イニシエーションと位階制


 近代魔術結社の殆どは、そのシンボリズム、構造、位階制について、フリーメーソンのそれを土台にしている(このフリーメーソンもかの「テンプル騎士団」を意識した位階構成なのだが、これにつては別項にて)。例えば、魔術結社などで、略称を記す時にピリオドの代わりに頻繁に使われる「∴」の3点符も、もともとはフリーメーソンのものである。これは1774年にフランスのフリーメーソンリーが使用したもので、上昇する三角形の象意を持つ。
 これは、位階制についても同様で、魔術結社の指導者をインペレーター、プレモンストレイター、キャンセラリウスの「三首領」とするのも、フリーメーソンの「尊敬すべき棟梁」、「主席監督官」、「次席監督官」の三役の踏襲である。
(ただ、フリーメーソンリーの位階制度には夥しい数の種類があるのだが、ここでは比較的一般的なスコットランド式を例に挙げた)
 
 とは言うものの、魔術結社の多くは、一般的なフリーメーソンの位階制に大きな改造を施すのが普通である。例えば、当時のフリーメーソンは女性の入団を認めないが、魔術結社はそういうことはしない。
 それは「黄金の夜明け」についても同様である。この「黄金の夜明け」団の位階制は、その全身である「英国薔薇十字協会」のそれを部分的に踏襲しながらも、カバラの「生命の樹」の照応から成り立っているのが大きな特徴である。
  「黄金の夜明け」は、3つの「団」からなっている。一番下位にあるのが「黄金の夜明け」団。次に実力派の幹部達から構成される「ルビーの薔薇と金の十字架」団。そして、最上位にあるのが、かの秘密の首領達が属するサード・オーダーである。我々は、一般にこの3つの団の集合体を「黄金の夜明け」団と呼んでいるわけである。
 それはともかくも、この団の位階は以下の通り。

 0=0  新参入者(Probationer)
 1=10 熱心者(Zelator)
 2=9  理論者(Theoricus)
 3=8  実践者(Practicus)
 4=7  哲学者(Philosophus)

 この5位階を総称して「外陣」と呼ぶ。この5位階からなる団が最下位の「黄金の夜明け」団である。
 ちなみに「黄金の夜明け」団の設立のきっかけとなった「暗号文書」には、ここまでしか記されてない。これ以上の位階はウェスコットが付け加え、さらにメイザースの改革によって、実践的な面を強める。
 そして、この「外陣(黄金の夜明け団)」と、以下の「内陣(ルビーの薔薇と金の十字架団)」の中間に、橋渡し的な位階として、「予備門」と呼ばれる位階がある。「予備門」、正確には「達人の地下納骨所の予備門の主」。
 内陣入りの資格ありとされた4=7の団員は「予備門」に入り、その後に5=6に昇進し、「内陣」入りを許されるわけである。
 内陣すなわち「ルビーの薔薇と金の十字架」団の位階は以下の通り。

 5=6 小達人(Adeptus Minor)
 6=5 大達人(Adeptus Major)
 7=4 被免達人(Adeptus Exemptus)

 初期においては、この「内陣」への昇格は年功序列的なものだったが、メイザースの改革により、実力主義・実践な団に変えられた。すなわち、メイザースは試験制度を導入し、これに合格した者のみを昇格させ、さらに「内陣」団員用の魔術教育カリキュラム、魔術儀式を整備したのである。そして改革以前に5=6位階に達した団員たちを「名誉5=6」として、区別した。
 この「内陣」用に、「外陣」用とは別の儀式場を用意した。そして、内陣の団員は、その教義や儀式、技術は勿論、集会場所や日時も、外陣には秘密にしなければならない、とされた。
 いわば、選ばれたエリート魔術師集団というわけである。
 ちなみに団の創立者である、ウェスコット、メイザース、ウッドマンは7=4であり、これは創立者としての特権的な地位であり、実質的には、他の一般会員は、ここまでは昇格できなかった。
 そして、次に最高位の「第三陣」が来る。

 8=3  神殿の主(Magistri Tempri)
 9=2  魔術師(Magus)
 10=1 イプシシマス(Ipsissimus)
 
