エッカルツハウゼンとイリュミナティ
カール・エッカルツハウゼンは、1752年バイエルンに生まれた。インゴルシュタット大学で神学を修めた後、エリート・コースを突き進む。枢密公文書館の職員となり、バイエルンの科学アカデミーのメンバーにもなった。
当時のドイツは、黄金薔薇十字団が活動していた時期でもあり、オカルティズム思想が様々な形で国中をせっけんしていた。
そんな中、彼はイルミナティに入団している。
イルミナティは、ドイツで設立された秘密結社である。「パヴァリア啓明結社(イリュミネ)」とも呼ばれるこの結社は、1776年パヴァリアにて、インゴルシュタット大学の法学教授アダム・ヴァイスハウプトによって設立された。彼は極めて急進的な社会改革思想の持ち主で、徹底した自由と平等を唱え、反キリスト教、反王制を唱え、一種のアナーキズムを主張した。そして、原始共産主義的な共和制国家の樹立を主張した。
これはいちおうはフリーメーソンとは異なる結社ではあった。というのも、本来のフリーメーソンでは、ロッジ内での宗教議論や政治議論を禁止していたのであるが、イルミナティは逆にこれを推奨した。そして、独自の位階制なども有していた。
しかしながら、一種の擬似フリーメーソン的な部分も含んだ結社でもあった。事実、イルミナティの会員には、フリーメーソン関係者が多かった。
この結社は1783年に最盛期を向かえ、会員数はパヴァリアだけで実に600人にも登った。この結社はドイツだけではなく、ヨーロッパ各地にロッジを設け、その会員数は相当数に登ったと思われる。
しかし、この結社の寿命は短かった。
1782年に高名なフリーメーソン会員のフォン・クニッゲ男爵が入団する。だが、この男爵と創立者のヴァイスハウプトとの間で、やがて内部抗争が発生。これがきっかけとなって、団は衰退し始める。
1787年パヴァリア選定侯が、この団を危険視して調査を行い、反キリスト教的思想、反王制思想、革命思想が発覚する。
1785年に、この結社は解散させられ、ヴァイスハウプトら指導者はパヴァリアから追放された。
各支部も激しい迫害を受け、壊滅してしまった。
カトリック教徒のメーストル、ルフラン神父などは、これを危険視し、イリュミナティを攻撃する本やパンフを発行した。
そして、1789年にフランス大革命が起こると、これはイリュミナティの陰謀によるものだと喧伝された。
しかし、この結社がフランス革命に関わった痕跡は一切なく、歴史学者達はほとんど問題にしてはいない。
エッカルツハウゼンは、当初、こうしたイリュミナティの最終目的を聞かされていなかったらしい。
やがて、彼はイリュミナティの反キリスト教的な思想を知ると、この結社を批判する側に回った。
そして、プロテスタント、カトリックの区別無く、宗教家たちと親しく交わり、啓蒙主義思想とキリスト教との両立を主張した。
彼もまた、自由と平等を旨とした理想国家の建設と改革に心を惹かれたが、それはキリスト教と両立した形のそれを望んだのである。
彼が、オカルティズムに興味を持つようになったのは、1788年に出した「魔術を開く鍵」を執筆した頃からのようである。
その後、彼はキルヒベルガーやサン・マルタンを知り、彼らを通じてヤコブ・ベーメを知り、強い影響を受けた。
そして、「神は至純の愛」なる著書も物にした。
また、彼は1803年に死去したが、死後の1819年に出版された「自然魔術の力」等も有名である。
彼の著書は、いわゆるロマン主義芸術に影響を与えたのみならず、ロシアのフリーメーソン、薔薇十字団系のメーソンに強い影響をあたえ、ロシア神秘主義思想にも大きな影響を与えた。
彼の思想は近代魔術に通じるものが多くある。
彼はグリモワールやアグリッパの著書に出てくる魔術道具は、決して文字通りに、物質的な意味に解釈してはならないと主張した。
例えば、魔術よって召喚される知的存在や天使とは「神の真理」のことである。
聖霊の召喚は、こうした真理の内部に入ることに他ならない。
そのためには、この真理の要求する霊の記号(シジル)を知らなければならない。この記号(シジル)は、理論と作用を同時表している。すなわち、古代の魔術師達は、こうした真理に形を与えることによってこうした記号(シジル)を作ったのである。こうした形は、「いかなる法則に基づいて隠された力が作用しているのか」を線画によって示したものなのである。これを理解することこそ、魔術の真の知を得ることである。
魔術で用いられるワンド、帯、魔法円等も、こうした象徴的な意味を持つ。
純粋理性という人間の最高の魔術のパワーが、こうした記号(シジル)や象徴を通して、人間の内奥に入っていったときに、霊が召喚されて人間の前に出現する。この時こそ、人間は純粋な真理を直観したというのである。
これは、シンボリスムが人間の意識に働きかけるという近代魔術の思想に通じるのではあるまいか?
