ちょっとハイスペックなアインズ様 作:アカツッキーー
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「さぁ、モモン君。空いている席にかけてくれ」
部屋にいたのは六人の男。武装した逞しい男が三人。屈強だが武装をしていない男、ローブを着た神経質な痩せた男、最後が部屋の奥にいる肥えた男だ。まずは着席を促した男が口を開く。
「まずは自己紹介をしよう。私がこの街の冒険者組合の長、プルトン・アインザックだ」
精悼な男だ。漂わせる空気は歴戦の強者のそれであり、優秀な戦士であることは疑いがない。
「そして都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア様」
「ももんくん、よろしく」
軽く頭を下げると、パナソレイは軽く手を振って答える。アインザックとは対照的に肥えた男だ。
「こちらがエ・ランテル魔術師組合長、テオ・ラケシル」
神経質そうな非常に痩せた男が会釈する。
「そして彼ら三人こそが君と同じように召集に応えてくれたエ・ランテルが誇る冒険者チーム。右から『クラングラ』のイグヴァルジ君、『天狼』のベロテ君、『虹』のモックナック君だ」
紹介された者たちは皆、ミスリルのプレートに相応しく、佇まいは立派で、装備品も、ナザリックからしたらガラクタだか、この街の冒険者たちと比べれば良いものを着用している。
瞳には各員がそれぞれ違った感情を湛えていたが、その中で共通するのは好奇心だろう。その中の一人──イグヴァルジが敵意を滲ませた険のある声を発した。
「その前に聞かせて欲しい、アインザック組合長。私はモモンという名前に聞き覚えがないのだが、ミスリルである以上、何らかの偉業を果たしたはずだ。どんな偉業を成したんだろうか?」
「彼は森の賢王を服従させ、昨晩、墓地で起きた事件を迅速に解決したのだよ」
不思議そうなイグヴァルジに代わって、モックナックが驚きの声をあげた。
「もしかしてアンデッドが大量発生したというあの事件か?」
「ぷひー。きみーはみみがはやいな。やっかいなじょうほうがはいったので、もれないようにしじしたのだがね?」
「失礼、都市長。私も小耳に挟んだ程度なので」
「ふむー。うそくさいがまぁいいだろう。ぷひー、すまないな、くちをはさんでしまって」
「いえ、問題はありません、都市長。それで組合は結果として、モモン君はミスリルに相応しいだけの冒険者だと判断した」
「その一件だけでか?たった一つの事件を解決しただけで?」
先程まであったアインザックへの礼儀を殴り捨てて、はっきりとした敵意を示すイグヴァルジ。
「よしたまえ、イグヴァルジ君。組合にはモモン君をオリハルコンにすべきだという意見もあるんだ」
「な!」
馬鹿な、とイグヴァルジの顔が叫んでいた。その表情にラケシルは、嘲笑に顔を大きく歪める。
「モモン殿はたった二人──いや森の賢王を含め三人で、数千はいると思われるアンデッドの群れを突破し、そこで邪悪な儀式を行っていた人物を倒している」
「──それぐらい隠密行動を得意とすれば!」
ラケシルはわざとらしく、はぁ、と溜息を吐き出す。
「……
「そ、それは!た、確かに
「──二体同時にかね?」
「な!?」
驚きの声は他の二人の冒険者からも上がった。そして、他の二人の視線にも微妙な変化が混じる。調査員にも似たものだ。
「そこにあった残骸は二体分だ。彼のパートナーの女性は魔法詠唱者であるから、彼が一人で屠ったのだろう。それを踏まえて、数千のアンデッドの群れを突破し、未知の現象を起こした首謀者を屠ることが短時間でできるかね?」
イグヴァルジは何も言わずに、唇を噛み締める。ラケシルはゆっくりと頭を下げた。
「この街の住人としてモモン殿、感謝する。私の個人的な感謝であるが、何かあった時は声をかけてくれれば出来る限りの支援をしたいと考えている」
「それには及びません、魔術師組合長。私はバレアレさんの依頼を遂行したにすぎませんから」
「ふふふふ……」
ラケシルが笑い声を上げる。そこには感極まったようなものがあった。
「やはり貴殿はオリハルコン…いやアダマンタイトの器だと思うよ。噂によるとパートナーの女性は第三位階まで使えるとのことだが…嘘だろ?」
「お褒め頂けたのは嬉しいのですが…手の内は見せたくないので」
「そうか。それは残念だ」
二人は笑い合い、そんな態度にイグヴァルジは顔を真っ赤にする。彼が何かを言おうとしたタイミングでアインザックが口を開いた。
「テオ、そこら辺にしたらどうだ。都市長もおられるのだぞ」
「あ、あぁ…申し訳ありません、都市長」
「きにしなくていい、らけしるくん。わたしもここをおさめるものとして、ももんくんにはかんしゃしているからな」
