Author(s):
Akiko Konnai - National Maritime Research Institute
海上技術安全研究所 運航・システム部門 システム安全技術研究グループ - 近内 亜紀子氏
背景
空港の保安検査場においては、航空機への危険物の持込を未然に防ぐことを目的として、旅客検査および手荷物検査が行われている。そのうち手荷物検査は、現在X線透過によるイメージングが用いられており、手荷物中の物品の形と密度などから特別な訓練を受けた検査員が画像より爆薬の有無を判断している。固体爆薬の密度はたいてい有機物と同程度であるため、X線装置は有機物程度の密度のものに反応するように設定されているが、爆薬と近い密度の食品類(羊羹、切り餅など)が多く存在するため、X線の自動反応機能はそれらのものにも反応してしまい、自動検査は難しい状況である。少ない検査員で正確に爆薬の有無を判断するために、爆薬そのものに反応する新しい手法を用いた手荷物検査が必要とされている。
そこで、物質固有の共鳴周波数を利用した核四重極共鳴(Nuclear Quadrupole Resonance: NQR)を用いた爆薬検知手法が注目されている。NQRとは、物質に電波を当てたときに発生する原子核の共鳴現象の一種で、窒素など核スピンが1以上の原子核などで観測される。多くの爆薬にはニトロ基などとして窒素が含まれており、共鳴する周波数は窒素の化学結合状態に依存するため、種類を特定した爆薬検知が可能となる。また、NQRは医療で用いられているMRI(核磁気共鳴画像法)と近い技術であるが、強い静磁場を必要としないため装置の小型化・低コスト化が可能であるとされる。
海上技術安全研究所は、平成17年度から国土交通省からの委託研究として「交通機関におけるテロ対策強化のための次世代検査技術の研究開発」を実施しており、新しい手法を用いた旅客検査、手荷物検査の開発に関する研究を行ってきた。本研究の一部としてNQRを用いた手荷物検査技術の開発研究が実施された。
課題
結晶の物性研究に用いられている従来型NQR装置を用いれば、少量の爆薬試料を用いて爆薬検出の原理検証は可能であったが、本研究においては空港実証試験を実施し、実用化のための課題抽出を行うことを予定していたため、手荷物検査に適した装置開発を新規に行う必要があった。しかし、NQRを手荷物検査に適用した事例は少なく、最適な測定条件を検討し高速な検知を可能とするために、接続するコイル検出器の種類、照射ラジオ波のパルスシーケンス、取得されたNQR信号の処理における種々のフィルタやパラメータ等の条件を、頻繁に変更することが予想された。
従来型のNQR装置は複数の独立したアナログ装置を組み合わせた構成で全体として大型であったため、システム構成は小型化を目指しPXIモジュール計測器による波形生成および信号集録を採用した。手荷物検査試作機製作のための期間が限られていたため、開発の手順としては、従来型NQR装置を一部適用し個々のアナログ装置を逐次PXIモジュールに置換し、1つのシステムに統合していくという手順を採ることとした。また、制御プログラム作成には、短期間でのプログラム開発および適切なマン-マシンインタフェースの整備が可能であると考えられたため、LabVIEW言語を用いた開発を採用し、最終的には1つのプログラムで計測器制御および爆薬の有無判定が可能なものとすることにした。さらに、これまでアナログで行われていた信号処理においても、信号集録後のデジタル処理として高速複素フーリエ変換等の信号処理を導入し、検出感度の向上させることも、NQRを手荷物検査に適用する際の課題のひとつであった。
ソリューション
【システム構成】
本研究で検知対象としたRDX爆薬には複数のNQR周波数が存在するが、5.192 MHzの共鳴の有無で爆薬検知を行うこととした。ラジオ波照射のための波形生成には、将来的には複数周波数の同時照射を視野に入れて、任意波形発生器モジュールNI PXI-5421を採用した。NQR信号集録には、512 MBのオンボードメモリを搭載した高速デジタイザNI PXI-5122を用いて、Fetch処理を用いることにより、集録と並行して信号処理行うこととした。信号処理としては、集録信号を積算しデジタル直交検波した後、LabVIEW付属のブロック関数を用いて、LPFおよび高速複素フーリエ変換処理を施した。
波形発生および信号処理は全て同期をとるために、LabVIEW 8.5で作成した単一プログラム上で行う仕様とした。PXIモジュール計測器および外部装置である電力増幅器の同期には、カウンタ/タイマNI PXI-6602および端子台BNC-2121を用いた。PXI-5421およびPXI-5122モジュール計測器に対してはClk IN端子からサンプルクロックとして40 MHzを与え、外部装置には指定したTTLパルスで2つのスイッチを制御することで単一クロックによる同期を行った。最終的なシステム構成を、図2に示す。
図2:NQR装置ブロック図
研究開発初期においては、PXI-5421を従来用いていたシンセサイザーの代替として連続発信させ、PXI-6602にて発生させたTTL信号を電力増幅器のスイッチングに利用し対象物にラジオ波パルスを照射する仕様とした(図3①)。その後、信号処理プログラムを開発しながら、適宜アナログ装置を置換していき、最終的には前述した統一システム構成および単一プログラム制御とした。研究の中盤では、様々なパラメータを決定するため生データや解析途中のグラフを表示させる使用であったが(図3②)、 最終版には、爆薬の有無を共鳴信号のピーク閾値から判定するブール制御器を付け、自動判定可能なインタフェースとした(図3③)。
図3:各開発段階におけるLabVIEW制御フロントパネル(開発の流れ)
最終的なユーザインタフェースは、フロントパネルにおいて、PXI-6602、5421、5122それぞれの制御画面をタグ制御器により切り替えられる仕様とし、結果はPXI-5122の制御と同じ画面に表示されるようにした。研究の途中では、最適値を検討するために、様々なパラメータにおける結果や生データをグラフや数値で示していたが、パラメータ決定後は、最低限必要なグラフと判定結果を目立たせる仕様とし、最終的には特定の周波数のピークが閾値を超えると判定が「緑」から「赤」に変わるという視覚的に分かりやすい判定結果を用いることによって、デモンストレーション的な実験においても、参加者に分かりやすく測定結果を示すことができた。また、計測データは自動的に番号を付けて保存される仕様とし、後の解析に役立てた。
【結果】
個々のアナログ装置が組み合わされたNQR装置の構成において、送受信アンプ以外の部分をPXIモジュール計測器に統一することによって、装置の小型化が実現した。研究の開始当初および最終段階の装置構成図および概観写真を図4にそれぞれ示す。
図4:従来NQR装置(左)とPXIモジュール計測器とLabVIEW制御を用いたNQR装置(右)
図4左に示した大型の従来型NQR装置は、最終的には図4右に示すように送受信増幅器とPXIシャーシで集約され、19インチラック付き机1台にほぼ収まるサイズとなった。また、1回の計測に必要な時間は、従来NQR装置においては40,000回積算として8分程度であったのに対し、最終的には、ソフトウェア処理も含めて10秒程度となった。この高速化の要因は、感度の向上から積算回数を減らすことができたためもあるが、従来NQR装置で用いていたアベレージャにおいて生じていた数え落としを、PXI-5122ボードではオンボードメモリに全てのデータを集録することで解決し、積算の際に必要のないデータ部分を除去する等の最適化を行ったためであると考えられる。
Author Information:
Akiko Konnai
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