筋肉の最大出力を認識する時間はない、なぜなら、実際に筋力を発揮するのは一秒にも満たないからだ。最大筋力を発生させる為にはもっと時間が必要だ。
Deniskin によれば、リフターの筋力向上の為の基本的な方法の一つは、プルやスクワットで、大会で挙げられる以上の重量を扱うことだ。しかし、こういった練習は、絶対的な力の向上には効果的だが、爆発的な力の強化にはほとんど効果がない。
したがって、たとえバックスクワットで前より重い重量が扱えるようになったとしても、短い時間での筋力発揮が求められるスナッチでこの進歩を十分に生かすことはできない。時が経てば、スナッチの補助種目としてのスクワットの効果は減少していくであろう。
さらに、ハムストリングスに比べて大腿四頭筋の筋力が、特に、‘explosion'での膝の角度における筋力に関して、かけ離れて大きくならないようにする必要がある。そうなってしまうと、おそらく、望ましいトレーニング効果とは逆に、‘explosion'でのスピードを遅くしてしまう恐れがある。
バックスクワットでは大腿の前の筋肉から後ろの筋肉への素早い切り替えを含まれない。だから、スクワットではこの動作特性を強化することはできないし、拮抗関係にある大腿の前後の筋肉を等しく鍛えることもできない。
スクワットでは脚が固定されたままである一方、スナッチでは、普通、しゃがむときに移動する。それと同時に、選手は体の動く方向を上から下へと切り替えて、バーを支える土台を再び作らなければならない。さらに、脚で床を押して、バーが落ちないように腕や肩で支えてやる必要がある。こういったスナッチに含まれる要素はスクワットには含まれない。
クリーンアンドジャークの主な補助種目としてのスクワット
クリーンアンドジャークと脚力は同義である。しかし、ストレングストレーニングが角度に依存するというのは常識である。クリーンアンのプルの場面(バーが床を離れる瞬間から)で力が発揮されるのは、すべてではないがそのほとんどは、膝の角度が80~100度から150~160度の間でである。‘explosion'においては、115度から165~170度である。
しかし、脚を伸ばして曲げて伸ばすのは、大腿四頭筋だけによるものではない。リフターは試技の中で、膝を伸ばす筋肉と体幹を伸ばし膝を曲げる筋肉との間で前後に素早く負荷を移動させているのである。
バックスクワットで強化される力は、ある程度はプルでの垂直方向の力に貢献するが、主な寄与ではない。なぜなら、プルで垂直方向の力を発生させる方法が特殊であるためだ。
クリーンからの立ちでは、明らかに大腿四頭筋が一番重要なファクターである。したがってこの立ちという局面の為の筋肉を鍛えるのに最も効果があるのはスクワットである。しかし、スクワットにおける筋肉の緊張や、バイオメカニクスの特性は、上手な立ちの特性とは少し異なる。
クリーンにおけるしゃがみこみと立ちの筋肉の緊張特性とバイオメカニクス的な特性
Livanov や Farameyev によれば、クリーンではスナッチよりもバーの下降距離が大きい。慣性の法則により、より重い重量を挙げる為に、リフターは、バーの上向きの速度が
大きくなるように、より大きな力を与えるだろう。これにより、バーの下降距離はいくらか抑えられるのだ。
したがって、彼らの主張はこうである。「特にクリーンにおいて、バーの下にしゃがみこむテクニックを習得する為には、バーの下降時間を短くする能力が必要である。それには、しゃがみこみでバーの下降を抑えるときの動作と似た、柔軟な基礎トレーニング法がふさわしい。したがって、補助種目(フロントスクワット)は、バーの下へのしゃがみこみと同じ動作特性を持たねばならない。」
