フラター・エイカドと「カバラの花嫁」


 「何処からとは言わずにおくが、彼の後に来る者こそ、一切の「鍵」を発見する者となるのだ。」
 「汝の臓腑の子供にこそ秘儀の全容が明かされるであろう。」
 
 クロウリーは、この「法の書」の予言を、字義通り受け止めた。すなわち、「法の書」にあるまだ解けないカバラの謎を「彼の後に来る者」が解いてくれる。その者とは、クロウリーの息子である。……と解釈した。
 そこで、彼は「猫」と呼んでいた彼の女弟子にして「緋色の女」、愛人であるソロール・ヒラリオンをパートナーにして性魔術を実践し、彼女に息子を生ませようとしていた。この作業は1915年の秋分の日に行われた。
 だが、彼女は妊娠せず、この試みはうまく行かなかった。
 そこへ、一通の電報が飛び込んできた。アメリカの弟子のフラター・エイカド(魔法名)こと、C・S・ジョーンズからである。彼はアメリカにおけるOTOのバンクーバー支部長であり、北米へのテレーマ教の布教の指揮官でもあった。
 その彼が、「秘密の首領」から指令を受け取り、2=9位階から、一気に8=3(神殿の主)に昇格した、というのである。要するに、外陣からいきなり第3団に飛び進級したことを宣言したわけである。これほどの急激な昇進は、魔術史上でもあまり例をみない。
 しかし、クロウリーは、これを受け入れた。というのも、彼は、この弟子こそが「法の書」の予言した息子のことであろうと解釈したのだ。すなわち、息子とは生物学的、肉体的な子供のことではなく、霊的、魔術的な子供のことであろう、と解釈したのである。これは1916年のことである。

 事実、彼は「法の書」を解く鍵、テレーマ教の教義を大きく発展させる大発見をしている。それは「31」の数値である。この数値は、ジョーンズの魔法名で「統一」を表すエイカドをゲマトリアで処理をした数値にあたる。また、これはホルスの数であり、ラー(ヌイト)の数でもあり、セトの数でもある。
 さらに、テレーマ、アガペー、さらにはクロウリーに「法の書」を伝えたエイワスのゲマトリアの数値は93であり、これは31を3倍にした数である。
 この数値をカルデア文字で表記するなら、ALないしLAである。特にALは、本来は冠詞の「その」を意味するのだが、同時に「大いなる者」、「全能者」をも意味する。
 彼は、この発見を1918年にクロウリーに伝えている。
 クロウリーは、このALの価値を認め、「法の書」の正式名称を従来の「リベル・レギス」から「リベル・AL・ヴェル・レギス」に改称したほどである。
 だが、この親子の関係は次第に冷却化し、1919年を契機に、二度と肉体的に顔を合わせることはなかった。
 後年、クロウリーは、ジョーンズの急激な昇進を認めたのは誤りだったといった感じの発言をしているが、彼の魔術的才能が卓越したものだということは、その後もずっと認めていた。

 フラター・エイカドこと、チャールズ・ロバート・ジョン・スタンズフェルド・ジョーンズは1886年にイギリスで生まれた。その後、カナダに渡り、会計士の職に付く。彼は20代になるとオカルティズムに興味を持ち、ヨーガなどを実践していたらしい。「春秋分点」を読み、1909年にA∴A∴に入団している。最初の魔法名はVIO(全体の中の一者)で、すぐにこれを反転させたOIV(全体は一つなり)を名乗る。1913年には1=10位階に昇進した時、魔法名をエイカド(統一)とした。
 彼の魔術への情熱は凄まじいの一語に付き、またクロウリーへの傾倒もかなりのものだった。これについては、傑作なエピソードが残っている。
 彼の自動車が故障し、その修理に四苦八苦してる時、それ見た友人が、彼をからかって言った。
「クロウリーのエロチックな詩を朗読したら、その車も君に振り向いてくれるんじゃないか?」
「とっくにやったよ。けど、彼女はオイルを漏らしただけさ。」

