破壊神のフラグ破壊 作:sognathus
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突然の砂漠とビルスの威圧にたじろいでいた切嗣だったが、何かを気付いたらしくビルスの事など目もくれずに急に叫び始めた。
それを聞いた彼の隣りにいた女性、アイリスフィール・フォン・アインツベルンもまた、切嗣と一緒に必死な表情になって彼と同じ言葉を叫んだ。
「イリヤ! イリヤァァ!!」
どうやらそれが人の名前らしいと気付いたウイスはチラリとビルスを見て訊いた。
「ビルス様?」
「破壊したのは『城と森だけ』にしたつもりだから他に人がいても生きてるとは思うけど」
「イリヤ! イリヤスフィィィル!!」
「イリヤァァァァ!!」
切嗣とアイリスフィールはまだ叫んでいた。
ビルスはアイリスフィールの方は見ても女性らしいなと思ってそれ以上は特に何も思わなかったが、切嗣に関してはやや興味深そうに見ていた。
彼には今、先程自分に向けていたような敵対的なトゲのある雰囲気は微塵も無かった。
今ビルスの目に映っている彼は、ただの普通の人間で、その必死な形相は頼りなくも間違いなく一緒にいる女性から感じたような親としての感情だった。
「落ち着いて下さいマスター。誰を探しているんです?」
一方つい先ほど二人に召喚されたばかりのサーヴァントことセイバーは、自身には何の非も無かったのにも関わらず何か空気だった。
「……」
そんな彼を見ている内にビルスが彼に抱いていた不快感は若干揺らいでいった。
「ん?」
ビルスは砂の中を何かがモゴモゴと動いているのに気付いた。
それは砂の中を泳ぐように進み、その割には方向は明確に定める事ができないようで、フラフラとあちこちに方向を変えながら、やがてビルスの足元に達した。
ドンッ
砂の中で人のようなものに当たりその感触を感じた砂の中のソレは、やっと目的に達したと確信して思いっきり飛びだした。
「ばぁぁぁぁ! つっかまっえったー! ねぇ? ねぇ? 驚いた? 驚いたでしょ? ね……」
砂の中から現れたのは今切嗣とアイリスフィールの娘であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。
彼女は突然砂の中に放り出され、それを面白がって今に至るまでずっとはしゃいで遊んでいたのである。
そして遊びの一環として遠目から自分の親と何かを発見し、驚かせようと悪戯を決行したのだ。
そして飛び出て抱きついたのは、特に根拠もなくきっと自分の父か母だと思っていた。
だがそれは違った。
「へ?」
「……」
彼女が抱きついたのは破壊神だった。
「イリヤ!」
「ああ、イリ……な?! ダメだ! そいつに近づくな!」
愛娘を見つけて安堵したのもつかの間、切嗣は今最も警戒すべき相手に娘が密接しているのを目に止めて警告を発した。
「おい」
再び悪者扱いされてビルスの機嫌がまた傾く。
「そこの! 彼女を放しなさい!」
それに真面目で清廉潔白な完璧なセイバーが拍車を掛ける。
状況は最悪の一途を辿ろうとしていたが、切嗣はともかくセイバーにはやはり何の非も無く。
マスターの縁者を護ろうと当たり前の、寧ろ人として見本にしたくなるような立派な事をしていた。
ピキッ
ビルスの額に青筋が浮かんだ。
(おやおや、今回は飛ばしますねぇ)
そしてウイスは何故かまだ呑気だった。
「この……」
いい加減怒りが我慢できなくなったビルスが今度はこの地域一帯ごと空白にしてやろうかと、とんでもない事態を引き起こそうとしていた時。
クイクイ
ふと、足元の衣類の生地をイリヤスフィールに引っ張られた。
「ん?」
「ねー、おじさんのその姿どうしたの? お化けなの?」
「……」
ビルスは毒気を抜かれたようにイリヤを見つめ返す。
「?」
イリヤは見つめ返されてキョトンとするのみだ。
そして彼がどんな答を返すのかキラキラした目で逆に見つめていた。
「ふぅ……」
ビルスは溜息を吐くと怒るのがバカらしくなってピンと立てていた耳と尻尾から力を抜いた。
そしてイリヤに向かって屈みこむと……。
流石にセイバーと切嗣が前に出ようとしたが、それをウイスが軽く杖を振って止めた。
人間である切嗣はともかくセイバー、それもサーヴァントの中でも最良の一騎といえる彼女がたかが謎の人物の杖の一振りで動きを封じられ、セイバーは驚愕に目を見開いた。
ムニッ
「ひゃひっ?!」
白く柔らかい頬を突如ビルスに左右に軽く引っ張られてイリヤは涙目になって抗議の声を上げる。
それをビルスは面白い玩具で遊ぶようにぐにぐにと尚も引っ張ってからかうのだった。
「……!」
「……!」
切嗣とセイバーは、その光景を娘が痛ぶられている誤解して無我夢中で何とか動こうとするがやはり徒労に終わった。
その傍らでアイリスフィールだけは母親らしく既に余裕を取り戻て落ち着き、まだどこか心配そうな顔をしながらも二人ほど不安な目ではビルスと娘を見ていなかった。
それから暫く後、面々は何とかその場が落ち着くと、一同は場所を変えて郊外のアインツベルンのとある別荘に居た。
その別荘も今や土地ごと跡形もなく消えて無くなったアインツベルン本城ほどではなかったが、豪華にして荘厳で、城とは言わないまでも屋敷のような外観だった。
そこに来たのはついさっきだった。
