日本政治学会2000年度研究会 分科会M 読上げ用原稿

韓国ナショナリズムから見た日米韓関係

 - 「超越的価値」なき「小国」ナショナリズムからの展望 -

木村 幹(神戸大学)

 ご紹介預かりました神戸大学の木村です。企画委員の先生の方から、日米韓三国関係について、ナショナリズムの観点から報告せよ、というご依頼をいただいたのは、昨年末だったかと思います。それ以来、この問題、特に、国際関係を考える上で「ナショナリズム」をどのように扱えば良いか、ということについて、私なりにいろいろと考えてまいりました。

 その結果、私が到達した結論は、以下の様なものでした。即ち、この場において「ナショナリズム」について語る最大の意義は、各々のネーションにおける、各ネーション固有のアイデンティティと、それを包含する国際秩序認識、更には、これら全てを取り結ぶ各々のナショナリズムの論理、を明らかにすることにより、国際関係の中において、一見「非合理」に見える各々のネーションの行動を、「合理的」に説明し、逆にその行動への予測可能性をまさしめることです。

 このように考えました時、日米韓三国関係において、このような説明を最も必要とするネーションはどれか。それは -- 些か手前味噌ではありますが -- やはり、韓国の行動についてあろうと思います。言うまでもなく、韓国はその「強い」ナショナリズムにより知られた国であり、その分析を抜きにして、第二次世界大戦後の日米韓関係を見てゆくことは困難です。しかし、同時に見落とされてはならないのは、その韓国は同時に他の諸国に先駆けて、外資を導入して経済発展を果たした国であり、また、97年末の通貨危機を経た現在において、最も円滑且つ積極的に外資を受け入れようとしている国の一つでもあります。「強い」ナショナリズムと、外資や援助、更に「外圧」への柔軟性。この一見矛盾して見える側面こそ、韓国ナショナリズムの、恐らく、最大の謎であり、この点を理解せずして、第二次大戦後の日米韓三国関係を理解することは控えめに言って困難であろう、と思います。

 そこで本報告においては、この点を明らかにするために次の順序でお話をさせていただこうと思います。まず、韓国のナショナリズムがその「論理」を獲得する際の、前提条件においてお話させていただきます。次に、そのような前提条件下で、韓国ナショナリズムはどのようなアイデンティティと国際秩序観、更には、論理を獲得するにいたったか。そして、最後にそのような韓国ナショナリズムから見た解放後の日米韓三国関係について、簡単にお話させていただくことにいたします。

さて、以上のような観点から見たとき、韓国ナショナリズムの前提条件として、我々が先ず抑えておくべきは、韓国の近代が、中華帝国を中心とする「朝貢体制」の中にある状態から出発した、ということになります。朝貢体制については、今日様々な議論があることは会員の皆様もよくご存知かと思いますが、本報告において私が強調したいのは、このような朝貢体制への包摂の結果、韓国知識人達が、一定の国際秩序に対する「捉え方」を獲得するに至っていた、ということです。即ち、そこにおいてはまず中心に中華帝国という「大国」が存在し、その周辺に、朝鮮王朝に代表される朝貢国という「小国」、更にその外側には「夷狄」が存在する、という考え方がそれになります。重要なのは、ここにおいて、後の韓国人の国際秩序観を構成する、国際社会とは「大国」と「小国」という二つの要素により構成されている、という考え方が既に登場しており、その中で韓国が自明の「小国」である、と位置付けられていた、ということになります。

(ここまで5分)


 言うまでもなく、近代の到来は、このような韓国が前近代において有していた、国際社会観に一定の変更を迫ることとなります。就中、重要であったのは、西洋的国際秩序の到来の結果、それまで中華帝国ただ一つしかなかった「大国」が、複数となったということになります。しかし、同時に見落とされてはならないのは、にも拘わらず、韓国そのものはといえば、それが「小国」である、という自己認識は変わることなく受け継がれたことです。この結果、韓国の課題は、「複数の大国」が存在する状況下、「小国」が以下にして国を守って行くか、ということになりました。それは韓国をして次のような「国際戦略」を追求させることとなります。即ち、「小国」はその定義上、単独で「大国」と国際社会において伍してゆくことは困難である。「小国」が生き抜いてゆくためには、「大国」の中から信頼できる者を注意深く、選び出し、これとの盟約を取り結ぶことにより、自己の安全を確保してゆくことである。韓国、より正確には朝鮮王朝は、このような戦略を以て、「近代」の中を生き抜いて行こうとすることになります。