フロントスクワットのバイオメカニクス的構造が、クリーンからの立ちに特化したものであることは周知の事実である。さらに言うと、ネガティブなフロントスクワットは実際の動作に求められる動作構造にとても近い。というのも、下降するバーベルの速度を緩める為の筋肉の緊張という点で特性が同じである為だ。
しかし、クリーンの立ちの局面で必要なのは、ネガティブなフロントスクワットとフロントスクワットだけであると結論を下すのはまだ早い。
技術的に突出した選手は、クリーンアンドジャークやスナッチのプルの局面で、バーベルを高く上げようとするのを止め、最適な瞬間に体を沈めることへ努力の矛先を変える。
この切り替えは、バーの下へのしゃがみこみというクリーンにおいて最も複雑で難しい局面をうまく行う為に、最適なタイミングで行われる。しゃがみこむ際には普通足を踏みかえる。
これとほとんど同時に、リフターはバーの下降にブレーキをかけるために、床を強く押し、筋肉を再び緊張させる。そしてこれもほぼ同時に、胸の上でバーをしっかりと安定させる。
この下降するバーベルに対するブレーキに伴う足の筋肉の緊張は、スクワットのしゃがみこみや立ち上がりよりも、プライオメトリック性が強い。
このように、クリーンの立ちにおける最適なテクニックでは、脚の力のバイオメカニック的、生理学的な特性を発揮することが必須であり、そうすることによって、立ちを最小限の力で行えて、続くジャークを成功させることができるのである。
脚の力をつける必要性
脚の力は長期に渡って鍛える必要がある、なぜなら、プルの局面で垂直方向の力を最も効果的に作り出すのは脚の筋肉であり、立ちのときにも使う為である。しかし、クリーンアンドジャークの為に脚を鍛える時には特別な要求が生じる。
Ivanov はクリーンアンドジャークとバックスクワットとの関係について調査した。データによれば、一流の選手は、スクワットの記録がクリーンアンドジャークの127~139%になっていること多い。世界記録保持者はもう少しパーセンテージが高い。クリーンアンドジャークとスクワットのこの差は、クリーンアンドジャークをする為には、スクワットの力をかなりつける必要があるということを示す。
Ivanov は引き続き、クリーンで立ってから、ジャークの準備をするまでの時間に関して研究したが、それによると、選手がジャークの姿勢をとるのには適当な時間が必要であるが、クリーンで立つときに消費する時間が、さしに大きく影響することが分かった。
したがって、効率的に立つということが、クリーンアンドジャーク成功の為に必要不可欠であることがわかる、なぜなら立った後にジャークを成功させるだけのエネルギーを残しておかねばならないからである。しかし、これとバックスクワットは直接は関係がない、なぜなら、効率的なクリーンに必要なのは、バイオメカニック・生理学的な特性であるからだ。
Ivanov は、技術的に成熟していれば、クリーンアンドジャークである重量を挙げる為には、その重量の127±5.2%のスクワットが必要であるとした。
ここでわれわれは、バックスクワットが長期的に見て、スナッチやクリーンアンドジャークに貢献するのかという問題に戻らねばなるまい。クリーンのバイオメカニクスはバックスクワットのそれとは著しく異なる:クリーンで立つ時の筋肉の緊張状態は、バックスクワットよりも、プライオメトリック性が強い。
クリーンアンドジャークで記録を伸ばす為には、スクワットを伸ばすのか?それとも、スクワットの重量を伸ばす為にクリーンアンドジャークの記録を伸ばすのか?どちらが適当であろうか?
