ヴァリアンテとソロの魔女


 ドリーン・ヴァリアンテは、ガードナーの最晩年の弟子の一人である。
 彼女の著書は、現代魔女術に大きな影響を与え、大きな変化をももたらした。そして、魔女術 の発展に大きな影響を及ぼしたのである。

 「影の書」は、現代魔女術 の実践者達にとってのバイブルである。この書には、魔女にとっての重要な教義、呪文、祈り、儀式の方法などが記されている。これは手書きの筆記によって、師から弟子へと受け継がれ(ある魔女が私に語ったことだが、これは昔の話しで、最近はCD-Rに焼いて伝授する者も珍しくないという。どうにも色気の無い話しである)、魔女はこの本を一生の宝とし、死んだ後は墓に一緒に埋められたという。

 この「影の書」には、モデルとなった本はあったのかもしれないが、間違いなく近代の作だろう。実際、クロウリーの影響が非常に顕著である。パン賛歌はご愛嬌にしても、「アブラハダブラ」まで書かれている。ガードナーはOTOの幹部だったし、クロウリーとも面識があった。無理のない結果だろう。
 クロウリーが「影の書」の下書きを書いたという説すらある。
 この説の真偽はどうあれ、この本が近代の作品だということは間違いなさそうだ。
 実際、ヴァリアンテは、自分が「影の書」の一部を執筆したと認めている。
 というのも、ガードナーは詩の才能があまり無く、うつくしい祈祷文を作れなかった。そこで、詩才のあるヴァリアンテが、これを手助けしたわけである。

 ともあれ、長らくこの「影の書」こと「リベル・ウムブラルム」は、カヴンの外の人間に対しては秘密にすべきものであり、長らく隠されてきた。
 しかし、ヴァリアンテは、この禁を破った。
 ガードナーは、この「影の書」に様々な改良を加え続けていたわけだが、ヴァリアンテが公開した「影の書」は、「テキストC」と呼ばれる彼の最晩年に成立した最終段階の書だったらしい。それを不完全な形ではあるが、一般に発表してしまったわけである。
(彼女が公開に踏み切った理由の一つに、実は「影の書」が、アメリカやイタリアで既に海賊出版されており、しかもそれらが粗悪で、魔女術 の教義を歪めて広めかねない代物で、これに対抗するという目的もあった)

 まあ、この公開以来だろうか、魔女術 の実践者達は、だいぶ開放的になったのも確かであろう。
 TVに出て儀式を撮影させる魔女もいるし、自分達の流派の「影の書」をペーパーバックにして出版するカヴンも現れた。

 閑話休題。ヴァリアンテの発表したその本は、「魔女術 の明日」(「魔女の聖典」という題で邦訳あり)である。これの付録として巻末に「影の書」が収録されている。
 その他にも、ヴァリアンテは、この本の中で魔女術 の思想、歴史などについてもふれている。しかし、それ以上に重要なのは、この書は魔女志願者のために書かれた実践の書であるということだ。
 魔女の行うべき儀式、魔法円、道具、シンボリズム、儀式時の服装(彼女は「空を着る」行為に理解を示しつつ、寒い地方の人は法衣を着るのもよかろうとしている)、魔女のアルファベットなどについても触れている。
 これらは、初心者が持ちがちな魔女への誤解を解きほぐしながら、実践を主眼とした基礎知識を与えるように、巧みに書かれている。
 この魔女術 の実践を前提とした概要の解説だけでも、この本は大きな価値を持つ。

 もう一つ、この本(収録されてる「影の書」)が画期的なのは、「セルフ・イニシエーション」の方法が説かれていることだ。
 「セルフ・イニシエーション」とは、要するに、自分で自分にイニシエーションを施すことだ。
 魔術師にせよ、魔女にせよ、イニシエーションを受けないことには「魔術師」や「魔女」は名乗れない。
 そして、こうしたイニシエーションは、魔術結社なりカヴンなりに入会を認められ、そこでの師匠や先輩に授けて貰うものである。
 しかし、セルフ・イニシエーションなら、そんな必要はない。自分ひとりで「魔女」になることができるのである。
 この技術には、賛否両論がある。
 伝統を重んじる者は、これに反発した。こんなことが許されるのなら、未熟な者や無知なもの、道徳的に優れぬ者、異端な思想を持つもの、破壊的カルト関係者、こうした連中が勝手に「魔女」を自称し、混乱を引き起こすのではないか? と。
 だが、住んでる場所や交通の便、あるいは運の悪さからカヴンに入会できない者。ソロ(組織に属さず一人で)魔女術 を実践したい者はどうするのか? 他人からのイニシエーションにこだわるのは、権威主義、あるいは知識の独占をしたいだけなのではないのか? そもそも「一番最初の魔女は、誰からイニシエーションを受けたのか?」

 私は、真摯な態度を持つ者が、よく勉強し、謙虚な気持ちでもって行うのなら、セルフ・イニシエーションには、何の問題も無いと考える。
 事実、多くの流派が、このセルフ・イニシエーションを認めているようである。

 ヴァリアンテは、魔女の基本文献にしてバイブル「影の書」を公開し、セルフ・イニシエーションを説くことによって、魔女術 を世界に広げる大きな貢献を成し遂げたのである。
 実際、彼女の「魔女術 の明日」(「魔女の聖典」という題で邦訳あり)は、カヴンに頼らず、ソロで魔女になりたいと思っている者にとっては、大きな福音となったのは確かである。
 ともあれ、カヴンに入るにせよ、ソロでやるにせよ、魔女を志す者にとっては、彼女のこの著書は必読である。


「魔女の聖典」 ドリーン・ヴァリアンテ 国書刊行会