運命の修正

<2>

 すっと音もなく窓をすり抜けるようにして、兄そっくりの姿をした淫魔が部屋の中へ入ってくる。姿かたちは出て行く前と寸分違わなかったが、咲耶との情交により力を得たのか、全身から強烈な淫気を発していた。

「……やあ…………おかえり…………そう言いたいところだけど…………」

 戻ってきた淫魔を、千影は鋭い目で睨みつけた。呼び出した当初は予想以上の魔力に取り込まれそうになってしまったが、淫魔を咲耶のところに行かせた間に魔術や呪具を用いて抵抗力を高めてある。淫魔の放つ淫気が強まっていようとも、千影はなんら動じることなく淫魔と視線を合わせることができた。そうして淫魔を睨んだまま、千影は傍らの水晶球を示す。

「……これで……咲耶くんの……部屋の様子を見ていたんだ…………あれは……どういうつもりだい……?」

 淫魔の力に対抗するための準備を終えた後、千影は淫魔に襲われた咲耶がどうなるのか確認しようと水晶球を通して咲耶の部屋を覗いた。しかし、そこに映っていたのは、兄そっくりの姿をした淫魔にまるで恋人のように抱かれる咲耶の姿だった。

「…………私は……キミの力で咲耶くんを……無茶苦茶にするように…………命じたはずだ……なのにっ…………!」

 珍しく千影の語気が激しくなった。水晶球を通して咲耶の部屋を覗いた瞬間、それが淫魔だということは知っていたはずなのに、兄そっくりの淫魔に抱かれている咲耶が、まるで本当の兄に抱かれているように見え、激しい嫉妬が燃え上がった。今もその話をした途端、そのときの光景と感情が脳裏に甦ってしまったのだ。

 だが、淫魔も永き時を生き、数知れぬ女性たちを淫獄に堕としてきた魔物。千影の睨みにも動じた様子をまるで見せることなく、口を開く。

「あなたが私に命じられたのは、あの咲耶という少女を淫欲に狂わせること。でしたら、ご心配なく。私は確かにあなたの命じたとおりに動いています」

 ニヤリと淫魔は笑う。

「すでに彼女の体内は私の淫毒に冒されている。あと一日もしないうちに、あの少女の頭の中は淫欲に支配されるはずです……」

「…………ふぅん…………」

 堂々とした淫魔の答えに、千影は曖昧な相槌を打った。

「……なるほど…………それは……たしかに……」

 やはり兄の姿で咲耶としたことはおもしろくはなかったが、言われてみれば、淫魔の言うことは正しい。千影ですら気を抜くと囚われてしまいそうな強烈な淫気を浴びただけでなく、胎内に直接淫魔の精まで受けたのだ。その影響は抜けることなく、咲耶の頭を淫欲に染めていくだろう。

「……それで…………あとは、待つだけ…………かい……?」

「いえ。時期を見てさらにひと押しを……」

「……また……兄くんの……フリをして…………?」

 淫魔のうなずきに、千影の顔が微妙に歪む。やはり、偽者とはいえ、兄そっくりな姿で自分以外の妹と交わるのは面白くない。だが、

「……仕方ないな……」

 淫魔は淫魔。千影は自らにそう言い聞かせた。そもそも、本物の兄を自分に繋ぎとめるために決断したことだ。このままでは兄と自分を結びつけている運命が解けてしまう。それだけは許容できなかった。

「……その代わり…………咲耶くんが……二度と兄くんに……近づかないように…………」

 念を押すように、千影は淫魔に咲耶を淫獄に落とすための命令を繰り返した。

 

チュン、チュチュン……

 小鳥の声が聞こえ、窓からカーテン越しの陽光が差し込んでくる。いつもよりやや遅れて、咲耶は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。

「ぅ……ぅん……」

 目を開けた途端、きちんと閉まっていなかったカーテンの隙間から覗く朝日の眩しさが目に染みて、咲耶は反射的にすぐまた目を閉じてしまってから、あらためてうっすらとまぶたを開いた。

 …………身体がだるい。

 原因ははっきりしている。深夜、兄(淫魔)が去った後、身体の疼いて自然と自慰を始め、何度も絶頂を繰り返しつつもなぜか手を止めることができず、十何度目かの絶頂時にそのまま気を失うようにしてようやく眠りについたのは、すでに明け方と言ってもいい時間だった。

「……でも…………」

 知らず、咲耶の口から呟きが洩れる。一度寝てしまうと、昨夜の出来事の現実感が一気に再び希薄になってしまっていた。だいたい、あんな時間に兄が咲耶の部屋に現れるなど普通ないことだ。もしかすると、兄のことを想うあまり、Hな夢を見てしまっただけなのかもしれない。

ぶるっ……

 そこまで考えたところで、咲耶は肌寒さに身震いした。

「っ!」

 身を起こした上体の肌に直接外気が触れたことで、咲耶はようやく自分が一糸纏わぬ裸の上からタオルケットを羽織っていただけだということに気づき、顔を真っ赤にして慌てた。

「きゃっ! うっ、うそっ!?」

 急いでタオルケットを捲り上げて自らの下半身を確認する。愛液の後始末も全くしないまま眠りについてしまったため、乾いた愛液が内股にこびりついて気持ちが悪かったが、今はそれどころではない。咲耶が確認したかったのは、身体の下のベッドシーツだった。見るとそこには、繰り返し自慰を行ったために溢れ出た大量の愛液がまるでおもらししたように大きな染みを作って薄く滲ませていたが、たしかに破瓜の証の血の跡が残っていた。

