「今は亡き大いなる地球」
今回は、ちょっと辛い文章になるが、ご容赦いただきたい。
多くの聖書学者は、「黙示録」の予言(ここでは未来予知と言う意味で、この単語を使う)は、これが書かれた当時、ローマ帝国から過酷な迫害を受けていた原始キリスト教徒達を勇気付けるために、書かれたと考えている。例えば、反キリストは皇帝ネロであり、バビロンの娼婦はローマのことであるという。つまり、「黙示録」の世界は、書かれた当時あたっては、リアルタイムの社会情勢を描写したものであり、当時のキリスト教徒たちにとっては、文字通り、いますぐにでも起こることだろう、と考えられていたというのだ。
しかし、歴史は皮肉な方向へと向かう。悪魔の帝国であるはずのローマは、神の天罰によって滅びることもなく、やがてキリスト教を公認し、ついには国教にまで指定する。やがて、キリスト教徒達を団結させていた終末論は、次第に教会にとって、秩序の維持を邪魔するやっかいなものになってゆく。
それでも、終末論は、依然としてキリスト教の重要な教義であり続けた。
必然的に「黙示録」は、その最大の根拠となったのである。
そして、「黙示録」の予言を現実に当て嵌めようとする試みは、ずっと行われてきた。例えば、フィオーレのヨアキムによって始まる千年王国運動のように。
そして、こうした試みは今もなお続いている。
要するに「黙示録」のチンプンカンプンな内容を、ノストラダムスの四行詩の解読の要領で解釈してゆくわけである。
無論、ギリシャ語やヘブライ語や当時のユダヤ教、キリスト教の教義、中東やローマの歴史の知識が無くても、何も問題は無い。神によって霊感を得たものは、己の直感のみで真実を追求できる、と言う。
それはともかくも、こうした予言は、アメリカを中心としたキリスト教原理主義、聖書根本主義者達によって受け入れられ広く信じられている。
こうした現代における「黙示録」の予言解釈の書として、中心的役割を果たして来たのが、ハル・リンゼイの「今は亡き大いなる地球」(The Late Great Planet Earth)である。
この本は、文字通り、世界の終末は我々が生きている時代に起こる。と主張する。エルサレムの建国を一つのきっかけとなって、反キリストが登場し世界を支配する。そしてハルマゲドンが起こり、善と悪の最終決戦が起こり、世界は焼き尽くされ、最後に善が勝利し、神による理想の世界が出来上がる。
しかも、これらは我々が生きている時代に起こる!!
……というわけである。
言うまでのないことだが、こうした主張は、実に、実に、実に多くの宗教団体その他によって主張され、信じられて来ている。何もキリスト教徒に限ったことではない。ノストラダムスやキリスト教以外の新興宗教までもが、ちゃっかり「黙示録」の終末予言を利用している。
彼らは、「黙示録」の曖昧模糊な内容を、現実の世界、社会に当てはめて解釈している。
こうした「黙示録」の予言を現実の社会に当てはめて解釈しようとする試みの中心的役割を果たしたのが、先にも行ったハル・リンゼイのこの書なのである。
現在でも夥しい数の「黙示録」の解釈があるが、その殆どは、このリンゼイの「今は亡き大いなる地球」から、何らかしかの形で弾丸の補給を受けている。
もし、あなたがこの「今は亡き大いなる地球」を読めば、至るところに「どっかで聞いたことのある予言だなあ」と言う記述にぶつかりまくるだろう。
早い話し、キリスト教的な終末論の殆どが、この本の亜流なのである。
もちろん、世界情勢は刻一刻と変化している。
リンゼイのこの本が書かれたのは1970年のことである。
その後、世界情勢はリンゼイの予想のつかない動きを見せた。ソ連は崩壊し、ロシアはアメリカの友好国となった。中国は共産主義をゆっくりと放棄し、経済成長を続けている。中東の国々は戦争に疲れ話し合いに真剣に応じており、アメリカと軍事的に手を組む国すら現れた。かわりにこれまでに無かった国際的な無差別テロ組織が登場し、泥沼の報復合戦を繰り返す……。
はっきり言って、リンゼイの「今は亡き」は過去の本であり、そこに書かれた予言は、はずれまくりである。
しかし、終末論を唱える人たちは、この本に改良を加え、修正を施し、今もなお使い続けているのである。
実際、この本には、どこかで聞いたことのあるような記述が無数に見られる。
イスラエル建国がハルマゲドンのきっかけになる、ソ連こそがゴグとマゴクである、中国が未曾有の大軍でもって攻め込んでくる、ヨーロッパ共同体が「第4の王国」であり獣である、反キリストの獣が危機を救い救世主と勘違いされ総統となって支配する、だが、彼は悪魔の本性を現し恐怖の独裁を始め国民総背番号制を敷く、第三次世界大戦が勃発し、核兵器が使われ、世界は焼き尽くされる、これがハルマゲドンである。
・・・・・・ともあれ、この本はアメリカだけで1800万部(?)を売る大ベストセラーになったという。
世紀末は終わり、終末を待望する気運は、急速に衰えた。
だが、世界の終末は、ある意味究極の現実逃避であり、いくら否定しても、求める者は決して後をたたない。
そして、私も闇雲に「他人の信仰を冒涜すべきではない」という考え方から、全否定はしない。
それでも、私は、未来においては肯定的、建設的な思考をもって望む方が、人類にとって幸福なのでは無いかと思っている。
PS:
黙示録の記述については、例えば西洋魔術の立場に立って言えば、神秘主義者のヨハネが、「幻視」した「預言」であり、秘儀伝授者にしか分からない象徴によって、霊的な奥義を伝授する書と考える。無神論者からみれば、同じ穴の狢かもしれないが、私は、こちらを指示したい。
「今は亡き大いなる地球」 ハル・リンゼイ 徳間書店
※訳者の越智道雄氏による厳しい批判的解説つき。