ベルディ(a.k.a.ヴェルディ):レクイエム・ミサの歌詞と音楽

ベルディ(ジュゼッペ・ヴェルディ, Giuseppe Verdi)「レクイエム」を演奏した機会に、その曲の構成と歌詞について調べたことをまとめたものです。

曲の概要

曲名
レクイエム・ミサ、マンゾーニの命日を記念するための
Messa da Requiem per l'anniversario della morte di Manzoni
作曲時期
1873/74
(1868/69:ロッシーニ追悼レクイエムのLibera me)
(1875:Liber scriptusの改訂)
初演
1874-05-22@ミラノ、サン・マルコ教会
楽章構成
  1. 第1曲: Requiem e Kyrie(レクイエムとキリエ)
  2. 第2曲: Dies irae(怒りの日)
  3. 第3曲: Offertorio(奉納唱)
  4. 第4曲: Sanctus(聖なるかな)
  5. 第5曲: Agnus Dei(神の小羊)
  6. 第6曲: Lux aeterna(永遠の光)
  7. 第7曲: Libera me(私を解き放ってください)
編成
Picc:(1); Fl:3; Ob:2; Cl:2; Fg:4; Hr:4; Tp:4(+4); Tb:3; Ophicleide:1; Timp; BD; Str; SMsTB; Chor
ノート

1868年6月、ベルディは「偉大な市民であり、また聖なる人でもある」と心から尊敬するマンゾーニに初めて会見し、「私は彼の足下にひざまずきました」と書くほど深く感動しました。同年11月には、ロッシーニが亡くなります。ベルディは「彼はイタリアの栄光だったのです!ご存命のいま一人の人物〔マンゾーニ〕が亡くなったら、いったいあとに何が残るでしょう」と述べ、音楽家たちが協力して一つのレクイエムを作曲しようと提案します。

ベルディはこの“ロッシーニ・レクイエム”のためにリベラ・メを作曲し、他の曲も大半ができあがりますが、結局この企画は日の目を見ないままに終わりました。しかしこの頃からベルディは死について深く考えずにはいられなくなっていくようです[タロッツィ, p.96ほか]。1873年4月、おそらくレクイエム全体の作曲を考えた本人の要請によって、リベラ・メの自筆譜が作曲者に返還されます。

同年5月にマンゾーニが他界したとき、ベルディはあえて葬列には参加せず、数日後に一人で墓参りをして、レクイエムをその追悼に作曲することを出版社に手紙で告げます。新しいレクイエムは速いペースで書き上げられ、翌年の一周忌に初演されました。

各曲の詳細

レクイエムを構成する7曲それぞれについて、歌詞の対訳、訳注、音楽上の構成、概要説明と譜例の順で紹介します。なお、フォーレのレクイエムで調べた内容は個別の訳注にリンクする形としていますので、より詳しい語の解釈や背景について必要に応じ参照してください。スクリプトとスタイルシートが利用できる環境では、訳注は折りたたんでいます。

第1曲:Requiem e Kyrie(レクイエムとキリエ)

Requiem e Kyrieレクイエムとキリエ
Requiem aeternam dona eis, Domine:1永遠の安息を、与えてください、彼らに、主よ:
et lux perpetua luceat eis.2そして絶えることのない光が、輝きますように、彼らに。
Te decet hymnus, Deus, in Sion,3あなたには賛歌が相応しい、神よ、シオンにおいては、
et tibi reddetur votum in Jerusalem:4そしてあなたに復唱されるでしょう、祈りが、エルサレムにおいては:
exaudi orationem meam,5聞き届けてください、私の語りかけを、
ad te omnis caro veniet.6あなたのもとへ、全ての肉あるものが至るでしょう。
Requiem aeternam dona eis, Domine:7永遠の安息を、与えてください、彼らに、主よ:
et lux perpetua luceat eis.8そして絶えることのない光が、輝きますように、彼らに。
Kyrie eleison.9主よ、慈悲を与えてください。
Christe eleison.10キリストよ、慈悲を与えてください。
Kyrie eleison.11主よ、慈悲を与えてください。
Christe eleison.12キリストよ、慈悲を与えてください。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-27イ短調 4/4 - イ長調Andante (♩=80) [1]Requiem aeternam (m.7)
28-55ヘ長調Poco più (♩=88)Te decet hymnus
56-77イ短調 - イ長調Attacca subito (come prima)Requiem aeternam
78-140イ長調Animando un pocoKyrie eleison
声部: 合唱→四重唱+合唱

弱音器をつけたVcの静かに下降する動機で始まります。これは分散和音によるAと、順次進行するBの2つの部分からなっており、これらがこの先の旋律の基本構成要素になって行きます。合唱の「安息を」は小声の同音反復で、このモノトーンな朗唱も、語りかけるような歌詞表現の場面でしばしば用いられます。

合唱Sopが歌う「与えてください」に添って弦楽器が表情を込めて奏でる旋律はBが、そしてすぐ続けて"et lux"に重なる甘美な分散下降はAが含まれることが分かるでしょう。

詩篇「あなたには賛歌が相応しい」はヘ長調となり、ア・カペラの合唱がBasから順にテーマを模倣しながら歌い始めます。このテーマはBの前にその反行形を加えたものと見ることができ、この三度上昇(あるいは下降)して元方向に戻る拡張形も重要な形です(B'と呼んでおきましょう[2])。

「安息を」に戻り、「絶えることのない光」のイ長調のまま「キリエ」に移ります。歌は独唱となり[3]、弦楽器が8分音符で刻む和音に乗って、まずTenが伸びやかに上昇していく旋律を歌います。低音楽器は、半音階を含んで順次下降する対旋律を奏でています(この下降音階も、後に形を変えて用いられます)。

「キリストよ」はセクションを分けることなく、同じ主題で「主よ」と交互に、あるいは同時に歌われます。合唱も加わって主題を模倣、展開して行き、ffに達しては弱まって新たな変奏の試みが繰り返されます。最後は独唱、合唱が一緒に「キリストよ」をpppで歌い、反行形となった対旋律が上昇して静かに終わります。

第2曲:Dies irae(怒りの日)

続唱(セクエンツィア sequentia、続誦)は9世紀以降何千とつくられましたが、16世紀のトリエント公会議で4つを残して廃止され、死者のためのミサではこの「ディエス・イレ」が用いられることになりました(現在は廃止)。13世紀の作と考えられ、強弱四歩格の韻律でかつ3行単位の脚韻を踏んで書かれています[4]。16世紀頃までのミサでは単旋律のグレゴリア聖歌(ベルリオーズの幻想交響曲などが引用していることでも知られます)として歌われていましたが、17世紀後半には劇的な音楽が付曲されることが増えました。