「じゃ、じゃあ、あれは…………」

 やはり夢や妄想などではなく、間違いなく現実だったということの証拠だった。それをはっきりと悟ると、咲耶の顔は再び真っ赤に染まった。

じわっ…

 火照ってしまったのは頬だけではなかった。昨夜のことを思い返したためか、乾いた愛液の跡が残る場所から新たな愛液が湧き始めた。

「んっ……朝からこんなこと……!」

 頭ではそうは思っても、熱くなってしまった身体の疼きに、ほとんど無意識のうちに右手が熱さの元に伸びていった。

くちゅっ……

 熱をもったそこは、まだ手も触れていないうちから湧き出した愛液でぬかるんでいた。そして、その上部にある最大の快楽を生み出す小さな肉芽もまた赤く充血して、その小さな頭を皮の中から突き出していた。

 しかし、咲耶の手はあえてそれを避けるようにして昨夜開口したばかりの膣口に向かった。少し触っただけで、自分の身体が昨日までとは比較にならないほど快感に対して敏感になっていることに気づいた咲耶は、この状態で一番の快楽中枢を刺激してしまうことを恐れたのだ。

じゅくっ……じゅぷっ……

 陰唇を愛撫しつつ指先を挿し入れて前後すると、破瓜からまだ半日とたっていないはずなのに、痛みなどまるで感じることもなく、圧倒的なまでの快感が大量の愛液とともに溢れ出す。

「あっ……はぁっ…………!」

 自らの指が生み出す快感に、熱い息とともに喘ぎ声を吐き出す。秘部を弄るのとは反対の手は、動悸を激しくする心臓の上の膨らみを揉んでいた。その頂にあるピンク色の突起もまた、下の突起と同様に充血して固くなっていた。その乳首は人差し指と中指の間に挟みこまれ、きゅっきゅと搾るように扱かれるたびに、全身に快感を流す。

 上半身と下半身の両方から生み出される快感は咲耶の中でうねり、相乗して際限なく身体を熱くしていく。火照りは全身におよび、うっすらとピンク色に染まった肌のところどころに汗が滲み始めた。

「はぁっ……はぁっ……お、お兄様ぁ……!」

 自らを慰めながら咲耶の頭に浮かんでくるのは、やはり兄のことだった。これまでは知識としては知っていたものの、実際に経験がなかったために曖昧な想像しかできなかったが、昨夜の兄との情事によって、鮮明に兄との行為を思い浮かべることができるようになった。ただでさえ敏感になっている身体が、自分の愛撫を兄の手によるものだと思うことで、快感が何割増にもなったようだった。

すっ

 兄のことを考えることでいよいよ絶頂に近づいていた頃、膣内を掻き回すように出し入れしていた指がふと滑って、これまで触れることを避けていた淫核をかすめる。その瞬間、

「はああああああぁぁぁっ!」

 クリトリスを中心に、電流のように凄まじい快感が全身に走り、大きな叫びをあげて激しい絶頂に達する。

ぷしゃあっ

 あそこからは大量の愛液が噴き出してきて、宛がわれていた右手をびしょびしょにして、シーツも再びお漏らししたてのようにぐっしょりと濡れてしまった。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………」

 激しい絶頂に達してしまった身体はぐったりと重くベッドに沈み、咲耶は仰向けに寝たまましばらく荒い息を吐き続けた。

 

 数分後、ようやく息が整ってきた咲耶は、それでもやや気怠い感じでゆっくりと身体を起こす。

(はぁ……朝からこんなことしてしまうなんて……)

 起き抜けに自らを慰めてしまったことに自己嫌悪を覚えながら、ティッシュを何枚かまとめて箱から抜き出すと愛液が飛び散った右手と股間の周りを拭う。愛液の量が多いので、数枚だけでは足りず、さらに何度か同じようにティッシュを抜き出して、ようやく自らの身体は拭い終わった。

「あっ…………」

 しかし、敏感な部分を丁寧に拭っているうちに、また少しそこから新たな愛液が滲んできてしまう。さすがにそのまままたもう一度、などはできないので、ふるふると火照りを振り払うようにして新たに滲んだ愛液も拭う。身を綺麗にすると、いつまでも全裸でいるわけにもいかないので、下着を出してきてそれを身に着ける。

 もっとも、これで後始末が終わったわけではない。ベッドを見下ろす咲耶の視線の先には、ぐっしょりと濡れて重くなったシーツがあった。シーツは急いで洗濯機に放り込んでしまったが、やはりシーツだけでは収まりきらずに、その下にまで愛液の跡は残ってしまっていた。ウェットティッシュで拭いた後でドライヤーを当てることで、それも何とかほとんどわからないようになった。

「きゃっ!」

 だが、結構な時間がかかってしまい、ふと時計を見ると、もうかなりの時間になっていた。本当はちゃんとシャワーを浴びておきたかったのだが、急いで髪を纏め、残りの身支度を整えると、朝食を簡単に済ませて学校への道へ向かう。ひょっとして、兄が迎えに来てくれているかもと思ったが、残念ながら家の前に兄の姿は無かった。

(でももし、お兄様に出会ったら、私、どんな顔をしたらいいかしら?)

 全くの突然に昨夜結ばれたのだ。正直なところ、兄の顔を見ただけで頬が赤くなってしまうかもしれない。まして、ついさっきも兄とのことを思い出しながら自分を慰めてしまったのだから、尚更だった。

「あっ…………!」

 そんなことを考えていると、スカートの奥の下着の中が、再び熱を持ち始めてしまった。

(やだ、私ったら…………)

 羞恥と火照りで咲耶の頬が微妙に染まる。思わずもぞもぞと足を擦り合わせるようにしてしまうが、そんなことをしても局部の熱は高くなるだけだ。だが、まさか道の真ん中で自慰を始めてしまうわけにもいかない。そのうち収まるだろうと、咲耶はなるべく意識しないようにしながら、赤い顔のままやや足早に学校へと急いだ。



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