ぷひーと間の抜けた息が漏れる。それに気を抜かれたように、それまで立っていたイグヴァルジも腰を下ろす。
「では本題に──」
「その前に最低限の礼儀としてヘルムぐらい外すべきではないのでしょうかね?」
再び話の腰を折る、イグヴァルジの皮肉めいた声色には、たとえ正しいとしても苛立ちを覚えさせるものがあった。他の冒険者たちも眉を顰めているほどだ。
「いえ、今回は彼の言うことは正しいと思われます。確かに礼を欠いてますね」
しかし当の本人は、やけに冷静にヘルムを外し、素顔を晒す。
「このように国外から来たために、あまり厄介ごとを呼び寄せたくなかったので、ヘルムを被らせてもらっておりました。非礼をお許しください」
「構わんよ、モモン君。しかし、ナーベ君も相当だったが君も中々に整った容姿をしているな。それに想像以上に若い。どれ程の修羅場を越えてこれば、その若さでその実力を手に入れられるのか聞かせて欲しいものだ」
素顔を見たアインザックがそう評価する。だがイグヴァルジは当然悪態をつく。
「ちぃ、国外からかよ」
「いい加減にしろ、イグヴァルジ。冒険者に国境はない。創設以来の不文律に不平を言うのは、同じ職業に就く者として恥ずかしいぞ」
再び言いかけたイグヴァルジを嗜める声がし、それがその場にいる全員の総意だと理解すると、不承不承黙る。
「……このように国外から来たというだけで、色目で見られることが多々ありますから。しかし、まぁ、これを機会にもう少し酒場などでも行って交流をもつのも悪くないかもしれません」
「それがいい。今度一緒に行かないか?アインザック組合長も言うように話が聞きたい」
イグヴァルジ以外の冒険者がそう誘ってくる。彼らとは上手く付き合えそうだ。
「ではこれ以上は何事もないことを祈って、本題に入りたい」
「遅れた奴のせいで話が聞けなかったからな」
「それは悪いことをした。許してほしい」
頭を下げて、こればかりは本気で謝罪する。そんな素直な謝罪は、敵意を強く表し、皮肉めいたことを繰り返すイグヴァルジとの対比で、より清廉に見えたようだ。ほぅ、と誰かの感心したような声が聞こえ、イグヴァルジがさらに顔を顰める。自分の評価がどれだけ下がったか、十分に悟ったために。
ただし、イグヴァルジ以上に不快感を強めている人物がいた。
「……もういい加減にしろ。これ以上話の腰を折るなら出ていって貰うぞ」
それは当然の如く、アインザックだ。その目には憤怒の炎がはっきりと宿り、先程までの穏やかな口調は影を潜めていた。視線の先にいるのは当然イグヴァルジだ。
イグヴァルジが謝罪の意味を込めて、頭を下げたことでようやく本題に入った。
「まずは簡潔に。二日前の晩、エ・ランテル近郊の街道を見回っていた冒険者達が吸血鬼と遭遇。その吸血鬼は遭遇した冒険者を五名殺害しました。今回、集まって貰ったのは、その吸血鬼に関してです」
「……少し聞かせて欲しい。吸血鬼程度にこれだけの冒険者が集められたのか?」
「まったくだ。吸血鬼ならば白金クラスでも問題ないだろ?ミスリルクラスがこれだけ集められた理由が分からないな」
「単純だよ。その吸血鬼が強いからだ」
ラケシルが口を挟み、訝しげな視線の集中砲火を受ける。
「強い吸血鬼…?」
「その吸血鬼──正確にはその眷族が第三位階魔法を使ったそうだ。眷族ですらそれだ。……言いたいことは分かるな?」
言葉はない。それ以上に彼らのこわばった顔が雄弁に語っていた。
「ふむー。わしはちとわからんなー。おしえてくれるか?」
「これは失礼しました、都市長」
「第三位階の魔法を行使できるだけで、白金クラスの能力を持つと見なしてもいいでしょう。ましてやそれ以上となると──」
「──ミスリルクラスは確実だと」
言いたいことがほぼ理解できたパナソレイの雰囲気が一変する。先程の締まりのない豚から、野生の獰猛な猪のように。
「軍でいうと、どの程度なのかね?」
「軍ですか…?これは難しい質問ですが、アンデッドの性質を考えますと…万は下らないかと」
「なんだと!」
その事実にパナソレイは驚愕し、意見を求めるように冒険者達を見渡す。ほぼ全員が魔術師組合長の意見に同意を示す。
「なるほど。理解したくなかったが、理解してしまった。それでアインザック君はどう考えているのかね?」
「上策は、アダマンタイトやオリハルコンクラスの冒険者を集めることでしょう。それまでここにいるこの街最高の冒険者による警備網を作り、吸血鬼の侵入を阻止することかと思われます」
万規模の軍勢であれば、発見は容易く、対策も立てやすい。しかし、それが個人であった場合はどうだろうか。アインザックの考えは後手に回るものだが、最善であると言えた。だが、当の冒険者からしたらそれは難しいと感じる。