Dies irae怒りの日
Dies irae, dies illa,1怒りの日、まさにあの日に、
Solvet saeclum in favilla,2解き砕くだろう、この世を灰に、
Teste David cum Sibylla.3ダビデとシビラが証したように、
Quantus tremor est futurus,4どれほど震えがあるだろう、
Quando judex est venturus,5そのとき裁き手が来るだろう、
Cuncta stricte discussurus!6すべてを厳しく打ち砕くだろう!
Tuba mirum spargens sonum7ラッパが不思議な音ひびかせる
Per sepulchra regionum,8墓場を貫き、各地をめぐる、
Coget omnes ante thronum.9すべてのものを座前に集める。
Mors stupebit et natura10死は驚くだろう、そして自然もだ
Cum resurget creatura,11そのとき創造物が蘇るからだ、
Judicanti responsura.12裁き手に答えるためにだ。
Liber scriptus proferetur,13書かれた書物が出されるだろう、
In quo totum continetur,14そこにはすべてがあるだろう、
Unde mundus judicetur.15それで世界が裁かれるだろう。
Judex ergo cum sedebit,16裁き手がそうして席につくときだ、
Quidquid latet apparebit,17すべて隠れたるものが現れるのだ、
Nil inultum remanebit.18一人として罰を逃れおおせないのだ。
Dies irae, dies illa,19怒りの日、まさにあの日に、
Solvet saeclum in favilla,20解き砕くだろう、この世を灰に、
Teste David cum Sibylla.21ダビデとシビラが証したように、
Quid sum miser tunc dicturus,22何を哀れな私はそこで言いましょう、
Quem patronum rogaturus,23誰を弁護人と頼めばよいのでしょう、
Cum vix justus sit securus? 24正しくても安心でいられないのでしょう?
Rex tremendae majestatis,25王よ、震慄させる威厳の方よ、
Qui salvandos salvas gratis,26救われるべきを無償で救う方よ、
Salva me, fons pietatis.27救ってください私を、慈愛の泉よ。
Recordare Jesu pie,28思い至ってください、イエスよ、その慈愛に、
Quod sum causa tuae viae,29私があなたの旅の理由であったことに、
Ne me perdas illa die.30私を滅ぼさないでください、あの日に。
Quaerens me sedisti lassus,31私を探し求め、疲れて腰を下ろして、
Redemisti crucem passus:32あがないました、十字架の苦しみを受けて:
Tantus labor non sit cassus.33大きな労苦が無にされないよう私は願って。
Juste judex ultionis,34正しい裁き手よ、報いの、
Donum fac remissionis35贈り物をしてください、赦しの
Ante diem rationis.36その日の前に、決算の。
Ingemisco tanquam reus:37私は呻きます、まるで被告人のさま:
Culpa rubet vultus meus:38過ちで赤くなります、私の顔のさま:
Supplicanti parce, Deus.39祈る者を見逃してください、神さま。
Qui Mariam absolvisti,40マリアを赦した方、
Et latronem exaudisti,41そして盗賊を聞き入れた方、
Mihi quoque spem dedisti.42私にもまた希望を与えた方。
Preces meae non sunt dignae,43私の祈りはあなたに値するものではない、
Sed tu bonus fac benigne,44けれども良きあなたは情けあってください、
Ne perenni cremer igne.45永遠の火で焼かれないようにしてください。
Inter oves locum praesta,46羊の間の場所を与えて、
Et ab haedis me sequestra,47そして山羊からは私を隔てて、
Statuens in parte dextra.48立たせてください、右の側にて。
Confutatis maledictis,49呪われた者が黙らされるときに、
Flammis acribus addictis,50厳しい炎に引き渡されるときに、
Voca me cum benedictis.51呼んでください私を、祝がれた者とともに。
Oro supplex et acclinis,52私は祈ります、跪きそして身をかがめて、
Cor contritum quasi cinis,53心は灰のように粉々になって、
Gere curam mei finis.54気遣ってください、私の最後になって。
Dies irae, dies illa,55怒りの日、まさにあの日に、
Solvet saeclum in favilla,56解き砕くだろう、この世を灰に、
Teste David cum Sibylla.57ダビデとシビラが証したように、
Lacrymosa dies illa,58涙を流すあの日は、
Qua resurget ex favilla,59そのとき蘇るでしょう、その灰からは、
Judicandus homo reus.60裁かれるもの、人間が、被告人のさま。
Huic ergo parce Deus:61このひとを、だから見逃してください、神さま:
Pie Jesu Domine,62慈愛深いイエスよ、主よ、
Dona eis requiem.63与えてください、彼らに、安息を。
Amen.64アメーン

ベルディの場合、続唱は次の9セクションで構成されています(連続して演奏されます)。

  1. Dies irae
  2. Tuba mirum
  3. Liber scriptus
  4. Quid sum miser
  5. Rex tremendae
  6. Recordare
  7. Ingemisco
  8. Confutatis
  9. Lacrymosa

(一般に定まった分け方があるわけではなく、例えばモーツァルトのレクイエムでは、Tuba mirum~Quid sum miser、Recordare~Ingemiscoをそれぞれまとめて計6セクションにしています。)

Dies irae

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-73 ト短調 4/4 - ニ短調 - ハ短調 Allegro agitato (𝅗𝅥=80) Dies irae (m.5)
74-90変ホ短調 - ヘ短調 - ト短調Quantus tremor est futurus
声部: 合唱

ト短調の厳しい和音の連打、雷鳴のような管楽器、嵐のごとく下降する弦楽器、そして地響きを立てる大太鼓。世界を灰燼に帰す恐るべき力の描写で曲が始まります。半音階で上昇する男声合唱の入りは切迫した表情を表す複付点リズム。女声も加わって2部に分かれると、下パートの三連符はB'になっています。

「解き砕くだろう」はニ短調(《レクイエム》の"dona"の姿が見えます)、そして半音階的に下降してくる「ダビデとシビラが」に続いて反復される「怒りの日」はハ短調(Bです)。どこをとっても凄まじい“怒りの日の音楽”ですが、この続唱における「怒りの日」の描写はすべて未来形。不条理に満ちた世界を精算する最後の審判の予告(あるいは想像)なのです。

嵐は静まっていくようですが、まだ"Dies irae"は陰鬱につぶやかれています。低音楽器が「怒りの日」の動機Bppで繰り返し、VnVcが震えを表すようなトリルを交互に奏する上で、第2節「どれほど震えが」が途切れ途切れの同音反復で歌われます。変ホ短調、ヘ短調、ト短調と順次転調して行き、最後にやや意外なハ短調(iv)の和音にたどり着きます。

Tuba mirum

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
91-139変イ短調 4/4Allegro sostenuto (♩=88)Tuba mirum spargens sonum (m.117)
140-161ニ短調Molto meno mosso (♩=72)Mors stupebit et natura
声部: Bas独唱+合唱

別働隊を含む8本のTpのファンファーレ[5]が次のセクションの開始を告げます。変ホで始まりますが、20小節を経てようやく金管合奏が解決する到達点は変イ短調。全力でと指示された付点、シンコペーション、そして三連符の応酬が、圧倒的な威圧感で迫ってきます。

全合奏を(そして世界の各地を)貫く別働隊のTpにはAの反行形の分散和音、さらに合唱にもBasの下降旋律をはじめAやその反行形を含む分散和音が用いられています。音楽は変ホ短調/長調に引き寄せられながら激しく轟き続けますが、突然イ長調の和音を響かせて休止します。

Molto memo mossoのニ短調になってからは、Bas独唱が「死は驚くだろう」を歌います。同音反復中心の旋律ですが、音程はAの反行形です。弦楽器の伴奏は、重い足を引きずるような行進曲でしょうか。"Mors"が全休止をはさみつつ半音ずつ下降して行くと、最後に再びイ長調の和音が静かに鳴り渡ります。死は、自然は、息を潜めて驚いています。

Liber scriptus

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
162-177ニ短調 4/4Allegro molto sostenuto (♩=88)Liber scriptus proferetur
178-235ニ長調 - ロ短調 - ニ長調 - ニ短調Judex ergo cum sedebit (m.183)
236-269ト長調 - ト短調(ハ短調)Allegro agitato (come prima)Dies irae (m.239)
声部: Ms独唱+合唱

審判の場面。直前の和音がドミナントとなってのニ短調です。三人称の未来形で、Ms独唱[6]は語り手として厳かに歌います。第1節「書物が」は、まず2行が最後の音だけ五度上昇する同音反復のフレーズ、後半は3行目「それで世界が」を滑らかに下降する(しかし複付点リズムの)旋律で、さらにカデンツとして3行目をもう一度繰り返すという16小節で構成され、オペラの旋律構造を思わせる作りです[7]。最後に合唱がpのユニゾンで"Dies irae"と結びます。