Trumanov は大会期における一流の重量級選手のトレーニング量に関して研究した。スクワットの量に関して、彼は次のことを発見した。「クリーンアンドジャークがうまく、高い記録を維持している選手は、合計挙上重量の12~21%をスクワットに割いている。これは、かなり低い値である(61~69%)。クリーンアンドジャークにかなりの割合をあてる選手は他の選手よりもスクワットに割く割合が少ない。(総重量の14~15%)。
スクワットの割合が27~34%に達すると、試合でのクリーンアンドジャーク成功率が低くなる。その一方で、クリーンアンドジャークのうまい選手はスクワットも強い。」
この結果から考えると、スクワットの練習量が比較的少ない選手はクリーンアンドジャークで高い記録を示すこと、クリーンアンドジャークでの特異的な脚への負荷と、少量のスクワットがうまく組み合わさっていること、が分かる。
‘スクワットルーチン’(スクワットを強化する為の特別な方法)がリフターに必須であると主張する文献には明らかに科学的な裏付けが欠けている。
したがって、スクワットを特殊なやり方でやれば、長期的に記録の改善につながるという神話は、疑わしいものである。それを論理的に説明する一番大きな理由はこうだ、競技種目を正しいやり方で、十分な量で練習しても、たいして脚の強化にはならないという認識が間違っているのである。もしこの神話を信じるなら、スクワットの特殊な方法が必要だが、文献や実際の事実から出てくるのは逆である。
競技種目を正しい技術で練習すれば、競技種目に適した形で下肢筋肉の強化ができる。
さらに、強化された筋力はスナッチやクリーンアンドジャークを最適に行う為の関節の角度に特異的になっているし、短時間での出力という面でも特異的な筋力になっている。
結論
ウェイトリフターのトレーニングにおいて、スクワットは間違いなく最も普及している補助種目だが、スナッチの基礎トレーニングと考えるべきではない。バイオメカニクス、コーディネーション、筋力の特異性といった点で、両者が大きく異なる為だ。
バックスクワットはクリーンアンドジャークの補助種目としてかなり有効であるが、クリーンアンドジャークの為の脚力強化法としては、クリーンアンドジャークが一番重要で、以下は順に、ロウクリーン、フロントスクワット(立ちが重いとき)、バックスクワット、とするべきだ。
スナッチやクリーンアンドジャークで下肢の筋肉をもっとも有効に使う方法を考えるとき、バックスクワットはその方法のうちの一つだと考えるべきだ。バックスクワットは、クリーンで立つ時に貯めておく‘reserved strength’を維持し、強化するようなものではない。
補遺
“危険で無益なもの”
この記事の目的は、長期的に見て、バックスクワットがウェイトリフティングにどれくらい利益をもたらすかについて、純粋に、客観的に評価することである。客観的に評価しようとするときの問題の一つは、その評価が現在のバックスクワットに対する考え方に反対するものになることである。実際アメリカではウェイトリフティングに対するバックスクワットの価値が誇張され、神話のようになっている。
John Fair によれば、J.C.Hise、Mark Berry、John McCallum らは、脚の筋肥大、筋力向上の為の特別なスクワットを奨励してきた。しかし、スクワットの最後にできるだけ重い重量で5回5セットするべきだという間違った主張が、何年もウェイトリフティングのトレーニングに利用されてきた。
同様に、以下の文も McCallum のばかげたアドバイスである。
“3回呼吸しなさい。できるだけたくさんの空気を肺に詰めなさい。三回目で息を止め。スクワット動作を始めなさい。スクワットで血の出るような努力をしなさい。”
こういった記事が、‘Strenth And Health’という雑誌にウェイトリフティングの文章とともにちらほらと出始めた。ウェイトリフターと同様にボディビルダーもスクワットをするため、正しいスクワットの方法に関して、混乱が生じるのは当然である。スクワットの莫大な効果に関する記事の中には練習中のウェイトリフターの写真を含むものもある。
これらの記事が混乱をもたらした最も有名な例は、次のような‘Strenth And Health’の記事である。「ボディビルディングとウェイトリフティングの融合」、「スペシャリストになるべからず~多様性とその驚くべき効果」
こういった文章を引用するのは、アメリカの選手やコーチが、長年に渡って、スクワットでの成果とスナッチ・クリーンアンドジャークの記録を同一視してきた理由をできるだけ説明したかった為である。V.Klokovのような世界記録保持者・世界チャンピオンがなぜもっと高重量のスクワットをしようとしないのかという疑問に対する反応が、“危険で無益だから”となることが、彼らにとっては理解できないのだ。