サンテリア、ポゴマニア、ウンバンダ、マクンバ、ニューオリンズ・ブードゥー
アフリカから奴隷として連行された黒人達は、自分達のアフリカ土着の信仰を新世界へと持ち込んだ。そして、彼らの宗教はキリスト教と習合した。
こうしてキリスト教と習合したアフリカ起源の宗教は大きく変質し、独特の宗教となって中南米に定着した。こうした宗教を総称してアフロ・アメリカン宗教と呼ぶ。ブードゥー教も、こうしたアフロ・アメリカン宗教の一つであり、ハイチに見られる信仰を特にそう呼んでいるのである。
また、こうしたアフロ・アメリカン宗教は黒人のみならず、中南米の先住民族や白人なども取り込んで大きく発展してゆく。特にヒスパニック系の人々や日系人にも信徒は居る。また、インド系移民の影響を受け、ヒンズー教の要素が入り込んだものすらある。
さらに、アフリカにも里帰りをして、イスラム教の要素を取り入れている例すら見られるという。
こうした様々な文化の混合こそが、アフロ・アメリカン宗教の最大の特徴の一つであろう。
では、こうしたアフロ・アメリカン宗教には、どのようなものがあるのであろうか?
これらアフロ・アメリカン宗教は千差万別で、一枚岩ではない。
宗教団体を組織することもあれば、呪術師と祭壇だけで特に組織を作らないこともある。大勢の信徒が押し寄せる聖地があるかと思えば、村の鎮守的な神殿にすぎないこともある。
別項でも触れたが、村が違っただけで、神の性格も大きく変わる。
それが国境を越えると尚更である。それぞれが置かれた環境に応じて、これらの宗教は生まれた。簡単にイコールで結ぶことは出来ない。
しかし、目立った共通点が存在するのも事実である。
まず、呪術色が極めて強い宗教であること、キリスト教と習合していること、ダンスによるトランス状態、神や聖霊の憑霊現象を重視すること……などである。
また、同じ神を崇拝していることも多い。エレグア=レグパ、チャンゴ=ソボなどの有力な神は、ブードゥーでもサンテリアでも人気のある神である。
サンテリア(Santeria)は、主にキューバを中心に分布するアフロ・アメリカン宗教である。
このサンテリアと言う呼び名は、スペイン語で「聖人」を意味する「サント」に由来がある。
キューバに連行された奴隷は、西アフリカのヨルバ族が多数派を占めていた。彼らはオロルンという最高神の他、オリシャ、オロルン、オグン、エレグア、チャンゴ等の神々を崇拝していたが、これらの信仰をそのまま持ち込んだ。
そして、カソリックと習合する。これらの神々も、カソリックの聖人の像であらわされ、崇拝される。
ハイチのブードゥー教もキューバに上陸し、このサンテリアに影響を与えた。。
また、アメリカのナイジェリアから奴隷として連行されたアバクア族も、ヨルバ族には負けるものの、少なからぬ数であった。彼らの信仰を元にしたニャニーゴという信仰もある。これとも混合した。
ともあれ、サンテリアは非常に呪術的な宗教だ。彼らのまじないには、ブードゥー教との共通点も多く見られる。
中でも独自のパントマイムによる踊りも重要であり、この音楽はカーニバルにも組み込まれたり、キューバ発祥の音楽であるルンバにも影響を与えた。
また、キューバからの北アメリカ移民達が、この信仰を北アメリカへと持ち込み、ゆっくりとだが定着しつつある。
ポコマニア(Pocomania)は、ジャマイカを中心に分布している。
ジャマイカはイギリスの植民地であった。そのため、ポコマニアはイギリスの影響が強い。
他のアフロ・アメリカン宗教がカソリックと習合しているのに対し、これはプロテスタントと習合しているのである。
確かに基となっているのはアフリカの伝統的な多神教ではあるのだが、他のアフロ・アメリカン宗教と比べて、「聖書」を非常に重視するのも特徴である。例えば、神々の名もアフリカ起源のものは使わない。ミカエル、ガブリエル、サムエル、エレミヤ、モーゼ、ソロモンといった聖書中の登場人物の名前を使う。
しかし、儀式は、アフロ・アメリカン的な色彩が強い。
彼らは歌い、踊り、練り歩き、トランス状態になって憑霊現象を引き起こす。
カンドンブレ(Candomble)やウンバンダ(Umbanda)は、ブラジルを中心に分布する。両者はマクンバ(Macumba)という名で総称されることもある。
カンドンブレは、北東部のバイア州で勢力が強い。16世紀頃からポルトガル人によって連行されたヨルバ族の信仰が基となり、カソリックと習合して生まれた。ブラジル独立とほぼ同時期に組織化されたという。語源は奴隷が働く農場で行われていた宗教的舞踏の「カンドンベ」にあるといわれる。ヨルバ族起源であるため、サンテリアとも共通点が見られる。
内容は集団によって差異があるが、それぞれ自分達の守護神を祭り、踊り、歌い、憑霊現象を引き起こす。
ウンバンダは、さらに複雑だ。アフリカの伝統宗教とカソリックに加えて、アメリカ先住民族のインディオの宗教、さらにはヒンドゥー教、仏教、心霊主義の教義までもが入り込んでいる。日系人の信徒も居る。これが、本格的に組織化されたのは20世紀初頭のことらしい。