 いわゆる「秘密の首領」達が属する位階である。
 ここは、肉体を超越した者でなければ到達困難とされた。
 また、「秘密の首領」は、元祖「黄金の夜明け」団に限らず、様々な魔術結社の上位者として活動しているとも考えられた。
 また彼らは、一応は肉体を有してはいるが、その活動はもっぱらアストラル界(後述予定。この言葉は乱用され、「と学会」あたりから馬鹿にされてもいるが、これは元々神智学用語であり、明確な定義もある。ここでは、一種の物質的世界とは異なる、全ての人間が共有する精神的世界と思って欲しい)で成されるとされた。結果として、「秘密の首領」は、いわゆる自動書記でお告げを伝えてくることもあるとされ、後々、様々な利益と混乱を引き起こすことになる。

 これらの位階は、昇進するごとに「イニシエーション」が施される。これは、単なる魔術師としての自覚を促し、覚悟を決めさせ、誓いを立てさせるだけではない。この儀式を得て、初めて物質的にも霊的にも位階を得られたと認定される。
 各位階の昇格のイニシエーションは、「生命の樹」の象意と密接に照応している。そして、こうしたシンボリズムを用いて人間の精神へと働きかけを行う。すなわち、精神領域の中の「四大」の悪徳を減少させ、「四大」の徳性を植え付ける、一種の精神領域に秩序を与える作業でもあるのだ。
 この「四大」は、アストラル界に住み、物質世界に影響を及ぼしている。魔術作業を成功させるには、この四大に命じて従わせなければならない。しかし、四大を従わせるには、我々の日常的な意識による命令では駄目で、より高次な意識からの命令でなければならない。こうした存在に近づくための方法として、イニシエーションはあるのである。
 したがって、イニシエーションを受けなければ、より上位の魔術師としての力は発揮できないわけである。

 ただ、0=0儀礼だけは別である。
 これは先の各位階の昇進で行われる「四大」と結びつくイニシエーションとは全く異なる目的を持っている。この儀礼は、純粋な「参入」の儀式である。
 それゆえに、この儀式はとてつもなく重要なのだ。これは、まさに「入門」の儀礼であり、人間を聖別する儀式なのだ。
 ちょうど、ちっぽけな種の中に、後に大木となる要素が含まれているように、この儀式には「黄金の夜明け」のあらゆる全ての教義と理念が凝縮して詰め込まれているのである。

 これらの位階と昇進、イニシエーションについて、その意味を理解するには、複雑な「生命の樹」の理解が必要不可欠であり、ここはとてもややこしい。
 例えば、先の「外陣」の4つの位階を昇格して来たからといって、実は「樹」の各セフィラに達したわけではない。マルクトの中の分割された4つの局面を得ただけである。マルクトは上位の3つのセフィラを反映している。この3つの流出を受けてマルクトは形成される。この3つが混じり合って初めて初めて弟4の局面が形成される。同様に4=7に達した団員も完全にネツァクに達したわけではないのである。

 0=0儀礼と同じくらい重要な儀礼に5=6儀礼がある。そう、「内陣」入りのためのイニシエーションだ。
 だがその前に、4=7を終えた団員は、一度「予備門」と呼ばれる準備期間の位階を与えられる。これは「生命の樹」において、5=6に照応するティファレトと「外陣」に照応する4つのセフィラを隔てる「神殿の幕(パロケス)」を通過するための「予備門儀式」なるイニシエーションを受ける必要がある。
 この位階は、先に述べた4=7団員がネツァクに完全に達してはいないことと大いに関係がある。なぜなら、この「予備門」の位階は、ある意味でイエソド(月)に属し、ティファレト(太陽)の光を反映している存在でもあるのだ。
 乱暴にまとめるのなら、パロケス通過と言うのは、下位の4つのセフィラ全てのおさらいであり、これを通過して初めてやっと4つのセフィラに完全に達したことになるのである。
 さて、この「予備門」という準備期間の修行を終えた団員は、やっと5=6儀礼を受け、「内陣」入りを果たす。
 この儀礼は、クリスチャン・ローゼンクロイツの薔薇十字伝説をモチーフにし、またエジプト神話も取り込んだ、「死」と「再生」の儀式である。すなわち、魔術師は儀礼的にここで「死」に、再び新しい存在として「再生」を果たすのである。
 これを通して初めて、魔術師は、非常に実際的な魔術の実践を開始することになるのである。


「黄金の夜明け魔術全書 上・下」 国書刊行会
「黄金の夜明け」 江口之隆・亀井勝行 国書刊行会
「英国魔術結社の興亡」 フランシス・キング 国書刊行会
「秘密結社の辞典」 有澤玲 柏書房