著作権法の改正案が国会に提出されようとしているが、そのうち「ダウンロード違法化の対象範囲の拡大」の部分を巡って混乱が続いている。
早くから問題点の指摘が出ていたのは、文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会で報告書の取りまとめの際に、委員から連名で意見書が席上配布されるなど、異例の事態になっていたからだった。パブリックコメントにかけられた「報告書(案)」では、ダウンロードを違法化する範囲を何ら限定せず、全ての著作権を侵害したものを対象にするとされていたからだった。
その後、「報告書(案)」は修正されて、最終版の報告書には連名委員の意見が書き込まれる形となったが、それはあくまでもそういう意見があったと記載されただけであり、文化庁は、元から用意していた対象無限定の法案をそのまま押し通すようだとの情報があった。
2月の時点で複数の団体から出た声明・意見書は、いずれも、ダウンロードを違法化する範囲を「原作のまま」複製される場合かつ「著作権者の利益が不当に害される」場合に限るべきとする点で共通していた。これは、報告書に追記された委員意見と同じであるが、TPP11整備法(環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律)によって改正され昨年末に施行された、著作権法123条2項各号に規定されている、非親告罪化の要件の一部と同じものであり、要するに「海賊版」に限定する趣旨のものとして既に用例のあるものである。
ここで「海賊版」と言っても、人によって何を指しているか思い浮かべるものが異なるところに、混乱の一因*1がある。狭義の「海賊版」は、昨年問題となった「漫画村」のように、一定の大きさのある著作物を丸ごとコピーしたものを指し、本来の海賊版対策の対象はそこにあったはずである。現行法が私的ダウンロードを違法としている「デジタル方式の録音・録画」も、そのような狭義の「海賊版」を対象にしていたはずであろう。これに対して、広義の「海賊版」は、二次創作物などを含めて指すものと言え、これもダウンロード違法化に含めるべきなのか、意見の分かれるところとなっているかもしれない。
しかし、問題となるのは二次創作物だけではない。二次的著作物(著作権法2条11号)に該当しないような著作権侵害著作物(他人の著作権を侵害している新たな著作物)や著作権侵害物(新たな著作物とは言えないようなもの)までもが、違法ダウンロードの対象となるところに問題がある。報道で「スクリーンショットもとれなくなる」と問題視されていたのがこれに当たり、例えば、「(著作権処理がされていないと考えられる)アニメアイコンのTwitterアカウントのツイート」を「ダウンロード」(スクリーンショットによる複製保存を含む)することがその典型例である。その他にも、剽窃論文(他人の論文を剽窃した論文)がこれに当たり、そのダウンロードが違法となってしまうと、剽窃行為の検証ができなくなると指摘(JILISの提言が指摘する問題はこれが中心)されている。
「えー?本当にそういうものまで含まれるの?」と疑問に思われるかもしれないが、小委員会の報告書に、「違法にアップロードされた著作物を外してダウンロードすることによる対応が可能な事例もあると考えられる」(70頁)などと書かれており、その前に列挙された「②著作権侵害等の検証への影響」「③創作活動・引用・批評等への影響」「⑦違法コンテンツのスクリーンショット等の際の写り込み」(69頁、70頁)の問題指摘が全否定されているのだから、これはマジなのである。
「原作のまま」に限るとする修正について、文化庁は、「作品の一部でも経済的価値を有するものはあり、また、分割してダウンロードするなどの脱法行為を招きかねない」として「そのような限定を行うのは適切ではない」*2と与党議員に説明しているらしいが、分割しても「原作のまま」と解釈される*3ことは、TPP11整備法の非親告罪化要件を巡る国会審議でも文化庁次長が答弁していたところであり、この説明は議員を欺くものだろう。
このような展開となり揉めた結果、与党向けに作成された文化庁の説明資料がリークされるという異例の事態となった。
この資料から、現在用意されている法案の条文が明らかになっている。ダウンロード違法化について、民事部分(30条1項3号)は、対象とする公衆送信物を何ら限定しておらず、刑事部分(119条3項)は、著作権を侵害する自動公衆送信の受信を対象としているところの「著作権を侵害する」の「著作権」から「28条に規定する権利を除く」と限定している。これは、刑事についてのみ二次的著作物の「海賊版」(広義の海賊版)を対象から外すという趣旨*4のようである。
いらすとやの絵で描かれている4枚目スライドの図からわかるように、原作者の許諾のない二次創作物を二次創作物の作者自身が配信する場合は、(ダウンロードについて)刑事罰なし(民事は違法)とされた。