語源もサンスクリット語(!)の「無限の中の有限」をあらわす言葉にあるという。
儀式はテレイロと呼ばれる神殿で行われる。
教義も独特で、カトリックの聖人の姿や名で表わされる神々は高度な存在で、直接人間に働きかけることはない。そこで、これらの神々と人間の仲介の役割を果たす聖霊が重視されている。この聖霊は先祖の霊であり、神聖な存在である。こうした「先祖の霊」の主なものとして、インディオの狩人の姿で表されるカバクロ、アフリカ人の老賢者プレト・ペリヨ、幼くして死んだ無邪気な子供クリアンサ、他にもヨーロッパ人や東洋人の霊も崇拝されている。
ウンバンダの最大の特徴は、黒人にこだわらない、白人や東洋人、インド人、インディオを含めた混血重視の宗教であるということだ。
儀礼は、やはり踊り、歌、憑霊現象を重視するものである。呪術性も強いのも同様だ。
最後にニューオリンズ・ブードゥーである。
北アメリカでは、莫大な数のアフリカ人奴隷が連行されたにも関わらず、こうしたアフロ・アメリカン宗教は、大きく展開することは無かった。
呪術宗教を排撃するプロテスタントの勢力が強かったことが原因を思われる。
しかし、顕著な例外も存在する。
これはルイジアナ州のニューオリンズで見られ、18~19世紀に盛んになる。これはフードゥー(Hoodoo)とも呼ばれた。
なぜニューオリンズかというと、ここは長らくフランス領であり、スペインからの移民も多く、カソリック文化も入り込み、彼ら独自の祭りが行われていた。
つまり、文化的に中南米的な要素が高かったことが大きな理由であったと思われる。
18世紀に入ると、ハイチから、奴隷から解放された黒人達が大勢移民してくる。彼らは、ハイチのブードゥー教の信仰も持ち込んだ。
こうして、ニューオリンズにブードゥーは定着し、ルイジアナ州全域からフロリダやアラバマにも広がって行く。
そして、ハイチのそれともちょっと異なった独自のアフロ・アメリカン宗教へと発展してゆく。これが、ニューオリンズ・ブードゥーである。
ニューオリンズ・ブードゥーの指導者として有名なのが、マリー・ラヴォーとジャン・モンタネである。
マリー・ラヴォーは「ブードゥー・クイーン」とも呼ばれた。彼女は1827年に白人と黒人の混血として生まれた。熱心なカソリック教徒でダンス好きだった彼女は、ジャン・モンタネを始めとした呪術師達に才能を認められ、修行のすえ強力な呪術師となる。
彼女の信徒には、黒人のみならず多くの白人も居た。
彼女には多くの武勇伝や伝説があるが、有名なのは彼女に嫌がらせに来た警官達に術をかけて、玄関先でクルクル回らせたり、気絶させてしまったことなどだろう。
ジャン・モンタネは、マリー・ラヴォーの師である。セネガルのバンバラ族の出身で、子供の頃に奴隷狩りにあってキューバに連れて来られた後、やがて解放されニューオリンズに移住した。本職は港の人夫の監督だったが、片手間に呪術を行った。それがよく効くということで、黒人のみならず白人までもが信徒となった。彼は慈善事業にも熱心で、貧しい者からは代金は取らなかった。そのため、後にニューオリンズ市民の尊敬を集め、市の名士にもなっている。
このニューオリンズ・ブードゥーの特徴は、「まじない」や「呪術療法」を重視することにある。
特に18~19世紀頃では、医療的側面が重要で、ジャン・モンタネやマリー・ラヴォーの活動も、これが主であった。そのため、ニューオリンズ・ブードゥーの呪術師はルート・ドクターと呼ばれることも多かった。
ルートとは、「根」であり、呪術的な力を持った薬草のことである。特に重要なものが「ジョンコンカラー」とも呼ばれる薬草の根である。
ともあれ、年月が流れると共に、この「まじない」重視の傾向はますます強まり、歌やダンスや憑霊現象は薄まってゆく。そして、「まじない」が強調されるようになってゆく。伝統を守ろうとする派は、地下に潜り、閉鎖的な秘密結社化してしまう。
現在、オカルト・ショップなどで「魔女術 」のものと思われているオイル、インセンス、パウダー、人形、御守り袋などは、実はこのニューオリンズ・ブードゥー起源の物が少なからぬ数混じっている。
確かに、パウダーや御守り袋は、アフロ・アメリカン宗教全般に見られるものではあるが、ニューオリンズ・ブードゥーでは、特に盛んである。
例えば、ニューオリンズ・ブードゥーでは、グリグリと呼ばれる御守り袋が盛んに使われる。これはハイチのブードゥーではワンガと呼ばれ、西アフリカのヨルバ族の御守りジュジュに起源があると言われている。赤いフランネルの小さな袋に薬草や石や動物の骨などの様々な呪物を入れたものである。恋愛用、金運用、学業用、商売用、復讐用など用途によって、入れる物を決める。
これは、アメリカの一部の魔女術とも習合が起こっており、今後、どのような変貌を遂げるのか興味の尽きないところである。アフロ・アメリカン宗教の最大の特徴の一つは、やはり「文化の混合」にあるのだから。
「ヴードゥー ハイチの歴史と神々」 立野淳也 吉夏社
「ヴードゥーの神々」 ゾラ・ニール・ハーストン 新宿書房