ニ長調のコラール風ファンファーレで「裁き手が」登場し、第2節となります。よりダイナミックな旋律で伴奏も振幅が大きくなりますが、ニ短調に回帰して、後半は「それで世界が」と同じ下降旋律が用いられます。第1節に戻って、装飾音付きの主音を反復するバスの上で、複付点リズムの旋律で「書物が」を繰り返し、第2節の前半「裁き手が」を弱拍にアクセントを置く単付点リズムで歌います。「一人として」では休符が巧みに用いられ、忍び足で歩くかのよう。三度目は第1節の1行目のみがAを用いた形で歌われます。

合唱ユニゾンの"Dies irae"が緊迫したところでト短調となり、“怒りの日の音楽”が再び現れます。嵐はずっと続いていたことを示すごとく、冒頭からではなくハ短調上の属九(g:V9/iv)となる後半からが用いられ、改めて合唱ユニゾンの"Dies irae"となって消えゆくように半終止します。

Quid sum miser

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
270-321ト短調 6/8 - ト長調Adagio (♪=100)Quid sum miser tunc dicturus (m.272)
声部: SopMsTen独唱

場面は転換して、自分自身が審判の場に引き出されるときを想像するAdagioです。Clが前セクションで宙吊りになっていたカデンツを解決すると、Fgが独特の上昇6連符を物悲しく奏で始めます。「何を哀れな私は」と歌詞はここから一人称。歌は引き続きMs独唱ですが、役割が語り手から“私”に切り替わっています[8]

同じ節の繰り返しはTen独唱で始まりますが、SopMsも加わって三重唱となります(審判の場に複数の被告が同時に呼ばれるのでしょうか、それとも“私”の異なる面を同時に描くのでしょうか)。3回目の繰り返しでは、二度下降して休符を挟む“ため息”の表現からト長調に転じて明るい光が少し見えますが、A♭によってこれはハ短調の属九となり、すぐに雲に覆われてしまいます。

最後は無伴奏の独唱が順番に1行ずつ歌って、ハ短調のドミナントで次に続いていきます。

Rex tremendae

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
322-382 ハ短調 4/4 - 嬰ヘ長調 - ハ短調 - ハ長調 Adagio maestoso (♩=72) Rex tremendae majestatis
声部: 四重唱+合唱

審判を行なう「震慄させる威厳の」王は、複々付点の鋭いリズムでハ短調の分散和音を下降するBas合唱が、低音楽器を伴って表現します。分割されたTen合唱が第2行を呟いた後、第3行の「救ってください私を」はBas独唱のなめらかな旋律で歌われ、短三度ずつ転調しながらMsTenと独唱が受け継いで行きます。対照的な音楽ですが、いずれもAの応用である下降分散和音を基本としており、後者は前者から導かれたものであることが分かります。Sop独唱は"Salva me"を合いの手のように付点リズムで挿入しています。

節の最初に戻って今度は“王”と“私”が同時に現れ、さらにSop独唱に導かれて嬰ヘ長調に転じるとppで全体が「救ってください私を」を歌い、転調して行きます。ハ短調に戻ってffとなり、改めてBas合唱に“王”のテーマが出てきますが、ここではBas独唱も“王”を、そして上三声部が“私”をこれまでと異なる形で受け持ち、合唱と独唱が交互に歌うようになります。

Sop独唱がc3に達して緊迫した音楽は堂々たるハ長調に解決し[9]、ひとつのクライマックスを築きます。さらに「救ってください私を」がBas独唱から合唱各声部に順番に受け継がれて願いが届く希望が高まり、低弦が短二度上昇する動機を呟きながら静まって行きます。

Recordare

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
383-446ヘ長調 4/4 ヘ短調/ヘ長調Lo stesso tempoRecordare Jesu pie
声部: SopMs独唱

審判を行なう王は(三位一体教義によれば)イエスでもあるはずなので、その慈愛の深さに訴えようというわけです。前セクションで"Salva me"の願いが届くという希望が垣間見えたことから、ここは穏やかなヘ長調となり、「思い至ってください」をMs独唱が表情を込めて、次いでSop独唱が朗々と歌います(後半には、よく見るとB'成分が含まれています)。Cbはずっと主音を、Vcは前セクション末尾から続く短二度上昇動機を続け、木管は"Salva me"と同じ付点合いの手をフレーズの末尾に加えています。

独唱は重なり、3行目「私を滅ぼさないでください」でいったんヘ短調に移りますが、すぐに長調に戻って第1節を締めくくります。第2節「私を探し求め」は最初からヘ短調で、フェルマータや“ため息”を駆使した重唱です。節末でヘ長調をとり戻し、第3節「正しい裁き手よ」が最初と同じ形(ただし重唱)で始まります。「その日の前に」でややテンポを速め、独唱二人の甘美なカデンツァへ。「その日の前に、決算の」をゆっくり交互に繰り返し(低音と旋律アウフタクトの付点音符が"Salva me"を微かに回想しつつ)見せ場を終えます。オペラならここで拍手喝采というところでしょう[10]

Ingemisco

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
447-456ハ短調 4/4 - ハ長調Ingemisco tanquam reus
457-502変ホ長調 - 変ト長調 - 変ホ長調Poco meno mossoQui Mariam absolvisti
声部: Ten独唱

自分が裁きを受ける被告人の立場である[11]ことを思い出す「私は呻きます」は、ハ短調となってTen独唱がモノローグを歌い始めます。前セクションを受け継いで付点アウフタクトで始まる旋律には、《Dies irae》のB'や《Rex tremendae》のA'が刻印されています。3行目「祈る者を見逃してください」でハ長調に転じた後、第2節「マリアを赦した方」は変ホ長調で甘美ながらも平静な調べとなりますが、その旋律は第1節から導かれたものです。

第3節の「私の祈りは」は、第1節の付点アウフタクトで半音を上下する不安な表現。伴奏の三連符に第2節のB'を響かせながら、変ト長調から変ロ短調へと流れて行きますが、結びははっと目覚めるように変ロ長調に落ち着きます。Obに導かれる第4節「羊の間の」は、第2節の旋律を反転させた形。途中からテンポを速めながら伴奏の和声が半音階的に推移し、3行目「立たせてください」でようやく主調の変ホ長調が戻ってきます。3行目を繰り返して「右の側にて」のb1で独唱の見せ場をつくり、苦悩で始まったセクションを希望の響きで締めくくります。

Confutatis

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
503-513ホ長調 4/4 - イ長調Andante (♩=96)Confutatis maledictis
514-531嬰ハ短調 - ホ短調 - ホ長調Oro supplex et acclinis
532-543変ト長調voca me cum benedictis
544-572嬰ハ短調 - ホ短調 - ホ長調Oro supplex et acclinis
573-623 ト短調 - ニ短調 - 変ロ短調 Allegro come prima (𝅗𝅥=80) Dies irae (m.575)
声部: Bas独唱

悪人どもは滅ぼされるけれども、私は祝福される側に入れてくださいという、たいそう率直な祈りです。「呪われた者が黙らされるときに」は《Rex tremendae》同様に付点リズムのBasで歌い始められますが、こちらは独唱で付点も一つ少なく、分散和音ではなく同音反復の後に1オクターブ下降します。入り口の和音はホ長調のドミナントということでしょう。3行目「呼んでください私を」は甘美にppのホ長調で始まりますが、イ長調の方向に行ってしまいます。

第2節「私は祈ります」は、弦楽器が刻む8分音符の和音に乗って嬰ハ短調風に始まり、3行目でホ長調のドミナントに戻りますが、主和音が聞こえたと思うやいなやホ短調に転じて安定しません[12]。繰り返した第2節の3行目「気遣ってください」でじっくりカデンツを構成し、本来のホ長調に解決します。