「組合長の策だが、冒険者として言わせてもらうなら、はっきり言って無理だ」
「ああ。そういうのはすぐに崩壊する。それぐらいなら、協力しないで戦った方がマシだ。だいたい、何故、その吸血鬼はそんなところに?組合はどこまで調査しているんだ?」
「それに関しては、詳しい調査までは組合でもできていない。調査チームを形成しようと思ったところで、昨晩の事件が勃発したんだ」
「……なるほど、二つの事件の関連性を危惧してか」
「その通りだ」
「墓地の方はモモン氏が解決されたのだろう?首謀者らしき死体や所持品から、関連性など何か分かったことは?」
その質問の後、若干の静寂があった。
「遺留品からズーラーノーンだと判断している」
「……あのアンデッドを扱う秘密結社か。ならば、やはり吸血鬼との関係はありえるな」
全員が渋い顔を作る。ズーラーノーンはそれほどまでに厄介だということだ。ここでこれまで黙っていた男が口を開く。
「まず一つ間違っている点がある。その吸血鬼はズーラーノーンとは関係がない」
「……何故だね、モモン君。何か知っているのかね?」
「その吸血鬼のことはよく知っている。何故なら、私がここまで追ってきた吸血鬼だからだ」
「何!?」
ざわりと空気が揺らいだ。
「非常に強い吸血鬼でね。私が冒険者になろうと思ったのも、実は奴らの情報を集めるのが目的だったんだ」
ワザと振った情報に、即座にアインザックが食いついてくる。
「奴ら?奴らと言ったのかね、モモン君」
「ええ。二体の吸血鬼。その片割れの女の名は──」
少しの間が開けられる。アインザックたちはゴクリと喉を鳴らした。
「──ノスフェラトゥ」
「……ノスフェラトゥ、か……」
アインザックたちは何度もその名を口の中で繰り返す。彼らは違和感なく受け入れてくれたようだ。
「その、ノスフェラトゥ…女吸血鬼の名前を知っているということは…そろそろ君の正体を聞かせてくれないかね?何処かの国の──」
「──国とは関係ありませんよ。そもそも私の祖国など、すでに滅ぼされています。遠方の小国なのでこちらには伝わっていないようですが」
「そ、それは例の吸血鬼が…?」
「……ええ」
一同は絶句する。つまり、件の吸血鬼は小国とはいえ国を滅ぼす力があるということだ。
「私が奴らを追っているのは個人的な感情からです。──故に偵察は私たちのチームで行う。もしその場にいたのならその吸血鬼は滅ぼそう」
そこからは己に対する自信と、決意が、はっきりと感じられた。空気が揺らいだのではないかという圧力に、息を飲む音がする。
「で、では他のチーム──」
「──不要だ。足手まといはいらない」
言葉を遮り、邪魔だと軽く手を振る。傲岸不遜な態度で、暴言を吐く。しかし、その場の者たちは何も言えなかった。
『こいつは英雄と呼ばれる男だ』
これがこの場にいる者たちの総意だった。漆黒の戦士から放たれる圧力は、今まで会ってきた冒険者──アダマンタイト級冒険者ですら凌駕してしまうような、凄まじいものだ。
アインザックは囁くように問いかける。
「──報酬は?」
「その話は後で構いません。ですが、今回の事件…吸血鬼を発見し滅ぼしたら、最低でもオリハルコンを約束して欲しい。もう一体の吸血鬼を捜索する際に、私が動きやすいように」
なるほど、と部屋にいる者達は納得する。都市最高の冒険者となれば、危険性の高い依頼が名指しで集まり、強大な力を持つ吸血鬼の情報も得られる可能性は高い。
しかし、理性では納得できても、感情では納得できない男がいた。当然と言うべきだろうか、イグヴァルジだ。
「お前を信用できない。そ、その吸血鬼が本当に強いかなんて不明じゃないか!俺達もついていくぞ!」
「イグヴァルジ、その態度は──」
「──構わないさ」
イグヴァルジを諌めようとした、ベロテの言葉を遮り、気軽に許可が出される。ただ、それは決して友好的な意志から出たものではない。
「ただ、ついて来たら…確実に死ぬ。全滅かどうかは知らないがな」
ごくごく当たり前の口調。脅しでもなければ、冗談でもない。それがお前の運命だと断言したような言い方に、イグヴァルジは身震いする。
「警告はした。それでも構わないならついて来ればいい」
「も、勿論だ!」
虚勢だが、ここで降りる訳にはいかない。同格の冒険者、そして都市の権力者の前でこれ以上の恥はかけない。
結局、イグヴァルジ率いる「クラングラ」も同行することになった。
若干余裕を取り戻したアインザックが問いかける。
「自信があるのはいいが、その根拠となるものは何か無いかね?君の強さは十分に理解しているが…私達も君に全て任せていいのか不安があるんだ」
「切り札はある」