この「28条の権利を除く」との限定は、報告書に記載されていなかった限定方法であり、漫画家らからの反発があったために対処されたものと思われるが、この限定方法は、連名委員と多くの団体が修正を求めていた「原作のまま」かつ「著作権者の利益が不当に害される」場合に限るとする限定とは、限定範囲が異なるものになっている。これらの違いは以下の図(図2)のように整理できる。「28条の権利を除く」との限定は「④他人の著作物から二次創作し配信」が除かれるだけである。
それぞれの具体例をいくつか挙げておくと以下のようになる。
「原作のまま」かつ「著作権者の利益が不当に害される」に限るとした場合でも、図2の「③」の一部が含まれてしまう*6ように、完全に「本来の(狭義の)海賊版対策」にピタリ一致するわけではなさそうだが、「現在の案」よりは大分マシであろう。
このように、現在用意されている法案は、本来の改正の目的であった「(狭義の)海賊版」対策を超えて射程に入れてしまっている。本来目的を超えていることについて、原案の作成に関わった東大の大渕哲也氏は、読売新聞のインタビューに次のように釈明し、問題ないものとしている。
適度な著作権保護 不可欠…東大教授 大渕哲也氏
(略)今回の改正では「主観要件」が明確化され、侵害複製物と知らなかった場合や法的な錯誤があった場合は違法とならないことが明記される。例えば「酒に酔って人の家と気づかなかった」「他人の家に侵入することが罪になると思わなかった」と釈明しても、他人の住居に勝手に入れば住居侵入罪だ。ところが今回の改正は「人の家と気づかなかった」「罪になると思わなかった」と言えば違法とならないようなもので、ネットユーザーへの配慮が過剰と言われることがあっても、配慮不足とはとても評価できない。
漫画界などには、創作のヒントを得るためネットからダウンロードするものに侵害複製物か判然としないものが含まれているとして、改正を不安に思う声があるという。だが今述べた主観要件により、判然としない場合は違法とならない。懸念の大半は、主観要件に関する理解が進めば解消するはずのものだ。
[論点スペシャル]ダウンロード規制の拡大 波紋, 読売新聞2019年3月2日朝刊
このような主観要件に意味があるのか疑問視する声が出ているが、文化庁は、違法化のせいでダウンロードできないというならプリントしてスキャンすればいいと言っている*7。
さて、ここまでは報道で言われている通りなのだが、条文がリークされたことで、まだ指摘されていなかった新たな問題点の存在に気づいた。それは「リーチサイト等を通じた侵害コンテンツへの誘導行為への対応」(リーチサイト規制)の部分にある。
2枚目のスライドにあるように、リーチサイト規制が対象とする客体「侵害著作物等」は、「著作権(第28条に規定する権利を除く。以下この項及び次項において同じ。)、出版権又は著作隣接権を侵害して送信可能化が行われた著作物等をいい、(略)を含む。)」と定義されている。
つまり、ダウンロード違法化の刑事部分での客体と同じなのだ。(なお、有償著作物に限られていない点ではダウンロード違法化とは異なる。)
リーチサイトとは、要するにリンク集のことなので、以下のようなサイトが軒並み違法化されてしまう。
なぜなら、これらのリンク先はいずれも図4の通り「侵害著作物等」に該当してしまうからである。
リーチサイト規制では、対象の客体だけでなく、リンク集としての態様も限定している。その名も「侵害著作物等利用容易化ウェブサイト」と呼ぶのだが、その定義条文は以下となるようだ。
一 次に掲げるウェブサイト等
イ 当該ウェブサイト等において、侵害著作物等に係る送信元識別符号等(以下この項及び第119条第2項第4号において「侵害送信元識別符号等」という。)の利用を促す文言が表示されていること、侵害送信元識別符号等が強調されていることその他の当該ウェブサイト等における送信元識別符号等の提供の態様に照らし、公衆を侵害著作物等に殊更に誘導するものであると認められるウェブサイト等
ロ イに掲げるもののほか、当該ウェブサイト等において提供される侵害送信元識別符号の数、当該数が当該ウェブサイト等において提供される送信元識別符号等の総数に占める割合、侵害送信元識別符号等の分類又は整理の程度その他の当該ウェブサイト等における送信元識別符等の提供の状況に照らし、主として公衆による侵害著作物等の利用のために用いられるものであると認められるウェブサイト等
これで一見適切に限定されているかのように見えるかもしれないが、要するに「もっぱら「侵害著作物等」へのリンクからなるリンク集」ということを言っているだけなので、前記の「侵害著作物等」に該当してしまうライセンス違反しているコンテンツへのリンク集などは、これに該当してしまうだろう。