 しかしながら、会員の皆様、よくご承知のように、現実の「近代」においては、韓国が望んだ「公正之大国」は実際には、存在せず、結果、韓国は日本の植民地へと転落してゆくこととなります。このような「近代」の経験は、韓国の知識人、そして後には、韓国の一般大衆に至るまでの間に、強い「挫折感」を齎すことになります。ここにおいて、韓国ナショナリズムがその発展の為にとり得る道は論理的に3つしかありませんでした。即ち、その第一は、失敗に鑑み、「大国」へと支援を求めることを止め、自らの「小国」としてのアイデンティティを改めることです。しかしながら、第二次世界大戦以前の状況においては、このような選択は、韓国の民族運動を国際的に孤立させ、それを一層の窮地に陥れる結果となりました。新たなる失敗は、新たなる「挫折」を導き、来たるべき韓国ネーションの苦悩を、一層深いものとさせることとなります。第二の選択は、現在の自らの「小国」性を真正面から受け止め、その「改造」により、将来の「大国」化へと努めることでした。しかしながら、植民地支配下、植民地当局が前近代韓国の「暗黒の歴史」を協調し、その弱小性こそがネーションたることが不可能である事を意味している、と強調する当時においては、この主張は、総督府のそれと大きく変わることなく、彼等は「親日派」へと転落することを余儀なくされます。

 結局、韓国ナショナリズムにとって必要なのは、自らが「小国」であり、「大国」の支援を必要とする現実を、ナショナリズム確立に必要な民族のプライドを損なうことなくナショナリズムの中で、如何にして説明してゆくか、ということでした。ここで見落とされてはならないのは、例えば戦前の日本や、今日の一部のイスラム諸勢力等と異なり、この過程において韓国ナショナリズムが、植民地化過程において、儒教がその説得力を著しく喪失した後においては、自らが正義であり、それが最終的に勝利することを「保証する」、民族の「神」を持たなかったことでした。この結果、「神なき」韓国ナショナリズムは、自らの敗北を、「現実」の中で説明する他はなく、結局、それは次のような李承晩の論理に代表される形で説明されてゆくこととなります。曰く、小国は小国である以上、自らを自らの力で守ることは困難である。しかし、そのような小国が本当に国際社会の中で、窮地に陥るとするならば、そのような国際社会あるべき倫理に反している。国際社会をそのような邪悪なものとしている責任は、現実を放置している「大国」の側にあるのであり、「小国」は「大国」にその是正を「当然」に要求することができる。

 この論理を獲得することにより、韓国は自らのネーションとしてのプライドを大きく損なうことなく、「大国」に自らへの支援を要求することが可能となりました。比喩的に言うなら、前近代におけるネーションの「プライド」を欠いた朝鮮王朝の「事大主義」は、このようにして自らの「プライド」を獲得することにより、「ナショナリズム」への大きな一歩を踏み出すこととなります。更に言うなら、このような論理は同時に、「小国」韓国に「大国」の「不正」を追求する権利を与えると同時に、「大国」が公正に行動するように要求する「義務」をも負わせることとなります。この結果、甞ての「挫折」は、自らが「義務」を遂行するための「試練」と化し、韓国もまた、自らの「義務」を果たすべく、粘り強く「大国」へと働きかけてゆくことが可能となります。

 解放後の韓国は、このような論理を以て、「二つの大国」と「一つの小国」からなる、日米韓三国関係を生き抜いてゆくこととなります。重要であったのは、この韓国のナショナリズムにおいては、例えば、日本や中国のそれとは異なり、予め「大国から援助を受ける」ことがビルト・インされており、進んで、それが韓国の生き残りの為に必要不可欠であることが前もって説明されている、ことです。加えて、この論理を代表した李承晩が初代大統領に就任した結果、韓国は、朝鮮戦争の以前から、アメリカに「当然の権利」として援助を強く要求し、これに依存する経済体制を作り上げてゆくこととなります。朴正煕政権の「輸出志向型」の戦略が、この李承晩政権期の外援依存型経済体制の産物であることは、今日、良く知られているところであろうと思います。

