エーティンガーと「聖書寓意画事典」
フリードリヒ・クリストフ・エーティンガーは1702年に、アンドレーエと同じへレンブルクで生を受けた。そして1782年に没している。
本職は牧師であるが、神秘主義思想に惹かれ、ギュイヨン夫人や急進的敬虔主義の思想の影響を受けた。
だが、彼が最大の影響を受けたのは、ヤコブ・ベーメであった。
必然的に、彼の神秘神学にはヘルメス哲学や錬金術思想が多く入り、近代の薔薇十字運動にも大きな影響を与えた。
とくに18世紀にはロシアにおいて、薔薇十字的フリーメーソンが多く設立されたが、そこではエーティンガーの著書を、重要視し、ロシア語に翻訳している。
彼は、1721年にチュービンゲンで神学を学ぶが、この時にユダヤ教を研究した時にカバラに接触し、「ゾハール」を研究した。彼はユダヤ教の教義はキリスト教神学の基礎であると信じ、そのままキリスト教カバラの信望者となった。
彼はカバラの知識を文字通り血眼になって求めた。ユダヤ教カバリスト、キリスト教カバリストの両方と接触し、師事し、学んだ。
そして、ユダヤ人カバリストのコッペル・ヘヒトに師事し、ユダヤ教カバラをも熱心に学んだ。このヘヒトはベーメの信望者でもあり、ベーメ主義をも同時に学んだ。
さらに彼は、ハレのカバリスト(名前は残っていない)に接触。彼はイサク・ルリア派カバラの支持者で、彼からルリア派の「生命の樹」に関する貴重な写本を譲り受けたという。
1738年にはヴュルンベルグで牧師をつとめ、1759年にはヘレンベルクの牧師となり、牧師職のあいまをぬって、タイナッハのキリスト教会の宗教画が、キリスト教カバラの「生命の樹」を描いたものであることを発見する等の図象学的な業績も残す。
また、彼は説教壇の上から、一般信徒に向かってキリスト教カバラの説教を堂々と行った。
それだけではなく、1759年に「説教集」を出版したが、そのなかでもキリスト教カバラについて、はっきりと触れられているのである。
彼の代表的な著書は「生命の理念より導かれた神学」である。
ここにおいて、彼はキリスト教の三位一体と「生命の樹」を矛盾しないものとした。
同じく「ホメロスの黄金の鎖」、「聖書寓意画事典」である。
彼にとっての課題はベーメの思想を、彼が生きた啓蒙思想の時代に合致するように表現することであった。
そのために、彼は「聖書」とギリシャ哲学、近代自然科学、はては中国の哲学までもを動員し、これらを統合しようとした。
彼によると、自然や歴史は、神の身体であり、神の顕現の場であるという。
これを理解するためには、やはり「聖書」の読み解きが重要になってくる。
ここおいて、彼は当時の啓蒙主義者達の多くが主張した神学を批判した。彼らは「聖書」に出て来る奇跡や自然の描写は、観念的で抽象的な比喩にすぎない。自然科学が進歩した啓蒙の時代においては、こんなのにこだわるのは時代遅れである。したがって、啓蒙時代のクリスチャンは「聖書」の道徳的な教えだけに気を配ってれば良いのだ……と考えた。
しかし、神秘主義者であったエーティンガーは、これに反対した。
彼は、「被造物としての自然には神性が顕現している」という「ロマ書」の思想や、ベーメの著書、新プラトン主義の流出説等を支持していた。
ゆえに、「聖書」に書かれている自然の描写、奇跡の描写は、単なる比喩ではなく、「神的なもの、霊的なものを象徴する寓意画(エンブレム)」であると主張した。この「寓意画」を読み解いてこそ、初めて「聖書」の本当の意味が理解できるのである。
「寓意画」は、様々な意味を圧縮して入れる入れることができる。少ない言葉によって多くの事を語ることができる。ゆえに「寓意画」は、だらだらと抽象的な長文を書き連ねる観念的な神学よりも便利であり、だからこそ「聖書」はこれを採用したのだと。
そして、彼は自分のこの思想を「寓意画(エンブレム)神学」と呼んだ。
エーティンガーは、神の言葉たる「聖書」を理解するには、神の作品である「自然」を知る必要がある。そして、「言葉」と「自然」の間には深い関連性があり、照応し合うと彼は考えた。
例えば、「聖書」には、鷲や光や塩や、枝、葉、火、心、海、大地、虹、風、雷、太陽、月、星、動物などの多くの物が登場する。これは単なる比喩ではなく、精神的な事柄を自然界の事象のあり方によって表した「寓意画」である。
そして、こうした「寓意画」の関連性や照応を知るためには、錬金術、カバラ、あるいは自然科学すら有効であると考えて、彼はこれを積極的に取り入れたのである。
彼によると「近代自然科学」は、神によって与えられた知の歴史的な展開の一つであり、今はまだ不完全ではあるものの、遠い未来には全体知に近づき、「黄金時代」の完璧な知の完成に重要な役割を果たすであろうと予言した。
これが薔薇十字運動の担い手達から受けたのも当然であろう。
どちらにせよ、彼の著書はドイツの「黄金薔薇十字団」に大きな影響を及ぼした。
実際、エーティンガーは近代オカルティズム思想がたどった通過点の一つであったことも分る。
例えば、「エーテル」は、もともとアリストテレス主義の観念である。ベーメが既にこれを「創世記」の2日目の「大空(天)」と重ねている。
エーティンガーは、この考えに基づいて、「聖書寓意画事典」の中で、エーテルを「大空の上の水」と重ね合わせ、これを万物に入り込んでいる霊的な物質、ないし神的な力と同一視した。
彼は後世の知識人たちに影響を与えた。哲学者のヘーゲル、文学者のゲーテ、そしてかのノヴァーリスらにである。
「キリスト教神秘主義著作集16 近代の自然神秘思想」 教文館
「ノヴァーリスと自然神秘思想」 中井章子 創文社
「薔薇十字団」 クリストファ・マッキントッシュ 平凡社
「バロックの神秘」 エルンスト・ハルニッシュフェガー著 松本夏樹訳 工作舎