打てば響くように答えを返し、懐の中から水晶を取り出す。それを見たラケシルが、突如、大声を出す。
「……それはまさか!いや、信じられない…魔封じの水晶。何故そんな希少アイテムを!」
「恐れ入りました…さすがは魔術師組合長。そしてこの中に込められたのは第八位階魔法」
「なにぃ!なんだとぉ!」
答えにラケシルは絶叫を上げた。驚いているのは他の者たち──都市長を除いた全員だった。第八位階魔法は人外の領域。何処でどうやって手に入れたか気にはなるが、強大な吸血鬼に対する切り札として申し分ない。
「……ではモモン君。何卒、頼む」
「……了解しました。──それでは今すぐにでも出発します。吸血鬼は日光下で相手にする方がいいので」
イグヴァルジに目を向けながらそう告げると、彼もすぐに了解の意を示した。
「それならば、エ・ランテルの正門前に一時間後だ」
「一時間後?少し早すぎないか?まだまだ日が落ちるには時間がある」
「強大な力を持つ吸血鬼だと言っただろう?短時間で終わらせられるかも分からないんだ。早く出るに越したことはない」
「了解した。すぐに準備を整える」
返された正論に、イグヴァルジは素直に了解の意を告げると、立ち上がる。二人が部屋を出ようとしたとき、室内に残った者たちから声をかけられた。
「君がいない間エ・ランテルは任せてくれ」
「ええ、お任せします。遭遇せずに帰ってきたら街がない…というのは笑えませんから」
「命懸けで守るさ。そちらも無事で帰ってくることを願っている」
宿の部屋に戻ると、死の支配者がベットに腰掛けてくつろいでいた。そう、先程の会議に参加していたのはパンドラズ・アクターだ。
「どうだった?」
「シャルティア殿を特定する情報は皆無。この街のトップの者たちに冒険者モモンのアンダーカバーを刷り込ませることにも成功しました。すべてシナリオ通りです」
アインズとパンドラズ・アクターは互いに笑みを浮かべ合う。
「しかし、ノスフェラトゥか……。なかなかカッコ良いじゃないか」
「ありがとうございます!これも全てカッコ良くあれと創造してくださった父上のおかげです!」
「お、おう…そうか。うんうん、流石は私の創造したNPCだな」
「はぁい!」
アインズはパンドラズ・アクターのテンションにたじろく。きつく言い含めたため、仕事の時は当然のこと、普段も大分静かになったのだが、その代わりなのか突然テンションが高くなるという、ある意味心臓に悪い成長を遂げてしまった。
「ゴホン!──それでは第二幕に移るとしよう。私はどうすればいい?」
「はい。父上には──」
街道を疾走する。生暖かい風がヘルムの隙間から入り込む。視線を下に向ければ、矢のように大地が後ろに流れていく。
ふとアインズは前を走る四人を見た。以前共に旅をした漆黒の剣のメンバーよりもいい武装を整えており、立派な馬を乗りこなしていた。アインズは自分の状況と比べて、しょんぼりとした気持ちになる。
(ハムスターに乗っている自分が馬鹿みたいだ。あまりにもカッコ悪すぎる)
だがそう思っているのはアインズだけだったようだ。横を併走しながら、イグヴァルジの仲間の一人がアインズに話しかけてきた。イグヴァルジとは違い、敵意はない。
「凄い魔獣に乗ってるな。なんという魔獣なんだい?かなり有名な奴だろ?」
「……森の賢王だ」
「え?何!あの伝説の魔獣なのか!」
目を丸くした男の、驚愕の叫びが上がる。視界の隅ではハムスケの髭がぴくぴくと自慢げに動いている。何となくイラッときたアインズがぺちっとハムスケの頭にチョップを落としていると、しみじみとした声が届く。
「いや、イグヴァルジの話では…なるほど、また目がくらんでいたのか」
「彼は私のことをなんて説明したんだ?ああ、いや、言わなくていい。その表情でだいたいは予想出来た」
「はっはっは、すまないな。あいつも悪い奴…じゃないんだがな。非常に優秀な冒険者に変わりはないしな」
「優秀……ね」
アインズがイグヴァルジの方に顔を向けると、敵意に満ちた鋭い視線が突き刺さる。そんな様子にアインズが苦笑を浮かべていると、ハムスケが見上げてくる。
「殿…頭が痛いでござるよ……」
「ん?あぁ、すまないな。だが、お前の体を私の剛力で締めたくないんだ。もう少し走るのを安定させてくれ」
そう言いながらアインズは、先程叩いた辺りを優しく撫でてやる。小動物とのふれあいをイメージした手つきだ。
「殿…承知したでござるよ!それがしにお任せでござる!」
ハムスケは撫でられたことに喜びながら、力強く答える。近くから、私も動物に変身すればもっと可愛がって下さるのでしょうか、とぶつぶつと呟く声が聞こえる。
(うーん、どうだろうな……?まぁ、小さなネコとかなら膝の上に乗せて撫でてやるぐらいはするかな?)
