アフリカの7つの力 ~ブードゥーの神々~
ブードゥー教の神々には、最高位の神として、ボン・デューないしボンディエと呼ばれる神々がいる(地域によっては、こうした神の存在を認めない所もあるのだが・・・)が、これらの神々は遥か彼方の世界に住み、人間とは殆ど関わり合いを持たない。地上に居て、人間に恩恵と祟りをもたらすのは、ロアと呼ばれる地上に住む神々であり、ここで取り上げるのも、このロア達である。
ブゥードゥー教の神々(ロア)について、「日本の民衆神道に似ている」と言った人がいた。これは巧い表現だと思う。
キリスト教やギリシャ神話のような理路整然とした神話体系に慣れきった白人文化圏の人達が、ブードゥーの神々を理解するのに骨が折れるのも、ある意味無理はないのかもしれない。
神々の数については、未だに正確には把握されていない。おそらく400柱は下るまい、と言われているだけである。
何しろ、同じ神がいくつもの名前で呼ばれたり、また同じ名の別の神が存在したり、神々の血縁関係も様々な説があったり、「この神とこの神は、実は同一人物」とされたり、また姿についてもやはりバラバラ。さらに、1つの村でしか崇拝されていない神も夥しく存在し、ある村では有名な神であっても、80キロも離れると、誰もその神の名を知らなかったりする。
しかし、民間信仰、民間の宗教というものは、本来このようなものなのではあるまいか? 日本においても、向こう隣の村の鎮守様に、どんな神様が祭られてるか、なんてことを知らなくても、別に違和感は感じないだろう。
とは言うものの、ブードゥー教にも非常に有力な神があり、こうした有名どころの神は広く知れ渡り、ほぼ全土で崇拝されている。
こうした有名所の神は、まずは「家長」の神である。神々の世界にも、「オグーン家」、「レグバ家」、「エルズーリー家」、「シンビー家」など多くの一族がある。神々は、こうしたいくつもの家に、それぞれ所属している。
だが、これらの神々は、もっと大きな2つのグループに大別される。一つは、ラーダ神族であり、もう一つはペトロ神族である。
最近の研究によると、ラーダ神族の神々は、西アフリカ起源の神々だという。ハイチにはアフリカ各地から黒人達が奴隷として連れられて来たわけだが、当然そこにはアフリカ各地の複数の信仰が持ち込まれた。それはラダ・ロア、ワルゴン・ロア、シニキ・ロア、ナゴ・ロア、イボ・ロアなどだ。当初、黒人達は自分の所属する「国」に従って、特定の神々を崇拝していた。だが、時代の流れとともに最大派閥であるラダ・ロアに吸収されてゆき、現代のラーダ神族に統一されたのだと言う。
いっぽう、ペトロ神族は、新大陸で生まれた新しい神々である(例外もあり、一部にコンゴ起源の神々も確認されている)。
ラーダ神族は、一般的に広く崇拝されている神々である。その性格は温厚で慈悲深い。ご利益も、豊穣、商売繁盛、恋愛成就とポジティブである。しかし、のんびりしていて、願いごとを適えるのもゆっくりだし、また適えてくれないことも多い。
これに対して、ペトロ神族は、過酷な奴隷生活の中から生まれた神だけあって、いわゆる「荒ぶる神」である。機嫌を損ねると恐ろしい祟りをもたらす。しかし、願いことは、すばやく強力に適えてくれる。さらに、呪いや復讐といったネガティブなご利益もある。
信者達は、両方の神々を崇拝するが、儀式や祭壇で、これらの神々が一緒に祭られることはない(全てに例外があるのがブゥードゥー教だが)。
ここでいくつかのロアを簡単に紹介してみよう。
まずはラーダ神族。
・ダンバラー
神々の王。光の神とも呼ばれる。豊穣、幸福、愛を司る。その象徴は、蛇と虹。ブードゥーが蛇を崇拝する宗教だという誤解は、ここから生じた。聖パトリックやモーセの像で崇拝される。
・アイダ・ウェド
ダンバラーの妻、水を司る。ダンバラーと共に世界を造った創造神。聖女エリザベトの形で崇拝される。
・レグパ
十字路の神で、道路、交通を司る。境界の番人で、神々の世界と人間の世界の境界を司る非常に重要な神である。様々な聖像が、この神として崇拝されるが、主に「杖をついたみすぼらしい老人」の姿が用いられる。それは、聖ペテロ、聖アントニウス、聖ラザロ、時にはキリストである。
・エリュズリ
愛、美、恋愛、多産を司る女神。アグゥエの娘でオグンの恋人。非常に人気のある神で、たいていの神殿で祭られているという。聖母マリヤの聖像で崇拝される。
・ザカ
農業を司る。田舎の守り神で、都会に対して敵意を持つ。聖イジドールの像で崇拝される。
・オグン
軍神。火や鍛冶も司る。大酒飲みで勇猛な戦士の神。聖ゲオルギウス、聖ジャック、聖ジェイムズの像として崇拝される。
・アグゥエ
海の王であり、漁業や航海を司る。
・ロコ
医療の神。植物、薬草、学問を司る。当然のように病人達からの信仰も厚い。聖ヨセフの像で崇拝される。
・マラッサ
双子の神で、聖コームと聖ダミアンの像であらわされる。人間の永遠性を司る。
・ソボ
雷神。治癒力を持つお守り石をもたらす。大天使ミカエルの聖像であらわされる。
つぎにペテロ神族である。
この神々を、「邪悪な神」とするのは、あきらかに不適当である。怒らせると恐ろしいが、基本的には人間の味方で、気前も非常に良い神々である。
そう、「荒ぶる神」が、いちばんピッタリくる表現ではあるまいか?
・バロン・サムディ
死霊ゲデの首領。死を司る。黒いシルクハットに燕尾服を着て、サングラスをかけ、手には頭蓋骨や墓堀り用のツルハシを持つ姿をしているとされる。冥界とこの世をつなぐ神で、ペテロ神族におけるレグパの役割を持つ。権利を嘲り、悪ふざけを好む。あの独裁者デュバリエ大統領は、このバロン・サムディの化身と言われ、恐れられた。ブードゥーの秘密結社では、この神を崇拝する者も多い。聖エクスペディ、聖ジェラールの像としても崇拝される。
・グラン・プリジット
バロン・サムディの妻で、老婆の姿であらわされる。
・エリュズリ・ジェ・ルージェ
ペテロ神族の美と恋愛の神。
・シンビ
雨、泉を司り、川や沼や洞窟の主でもある。東方の三博士の像で崇拝される。
・マリネット
呪殺などの黒魔術を司る。夜の神で、フクロウの姿であらわされる。
次に、「アフリカの七つの力」について。
これは、ニューオリンズ・ブードゥーやサンテリアなどで盛んに信仰されている、有力で強力な7柱の神々のことである。
ハイチより、むしろアメリカに根付いたブードゥー教で、人気のある神々である。
この「7つのアフリカの力」の名を関した、お守り、聖油、蝋燭、お香などは、おびただしく存在し、その人気の高さが伺える。
神の名は、チャンゴ、オグン、オカム、オルラ、エレグア、イェムラ、オブタリアである。
なお、チャンゴとは上記のソボの別名、エレグアはレグパの別名である。
「ヴードゥー ハイチの歴史と神々」 立野淳也 吉夏社
「ヴードゥーの神々」 ゾラ・ニール・ハーストン 新宿書房