第1節がより激しい管弦楽を伴って繰り返されると、3行目「呼んでください私を」は変ト長調でがらりと気分を変え甘美に歌う調べ。木管と交互に、そしてさらに転調して重なって変イ長調で終止した後、弦楽器の経過句を経て第2節がほぼそのまま戻ってきます。「気遣ってください」を歌うコーダとなり、カデンツが来てドミナントの和音に独唱が"finis"を伸ばし、ようやくこれで解決…

となるはずが、驚きのト短調和音連打で3度目の“怒りの日の音楽”に突入。今度は最初からですが、《Liber scriptus》での再現とは逆に、ニ短調から減七を経てffで変ロ短調のサブドミナントへ。和音が解決しない状態で次第に弱まり、B'の反行形を奏でて半終止します。最後の審判は宙吊りとなったまま、予告が幻と消えてしまうかのようです。

Lacrymosa

曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
624-665変ロ短調 4/4 - ヘ長調 - 変ロ短調Largo (♩=60)Lacrymosa dies illa
666-701変ト長調 - 変ロ短調 - 変ロ長調Pie Jesu Domine
声部: 四重唱+合唱

三人称に戻って、スタイルもここまでの三行連とは異なる歌詞となります。ベルディは直前の“怒りの日の音楽”によって舞台を転換し、死者を思う音楽に戻ってこようとしたのかも知れません[13]。 変ロ短調でMs独唱が非常に感情を込めて第1節を歌います。Bas独唱に引き継ぎぐと、Msは1行目を泣くようなシンコペーションで木管とともに寄り添います。この涙は、2、3行目の歌詞を包み込んでしまい、(裁きを受けるからではなく)死者の弔いのためと読み替えられるような気がします。

女声合唱とSop独唱が加わって、変形された旋律で「このひとをだから見逃してください」を歌い、今度は男声の独唱と合唱による「涙を流すあの日」となります。Sop独唱はより装飾的で悲しげなシンコペーションを、他の女声は新たな対旋律を受け持ち、声楽、管弦楽ともにフル稼働です。

女声、木管、高弦だけになって一時的にヘ長調に転じた後、変ロ短調に戻ってややテンポを早め、Bas合唱から順番に、圧縮された「このひとをだから見逃してください」を重ねて高揚して行きます。一息置いて最高に甘美なア・カペラ四重唱となる「慈愛深いイエスよ」は変ト長調。

ぐいっと変ロ短調を手繰り寄せ、合唱も加わって「慈愛深いイエスよ」をひとしきり歌った後、「安息を」を繰り返しながら、変ロ長調の和音で結ばれ…る前に、全く違う方角から光が差すかのごとくト長調(V/II)で"Amen"が。最後に改めて管弦楽が変ロ長調の和音を奏して、長い長いセクエンツィアが終わります。

第3曲:Offertorio(奉納唱)

Offertorio奉納唱
Domine Jesu Christe, Rex gloriae,1主よ、イエス・キリストよ、栄光の王よ、
libera animas omnium fidelium defunctorum2解き放ってください、魂を、全ての信実の死せる者の
de poenis inferni, et de profundo lacu:3下の世界での報いから、そして深い淵から:
libera eas de ore leonis,4解き放ってください、彼らを、獅子の口から、
ne absorbeat eas tartarus,5飲み込みませんように、彼らを、冥府が、
ne cadant in obscurum:6落ち込みませんように、闇の中に:
sed signifer sanctus Michael7そうではなく、旗手聖ミカエルが
repraesentet eas in lucem sanctam.8連れ戻ってくれますように、彼らを、聖なる光へと。
Quam olim Abrahae promisisti9それは、その昔、アブラハムに約束されたこと
et semini ejus. 10そして彼の子孫にも。
Hostias et preces tibi, Domine,11いけにえと祈りをあなたに、主よ、
laudis offerimus,12称賛をもって捧げます、
tu suscipe pro animabus illis,13あなたよ、受け入れてください、彼らの魂のために、
quarum hodie memoriam facimus,14その魂の、今日、追想を行なっているのです、
fac eas, Domine, de morte transire ad vitam.15それら魂に、主よ、死を越えさせてください、生へ向かって。
Quam olim Abrahae promisisti16それは、その昔、アブラハムに約束されたこと
et semini ejus. 17そして彼の子孫にも。
Libera animas omnium fidelium defunctorum18解き放ってください、魂を、全ての信実の死せる者の
de poenis inferni, et de profundo lacu:19下の世界での報いから、そして深い淵から:
fac eas de morte transire ad vitam.20それら魂に死を越えさせてください、生へ向かって。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-88変イ長調 6/8 - ヘ短調 - 変ト長調 - 変イ長調Andante mosso (♩.=66)Domine Jesu Christe (m.16)
89-117ヘ短調 4/4Allegro mosso (♩=152)Quam olim Abrahae
118-156ハ長調 - ヘ長調 - ト短調 - ハ長調Adagio (♩=66)Hostias et preces tibi
157-192ヘ短調 - 変ホ短調 - 変イ長調Come primaQuam olim Abrahae
193-217変イ長調 6/8Come primaLibera animas (m.195)
声部: 四重唱

変イ長調の分散和音をVcが2オクターブ以上にわたって上昇し、木管が柔らかくドミナントの和音で答える優美な前奏に続いて、Vcが主題を甘美に奏でます。MsTen独唱がやはりドミナントで「主よ」と答えていくと、Bas独唱が「解き放ってください」を主題の旋律で歌い始めます。

「下の世界での報い」からはヘ短調となって陰影が加わり、音も厚くなりますが、基本はこの甘美な主題の延長線上で、深刻な苦悩の表現というわけではありません(一人称ではないからでしょうか[14])。Sop独唱が「そうではなく」を長く延ばして加わってくるホ音はヘ短調のドミナントのはずが、ppの高弦とともにイ長調、変イ長調と下降し、変ト長調で「旗手聖ミカエル」を歌うことになります。音楽は次第に厚みを増しながら転調し、変イ長調に戻ってまた潮が引いていきます。

"Quam olim"はモーツァルトなどではフーガになっていますが、ベルディは簡潔なカノンを入り口に用いました。テンポを上げたヘ短調4/4拍子で低音から歌い始め、四重唱が出揃ったところで、Sop独唱が半音階的に下降する旋律で改めて"Quam olim"を歌います(《Kyrie》での下降音階が思い出されます)。Ten独唱、四重唱と繰り返すたびに伴奏の楽器を増やし、そして精妙な和声はいつしか変ハ長調、そしてハ長調のカデンツに至ります。

Adagioとなり、繊細な弦のトレモロを伴ってTen独唱が最高に甘美に「いけにえと」を歌います。この旋律は、《Ingemisco》での「マリアを赦した方」ととても似ていることにすぐ気付くでしょう。Bas独唱が引き継ぐとヘ長調になり、SopMs独唱が合いの手を加えます。四重唱でト短調、それからハ長調へと戻りますが、"fac eas"では感情を込めたハ短調に。"vitam"で光が差すようにハ長調を回復し、Flの奏でる主題をききながら四重唱が小声で話すように最後の句を繰り返します。

式文通りに"Quam olim"を反復し、変ホ短調を経て変イ長調を黄金のカデンツ1625でじっくり固めた上で、ベルディはさらに「解き放ってください」を末尾にもう一度置きました。主題を厳かにユニゾンで歌った後、変イ長調の分散和音を滑らかで最高に甘美な四重唱ア・カペラで、そして弱音器をつけた弦のトレモロ、Cl、最後にVcCbが主題を奏でて消えて行きます。

第4曲:Sanctus(聖なるかな)