アインズがそんなことを考えていると、イグヴァルジが好意の欠片もない声を出した。
「おい、モモン。目的地点だぞ」
了解の意を示すと、それに応じてハムスケが徐々にスピードを落としていく。意志疎通が出来るのが、ハムスケに騎乗する最大のメリットだ。
(馬に乗らずに済んだのは、幸運だろうな。落馬なんてしたら、ハムスケに乗るよりカッコ悪い)
アインズはハムスケから飛び降り、感謝の気持ちを込めて撫でてやった。
「それじゃ行くか。隊列はどうする?」
「私達が先に行こう。そっちは後ろを付いてきてくれればいい」
「お前がどうなろうが知らないが、俺達のことも考えて慎重に行動しろよ?」
イグヴァルジの面倒くさそうな返事を受け取ると、アインズは森の中を歩き出す。
しばらくの間淡々と歩いていると、ハムスケが何かに反応した。その何かに心当たりがあったアインズは、ハムスケの耳の近くに口を寄せる。
「──止せ」
「は?殿、何をおっしゃって──」
「──お前が聞いた音は私の手の者だ。気にするな」
「そ、そうでござったか。失礼したでござるよ、殿」
パンドラズ・アクター主導で、ニグレドに再び命じて監視をさせているのだ。世界級アイテムまで併用させている彼女の監視下で万が一は起こらない。
さらにある程度、森を進んだ辺りで、後方から慌てて武器を抜き放つ音が続けざまに聞こえてきた。アインズは足を止めると、のんびりと振り返った。
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよ。先頭を歩くなら警戒ぐらいしろよ」
イグヴァルジの敵意に溢れた声に今回ばかりはと、仲間たちも同意の姿勢を示す。
「おい!そこにいる奴!ゆっくりと姿を見せろ!」
イグヴァルジが声を投げ掛けたのは、人間ぐらいなら十分に隠れられそうな木だ。殺伐とした空気が満ちる中、アインズは平然とその木に向かって歩き出す。
木に近付くと、それに応えるように陰から、仕立てのいい黒いドレスに身を包んだ銀髪の麗しい少女がその姿を現す。場違いな美少女の登場で、異様な雰囲気に場が支配される。いや一部の場が、というのが正しいか。
「ご苦労」
「ありがとうございます、アインズ様」
その少女──シャルティアは臣下の礼を取る。
「それでパン──」
「──そいつは一体誰なんだ!?お前の仲間か!?それにアインズ様?」
アインズの後方から質問が大声で投げ掛けられる。イグヴァルジたちからすればごく当たり前の反応は、臣下の礼を未だ取っているシャルティアからすれば万死に値する行為。憤怒の炎が、周囲を燃やし尽くすような苛烈さで迸った。ハムスケがぶるりと身を震わせ、全身の毛を逆立てる。第三者ですらその反応だ。矛先にいる男達は顔色を失い、次の瞬間に待つ、死を感じ取り、額を脂汗でべっとりと濡らす。
ここで今までずっと黙っていた人物が口を開く。
「シャルティア殿、落ち着いてください。あの男たちは兎も角、ハムスケまで怯えさせていますよ」
「あらごめんなさい。それにしても…ナーベラルの姿でその態度は違和感が凄いでありんすねぇ、パンドラズ・アクター」
「おっと!それでは元に戻るとしましょうか!」
ナーベラルが突然大声を上げ、切れのよいターンを決めると、その姿がぐにゃりと歪む。一拍の後、そこには軍服のような衣服に身を包んだ埴輪の姿があった。クラングラのメンバーは驚愕に目を見開く。アインズはその様子に苦笑を浮かべる。クール系美女が突然ハイテンションな埴輪になったら、そりゃあ言葉を失うだろう。
「改めて自己紹介しておこう。モモンこと、アインズ・ウール・ゴウンだ。そして彼女がシャルティア、彼がパンドラズ・アクターだ。あぁ、ナーベは別にちゃんといるぞ?」
困惑をその面に浮かべている男たち。それを見て、シャルティアはクスクスと可愛らしく笑い、パンドラズ・アクターが恭しく礼をとりながら宣告する。
「あなた方の出番はこれまで。ここで
パンドラズ・アクターの言葉にイグヴァルジたちが驚愕している間に、アインズが命令を下す。
「さて…シャルティア、そいつらを始末せよ。既に手は打ってある。何も気にすることなく殺して構わない。なお、死体はナザリックに回収せよ」
「畏まりんした」
シャルティアがより一層笑みを深める。それを見た男達は、少女の美しい顏がただの仮面であると悟った。イグヴァルジたちは状況を理解出来ずとも、身の危険を感じ武器を構える。驚愕の視線を浴びながら、アインズは肩を竦めた。
「お前たちに恨みはないが…『ミスリル級冒険者チームを全滅させた吸血鬼を滅ぼす』というのは名声を高めるのには丁度良いのだよ」
「警告に従わず、付いて来たのはあなた方の選択。甘んじて受け入れて下さい」
アインズとパンドラズ・アクターの死の宣告に、イグヴァルジたちは撤退の一手に出る。それを見たシャルティアは一瞬、虚を衝かれたような表情を浮かべるが、すぐにいつもの微笑みに戻る。
「どいつもこいつも、無駄な足掻きをするでありんすねぇ。では、狩りを楽しむとしんしょうかぇ」
シャルティアはアインズに一礼した後、追跡を開始する。
シャルティアの言うとおり、彼らのしていることは無駄な足掻きでしかないのだ。既にシモベを散開させており、その上ニグレドの監視付き。万が一にも逃げられる訳がない。