(ここまで10分)

 しかしながら、同時に、このような、「自らが『小国』であることを根拠に、『大国』に当然の権利として、一定の行動を要求する」、「世俗的」な韓国のナショナリズムは、日米両国、特にアメリカとの間に、時に強い軋轢を齎すこととなります。見落とされてはならないのは、「近代」を迎えたその当初から一貫して、韓国ナショナリズムが想定する「公正之国」の第一候補がアメリカであった、ということです。たとえて言うなら、日本が韓国ナショナリズムにおける「敵役」を与えられているとするならば、アメリカには「正義の味方」の役割が予め与えられていたということになります。そして、「敵役」はただ自らの意志の赴くままに行動すればよかったが、「正義の味方」には、多くの義務が科せられていた、ということになります。そして、解放後の韓国ナショナリズムにとって真に問題であったのは、「過去」を巡って対立する日本との関係よりも、解放後の「現実」であるアメリカとの関係でした。

 このような韓国ナショナリズムにおける一方的な「他者認識」と、その結果としてのアメリカとの対立は、50年代には、李承晩とアメリカの対北・対日政策を巡る対立として表れてくる訳でありますが、言うまでもなく、それが、最も先鋭化したのは、80年代の韓国における「反米運動」においてでした。朝鮮戦争後世代の台頭と経済発展を社会的背景にし、光州事件を決定的なきっかけにした、この運動ですが、その最大の特徴は、それが単純にアメリカに韓国から出てゆくこと、或いは、従来の米韓関係を改めることを求めただけでなく、進んで、自由主義の盟主・アメリカが、韓国の民主化の為に積極的に行動することを求めた、ということだろうと思います。当時のある学生運動指導者は、このような自らの運動を、「反米運動ではなく、アメリカが真にアメリカ非ざることを批判する『批米運動』である」と述べていますが、この発言、そして当時の学生の間に見られた典型的な「アメリカ批判」である、「アメリカは自己の利益の為に行動している」という非難に見られるのは、やはり、「『大国』は世界を倫理にかなったものにすべく行動する義務を有している」という韓国ナショナリズムの論理であったと言うことができます。しかし、このような韓国ナショナリズムの論理が齎したのは、80年代末における、アメリカ人の強い「嫌韓意識」であり、それが典型的には、ニューヨーク・タイムス紙等が展開した、ソウル五輪批判であったことは、我々の記憶に未だ新しいところだと思います。

 それではこのような韓国ナショナリズムは、徒に日米両国のみに倫理的な負担を負わせるものなのでありましょうか。この点を最も象徴的に表しているのは、97年末通貨危機以降の韓国世論の動向であろうと思います。周知のように、当初、韓国においてはIMFとの協定に対する不満が大きく、それに対する「再交渉論」が、重要なイシューとして大統領選挙にも登場しました。しかしながら、我々が同時に見落としてはならないのは、少なくとも、韓国政府がIMFに救済金融を要求して以降、韓国において、IMFへの救済金融要請そのものを否定する議論は皆無に近く、逆に、「再び経済信託統治を受けないためにも改革を進めなければならない(ハンギョレ新聞)」という議論が大勢を占めていた、ということです。この結果、韓国において巻き起こったのは、「早期危機克服」の為の、全国民的運動でした。重要なことは、この過程において、「全体の利益」の為に、財閥や労働組合等、改革により被害を蒙るであろう「個別利益」が大きく抑制されていった、ということです。即ち、この「危機」において、韓国ナショナリズムが果たしたのは、「個別利益」を保護することにより、外圧に抵抗し改革を遅らせることではなく、寧ろ、ネーション全体が再び屈辱に遭わないためにも、「個別利益」の声を抑圧し、外圧が要求する改革を促進することだったということができます。