Sanctus聖なるかな
Sanctus, sanctus, sanctus,1聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、
Dominus Deus Sabaoth.2主よ、万軍の神よ。
Pleni sunt coeli et terra gloria tua.3満ちています、天と地が、あなたの栄光で。
Hosanna in excelsis. 4ホサナ、高きところにて。
Benedictus qui venit in nomine Domini.5祝福されますように、来たるものが主の名において。
Pleni sunt coeli et terra gloria tua.6満ちています、天と地が、あなたの栄光で。
Hosanna in excelsis. 7ホサナ、高きところにて。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-9ヘ長調 4/4Allegro (♩=138)Sanctus
10-40ヘ長調 2/2Allegro (𝅗𝅥=112)Sanctus
41-78ニ短調 - ハ短調 - ヘ短調Benedictus
79-139ヘ長調Pleni sunt coeli et terra gloria tua
声部: 合唱I+II

セラフィムの言葉によるこの《サンクトゥス》は厳かに始まる場合が多いのですが、ベルディは威勢のよいTpの信号に導かれたAllegroの序奏を冒頭に置きました。そして主部は、2組に分けられた合唱によるヘ長調の軽快なフーガです。主題は第1合唱のSopから始まり、4小節ごとに1段低いパートが加わります。"Deus"の裏拍のアクセントが効果的です。

第2合唱は1小節遅れて、やはりSopから、4小節ごとに下に向かって声部が増えていきます。シンコペーションで始まるこの副主題は、同時にVnが8分音符の変奏を奏でています(副主題は後半では姿を消しますが、この変奏パターンは常に管弦楽のどこかのパートで鳴り続けます)。

"Pleni sunt"は主題の続きとして他声部の"Sanctus"と並行して歌われ、多くのレクイエム/ミサのように曲調を改めて仕切りなおすことはありません。フーガ2巡目の後半は"Hosanna"となり、音楽もffとなって盛り上がりますが、締めくくりがV7/viでニ短調のカデンツとなります。

続く"Benedictus"はpのニ短調で始まり、旋律もレガートに歌われますが、"Sanctus"と同じ主題の前半部分が用いられ、やはり新しい曲が始められるわけではありません。ほぼ毎小節に声部の入りがあり、めまぐるしく転調して行きます。ハ短調でffの全合奏となり、さらに転調して変ロ短調では(8分音符の変奏が初めてなくなって)全体で付点のリズムを力強く奏でます。急に静まったところで味わう余韻は、ヘ短調です。

ようやくヘ長調が戻ってくると、"Pleni sunt"がppで、この曲で初めて非常に甘美に歌われます。滑らかに全音符で下降する音階は、よく見ると主題の2小節目以降を拡大したものであることが分かります。

弦楽器が刺繍のように奏でる8分音符変奏がFlに一瞬移ると、これが主題の1小節目の役割を果たして圧縮された主題の断片が木管とHrで受け継がれ、そしてffの結尾に突入します。管弦楽が8分音符の半音階で1オクターブ半の上下を華々しく繰り返し、"excelsis"をフェルマータで伸ばした後、オペラの1幕が終わるようなカデンツで曲を閉じます。

第5曲:Agnus Dei(神の小羊)

Agnus Dei神の小羊
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,1神の小羊、世の過ちを取り去る方、
dona eis requiem;2与えてください、彼らに、安息を;
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,3神の小羊、世の過ちを取り去る方、
dona eis requiem;4与えてください、彼らに、安息を;
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,5神の小羊、世の過ちを取り去る方、
dona eis requiem sempiternam.6与えてください、彼らに、いつまでも続く安息を。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-26ハ長調 4/4Andante (♩=84)Agnus Dei
27-45ハ短調 - ハ長調Agnus Dei
46-74ハ長調Agnus Dei
声部: SopMs独唱+合唱

ハ長調の真白いキャンバスに、無伴奏のSopMs独唱が、グレゴリオ聖歌を思わせる単旋律の調べを描きます。重唱ではあるもののオクターブのユニゾンなので一人の祈りのように響きます。"Agnus Dei"は素直に4小節ですが、"qui tollis"は3小節で半終止し、フッと断ち切られる感じ。"dona"は4小節目前半でニ短調の方向に向かって区切られ、続く2小節半でハ長調を回復するという、これまた不思議なフレーズです。旋律の最初は、《Offertorio》の「いけにえと」の旋律と(したがって《Ingemisco》での「マリアを赦した方」とも)近い関係にあります。

合唱と弦およびClFgが独唱の祈りを模倣します。こちらもまた、全体が1オクターブのユニゾンになっています(独唱より1オクターブ低い)。

2回めの独唱"Agnus"はハ短調のユニゾンで歌われます。ここで初めて伴奏に淡い和音が加わります。合唱はハ長調に戻って"dona"からを反復します。声楽も和声が添えられ、ppながら管弦楽も厚みを増しています。

3回めの独唱"Agnus"は3本のFlで美しく彩られ、歌詞も「いつまでも続く」まで歌われます。合唱はやはりppで"dona"からを反復しますが、ここで初めて旋律に高音域のFlが加わり、後半では独唱も一緒に歌います。

曲はpより大きくなることがないまま、最後の小さなコーダに入ります。低音が不思議な変イ音を奏でて疑問を投げかけ、独唱のハ音が転調に答えるかのようにも思われますが、結局ハ長調で「いつまでも続く安息を」と歌い、バイオリンのハ長調の分散和音が静かに上昇していきます。

第6曲:Lux aeterna(永遠の光)

Lux aeterna永遠の光が
Lux aeterna luceat eis, Domine,1永遠の光が、輝きますように、彼らに、主よ、
cum sanctis tuis in aeternum,2あなたの聖人たちとともに永遠に、
quia pius es.3なぜならあなたは慈愛深い方ですから。
Requiem aeternam dona eis, Domine:4永遠の安息を、与えてください、彼らに、主よ:
et lux perpetua luceat eis.5そして絶えることのない光が、輝きますように、彼らに。
Cum sanctis tuis in aeternum,6あなたの聖人たちとともに永遠に、
quia pius es,7なぜならあなたは慈愛深い方ですから、
lux perpetua luceat eis, Domine.8絶えることのない光が、輝きますように、彼らに、主よ。
Requiem aeternam.9永遠の安息を。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-14変ロ長調 4/4Molto moderato[15] (♩=88)Lux aeterna luceat eis
15-26変ロ短調Requiem aeternam dona eis
27-42変ト長調Poco più animatoet lux perpetua luceat eis
43-53変ロ短調a tempoRequiem aeternam dona eis
54-83変ロ長調et lux perpetua luceat eis
84-93変ロ長調Cum sanctis tuis in aeternum
94-105変ロ長調lux perpetua luceat eis
声部: MsTenBas独唱

第1曲と同じく「光」と「安息」が歌われるこの曲では、やはり両者が対比して描かれます。各3分割されたVnI、IIがppのトレモロで刻み始めるのは、変ロ長調の主和音。Ms独唱が「永遠の光が」と歌いだすと天に引き寄せられるようにニ長調に向かいますが、「あなたの聖人たちとともに」でイ長調になり、さらにト短調からクレッシェンドして主調が戻ってきます。

しかしカデンツが解決してBas独唱が「永遠の安息を」と受け継ぐ旋律は陰りのある変ロ短調。付点リズムと重々しい金管の和音が、葬送の行進を思わせます。「与えてください」にはB'の姿が見えますが、特に後半で三連符と付点を組み合わせた形は《Ingemisco》の「マリアを赦した方」を思い出します[16]

「そして絶えることのない光」は、「与えてください」の途中から加わったMsTen独唱とともに、力を込めた無伴奏の三重唱となります。この光は変ト長調です。いったん変ロ長調を回復しますが、また変ト長調に落ち着きます。