「さて…あちらはシャルティアに任せて良いだろう。それでパンドラズ・アクター。戦いの痕跡を残す必要があるが、どんな演出をするつもりなんだ?」
「そうですねぇ…父上のお力の一端を見せて頂くというのはどうでしょう?」
「それは『超位魔法』を使え、ということか?」
「それも捨てがたいですが、せっかくなので父上だけの魔法が見たいです」
「なるほど。お前はアレが見たいのか。ふむ、まぁ、良いだろう」
「ありがとうございますっ!父上!」
「……それじゃあ、場所を──」
『──アインズ様』
パンドラズ・アクターの要望に応えるため、それに適した場所を探そうとしたアインズに、監視しているニグレドから〈
「どうした、ニグレド?シャルティアの方に問題でもあったか?」
『いえ、シャルティア様の方は既に仕事を終え、ナザリックに帰還しています』
「……早すぎだろ。ゴホン!……では何かいたのか?」
『はい。そこより北西に約五キロメートルの地点に白銀の鎧の人物がいます。生体反応はありませんが、レベル90を越えています』
「レベル90か……こちらに気付いている様子は?」
『今のところはありません』
「分かった。大丈夫だとは思うが、念のためそいつの監視は打ち切れ」
『畏まりました』
ニグレドからの通信が切れる。アインズはパンドラズ・アクターに内容を伝え、どう動くべきかを考える。
「生体反応がないとすると、アンデッドか遠隔操作でしょうね」
「ああ。どちらにせよ、この世界では間違いなく強者だ。私としては接触して、友好関係を、最悪でも不干渉を取り付けたい」
「同意見です。レベル90であれば、世界級アイテムを所持する我々であれば、万が一の時でも撤退は可能だと思いますし、早い段階で接触するのは上策かと」
方針は決まった。アインズは
「この森一体をすべて確認しておいて良かったですね」
「ああ。即座に転移ができるのはかなり便利だ〈
ニグレドに発見され、アインズに報告されているとは気付いていない、白銀の鎧の人物──ツァインドルクス=ヴァイシオンは困惑していた。
彼はスレイン法国の漆黒聖典が動いたのを機に、彼らを監視しようとこの森に来ていた。しかし当の漆黒聖典は見つけることが出来ていない。
(長い間寝ていたからね……少し感覚が鈍ったのかもしれないな)
彼の正体は“
しかし、五感は正常に機能していたようだ。突如、背後に現れた存在に反応し、その場を飛び退き、警戒する。ゆっくりと視線を向けると、そこには仮面を被った魔法詠唱者らしき人物と、不思議な格好をした異形種が立っていた。
「……何者だい?」
ツァインドルクスは警戒を保ったまま問い掛ける。この瞬間まで自分に気付かせなかったとなると、かなりの強さであると予測できる。それに片方は異形種だ。仮面の人物も異形種である可能性が高い。
ツアーがそう考えていると、仮面を被った方が質問に答える。
「そんなに警戒をしないでくれ。私はアインズ・ウール・ゴウン。そしてこちらはパンドラズ・アクターだ。そちらの名前を聞いても良いかな?」
アインズの紹介にパンドラズ・アクターは軽く会釈する。相手の友好的な空気にツァインドルクスは、内心ホッとして、警戒を少しだけ解く。
「ツァインドルクス=ヴァイシオンだ。長いからツアーでいいよ」
「そうか、ツアー。私のこともアインズでいい」
「分かったよ、アインズ。それで僕に何か用かい?突然、転移で現れたから驚いてしまったよ」
「それは悪いことをしたな。私達が来たのは、お前がレベル90を越える強者であったからだ」
ツアーはアインズの言葉に引っ掛かりを覚える。自分が強者だと分かるのは良い。だが、彼はその前に何と言った?“れべる”を使う者となれば──
「──君たちは“ぷれいやー”なのかい?」
ツアーがそう問うと、アインズとパンドラズ・アクターはより一層興味深そうな目を向ける。
「ツアー、お前はプレイヤーを知っているのか?」
「流石は“
「やはりそうなのか…僕のことまで知っているとはね」
「本名を名乗っていましたから。それと私の方はプレイヤーではありませんよ」
「従属神ということかな?君たちは“えぬぴーしー”と言うんだったか」
ツアーは問答をしながら、二人──特にプレイヤーだというアインズを観察する。ツアーは見極めなければならない。彼が、六大神や十三英雄のリーダーのように世界に味方する存在か、はたまた八欲王のように世界に仇なす存在かを。
「……ねぇ、アインズ。君はこの世界に何を望む?」
「抽象的な問いだな。それを聞いて、お前はどうするんだ?」
「八欲王のように世界に仇なす者であれば戦う必要があるね」
「なるほど。お前はさしずめ世界の守護者といったところか。ふむ……」
アインズは暫し考え込む。それをツアーは静かに見守る。
「……そうだな。この美しい世界を手に入れたいとは思う。NPCたちの願いでもあるしな」
「やはり──」
「──だが、他を滅ぼして手に入れたいとも思わない」
世界を手に入れたい、と言ったアインズを世界に仇なす存在だと判断し、切りかかろうとしたツアーだったが、続く言葉に踏みとどまる。ツアーはアインズの真意を探るために問い掛ける。
「……それはどういうことだい?」
「人間種、亜人種、そして異形種。全ていてこその世界だ。どの種族に肩入れするつもりもない。私が目指している世界征服の形は共存共栄。他にいるかもしれないプレイヤーに文句の一つも言わせない、幸福による支配だ」
