ロシアのスクワットルーティンに関して

 

この記事がオリンピックスタイルのウェイトリフターの為に書かれていることはその内容から明らかである。著者によればこのトレーニングプログラムはスクワットの力が標準以下の人に対してお勧めであるようだ。また特定の期間、つまり準備期に行うのがよい。

 

このプログラムをパワーリフティングとはっきり区別する主な特徴は、ウェイトリフティングのトレーニングとは違ってある種目(ベンチプレス)では足を全く使わないし、別の種目(デッドリフト)では少ししか使わない。スナッチやクリーンアンドジャークでは逆に足が大いに使われる。従って、ウェイトリフターの足を鍛えるどんな運動においても、補助種目が足に与える負荷の合計と、スクワットが、メインとなる競技の練習に与えうるネガティブな効果を考慮する必要があろう。

 

ウェイトリフターに特別なスクワットルーティンが必要だろうか?

 

スクワットのトレーニングはスナッチやクリーンアンドジャークのリカバリー局面、つまり立ち上がる時に大きな影響を及ぼすであろう。スナッチの重量はジャークの80%であるから、普通は足の力は十分であり、立ってこられる。大きな重量とともに立ってこなければならないのはクリーンの方であり、スクワットで鍛えた足の力が問われる場面である。

 

従って、クリーンで立つのが困難な場合、スクワットを伸ばす必要があるであろうというのは、論理的な推定である。このプログラムが西洋人にとって魅力的なのは、まず、明らかにクリーンの立ちの問題に関連していること、それから、ある特定の時間枠の中で負荷をむらなく漸進的に上げていけば、徐々に変化が出てくるのは必然の結果である、という西洋的な考え方にこのプログラムがマッチすることである。

 

この種のプログラムの裏にある基本的な考え方は、2回6セットを6回6セットにするという風に、レップ数を上げるのが良いということである。体はこのような変化を待っていて、筋肉が呼応する。ここでは、トレーニングに対する体の対応が“中断を挟む平衡状態”という形を取るのだという考え方には一切触れていない。

 

このプログラムを採用しない理由があるとすれば以下の二つであろう。

 

1.スクワットだけがクリーンに寄与するわけではない。テクニックもまたクリーンの生体力学的効率性に大きく寄与する、従って立ちにも寄与する。

 

2.足が力を最も発揮するのは、膝・股関節・足首の比較的小さな運動域においてである。つまり、可動域の大きなスクワットではハムストリングスを最大限に鍛えることはできない。

 

一つ目の理由、スクワットとクリーンのテクニックに関して、次にあげる三人のビッグスクワッターの例を見てみよう。

 

筆者は、1979年のスパルタキエイドで、スーパーヘビー級のアスランベク・イェナルディエフが240のクリーンで立てなかったのを見たことがある。彼は6~8回バウンドしたが立てなかった。しかし彼はバックスクワット455kgでソビエトのスクワットチャンピオンだったのだ。

 

レオニド・タラネンコはフロントスクワットベストが300で3回だが、イェナルディエフと同様に、1983年のソビエト・スパルタキエイドにおいて、250の立ちを失敗しているのを筆者は見た。フロントベストの50kg下なのにクリーンで立てないというのではつじつまが合わない。

 

アントニオ・クラステフのフロントスクワットベストは310だが、1987年の世界選手権において彼は255、257.5と連続してクリーンの立ちに失敗している。

 

ここで、クリーンアンドジャークの世界チャンピオンであるヴァシリ・アレクセイエフとアナトリ・ピサレンコの競技結果を見てみよう。

 

アレクセイエフはスクワットがそれほど強くない。彼は競技結果がスクワットの強さによらないことに関して次のように言っている。「多くの選手が間違ったトレーニングをしている。無意味なトレーニングをしているのだ。例えばファルエフは320kgをスクワットする110kg級のリフターだが、私は270以上をやったことがない。50kgの差だ。彼のクリーンは220だが私は256である。足の力だけじゃないんだよ。」

 

筆者はアレクセイエフのスクワットについてタラネンコに聞いたことがある。彼はこう答えた。「彼の言うとおりだよ。彼のスクワットはクリーンと同じぐらいの重量だよ」

 

アレクセイエフの主張に関して、アメリカのマーク・ヘンリーを考えてみよう。彼はフロントスクワット325kgだがクリーンアンドジャークのベストは220kgである。伝説のスクワッター、ポール・アンダーソンはバックスクワット1200ポンドだがクリーンアンドジャークのベストは200kgである。同様に、シェーン・ハマンはスクワット1000ポンドだが、クリーンアンドジャークは230kgである。それぞれスクワットとクリーンアンドジャークの比は標準から大きくずれている。彼らはスクワットが競技にもたらす効果の極大点を大きく越えてしまっているのだ。