Cbfのピチカートで変ロ短調に引き戻されると、もう一度Bas独唱による「永遠の安息を」となります。今度はMsTenが対旋律として絡んできます。

二度目の「そして絶えることのない光」はようやく本来の変ロ長調となり、Ms独唱が最高に甘美に歌います。新しい旋律ですが、変ト長調の旋律の後半から導かれているようです。後半で順次下降してくる音階は《Sanctus》の後半にも通じるでしょう。細かく和音を刻む伴奏は旋律よりも高い音域で、天上の光景でしょうか。

「永遠に」でクレッシェンドして、弦楽器の短いffの和音で切り落とされると、穏やかなカデンツを経てBasにバトンタッチします。伴奏が厚くなり、三重唱で大きな振幅を繰り返しながら進んで変ホ長調の和音で半終止。ゆっくり下降しながら変ロ長調に戻ると、再び無伴奏の三重唱となって「あなたの聖人たちとともに」が歌われます。最後に「絶えることのない光」と「永遠の安息」が(式文にとらわれず)繰り返されますが、MsはF♯に上昇せず、安定した変ロ長調で「永遠の安息を」も唱えられ、穏やかに結ばれます。

第7曲:Libera me(私を解き放ってください)

Libera me私を解き放ってください
Libera me, Domine, de morte aeterna,1解き放ってください、私を、主よ、永遠の死から、
in die illa tremenda:2あの震慄の日に:
quando coeli movendi sunt et terra.3そのとき、天が動く、そして地も。
Dum veneris judicare saeculum per ignem.4ずっと、あなたが来て裁くその間、この世を火によって。
Tremens factus sum ego et timeo,5震えさせられています、私は、そして恐れています、
dum discussio venerit atque ventura ira.6ずっと、揺り判けが来て、さらに怒りが続く、その間。
Quando coeli movendi sunt et terra.7そのとき、天が動く、そして地も。
Tremens factus sum ego et timeo.8震えさせられています、私は、そして恐れています。
Dies irae, dies illa,9怒りの日、まさにあの日、
calamitatis et miseriae,10禍の、そして不幸の、
dies magna et amara valde.11大きな日、そして苦い日、とてつもなく。
Dum veneris judicare saeculum per ignem.12ずっと、あなたが来て裁くその間、この世を火によって。
Requiem aeternam dona eis, Domine,13永遠の安息を、与えてください、彼らに、主よ、
et lux perpetua luceat eis.14そして絶えることのない光が、輝きますように、彼らに。
Libera me, Domine, de morte aeterna,15解き放ってください、私を、主よ、永遠の死から、
in die illa tremenda:16あの震慄の日に:
quando coeli movendi sunt et terra.17そのとき、天が動く、そして地も。
Dum veneris judicare saeculum per ignem.18ずっと、あなたが来て裁くその間、この世を火によって。
Domine, Libera me de morte aeterna,19主よ、解き放ってください、私を、永遠の死から、
in die illa tremenda,20あの震慄の日に、
Libera me.21解き放ってください、私を。
曲の構成
小節調・拍子曲想標語歌詞(最初)
1-44ハ短調 4/4Moderato (♩=72)Libera me, Domine, de morte aeterna
45-131 ト短調 - ニ短調 - ハ短調/ト短調 Allegro agitato (𝅗𝅥=80) Dies irae (m.49)
132-172変ロ短調 - 変ロ長調Andante (♩=84)Requiem aeternam
173-178ハ短調Moderato (♩=100)Libera me, Domine (m.171)
179-206 ハ短調 2/2 Allegro risoluto (𝅗𝅥=116) Libera me, Domine, de morte aeterna
207-261ハ短調 - ヘ短調 - ロ長調 - 変ホ短調Libera me, Domine, de morte aeterna
262-311変ハ長調 - ト長調 - ハ長調Libera me
312-422ハ短調 - ハ長調Libera me, Domine
声部: Sop独唱+合唱

葬儀ミサ後の赦祷式で歌われる応唱の「解き放ってください、私を」をSop独唱が拍のない同音反復で語り、合唱も同じくモノトーンのア・カペラで応えます。ハ短調ですが、重大な時の到来を示すように曖昧で不安な和音が続いています[17]

一人称の第2節は、独唱が小声で「震えさせられています」と歌い始めます。最初は同音反復ですが、半音階下降(《Offertorio》の"Quam olim"を思い出させます)などが加わり、和音も複雑になります。 ここは続唱とは異なり、現在完了形が用いられていることに注意しましょう。今度は予告ではなく、最後の審判がまさに始まっているのです。 動きが全音階的になって、後半のフーガ主題を予感させる分散和音下降からハ短調のカデンツが決まると、もう一度「震えさせられています」を繰り返し、ハ長調の和音が消えて行くように響きます。

第3節は、第2曲の“怒りの日の音楽”の再現です。不条理な世界の悪い奴らをことごとく打ちのめす裁きが(4回目にして)いよいよ実行されます。歌詞はまた三人称となり、合唱によって歌われます。

この世が火によって裁かれ、怒りの日が長いドミナントで終わると、《レクイエム》の冒頭が変ロ短調となって戻ってきます。悪が精算された後の世界にSop独唱と合唱が無伴奏で歌う「永遠の安息」が訪れます。「絶えることのない光」は変ロ長調で。そしてpppの変ト長調で挿入される「永遠の安息」の美しさ。もう一度「絶えることのない光」で徐々に転調しながら、独唱が最後に1オクターブ上昇して変ロ長調に戻る「安息を」は、もう喩える言葉もありません。

さて、式文はここでまた最初に戻って"Libera me"となります。ベルディは不安な弦のトレモロの上に、拍のない同音反復Sop独唱を半音高い音で呼び戻し、さらに合唱のフーガを導入しました。悪魔が退治され光が降り注ぐと、魔法が解けて囚われていた人々が蘇り、灰色になっていた光景に再び緑が広がって行く、そんなシーンを思わせます。最後の審判の後に、新しい世界がやってくるのです。

フーガ主題はAによる分散和音で始まります(《Sanctus》主題の反行形です)。Altから合唱声部が一巡するまでは8小節単位ですが、だんだんコンパクトになり、反行形なども加わって行きます。ひとしきり展開された後で全体がpになってから、独唱が音価を倍にしたテーマで表情を込めて登場します。独唱が合唱と一緒になり、全体がホモフォニックなfに至ったところで急にpppに静まり、いったん休止します。

仕切り直しのフーガは合唱Basから始まって毎小節声部が加わるストレッタです。独唱はやはり途中から参入しますが、合唱とは一緒にならず、独自の役割を受け持っています。独唱の音がずっと沈んでいったん退くと、低音が主題の1小節目をBの順次下降に変形し(“怒りの日の音楽”の残影でもあります)、とても小さく始めて音を高めつつ繰り返しながらクレッシェンド。全合奏が同じリズムになってクライマックスを全力で築くとき、独唱は6小節遅れて参加し、ハ長調の音階を上昇して最高音c3で「私を解き放ってください」と歌い上げます。これは《Rex tremendae》の頂点「私を救ってください」と同じ音。あの時に垣間見えた希望が、ここで実現するのでしょう。

弦、木管がフーガ主題を順次低音楽器にバトンタッチして静まって行き、独唱が冒頭と同じく応唱を語ります(フーガ以降、独唱の歌詞に「裁く」は出てきません)。そして合唱とともにゆっくり「私を解き放ってください」と繰り返し、ハ長調の和音が消えて行きます。

試訳について

テキストは主としてDover版(1998)スコアの声楽パート歌詞に従っていますが、句読点は反復のために加えられたものが多いため、[Rosen95]を基本に[井形]とも照らしあわせ適宜整合性を取るように調整しました。