アインズはNPCたちにも聞かせたことのない本心を語る。友人たちが戻ってきた時に胸を張れるような世界を作り上げることこそがアインズの願いだ。
「……どの種族であっても滅ぼす気はないと?」
「それは少し違うな。敵対する者には容赦するつもりはない。それは自然の摂理というものだろう?」
アインズの言っていることは正論だ。同じ竜王の血を引く女王が治める国が、ビーストマンに物理的に食べられていても、ツアーは無視してきた。
「私はこの力を無闇に振るうつもりはない。敵を増やし、大切な
アインズはそう締め括る。その言葉には力があり、本心から言っているのは明白だった。ツアーは剣から手を離し、二人と遭遇してから初めて力を抜く。彼なら、アインズなら信用できるだろう、と。
「君の考えはよく分かったよ。出来れば仲良くしていきたいな」
「それはこちらとしても望むところだ。そもそも、そのつもりで来たからな」
アインズとツアーは友好的な空気で握手を交わす。ずっと警戒していたパンドラズ・アクターの方もようやく力を抜いたようだ。
「ところで、アインズ。異形種のえぬぴーしーを連れているということは、君も異形種なのかい?」
「ああ、では素顔を見せておこう」
そう言ってアインズは仮面をはずし、骸骨の素顔をさらす。それを見たツアーは驚く。
「!?──スルシャーナと同じ…?」
「確か六大神の一柱だったか。そう言えばクレマンティーヌ、スレイン法国出身の配下にも言われたな。ツアーの知り合いだったのか?」
「え、あ、うん。少しだけど親交があったんだ。……それより君は法国の人間を配下にしているんだね」
ツアーは表だったものではないが、スレイン法国とは敵対している。少し思うところがあるのだろう。
「安心しろ。そいつは出身というだけで、既に国を裏切った者だ。そもそも我々は異形種だぞ?」
あの国は他種族排斥を掲げる、人間至上主義の宗教国家だ。アインズと同じ種族だと思われるスルシャーナを信仰しているとはいえ、ナザリックとは相容れないだろう。ツアーも納得してくれたようで頷いている。
アインズが疑惑を解消できたことに安堵していると、ツアーが思い出したように問いかけてくる。
「あっ、法国と言えば僕は漆黒聖典が動いたと聞いて、探していたんだけど何か知らないかい?」
「ああー……」
身に覚えがありすぎる。アインズは少し困ったようにパンドラズ・アクターの方を見る。パンドラズ・アクターは心得ましたと言わんばかりに敬礼で応え、ツアーに詳細を話す。
「はぁー……何となく予想していたけど、やっぱり君の仕業だったんだね」
「まぁな。これで人類最強国家の力を削ぐことができた。法国とはいずれ敵対することになると思っていたから、幸運だったよ」
おそらくだが、法国はしばらく動けない。その上ツアーと友宜を結ぶことができた。これでかなり計画を進めやすくなっただろう。あとは念には念を入れておこう。
「そうだ、ツアー。一つ言っておくことがある」
「なんだい?」
「私たちは世界征服のために、お前が眉を顰めるようなこともするだろう。その時、お前は不干渉を貫いてくれるか?」
「……大体のことは目を瞑るよ。僕は聖人君子じゃないからね。それに、君の目指す先が分かっているから」
ツアーは世界を歪めることが許せないだけだ。それ以外は何人かの友人が無事であればいい。ツアーの考え方はアインズの考え方とよく似ているのだ。
「ありがとう。いつか友人として私の拠点に招待し、ゆっくりと話をしたいな」
「それは嬉しい提案だね。ギルド拠点は素晴らしいと聞くから。君の方も機会があったら評議国に来てよ。友人として歓迎するよ」
二人は互いに笑い合う。「友人」というのはアインズにとって特別な意味を持つ言葉なのだ。パンドラズ・アクターは創造主が喜ぶ様子を暖かい気持ちで見守っていた。
「僕はそろそろ帰ろうと思うけど、アインズたちはどうするんだい?」
暫く話しているとツアーがそう切り出す。アインズはツアーとの会話が楽しく、すっかり失念していた。
「ああ、すっかり忘れていたな。さっそく足掛かりを作るために、一つ魔法をぶっぱなそうと思っていたんだ」
強大な吸血鬼と戦ったという証拠を残すための作業だ。確実に遂行しなければならない。
「魔法か…それは僕も見ていいものなのかい?」
「私が使ったと口外しないのであれば構わないぞ。ただ危険だから、かなり離れた位置から見てもらうことになるぞ?」
「分かった。約束するよ」
「では、ツアー殿は私に付いてきてください。私も見学組なので」
パンドラズ・アクターがペロロンチーノの姿を象り、ツアーを連れて空へと飛ぶ。
それを見送ったアインズは少しワクワクした気分になっていた。
(この
一方、空でも──
「パンドラ、君はアインズが今から使う魔法を知っているのかい?」
「知識としては。ユグドラシルの中でも、死霊系統の魔法職を極められた父上だけがお使いになることができるもの、と聞いております」
「彼だけの、文字通り最強の魔法か……」
アインズは一度大きく深呼吸をする。ワクワクし過ぎて逸る心を落ち着けるために。
「さぁ、この世界での初披露だ!!」
“
〈
瞬間、アインズの背後に十二の時を示す時計が浮かび上がり、周囲に女の絶叫が波紋の如く響き渡る。