通常なら車で移動でもそれなりの時間がかかるところだったのが、それを例によってウイスが『星から出ないのでしたら何処であろうと一瞬です』と、本当に一瞬で一同をここまで転送させたのだ。
そこまでの魔法のような、奇跡のような現象を見せつけられれば、切嗣もセイバーも流石に城の消失の件も合わせて相手の力を認めるしかなかった。
因みにほぼ忘れられていたアインツベルン家の当主であるアハト翁は、イリヤと一緒にちゃんと生きていた城のメイドのセラとリーゼリットによって『安静にできる場所』に移送されていった。
今切嗣は、妻のアイリスフィールと共にソファーに座り再びビルスと対面していた。
因みにセイバーは一応護衛役として彼らの脇に立ち、イリヤはまだちょっと涙が滲む目をしてアイリスフィールが座っている方のソファーの陰に隠れてビルス達を見つめていた。
「破壊神?」
開口一番切嗣は困惑した声で言った。
それに対してビルスは彼らに出されたお茶菓子と紅茶を美味しそうに頬張りながら、ただ『そうだ』と短く肯定した。
「つまり貴方は神様だと言うの? その……破壊の……」
「だからさっきからそう言ってるじゃないか」
「破壊のというのは不穏ですね。しかしだとしてもにわかには信じられません。大体その……神らしくは無いではないですか」
ビルスの外見を見てセイバーが率直な感想を述べる。
ビルスはその意見に特に気を悪くする事も無く、お茶を振る舞われた事によって上機嫌のまま答えた。
「それは君達が神に対して勝手に持っているイメージを押し付けているだけだろ? 神にだっていろいろいるんだよ」
「神様はイリヤのほっぺた、ムニーなんてしないもん!」
「ああ、それは悪かった。つい何となくな。もう一回やっていいか?」
「やだ! イリヤ、ビルスさんキライ!」
「ははは、僕はこんな美味しいお菓子用意してくれた君達はそんなに嫌いじゃないけどな」
「イリヤをお菓子なんかと一緒にしないでよ!」
「イリヤごめん。ちょっとだけ静かにしていてくれるかな? お父さん、この人と少しだけ大事なお話がしたいんだ」
「イリヤを邪魔者扱いするの?」
「はは、違うよ。レディなイリヤならお父さんのこんなお願いくらいきっと簡単に聞いてくれると思ったからだよ」
「……それなら仕方ないわね! いいよ!」
「ありがとうお嬢様」
「……」
穏やかな表情でそんな柔軟なやり取りをする切嗣をビルスは何気なく見ていた。
(こいつは言動程嫌な人間じゃないな)
ビルスはそう密かに結論付けた。
「失礼。それで、最初の話に戻るが、神だったか。破壊神というとのが本当だとしてもどれくらいの神格なんだ?」
「二番目だ」
「え?」
あまりにも端的な答えにアイリスフィールが戸惑った。
その心中を察したセイバーが代わりに代弁した。
「その二番目というのは?」
「僕の上に全ての神、全ての王の方がいる。僕はその方に仕える一番偉い破壊神だ。だから神格で言うなら二番目だな」
「随分簡単に言うんだな。それが本当なら君より強い者はほぼいない事になるぞ」
「まぁ、実際のところはそうだよ。と言っても僕と同列の神が何人かいるから、僕一人だけがその二番目というわけじゃないけどね」
「……」
あまりにも突拍子のない話に切嗣達は黙り込む。
あんな力を見せられて全く信じない訳ではなかったが、それでも彼の話は判り易過ぎるほどに単純でスケールが大きかった。
だから逆に困惑したのである。
「なら……」
切嗣は半分冗談のつもりで、“魔術師殺し”らしく合理的な提案を試みてみる事にした。
「その神のお力もう一度見せて欲しい。この事件、直ぐに解決できるかい?」
そう言って切嗣はテーブルに置いてあったノートパソコンを開くと何か操作をして、その画面をビルスの方に向けた。
「ん?」
ビルスが見せられたのは今故郷の日本の冬木市で起こっているとある連続猟奇殺人事件の記事だった。
「キャスターが消えた?」
思わぬ報告に言峰璃正が聞き返す。
報告してきたのは息子の言峰綺霊、彼もまた報告をしながらも珍しく困惑した表情を浮かべていた。
「経緯はこうです」
綺礼の報告によると、どうやらキャスターは今日本の冬木で騒がれていた連続猟奇殺人事件の犯人に偶然召喚されたらしかった。
そのキャスターとマスターが召喚された直後に、原因不明の現象によって唐突にその場から消えていなくなったのだという。
二人は消える直前にも犯行は行っており、正にその時、殺された一家の唯一の生き残りだった子供も今正に殺されんとしていたらしい。
だがその時、異変が起きた。
何とその子供の目の前でまるでその二人が霧散するように突然消えてなくなり、更に驚くべき事に、殺されたはずのその子供の家族が全員生き返っていたのだという。
「……まさか死徒に?」
あまりもの驚天動地の報告に璃正は教会の人間らしい答えを導き出したが、それも呆気なくも綺礼によって否定された。
「いえ、報告によれば。生き返ったとされる被害者の子供の家族はただの人間そのもの。人外らしき異常は全く見受けられなかったとの事です」
「一体何が……」
璃正も流石にこの第四次聖杯戦争に不穏な、というより嫌な予感を抱きつつあった。
自分達が偽装工作をしてアサシンの脱落を演じるより早く、聖杯戦争の決着の一つが、まさか何の痕跡も残さずに謎だけを残して呆気なく着いてしまった事に不安を感ぜざるを得なかった。
書けるときに書いてみました。
次の話もこんな感じでいけるといいんですけどねぇ……。