 本報告において重要なのは、何故に韓国ナショナリズムは、この時、外よりも、寧ろ、内へ向かって作用したか、ということになります。この点を考える上で重要なのは、この時の韓国の議論は、あくまで国際社会の変化に合わせて、韓国が「世界化」することの必要性を認めた上でのものであったことであり、基本的に「IMF」がそれを促進する方向で動いていた以上、韓国は、最終的にはこれを受け入れるしかなかった、ということことです。それでは、韓国ナショナリズムは、これ程簡単に苦痛の伴う「世界化」を簡単に受け入れてしまったのか、ということが次に問題になります。この点を考える上で重要なことは、韓国ナショナリズムがこのような「世界の趨勢」を、基本的には自らが変えることのできない「外部」の動きである、と認識していることです。自らを「小国」と認識する韓国ナショナリズムにおいては、「大国」が支配する「世界」は、基本的に自らと無関係なところでその動きが決定されており、にも拘わらず、「小国」韓国は、これと無関係に生きることはできない、と認識されています。既に述べましたように、「小国」はこれに対して、当然の権利として、抗議することができる訳ですが、そのことは、「小国」の声により、「世界」が動くことを意味している訳では在りません。

(ここまで15分)


 抵抗の声を挙げつつも、結局、「小国」は「世界」の流れに究極的には逆らうことができない。その意味で、韓国の「小国」意識に基づくナショナリズムは、強い「抵抗」の側面と同時に、深い「諦念」をも同時に内包しています。そして、正にその点において、アメリカや中国、更には日本等のように、究極の選択として、自らの巨大な国力に対する確信や、「超世俗的な信念」から、国際社会への「挑戦」や、逆にそれから「孤立」というオプションを残しているナショナリズムと、「小国」意識に基づき、飽くまで「世俗的」な韓国ナショナリズムは決定的に異なります。「諦念」は、韓国ナショナリズムに深い「傷」を与え、その「傷」を少しでも癒すために、韓国ナショナリズムは、強く「抵抗」する。しかし、その「抵抗」が飽くまで「世俗的」な現実から出発し、自らの小国性に対する「諦念」を有している以上、それは国際社会や主要「大国」との決別、という、重要な一線を踏み外すことはありません。そして、そのような韓国ナショナリズムの特色こそ、韓国の「一見強い」ナショナリズムの主張と、にも拘わらず最終的には「世界の趨勢」へと従順であり、時には逆に個別利益の声を沈黙させてでもこれに従わせる、韓国ナショナリズムの二つの側面を可能としている、これが私の報告の結論になります。

 「小国意識」に基づく、強い「抵抗」と深い「諦念」。一言で言うなら、韓国ナショナリズムは正にこのような前提を持つことにより、時に日米と激しく対立しながらも、最終的には自らに必要な援助を日米両大国に要求し、また時には、外からの「外圧」を受容しながら、解放後の日米韓三国関係を生き抜いてきました。たとえて言うなら、このようなナショナリズムは、韓国というの名の船が、時に大きく軋みをあげながらもその針路を見失うことなく、必要に応じて大きく梶を切りながら、自らの生存を維持し、進んで自らが望む発展を実現することを可能としてきました。その意味で、韓国ナショナリズムは、戦後の韓国の行く末を決定した「海図」であったとは言うことはできませんが、その重要な「転覆防止装置」の一つであったことを我々は否定することができないと思います。

しかしながら、今日の韓国は最早甞ての「小国」ではありません。韓国が「小国」であった時代、「大国」はその時に強すぎるナショナリズムの主張を、最終的には受け入れ、或いは「小国」のそれとして聞き流すことができました。しかし、今日、「大国」と化した韓国の一つ一つの行動は、甞てとは全く異なる重要性を以て国際社会に表れることとなります。その意味で、97年末の通貨危機は、韓国の「小国的ナショナリズム」が、有効に機能した最後の例であったのかもしれません。「大国」韓国が、今後巨大化した自らの姿をどのように受け入れ、新たなるナショナリズムを作り上げてゆくのか。日米韓三国関係は今後もこの動きに大きく左右されることとなると思います。

(20分で終了)


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