ここにおいて、彼はエーテルやアストラル・ガイストなる言葉を盛んに用いて、魔術を擁護した。
魔術とは本来、自然や超自然的な物を動かす機械であり、ガイスト(霊)やケルバー(物体)上に現れる出る力のことである。
この魔術は5種類に大別される。1つは神の言葉による魔術であり、この力は信仰によってもたらされる。2つ目は天使の魔術である。これは光の力と権能によってもたらされ、人間の純粋さによってもたらされる。しかし、天使には光の天使と闇の天使がおり、闇の天使の力には充分な注意が必要である。3つ目は自然魔術である。ニュートンの万有引力やデカルトの渦動計算がこれに当たる。4つ目は官能的な魔術である。これは人間の欲望と嫌悪によって働く。五つ目は悪魔の力による黒魔術である。
これらの魔術は「引き付ける力」によって作用する。
宇宙に充満するエーテルは、あらゆる物質に働きかける力を持つ。同時にエーテルは万物を映す鏡でもあr、それを通じれば現在過去未来の全てを見ることもできる。
このエーテルは、全ての惑星、星と関係を持っており、従ってアストラル・ガイスト(星の霊)でもある。
これは同時に、本来目に見えないものが関係し合っている現象でもあり、これがアストラル・ガイストの実態でもある。宇宙は普遍の法則にしたがって動くが、これは全てアストラル・ガイストの内で働いている。
アストラルガイストは、ミクロコスモスたる人間の内にもある。
従って、アストラル・ガイストは人間の支配下にあり、人間の意志で働かせることが出来る。
これはとりもなおさず、人間の霊と世界の霊は、一つの連続体でつながっているということだ。ゆえに人間がこの結びつきを知り、これによって世界の霊に働きかければ、全ての力は人間の意志に従うはずである。
これこそが「ひきつける力」による作用であり、上記5種類の魔術でもある。
こうした理論に基づき、彼はカバラを擁護し、錬金術を取り込み、ヤコブ・ベーメの思想に従いながら、魔術論を唱えるのである。
魔術は決して、神に反逆するものではない。
もともと魔術の力は全ての人間に与えられているものであった。しかし、アダムの転落によって、多くの人々は、これを失った。したがって、真の魔術を知る者は数えるほどしかいない。しかし、神の救済が完成した暁には全ての人間に、魔術の力が回復するであろう、という。
彼の思想は、ノヴァーリスや近代の薔薇十字運動にも影響を与え、発展してゆくのである。
「キリスト教神秘主義著作集16 近代の自然神秘主義思想」 教文館
「秘密結社」 セルジュ・ユタン 白水社
「オカルティズム事典」 アンドレ・ナタフ 三交社
「薔薇十字団」 クリストファ・マッキントッシュ 平凡社
「薔薇十字団」 ロラン・エディゴフェル 白水社