ファーウェイの高い技術力の裏側には、世界の大学との協業がある(撮影:梅谷秀司)

東京大学は3月7日までに、通信機器の世界最大手・中国ファーウェイ(華為技術)からの資金支援について、今後は受け入れを見直す可能性があることを明らかにした。ファーウェイは世界の大学と研究者に対し、幅広く資金・物品面の支援を行ってきた。英米の大学の一部ではファーウェイからの支援を見直す動きがあったが、日本国内の大学が方針を示したのはこれが初めて。東洋経済の取材に対して回答した。


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これまでにイギリス・オックスフォード大学やアメリカ・カリフォルニア大学バークレー校、アメリカ・テキサス大学オースティン校といった名門大学が、ファーウェイからの支援を見直し始めていることが、複数の現地報道で明らかになっている。

背景にあるのは、アメリカ政府によるファーウェイへの制裁措置。措置の余波で今後、ファーウェイと協業する海外の研究現場も、アメリカ由来の技術が研究で使えなくなったり、アメリカ政府の研究資金が獲得できなくなったりするおそれがある。

ファーウェイは2010年代に入り、世界の大学・研究機関に対する支援を積極化してきた。核となるのは、「ファーウェイ・イノベーション・リサーチ・プログラム(HIRP)」という取り組みで、これまでに1000以上の大学・機関に資金を提供している。日本の大学も10校以上がこのプログラムの対象となっているが、支援先については「NDA(秘密保持契約)があるため開示できない」(ファーウェイの日本法人広報)としている。

「政府の要請あれば連携見直す」

東洋経済はファーウェイをめぐる深層リポート『ファーウェイの真実 Inside the Black Box』の取材の中で、国内の大学・研究機関に対するファーウェイの資金提供状況を独自に調査した。対象としたのは世界水準の優れた研究を行っているとして、文部科学省から研究大学強化促進事業の補助金を受けている22大学・機関。19大学・機関が期日までに回答した。

この取材に対し東京大学は、ファーウェイから研究費や寄付などの名目で資金提供を受けたことがあると回答。対象となる研究内容や提供された金額は明らかにしなかった。さらに英米の大学と同様に、ファーウェイからの支援受け入れを今後見直すかについては、「政府からファーウェイに関連する施策・情報の提供や要請があった場合などは、連携について見直す可能性がある」(大学本部広報)と答えた。

具体的にどういった施策や要請を想定しているかについては、「一般論として、日本の安全保障貿易管理制度における具体的な規制などの要請などがあれば対応する」としている。またアメリカのファーウェイに対する措置についても、「再輸出規制(注・後段に詳細)については調査しており、必要に応じて配慮している」と回答している。

東京大学は2018年、学内の工学系研究科、新領域創成科学研究科、生産技術研究所の各研究室とファーウェイとの間で共同研究を行うことを検討していた。これらの共同研究が実際に行われたかどうかは、東洋経済では確認できていない。

また7大学(北海道大学、東北大学、東京工業大学、京都大学、大阪大学、慶應義塾大学、早稲田大学)は、個別企業に関する情報開示は控えると回答。「提供元の利益を損なうおそれがある」(京都大学)、「委託者や寄付者の保護の観点」(早稲田大学)などを理由に挙げている。

ただこのうち東京工業大学や慶應義塾大学など複数の大学については、過去の公開資料の中で、ファーウェイとの共同研究や研究に必要な物品の提供などの支援があったことが判明している。

以下の11大学・機関は、ファーウェイから資金を提供されたことはないと回答した。筑波大学、東京医科歯科大学、名古屋大学、豊橋技術科学大学、神戸大学、広島大学、九州大学、熊本大学、奈良先端科学技術大学院大学、自然科学研究機構、高エネルギー加速器研究機構。

日本が知るべき3ポイント

なぜ世界の研究現場がファーウェイを回避し始めているのか。3つの理由がある。


ファーウェイは3月7日、国防権限法は違憲だとしてアメリカ政府を提訴した(写真:ファーウェイ)

1つ目は、アメリカ政府が今後ファーウェイに対し、輸出管理規則(EAR)に基づく禁輸措置を講じる可能性が相当あることだ。これは主にデュアルユース品目と呼ばれる軍需・民需双方に使われる技術・製品が、安全保障・外交上の懸念先に活用されることを制限するルール。懸念先に対してはアメリカからの直接輸出だけでなく、日本など外国を経た再輸出も制限する。大学や企業、個人が広く規制の対象となる。

この再輸出規制は非常に厳格で、日本国内で行っている研究開発であっても、懸念先がからむ場合は、対象となるアメリカの技術・製品を使えば事実上の再輸出とみなされる。再輸出を行った場合は、アメリカの政府・企業との取引ができなくなる。

アメリカ司法省がファーウェイや孟晩舟副会長(創業者・任正非氏の実娘)を対イラン不正取引や企業秘密の窃取などで起訴したと発表した際、輸出管理を管轄する商務省のトップが発表会見で「安全保障上のアメリカの利益を守るために、制裁措置と輸出管理を確実に実行する」と述べている。国際法務の専門家は、アメリカがファーウェイに禁輸措置を講じる条件はすでに整っていると指摘している。

2つ目は、昨夏制定された2019年度国防権限法(NDAA2019)で、ファーウェイなど中国企業5社がアメリカの政府調達から段階的に排除されると定められていることだ。2020年夏以降は、ファーウェイなど5社そのものだけでなく、これら企業の製品を利用している企業・団体も、アメリカの政府機関と取引できなくなる見通し。

これが発効すれば、ファーウェイ製の機器を使用している大学は、DARPA(国防総省高等研究計画局)やDOE(エネルギー省)といったアメリカ政府の研究資金が獲得できなくなるおそれがある。

3つ目は、国防権限法に盛り込まれる形で新たに、輸出管理改革法(ECRA)が成立していることだ。これは安全保障にとって重要だが、これまで管理できていなかった新興技術にも規制をかける内容。AI(人工知能)や半導体といった技術を念頭に置いており、対象となった技術は既存の輸出管理規則と同様、アメリカからの輸出と、日本など外国からの再輸出が制限される。

ファーウェイが3月7日(日本時間)、国防権限法が憲法違反であるとしてアメリカ政府を相手取った訴訟を起こしたのは、国防権限法がこのまま発効すれば販売活動だけでなく、研究開発を含む広い範囲に大きな打撃があるからだ。

研究成果は製品に導入

ファーウェイの孟副会長はアメリカ司法省に起訴される直前の1月下旬、日本経済新聞に寄稿し、「オックスフォード大学がファーウェイの資金援助を今後受けないと決定したことは知っているが、われわれの目的は研究者たちの成功や失敗から学ぶことだ」とし、研究現場への支援は知的財産や先端技術の獲得が目的ではないと主張している。

ただ実際には、支援した研究成果が製品に採用され、ファーウェイの競争力に貢献している面がある。上記の寄稿文の中でも、支援先の成果を自社製品に活用した事例を挙げている。アメリカはファーウェイなど中国企業が自国から強制的に技術移転していると考えており、研究支援も技術移転戦略の一環として警戒しているようだ。

一方、輸出管理規則などアメリカの国内法規が日本など海外にも域外適用されることは、以前から国際法の議論の対象となってきた。再輸出規制を導入している国は、世界でもアメリカしかない。ただアメリカ由来の技術が世界の研究開発の基盤となっている以上、今後の展開によっては、さらに多くの大学や企業がファーウェイとの関係を見直す可能性がある。