破壊神のフラグ破壊   作:sognathus
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「……どぉぉぉぉぉっせぇぇぇぇいいいい!!」

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

二つの勇ましい雄叫びのような声が木霊する。
その気合いの入った声先には破壊神がいた。


第10話 「風雲の月」

ドォォォン!

 

「やめてぇぇぇぇ!!」

 

凄まじい地割れの音と一緒に女性の悲鳴が混じって聞こえた。

 

「紫様落ち着きになってください」

 

涙でくしゃくしゃになった顔をして悲痛な声をあげる八雲紫を焦りを隠せないでいる藍があやす。

傍らには滅多に見ない主人の大主人の取り乱しようにきょとんとした顔をする燈がいた。

 

「紫様……?」

 

 

どうしてこんな事になったのか。

きっかけはそう、山の四天王たる星熊勇儀の敗北だった。

 

力の差、次元の差は歴然であった。

それでも勇儀の友たる伊吹萃香はその否定のしようのない事実にビルスに対して畏怖を覚えるどころか逆に酒が入っていた事もあって挑戦心が湧き、次は私とビルスに闘いを挑んだのだった。

正直紫はその時それほど最初のときのように不安は感じていなかった。

どれほど力のある者がビルスに挑んでも彼が自身が持つ力の片鱗さえ見せることなく勝負が着くのは今までの経過からも明らかであったからだ。

その証拠に闘いの場となった所は今のところ全て損壊はないと言ってもよい。

これならどんな挑戦者が現れても変に彼の機嫌を損なわない限り安心してもよいと言えるだろう。

紫がそう思った時だった。

彼女のささやかな安心は萃香の提案によって砕かれた。

水面に映るひび割れた月のように。

 

 

「挑戦の種目は喧嘩! つまり自由!」

 

ガンッ、と萃香が拳を地面に叩きつけると境内の石畳に一瞬で大きな亀裂が入りそれは本殿の後ろにある庭にまで届いた。

庭にあった小さな池の底が割れて水面に映っていた月が割れているように見えた。

 

ピシッ、という音が聞こえそうな不機嫌な顔を神社の主である霊夢がしたが、ビルスの付き人であるウイスが直ぐに責任を持って必ず直すと言ってくれたのでなんとかその場は剣呑な空気にならずに済んだ。

穏やかな心地でなかったのは紫だけだった。

 

時刻はもう夜になっていた。

一応勇儀が目を覚ますまでは祭りを楽しむと決まったが故の夜の演武の始まり、意識を取り戻した勇儀が見たものは子供のように泣きじゃくる幻想郷の創造主たる大妖怪と自分を圧倒した神に突進する友の姿だった。

 

「あ……」

 

勇儀は心の中で事態の不味さを直観した。

これは下手したらとんでもないことになるかもしれない。

だがそれが判ったところで自分に何ができるというのだろう。

見たところ萃香は案の定酒がまわっているようだし、挑戦を受けたビルスも彼の様子を見る限り上機嫌のようだから酒の影響もあって萃香の挑戦を快く受けたのだろう。

 

「幻想郷終わったかも……」

 

勇儀は誰にともなく一人そんなことを呟いた。

 

 

 

「ま、お祭りの件もある。なるべく周りには気を遣って闘ってあげるよ」

 

ビルスが突進する勇儀を見据えながらそう言った時だった。

 

「その勝負我も混ぜろぉぉぉ!!」

 

「ん?」

 

「んぁ?」

 

萃香とビルスが振り向いた先には赤い服を纏った女性がいた。

その後ろには連れらしい翠がかった髪をした巫女風の少女と彼女より年下に見える幼子がいた。

 

 

「かぁなこ~、いきなりそれはないんじゃないのかなぁ?」

 

「神奈子様、恐れながら私も諏訪子様に同意でございます。お二人からは楽しげな雰囲気がしていたのにそれに水を差してしまうのは……」

 

呆れた顔で“神奈子”というらしい女性を諌める幼女とそれに賛同の意を示すも、彼女よりかはもっと遠慮がちな態度でそう上申する翠の神の少女。

どうやら二人は、少なくともその内の一人は彼女の従者らしい。

だがそんな二人の注意を受けた神奈子もとい、八坂神奈子は悪びれる様子もなく二人ともう一方にいるビルスと萃香を見ながら言った。

 

「そんな事承知。だが、何やら賑やかな音と美味しそうな匂いがすれば気にもなるだろう? しかもそこに酒と祭りがあれば誰とて混ざりたくなるのが普通だろう? 然れば今の我の行いも止む無しと言えよう?」

 

 

「でも……」

 

呆れた様子の幼女の方はもうそれ以上何も言わず翠の髪の少女が尚も諌めようとした時だった。

せっかく始めようとしていた新たな祭りに無粋な横やりを入れられたと感じた萃香が案の定不機嫌そうな顔で神奈子を見ながら言った。

 

「祭りに対するそちらの意見は理解できます。しかし流石にこれは無粋と断ずるを得ないのでは?」

 

「ほう? 剣呑な顔をしている割には言葉使いはしっかりしているではないか。そうか、お前は鬼か」

 

「見ての通りです。そういう貴方様は何処かの名のある神とお見受けますが?」

 

「如何にも。我は八坂神奈子、乾を制す山の神である。そこの二人は我がじゅ――」

 

「腐れ縁よ。竹間の友ってやつ?」

 

「わ、私は守屋神社で風祝をしております東風谷早苗と申します。こちらの洩矢諏訪子様と八坂神奈子様にとっては……まぁ従者みたいなものですね」

 

「……まぁそういう事だ。鬼よ、ここはひとまず我に出番を譲ってはくれまいか?」

 

