エリアス・アシュモール
1617年にイングランドで生を受けたエリアス・アシュモールは、17世紀の知識人として文化史にその名を残している。
歴史学者でもあった彼は、騎士団の研究者として知られており、「ガーター騎士団の歴史」(1672年)は、今もなお宗教騎士団と勲爵騎士団の来歴の一級の研究書として利用されている。
さらに、彼は古文書、絵画、骨董品、貴稿書のコレクターとしても知られており、彼はこの文化遺産を1677年にオックスフォード大学に寄付している。その寄贈品は馬車十二台分にもおよび、大学はそれを収容するために、新たに「アシュモール美術館」という分館を創設したほどである。これは現在も現存する。
また、英国王立学会にも1660年に入会が認められている。
政治的には王党派の活動家として知られ、ピューリタン革命からの動乱では、火砲管理官として働いた。もっとも、彼は1646年には、政治への情熱を失い、1692年に死去するまで、学者として生きる道を選んだ。
だが、この彼には、文化人としての顔の他に、もう一つの顔を持っていた。
それは、オカルティストとしてである。彼は、ヘルメス哲学者にして薔薇十字主義者、そしてフリーメーソンの活動家でもあった。そして、占星術にも強い関心を持ち、あのウィリアム・リリーとは正反対の政治思想を持ちながらも友人であり、リリー等と共に占星術協会を創立している。
オカルティズムにおける彼の最大の業績は、「英国の化学劇場」(1652年)を執筆したことにある。この書はロバート・フラッドの思想の強い影響下にあり、またイギリスの錬金術史に関する膨大な資料集としても知られている。
この書は、トマス・ノートンの式文から始まり、ジョージ・リプリーを始め、膨大な量のイギリスの錬金術関係の文書を収めている。
そして、ジョン・ディーにも項が裂かれ、ディーの筆によるモナド論を論じた詩「遺言」も収録されている。彼は、ジョン・ディーを「善良なマグス」として弁護した。「真の魔術師」を、悪魔と結託してペテンや邪悪な妖術を使う自称魔術師や三流占い師とは区別すべきであると強調する。真の魔術師とは、あらゆる学識と学才を持ち、それを善良な目的で使うディーのような者であると。
また、彼はディーの降霊実験のパートナーであったエドワード・ケリーの錬金術に関する著作をも収録しており、これへの脚注の形を取って、ディーの物語を紹介し、彼を弁護している。
彼は、フリーメーソン史において、重要な位置にいるとされる。
フリーメーソンリーは、石工職人の同業者組合である「実践的メーソン」と思想的な団である「思弁的メーソン」がある。彼はこの2つの橋渡し役だったとされる。
と言うのも、彼は石工職人ではないにも関わらず、メーソンのイニシエーションを受けた最初の人物であったからである。
アシュモールは、迫害を逃れた薔薇十字団員達が、一種の隠れ蓑としてメーソンリーを用いていたのではないか? と考える者の一人であった。
……と言われて来たが、最近の研究において、実はアシュモールは、実践的メーソンに加入した事実は無いことが判明してきた。
彼がイニシエーションを受けた根拠とされるのは、彼の日記の記述である。1646年に、彼は石工会館で「職人」に昇級したと書き残している。だが、この日記では、彼は「ロッジ」という言葉を、単なる「(仲間うちの)集まり」と同じ意味で使っている。すなわち、この時代に実践的メーソンに憧れた神秘主義好きの知識人達が、その場限りの「メーソンごっこ」をして楽しんでおり、単に彼はそれに参加していただけ、というのが真相らしい。
とはいうものの、彼がイギリスのオカルティズム史における位置は大きい。
彼が錬金術に深くのめり込むのは、政治への情熱が下がった1646年頃のことかららしい。彼はロンドンに移住し、錬金術師、数学者、占星術師、神秘思想家達のサークルに出入りをするようになったのである。
アシュモールは、錬金術を金属変性の物質的な技術ではなく、ヘルメス哲学として捕らえていた。そして、薔薇十字思想にも強い関心を示し、薔薇十字文書の「名声」と「告白」の英訳の手書きの写しと共に、入団を望む手紙も書き残している。
また彼はミヒャエル・マイヤーを褒め称え、トマス・ノートンを達人として賛美している。
彼はある意味、ロバート・ボイルに近い。近代科学者の側面を持ちながらも、同時にヘルメス哲学者でもあり、薔薇十字運動の支持者でもあった。
彼の出した「化学劇場」は、やがてイギリスにおける近代オカルティズムの大きなうねりを作り出す巨大な要因の一つとなった。すなわち、薔薇十字思想を広げ、物質的なフイゴ吹き的錬金術から、ヘルメス哲学的錬金術を普及させたのである。
やがて、彼らの活動の流れの中から、ある途方も無い大天才が生まれることになるのである。
そう、科学史において「偉大な物理学者」と呼ばれることになるヘルメス哲学者である。彼はアシュモールの「化学劇場」を愛読していた。その彼の名前は、アイザック・ニュートン。
「オカルティズム事典」 アンドレ・ナタフ 三交社
「秘密結社の事典」 有澤玲 柏書房
「薔薇十字の覚醒」 フランシス・イエイツ 工作舎
「錬金術師ニュートン」 B・J・T・ドップス みすず書房
「ニュートンの錬金術」 B・J・T・ドップス 平凡社