これがマズいのは、私的ダウンロード違法化の刑事罰とは違って、有償著作物に限られていないばかりか、刑事罰を適用する気満々なところにある。「リーチサイトを公衆に提示すること」は5年以下の懲役又は500万円以下の罰金とされるが、これがなんと、どういうわけか、社会的法益の罪とされ*8、非親告罪とされているのである。被害者の存在は不要で、被害届がなくても、いつでも警察は摘発に乗り出せる。まさに点数稼ぎの期末集中サイバーパトロールで発見して弱い子供や個人を摘発するのにうってつけ*9の法律となる。
リーク資料の文化庁「ダウンロード違法化の対象範囲拡大に関する御参考資料」の「ダウンロード違法化に関するQ&A」には、以下のように、「著作権者(剽窃された者)が問題視することは考えづらい」などと記載されているが、リーチサイト規制では、社会的法益の非親告罪とされるので、こんな能天気なことは言っていられない。いつでも警察が来るのである。
(問)論文の剽窃(著作権侵害)を指摘・告発するために当該論文を保存する行為なども、違法となってしまうのではないか。
(答)対外的な情報発信に使用するための複製は、そもそも、著作権法第30条が対象とする私的使用目的の行為とは言いがたいもので、今回の改正とは直接関係しません。また、御指摘のような善意に基づく行為を、著作権者(剽窃された者)が問題視することは考えづらいところです。
文化庁「ダウンロード違法化の対象範囲拡大に関する御参考資料」「ダウンロード違法化に関するQ&A」
というわけで、リーチサイト規制こそ、対象とする客体を「原作のまま」かつ「著作権者の利益が不当に害される」場合に限定することが必須である。それはダウンロード違法化の拡大範囲とも共通なのであって、(狭義の)「海賊版」を指すためにこのように規定するのは、必然だったのである。
なぜこのことが今まで誰にも指摘されなかったのか。それは、小委員会の報告書では以下のように記載されていて、適切な限定がかけられるように見えたから、皆、「リーチサイトの方は万全だろう」と思っていた(ダウンロード違法化の方で「限定しない」と事務局が公言していたのとは違って)からだろう。
(略)
⑤マンガを翻案し,新たなマンガを創作したもの
(略)これらについては,少なくとも⑤以外については,対象となるオリジナルの著作物の相当部分についてそのまま利用しているものであることを念頭において,差止めの対象とするべきとの意見が複数示された。⑤を含めるか否かについては,対象を限定すると潜脱のおそれがあることや限定の仕方が明確でないと萎縮効果が働くことを理由として対象を限定するべきではないとする意見があった一方,今般の対応は特に緊急に対応する必要性の高い悪質な行為をくくり出して対応するということであるため,立法事実の明らかなものを対象とするべきであるといった意見もあった38。
また,仮に⑤を除いた範囲を対象とすることとした場合における要件設定の仕方については,翻案権(法第27条)や二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(法第28条)の侵害を伴うものを除く方法,そのような方法をベースにしつつ翻訳などについて必要性が認められるのであれば別途含めるという方法,「原作のまま」と規定する方法,「著作権者の得ることが見込まれる利益が不当に害されることとなる場合に限り」と規定する方法,「デッドコピー」について新たに定義を設ける方法などが示された。
これらの意見を踏まえると,オリジナルの著作物の相当部分をそのまま利用しているようなケースについては差止めの対象とするべきという考え方を基本としつつ,具体的な制度設計に当たっては,差し当たり緊急に対応する必要性の高い悪質な行為類型への対応という今般の制度整備の考え方,対象範囲を限定することによる潜脱のおそれ,対象範囲の限定の仕方が明確でない場合には萎縮効果を生じるおそれがあること,立法技術上の対応可能性なども踏まえ,どのような形で対象を規定するのが妥当かについて検討が行われることが適当であると考えられる。
文化審議会著作権分科会法制・基本問題小委員会報告書, 2019年2月
今回は、たまたま大騒動になったから、条文案が報道メディアにリークされて、こうして検討することができたが、いつもなら、与党外には知られることなく、閣議決定されてから皆の知るところとなるところだった。*10
いろいろ聞くところによると、どうやら、小委員会の開催と並行して、条文作成は裏で内閣法制局と進められていて、小委員会の報告書(案)ができる前までにとっくに条文は固まっていたらしい。*11
「28条の権利を除く」だけでは前記図4の「④他人の著作物から二次創作し配信」しか除外されず、③や⑤が除外されずにマズいことになることは、パブリックコメントで寄せられた意見から明らかになったはずなのに、どうして何も対処しなかったのだろうか。パブコメ意見が、ダウンロード違法化の方ばかりで、リーチサイトの方に指摘が来なかったから、同様の問題があることに気づかなかったというのであろうか。