早苗はともかく諏訪子からは神としての威厳が若干揺らぎそうな補足を受け、神奈子はコホンと一つ咳をして場を取り繕うと尚も尊大な態度でそう萃香に言った。

当然その物言いに萃香は目上の存在だと判っていても不服そうな顔をする。

鬼が逆らってよい相手ではない。

だがこうも不躾な態度を取られては……。

 

萃香が無謀を承知で反弄しようとした時だった、その様子を暇そうに見ていたビルスが口を挟んできた。

 

「二人でかかってきなよ」

 

「え?」

 

「うん?」

 

「僕は別に二人がかりでも構わない。その方が早く終わってまたご馳走が楽しめそうだしね」

 

「ビルス様……それは私的には……」

 

「ビルス“様”? ほう、その身なりでそなたも神であったか」

 

 

ピシッ

 

神奈子の言葉に場が凍りつくのを感じた紫は絶句して固まった。

 

「ん……」

 

いまいち存在感がなかった中主神もその言葉を聞いて煙草を吸う手を止めた。

咥えていた煙草をピンと飛ばして中空で消すと、こめかみをぽりぽりと掻いてビルスの近くに一瞬で現れた。

 

「ビルス様気を悪くなさらないでください。相手も神なのは間違いありませんがその……」

 

「そうですよビルス様。彼女に悪気はないのでここは……」

 

いつの間にかウイスもビルスの近くに現れていた。

彼の方は中主神ほどはにはまだ焦ってはいないようだったが、それでも事態の流れに不穏は感じているようだった。

ビルスはそんな二人から自制を求める言葉を掛けられるも意外にもそれほど気にした様子は見せなかった。

 

「分かっている。このくらいは大目に見るさ。何たって神同士だしな」

 

にやりと笑うビルスの顔を見て二人は思った。

あ、怒っている、と。

 

 

「君、かなこ、と言ったかな? まぁこの際不遜な態度は大目に見よう。だからここは僕の言う通り二人でくるんだ。これ以上僕を不機嫌にさせたくないならな」

 

「ほう? それはまた……」

 

ビルスの態度を面白く思った神奈子が調子に乗り最悪の方向に流れを導こうとした時だった――

 

「分かった」

 

意外な承諾の声は萃香からあがった。

 

「ん?」

 

神奈子は驚いた顔をして萃香を見る。

最初はその態度の変わりようをからかうつもりだった。

だがビルスの提案に承諾した萃香の顔を見てそんな考えは直ぐに消えた。

 

「……」

 

黙ってビルスを見る萃香はまるで硬直したように静止した状態でじっと彼を見据え。

その眼からは僅かながら確かな畏れが見て取れた。

 

(鬼がこれほどまでに明確で服従とも思えるような素直な畏れを……?)

 

「……」

 

神奈子は改めてビルスを凝視する。

見た目は妖怪と誤解しそうだが異形の神なぞ考えてみればいくらでもいる。

ましてや人の姿の神が多いなど決めつけるのは早計だ。

神は驕ってはならないという決まりなどないが、それも度が過ぎれば矮小な性格とも取られよう。

 

「……申し訳ない、少々酒気にあてられていたようだ。その言葉、偽りのない自信だと私も思う。故に其方……いや、彼方の提案に私も同意しよう」

 

「ん、なかなか素直じゃないか。うん、いいよ」

 

神奈子の態度の改めに機嫌を直したらしいビルスはそう言って軽く手を振った。

指摘しようと思えば彼の態度も不遜と言えなくもなかったが、神奈子と違ってビルスの態度はからは先ほどの彼女のように相手をからかうなような悪意は感じられず無邪気であった。

それを感じる事ができたからこそ神奈子はビルスの自信を感じる事ができた。

 

「鬼、名前は?」

 

「伊吹萃香」

 

「萃香か。そういえば山には鬼はいなかったな。我を知らないわけだ」

 

「昔は住んでいたんですけどね。でも今は別の所です」

 

「そうか、今度訪ねてみるか。それと敬語はもういい。我も今から自分の事は“私”と言う」

 

ビルスの神気にあてられたか上気が飛んだらしい神奈子は萃香ともそうやってあっという間に和解するとおもむろにスッと腕を伸ばして天を指差した。

 

ビュウッ

 

すると夜空に少し強い風が吹き、境内を照らしていた月に雲がかかった。

水面に映った月を見ると、ちょうど雲が月に入ったヒビを隠しているように見えた。

 

「満月の下に戯れるというのも良いが、こうして雲で月を化粧をするというのも一興であろう。酒の肴としても、な?」

 

「……気に入った」

 

夜空に浮かんだそれを見て萃香は嬉しそうに笑った。

そして瓢箪から一口酒を呷るとそれを神奈子にも差し出した。

 

「ん? 戯れの前ぞ? 私の足元を酒でおぼつかなくさせる気か?」

 

「景気づけさ。それともこの一杯でそんなに自信がなくなるので?」

 

「ふっ、莫迦を言え」

 

神奈子はそう言って笑うと萃香から瓢箪を受け取って一口呑んだ。

 

「ふぅ、美味いな」

 

「でしょう? 残りはこの後にでも」

 

「うむ、いいだろう」

 

「準備はできた? なら始めようか」

 

珍しく律儀に萃香達の準備が終わるのを待っていると思ったらちゃっかり焼き鳥を食べて時間を潰していたビルスは二人にそう声を掛けた。

こうして神格に埋められぬ差はあれど、祭りが始まって初となる神と神(片方は鬼を従えての)との闘いが始まった。




はい、これで話の冒頭に戻ります。
一ヵ月以上ぶりの更新すいません。
が、まだ終わりませんし疾走もしませんのでよかったらこれからも宜しくお願いします。
あけおめ!


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