 クロウリーの死後、彼は自分の父親を批判した。
 彼はクロウリーの「ホルスのアイオーン」は不発に終わったというのである。クロウリーがエイワスより「法の書」を伝授されたとき、彼はまだ未熟だったがゆえに、中途半端に終わってしまっとというわけだ。
 ついには、エイワスは邪悪な存在である、とさえ言う。
 代わりに彼は1948年に、「マートのアイオーン」を宣言し、 10=1位階に達したと宣言した。
 そして、そのわずか2年後の1950年に彼は世を去るのである。
 主なクロウリー支持者達は、この「マートのアイオーン」を受け入れてはいないが、同時に支持者もいる。というのも、これが「女性の霊性」、フェミニズム運動とも結びついたのである。
 クロウリーの「ホルスのアイオーン」は男性的であるのに対し、マートは女性的であったからだ。
 ともあれ、こうしたマートの魔術師達は、現代をホルスとマートの2つのアイオーンが同時進行する一種の混乱期と捉えているらしい。

 フラター・エイカドと聞くと、どうしても彼の奇行のことが話題にされる。
 それは1926年頃のエピソードだ。
 彼は突然、ローマ・カソリック教会に入信する。目的は、内部からカソリック教会を乗っ取り、テレーマ教の教会に作り変え、この教えを世界中に広めるためだ、という。
 また、全裸にレイン・コートをまとい、街中を徘徊した。これは、「幻影のヴェールから解放された」ことを示すデモストレーションだったのだが、警察が彼を捕まえる理由とするには充分すぎた。
 ひとえにこれは、彼のひたむきで、魔術への激しい献身から出た行為であったのではあるまいか。彼は大真面目で真剣だった。ただ、残念なことに魔術の常識は世間一般の常識とは必ずしも合致しない。そこへ、魔術師の視野狭窄が加わると、いささか手の付けられない結果を引き起こす。

 彼の著書は、「QBLの花嫁」、「神の肉体の解剖」、「恍惚の聖杯」などがある。
 とくに「QBLの花嫁」は、国書刊行会より邦訳がある。
 この著書において、本文は平均的な魔術カバラに関する解説が行われている。これは樹を学ぶ者にとって、非常に勉強になる論文である。
 しかし、彼はこの本の「補遺」によって、すごいアクロバットをやってのけている。
 従来の生命の樹の解釈では、樹はケテルからマルクトに降りる「炎の剣」あるいは「稲妻の閃光」によって流出した。次に「叡智の蛇」の上昇があり、これによってパスが形成された。そして蛇の頭はケテルからコクマーに至る11のパスに置く。
 さて、ここで疑問なのは、この「蛇」は樹を「上昇する」ことによってパスを形成したにも関わらず、なにゆえパスは樹の頂上を出発点としているのか?
 ここで、「蛇(ゲマトリアでは「救世主」と同じ数値358を持つ)」の動きに忠実に従うとどうなるのか?
 そう、マルクトからイエソドに向かうパスを11番のパスとして、上へ向かってゆくのだ。アレフからタウまでの文字の順序や元素、惑星、十二宮の照応ともども。
 すると、マルクトからホドに向かうパスは12のパスであり、ベス、水星、タロットの「魔術師」である。イエソドからホド向かうは13番目のパスであり、ギメル、月、「女司祭長」である。
 ……要するに、彼は「生命の樹」の体系を、上下逆さまに反転させてしまったのである。
(詳しく知りたい方は下記の参考文献へ)

 正直私は、これをそのまま受け入れることは出来ないし、ましてや初心者のうちから、こうしたアクロバット的な実験に触れるのは危険であるとさえ思う。
 しかし同時に、これは実験として面白いとは思うし、こうした考察を行うことによって思わぬ発見があるかもしれないとは思ってもいる。


「QBL カバラの花嫁」 フラター・エイカド 国書刊行会
「アレイスター・クロウリーと蘇る秘神」 ケネス・グラント 国書刊行会
「アレイスター・クロウリーの魔術世界」 フランシス・キング 国書刊行会