訳の単位は歌のフレーズを基本とし、語順もフレーズの先頭、最後にくることばをできるだけその位置に置くよう、逐語的に訳しました。ただし続唱(ディエス・イレ)に関しては、脚韻を表現するために都合の良い語を行末においている場合があります(脚韻のために文法的には必ずしも正しくない訳になっている部分があります。また、リズムの改善を模索中です)。

同じ節内での繰り返しは基本的に略していますが、節を挟んで改めて繰り返されるものは原則として試訳でも繰り返しました(Dies iraeのような短いフレーズが挿入句的に繰り返されるものは略しました)。繰り返しが本来の式文にない場合は、スタイルシートが有効な環境では文字色を薄くして示しています。

なお、歌詞対訳(試訳)は「各曲の詳細」に分散していますが、ひとまとめにしたいときは、ここに一括表示することもできます。

補足

  1. ベルディのメトロノーム指定 ^: ベルディはレクイエムの各楽章に細かくメトロノームによるテンポ指定を加えていますが、[Cho]がトスカニーニ、ジュリーニ、ショルティ、アバド、ガーディナーの録音を比較検討したところ、ベルディの♩=80に対して実際の演奏はトスカニーニ以外が♩=44~56、トスカニーニでも♩=72だったということです。Choによればベルディは「遅いテンポは好みません。遅くなってしまうよりは速すぎるほうがまだましです」と指揮者に手紙を書くなど、速いテンポを好むことで知られていたそうで、ベルディと「テ・デウム」初演のために打合せたことがあるトスカニーニが速目のテンポであるのは、そうした作曲家の考えに直接触れていたことも関係あるかもしれません。

    Choの論文では、ローゼンの批判校訂版スコアと既存スコアおよび自筆譜におけるアクセントやスラーの違いを比較し、音節の途中でスラーを切るといった特殊な書法も含め、作曲家が表現しようとしたフレージングを探る試みも行なわれています。

  2. 基本動機 ^: ローゼンはBよりもこの元に戻る音まで含めたB'をunità musicale(音楽的統一)の重要要素と捉えています。またAについても、3音の分散下降だけでなく"et lux"のように九度(あるいはそれ以上)にわたって下降する形を基本に考えています[Rosen95, pp.80-88]。本稿では、これらが冒頭の音形から発展していることを示すために短いABを基本動機としていますが、あまり短い動機だと例によって何とでも言えるものになってしまうので、ローゼンのように長めにとらえる方が良いかもしれません。

    ちなみにローダーは本稿のAと同じ形を動機a、Bより一音のばしたA-G-F-Eの4音を動機b、さらに複付点音符を動機c、戻ってくるB'型を動機dとして分析しています[Roeder90, pp.176-177]。また森田はAを動機a、Bを動機bとしたうえで、Aが1オクターブ以上に渡る形(ローゼンと同様)を動機c、さらに《Kyrie》で低音の対旋律に現れる半音階下降を動機dとしています[森田, pp.3-6]。

  3. 独唱あるいはオペラとレクイエム ^: この曲で独唱が初めて登場する"Kyrie"でいきなりイタリア・オペラさながらの節回しを聴かされてむずむずすることがありますが、ベルディ自身は「このミサはオペラを歌うような方法で歌ってはならず、したがって劇場向きのフレージングやダイナミクスでは私は満足しません。全然です」と述べているので[Rosen95, p.17]、どうかお願いします。もっとも、これはこの曲にオペラの作曲手法が生かされていないという意味ではなく、リリカルな旋律、見事な重唱など、オペラの巨匠ベルディならではの聴かせどころは満載です。それはこの曲が宗教的かどうかという批判に対してジュゼッピーナが「ベルディのような人はベルディらしく、つまり彼の感じ方とテキストの解釈に従って書くべきなのです」と言うとおりでしょう。

  4. ディエス・イレの韻律 ^: 続唱《Dies irae》はtrochaic tetrameter(強弱四歩格)という1行に強弱を4回繰り返す韻律によって書かれており、さらに1節=3行単位に各行(versus)末で脚韻を踏んでいます。試訳では、強弱リズムを反映させるのは手に余るので、なんとか脚韻だけでもそれらしきものにしようと難儀しています。

    古典ラテン詩では音節の長短(母音の長短および続く音節との関係で決まります)を組み合わせた詩脚(pes)という単位を連ねることで詩文を構成していました。この詩脚が長+短であるものをトロカイオス(長短格)、これが4つで1詩行になっている韻律を長短4歩格と呼びます。《Dies irae》がつくられた中世には、長短韻律よりアクセントによるリズムが中心となっており、ここでの詩脚も英詩などと同じく強+弱のトロキー(強弱格)として捉えることができます。

    Dies irae, dies illa,
    Solvet saeclum in favilla,
    Teste David cum Sibylla.

    《Dies irae》は音節ひとつおきに強勢が置かれており、それを意識して読むと、各行がきちんと4つの強弱で構成されていることが分かります。ただし最後の2行およびAmenは、この韻律には当てはまりません。

  5. ラッパが不思議な音を ^: ベルリオーズのレクイエムも、別働隊も用いたトランペット(および金管)のファンファーレで「不思議な音を響かせる」ラッパを表現しており、アイデア拝借と指摘されたりもします。変ホで始まり付点音や三連符を駆使するところも共通していますが、ベルディの変ホはドミナントであるのに対し、ベルリオーズは最初から主和音として響かせています。

  6. 書かれた書物が ^: 《Liber scriptus》は1874年の初稿ではフーガを含む合唱によって歌われるト短調のセクション(譜例)でしたが、1875年にMs独唱中心のニ短調に書き換えられました。前との調性的なつながりやセクション末に置いた“怒りの日の音楽”との関係から、ベルディはフーガに満足していなかったようです[Rosen69]。

  7. リリック・プロトタイプ ^: ベルディのオペラにしばしば見られる、四行連の詩を a a' b a'' あるいは a a' b c といった形で作曲する旋律形成を"lyric prototype"(ヨゼフ・カーマンの用語だそうです。叙情歌唱型とでも訳すのでしょうか)と呼びますが、《Liber scriptus》は3行目を繰り返すことでちょうどこの型に合致しているとローゼンは指摘し[Rosen95, pp.28-29]、ほかの曲の分析でも何度か"lyric prototype"を取り出してきます。ベルディがオペラの作曲技法をレクイエムに応用している例というわけです(この型に当てはまる部分は、思ったほど多くはありませんが)。

  8. 独唱の役割 ^: このレクイエムでは、独唱が必ずしも個人の声を代弁するとは限らず、《Liber scriptus》のように三人称で語り手の役割を担う場合もあります(ローゼンはレクイエムがオペラ的でない要素の一つにあげています[Rosen95, p.93])。

    構造上は“怒りの日の音楽”によって人称/場面が切り替わっていますが、音を聴いていると《Liber scriptus》も切々とした歌であり、《Quid sum miser》に入る前からモノローグであったようにも思えるかもしれません。ローダーはこの続唱の超拍節法(hypermeter)による興味深い分析を示していますが、区切りの検討においては《Liber scriptus》を例外扱いせざるを得ず、やや苦しい感じです[Roeder94, p.92]。《Liber scriptus》に合唱を用いた初稿は、少なくとも区切りの形式的分析についてはより理解しやすかったでしょう。

  9. コントラバスの記譜 ^: 少なからぬ演奏がこのハ長調主和音への解決でCbにC1(コントラC)を弾かせていますが、楽譜上はA線(第3弦)上のCです。さてここは“この記譜は楽器の制約によるものであり、できるならベルディはもっと低い音が欲しかったはず”と考えるところなのでしょうか。ベルディは、アイーダの行進曲を効果的に演奏するために「低いト音のあるコントラバスは何本あるか」とメモしているそうで[タロッツィ, p.144]、その訳注には「当時のコントラバスは三本弦で、最低音は通常イ音だった」とあります(確かにこのレクイエムでは、4弦ベースの最低音であるE1すら用いられていません)。