──カチリ。
絶叫に合わせるように、アインズの後ろにあった時計がゆっくりと時間を刻み始める。上空のパンドラズ・アクターとツアーが固唾を飲んで見守る中、十二秒が経過し、時計の針が再び天を指す。
そしてアインズの切り札が発動する。
瞬間──世界が死ぬ。
比喩でも何でもなく、全てが死んだ。生物だろうが、無生物だろうが関係なく。生命という概念すらない空気でさえ死んだ。
直径二百メートルの範囲が瞬時に砂漠へと変わる。数秒を要し、新鮮な空気が流れ込みだした。アインズの身につけるローブがはためき、その姿はまさに
暫く経って、ゆっくりとパンドラズ・アクターとツアーが降りてくる。
「流石は父上!その至高なるお力に感服いたしました!」
「凄いね……八欲王以上だ。君が敵じゃなくて本当に良かったよ」
「ありがとう、二人とも。私もどこかスッキリした気分だよ」
大興奮のパンドラズ・アクター、呆れ気味のツアー、微笑むアインズ。
アインズは初めて友人たちに披露した時のことを思い出し、同時に新しく出来た関係に満足感を募らせていた。
「それじゃあ、僕は帰るよ。約束通り、今見たことは他言しない。また近いうちに会おう、アインズ、パンドラ」
「ああ、楽しみにしているよ、ツアー」
「私も楽しみにしております」
もう一度、握手を交わしツアーは去っていった。アインズはその後ろ姿を暫く見送っていた。
「さて……あとは傷を付けた鎧と水晶を持って、組合に報告するだけだな」
「ええ。終幕まで気は抜けません」
アインズとパンドラズ・アクターはもう一度、気を引き締め直す。エピローグを完璧な形で迎えるために──
ミスリル級冒険者チーム「天狼」のリーダー、ベロテは冒険者組合の扉を開ける。途端、冒険者達から敬意や憧れの視線を向けられる。ベロテには見慣れた光景だが、一ヶ月前に比べると、若干熱が冷めている。
(仕方がないことだがな)
ベロテは掲示板に張り出されている依頼に視線を走らせる。残念ながらミスリル級の依頼は見当たらない。全てある冒険者が短時間で済ませてしまうために。
「……モモンさんか」
その冒険者の名前をベロテは、愚痴も若干含んだ口調で漏らす。約一ヶ月前、国をも滅ぼした吸血鬼を屠った男の名前を。
熾烈で苛烈な死闘によって、同行したイグヴァルジたちが巻き込まれて全滅したということに驚きはなかった。いや、あの戦いに参加すれば、死んで当然だ。
魔封じの水晶を暴走させることによって生じた、広範囲に渡って砂漠化した大地。驚くべきはそれだけしなければ、吸血鬼には勝てなかったということ。そして──
「──彼らは生き残った」
勝利し、生還した彼らは、国を滅ぼした吸血鬼すら滅ぼす化け物だということが逆説的に成り立つ。先程敬称を付けたのも、敬意を示さざるを得ない強さを持つからだ。
ベロテがそんな圧倒的強者に思いを馳せていると、扉が開く音がし、組合内を風が通り抜けたようなざわめきが生じた。
──“漆黒の英雄”モモン。
巨剣を二本背中に差し、後ろには稀有なる美女を引き連れている。二つ名の由来となった漆黒の鎧が煌めく。胸元に下げられたプレートは──生きた伝説、冒険者の憧れ、人間の切り札──アダマンタイト。
彼の功績はオリハルコンというレベルにすら留めることは出来なかったのだ。
「王国三番目のアダマンタイト……」
「あれが“漆黒の英雄”モモンか…そして後ろが“美姫”ナーベ。噂に違わぬ美貌だなぁ……」
「ほら、あそこの森。あの一部を焼き尽くしたのが彼らしいぞ…。武技で焼き払ったとも聞くが……」
「いや、まさか…。武技であんなことが出来たら、それは…人間のレベルじゃないぞ?」
「それが出来る一握りなんじゃないのか?俺は彼がアダマンタイトの中のアダマンタイトだとしても驚かないね」
無数の憧れの視線を全身で受け、モモンは堂々とカウンターへと向かって歩く。カウンターで受付嬢と依頼について相談していた冒険者達が、最高位の冒険者に道を譲る。その面持ちに浮かぶのは敬意と恐れ。
モモンは平然と受付嬢に話しかける。
「請け負っていた依頼は終わらせてきた。次の仕事を見繕ってくれ」
「あ、そのモモン様。申し訳ありません。今、モモン様にご依頼出来るような仕事は入っておりません。悪しからずご容赦下さい」
立ち上がり、受付嬢が頭を深々と下げる。
「そう──」
言いかけたモモンの言葉が突然途切れる。数秒の後、再び口を開いた。
「──そうか。それは丁度良かった。急用を思い出したので、宿屋に帰る。私に至急の用事があれば宿屋に頼む。場所は何処か知っているな?」
「はい。黄金の輝き亭ですね?」
モモンは頭を縦に振ると、深紅のマントを颯爽と翻し、歩き出す。
外に出たアインズは通信相手に向けて告げる。遠くの地に圧倒的武力を見せつける、世界征服への一歩となる命令を。
「ガルガンチュアに起動を命じろ。ヴィクティムも呼び出せ。コキュートスが戻り次第、折角だ、全階層守護者で行くとしよう──」
「ノスフェラトゥ」はドイツ表現主義映画の題材から引用。どうせならカッコ良くいこうと思いました。
ツアーとは早めの接触。シャルティアと遭遇しなければ、時系列的に会うことになると考えました。
次回は幕間『世界情勢』です。御愁傷様な法国、無能な王国、皆大好きジル君の帝国、今作勝ち組の評議国、絶好調なナザリックの様子を書いていきます。