 

アナトリ・ピサレンコはバックスクワット280~290で、クリーンアンドジャーク262.5である。“ビッグスクワット”“ビッグリフト”というこのテーマに関してクルロビッチは、彼が練習中にフロントスクワット260に失敗したのを見た、しかし5日後クリーンアンドジャーク260を挙げたと証言している。タラネンコによると「クリーンのボトムで一旦止まってしまうと彼はもう立てない」らしい。

 

タラネンコのこの着眼点は勿論この問題の核心である。今まで見てきた三人のビッグスクワッターは皆、クリーンのボトムで止まって、立てなくなる。逆に、アレクセイエフやピサレンコはいつも、バーのたわみや急速に伸びた筋肉の弾性エネルギーをタイミング良く使って立ち上がる。

 

2001年ヨーロッパ選手権94kg級で筆者は,あるリフターが軽々とスナッチ175をやるのを見た。隣にいた人が、あれはフロントスクワット300という彼のパワーのなせる技だと教えてくれた。その後、同じ選手のクリーンアンドジャークを見たが、207.5,210のクリーンで、文字通り悲鳴をあげながら立ち上がろうとしているのを見た。私は先程の人にこう言わなければならかった、足の力が非常に強いといわれる選手が、あの重量であんなに重そうにするなんて有り得ません、と。

 

ここで、懸案のプログラムを採用しないとしたときの2番目の理由について考えよう。我々はウェイトリフティングにおけるハムストリングの重要性を見くびってはいけない。スナッチやクリーンアンドジャークで最も大きな力が出るのは、“爆発”フェイズ(膝の角度が大体120~125度の所)である。リフターが最後にバーを加速させるパワー(例えば大腿四頭筋による)は、膝がバーの下から前に出る時に大腿四頭筋が伸びるスピードによってほぼ決まる。

 

大腿四頭筋のその動きに対応するハムストリングの力(膝を曲げる時の)は、膝がバーの下から前に出るときのスピードを決定付ける。同様に、ハムストリングの力(股関節安定の為の)は、ファーストプルですねを立てるときに決定的な役割を果たす。従ってリフターは大腿四頭筋とハムストリングのバランスが崩れないように注意する必要があるのだ。

 

そこで、特別な負荷をかけるスクワットに対する注意が出てくる。“大量のスクワットはスピードを落とす”

 

この“大量のスクワットはスピードを落とす”というテーマに関して、我々はクルロビッチにこのスクワットプログラムのことを尋ねた。“脚力強化法”の筆者A.A.ザナロフはグロドノ出身である。これはたまたまクルロビッチの出身地なのだ。

 

クルロビッチはこのコーチを知っているが、このプログラムは知らなかった。そのようなプログラムは使ったことがなかった。クルロビッチはクリーンアンドジャークの10から20kg上でスクワットしている。彼のフロントスクワットベストは280で2回、バックスクワットは350kgである(彼のジャークは262.5~265、失敗するのはバーをコントロールできなかったときだけである。)

 

このプログラムを多くの一流リフターが採用しているという私の主張に、クルロビッチは懐疑的だった。彼のルーティンで興味深いのは、スクワットにおける最適なレップ数と総重量を求める所が文献と一致していることであった。

 

クルロビッチと同様にザハレビッチもまた、上にあげたリフターの中間のタイプである。彼のフロントスクワットベストは250kgで、クリーンアンドジャークは最盛期で265kgである。バックスクワットは300×2回で、ハイクリーンは235kg、台からのスナッチは215である。彼は‘ロシアンスクワットルーティン’など聞いたことがないそうで、スクワットに関して特別な事はしてこなかったそうだ。

 

スクワットは間違いなく一番重要な補強種目である。しかし、数年かけて十分にスクワットが強くなったら、スナッチ、クリーンアンドジャーク、フロントスクワットといった古典的な種目を強化することが重要だ、これが常識になる日がいつか来るかもしれない。

 

スナッチやクリーンアンドジャークで高重量を挙げるために特別なセットを組んで‘ビッグスクワット’を追求することは疑問の余地が残るものの、なんにせよ、スナッチやクリーンアンドジャークの完璧なスキルを目指し、立ちに効くフロントスクワットを強化することは一番いいことなのだ。

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