このことからして、今回の混乱の原因がどこにあるのかが窺い知れる。ダウンロード違法化の範囲拡大については、政治からの発注で急に検討することになって、小委員会で検討する期間があまりに短かかったのが原因と言われているが、リーチサイト規制については、平成28年から検討してきたもの*12で、2年も時間があった。それでも最後の土壇場でこのような欠陥を生んでしまったわけである。
これは、立法技術的なミスであり、内閣法制局の予備審査が十分でなかったのかもしれない。本来、法制局は政策の中身に踏み込まないのが原則だが、実際のところは、中身に踏み込んで質問をして矛盾点を引き出し、矛盾を解消させるように促すのが常のよう*13である。今回は、どうしてこんなことになったのだろうか。
いずれにしても、もはやこの段階(閣議決定の期限まで10日ほど)で条文を修正することは不可能なのかもしれない。このまま国会に提出された場合には、上記の違法化されてはならないケース(剽窃論文の一覧リンク集、GPL違反ソフトウェアの一覧リンク集など)が、どのような屁理屈で違法でないと解釈できるのか、国会審議で確認してもらうほかない。
*1 例えば、「海賊版のダウンロードを違法にするのは当然だろう。引用等に利用したいなら正規版を入手して使用するのが当然だ。」といった主張は、狭義の「海賊版」を念頭に述べているものと思われる。一方、改正案での対象には広義の「海賊版」も含まれるのであり、広義の「海賊版」特有の二次創作物等は、正規の配信(著作権法違反かもしれないが、当該二次創作物の作者自身が配信を行うもの)であってもダウンロードが違法化されてしまい、「正規版」の入手が不可能になってしまうところに問題があるというのが、各団体の声明・意見書の言い分(の一部)である。
*2 弁護士ドットコムに掲載された文化庁の説明資料のリーク「ダウンロード違法化の対象範囲拡大に関する御参考資料」の「ダウンロード違法化に関するQ&A」にそう書かれている。
*3 詳しくは、明治大学知的財産法政策研究所が3月4日に公表した高倉成男・中山信弘・金子敏哉「ダウンロード違法化の対象範囲の見直しについての意見」(2019年2月25日提出)に付属の「補足資料「原作のまま」の解釈について」を参照。
*4 28条の権利とは、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)のことであり、これを除くということは、二次的著作物を公衆送信するに際して、原著作者の権利を問題としないということであり、ダウンロード違法化の対象から外れるということになる。
*5 いらすとやライセンスでは、商用利用の場合には点数制限があり、20点を超える(重複を含まず)場合には許諾(有償で対応)が必要となっている。ただし、この「商用利用」は相当に狭いものを指すようで、文化庁の資料のように政府機関が組織的に使用するものであっても「公の団体の作成する資料については非商用としております」とのことであった。(2月28日、メールにて確認。)
*6 「引用の要件を満たしていない転載を含む記事」の一部がこれに該当するだろう。該当しないものもありそうである。「剽窃論文」はこれに該当しないし、「アニメアイコンのTwitterアカウントのツイート画面」もほとんど該当しないだろう。
*7 小委員会「中間まとめ」の脚注37に「ウェブサイトに掲載されたテキストをプリントアウトする行為や、そこでプリントアウトされたものを更にPDF化してコンピュータに保存する行為等を含むものではない。」との記載があった。文化庁にに電話で問い合わせた人のツイートによると、PC画面をデジカメで撮影すれば違法ダウンロードとならないという話もあった。適法な証拠保全のためにはこうした手段を使うしかなくなるというのでは、あまりに理不尽で、馬鹿げている。
*8 いったいどういう保護法益なのだろうか? 著作権侵害物へのリンク集の存在が社会的な害を為すことに着目した保護法益??
*9 子供が「剽窃論文の一覧リンク集」や「GPL違反ソフトウェアの一覧リンク集」を作ることは考えにくいか。
*10 そろそろ、我が国のこの立法プロセスの脆弱性をどうにかするべきではなかろうか。
*11 実際、他の法律(個人情報保護法の改正など)の例を見ても、情報公開請求で取得した内閣法制局の法令案審議録や、立案当局の内閣法制局審査資料を読み込んできた経験からして、10月ごろには条文が作り始められ、12月には骨格が確定しているのが常(通常国会に提出する場合)のようである。委員会の報告書など後付けの飾りなのである。
*12 昨年2月時点の資料「「リーチサイトへの対応」の検討状況について」(文化庁長官官房著作権課)に検討の経緯が記載されている。
*13 他の法律(個人情報保護法、行政機関個人情報保護法、情報公開法などの制定及び改正)の立案過程を、情報公開請求で取得した内閣法制局の法令案審議録や、立案当局の内閣法制局審査資料を読み込んで、分析してきた経験からして、そのように思う。