    ベルディの楽譜を開いてみると、リゴレット(1851)、椿姫(1853)、トロバトーレ(1853)あたりでは、必要ならば低いC1やD1などが使われています。一方でドン・カルロス(1867/86)やオテロ(1887)では、低音が順次下降してくるところでCbだけが途中から1オクターブ上げられるなど、Es1以下の音を避けていることが見て取れます(ただしオテロ第4幕のCbソロがE1から始まっているように、どの曲でも4弦バスの音域は出せるものとして扱われています。プラニャウスキーは、イタリアで3弦楽器だけが使われたとは「立証しがたい」と述べています[コントラバスの歴史, p.317])。

    (譜例)1850年代の曲では、必要なら(特にppの箇所で)コントラC領域の音が指示されている。一方でVcが最低音CでもCbは普通のCの箇所(特にff)もある。 (譜例)後期になると4弦バスで弾けない音は1オクターブ上で書かれる。

    さてレクイエムの場合はどうでしょう。時期的にはEs1以下の記譜を避けるようになっていたと言えそうなので、本当はC1が欲しいのに書かなかったという可能性も否定できません。ただし、50年代の曲でもC1~Es1の音はp系で低音が浮き立つ箇所に限られており、全合奏のffに重低音を敢えて用いている例は見当たらないようです。レクイエムには他にも“5弦なら下げる”と言いたそうなところがいくつかありますが、さてさて、どうでしょうね。

    (ローゼンの校訂報告によると、ベルディは《Quid sum miser》の印象的なD-G1のピチカートについて、自筆譜に低いソがない奏者は弾かないことと書いていて(やはり3弦バスを意識しています)、オクターブの変更をよしとはしていなかったようです。)

  10. 拍手喝采 ^: ローゼンはこのレクイエムの演奏史を考察した一節で、「ベルディは〔曲間の〕拍手を許容したばかりか、しばしばアンコールをしてそれに応えた。“レコルダーレ”、“ホスティアス”、そしてとりわけ“アニュス・デイ”はしばしば繰り返された」と書いています[Rosen95, p.16]。現代でも交響曲の楽章間拍手を歓迎する楽しい指揮者がいますが、ベルディもなかなかのものだったようです。

  11. 被告人の呻き ^: 死者の魂の安息を祈る音楽において、世界の破壊が描かれたり、「私」が被告人扱いされて裁きを受けるというのは、どうしても受け入れ難い点でした。しかしフランシス・トーエが述べたようにこれを「最後の審判を主題としたオラトリオ」と考える[Rosen95, p.90]なら(ベートーベンもミサ・ソレムニスを「オラトリオと呼んでも構わない」と言ってみたりしています)、それはそれで理解できるかもしれません。タロッツィが書くとおり、死を「逃れられない刑罰」と考え恐怖と不安を感じて動揺するベルディがある[タロッツィ, p.170ほか]とすれば、《Dies irae》で恐るべき力を描き、《Ingemisco》で被告人の呻きを歌うのは必然なのでしょう。

    もちろんベルディにとって死は恐怖の対象だけなのではなく、たとえばアイーダの幕切れの台本について「何か甘美な、ぼんやりした短い別れ、人生への別れ」を求め[同, p.154]、息絶えたアイーダに向かって「平安を」と歌うようなものでもあります。レクイエム・ミサのテキストを素材に、ベルディは人間とその死をさまざまな角度から表現し尽くした、その意味でこれは「安息を祈る音楽」を一歩踏み出した作品と捉えておきたいと思います。

    (周知の通り、「死者のためのミサ」としては、恐怖を強調し過ぎるとして続唱「怒りの日」は1972年に典礼から外されています。そもそも死者に罪があるとかいった考え方については、さらにまた別の話ですが。)

  12. 揺れ動く調性 ^: この箇所にかぎらず、この曲でベルディは短調と長調の間を揺れ動く旋律を多用しており、和声的にも特色となっています。森田は「ヴェルディの旋律は,それ自体の中に長短両調の可能性を秘めているものが多い。そして, IIIやVIの和音が好んで使われることによって,短調の場合は長調的色彩が生まれ,長調の場合には短調を志向する傾向が強くなっている」と指摘し、教会旋法と調性旋律が融合したケースも含め、ベルディの旋律の特徴として分析しています[森田, pp.11-15]。またローダーは《Lux Aeterna》の分析において、音階音度の機能とE/E♭のような隣接するピッチクラス(pitch class)の関係に注目しています[Roeder90, p.176ff]。

  13. 涙を流す日 ^: 《Confutatis》までとは異なる形式で、特に最後の2行は内容も唐突な教義的祈りであるため、続唱においてこの部分は後から付け加えられたと考えられています。グレゴリオ聖歌でも、この前が3つの旋律を2節ずつ歌って繰り返していたのに対し、全く新しい旋律が用いられます。ローダーはこれまでの三行連が2行×3になることを、カデンツ前のヘミオラに擬えて、ここが結論部になるという考え方を示しています[Roeder94, p.89]。ベルディはこの違和感を逆手にとって、場面転換したのかなと考えてみたりします。

    「涙を流す日」の旋律は、歌劇『ドン・カルロ』第4幕第2場のために書いて初演前に削除されたものが元になっていることが知られています。元の歌は次のようなものです[Rosen95, p.77]。オリジナル版とうたった演奏などで聴くことができます(ホルド=ガッリード+王立スウェーデン歌劇場による演奏)。

  14. 祈りと苦悩 ^: 下の世界での報い(あるいは地獄の罰)とか獅子の口とかおどろおどろしい表現が出てきますが、ここでの音楽は第2曲とは異なり、その苦しさを直截的に描写しようとはしていません。この《Offertorio》から第6曲《Lux aeterna》まではすべて命令形もしくは現在形(一人称がある場合も複数形)で、姿は違えどいずれも祈りの音楽となっています。

  15. Lux aeternaの曲想標語 ^: 多くのスコアでAllegro moderatoとされていますが、ローゼンの校訂報告によると、筆写譜の段階で自筆譜のMolto moderatoを読み違え、Ricordi 1875/77版、同1913年版ミニチュアスコア(およびそのリプリント)が受け継いでしまったということです。ピアノ伴奏声楽スコアは1874、75版ともにMolto moderatoになっています。

  16. 永遠の光 ^: ローダーは、この旋律の形だけでなく、変ロ短調のソロから変ト長調のア・カペラ重唱を経て変ロ長調に至るという構造、またrequiem / dona eisという歌詞の共有から、むしろ《Lacrymosa》との関連を指摘しています[Roeder90, p.177]。

  17. リベラ・メ ^: 《Libera me》は、1869年の“ロッシーニ・レクイエム”のために作曲したものが用いられています。またこの"Requiem aeternam"の部分は《Requiem e Kyrie》に用いられており、そのABモチーフがさまざまな旋律の構成要素となっていることを考えれば、69年の《Libera me》は“マンゾーニ・レクイエム”全体の源になっていると言ってよいでしょう。

    なお現在の《Libera me》は69年稿そのままではなく、かなり改定が加えられています。たとえば"Requiem aeternam"は69年稿ではイ短調(現在の《Requiem e Kyrie》と同じ)でしたし、“怒りの日の音楽”の部分は4割ほど短く、調性もハ短調でした。また69年稿では、独唱も合唱Sopパートを一部歌っていました(ヘルムート・リリング+シュトゥットガルト放送響による演奏)。

参考文献

主に参考にした文献:

参照楽譜: