ちょっとハイスペックなアインズ様   作:アカツッキーー
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オリジナル要素は少ないです。


#4 冒険者

城塞都市エ・ランテル。隣国バハルス帝国、スレイン法国との要所となる境界に位置するリ・エスティーゼ王国の都市だ。

そんな都市のある広場に一際注目を集める二人組がいた。

 

二人組の一人は女性。二十代に乗らないくらいの年齢で、黒曜石のような切れ長の瞳を持ち、艶やかな黒髪をポニーテールにしている。きめの細かい色白の肌は日差しを浴びて、真珠のような輝きを放っていた。

対して彼女の連れは性別不明だ。金と紫色の紋様が入った絢爛華麗な漆黒の全身鎧に身を包んでいる。兜に開いた細いスリットからでは、中の顔を窺い知ることはできない。

 

二人組はさほど広くない通りを、黙々と進む。路上を軽やかに歩きながら、女は周囲に人がいないことを確認すると隣を歩く全身鎧を着た人物に話しかけた。

 

「アインズさ──」

「──違う。私の名前はモモンだ。そしてお前はプレアデスの一人であるナーベラル・ガンマではなく、モモンの冒険者仲間であるナーベだ」

 

女──ナーベラルの発言を遮って、全身鎧の人物──アインズは答える。

 

「あっ!これは失礼しました。モモン様」

「様も止せ。私達は一介の冒険者であり仲間だ。様付けなどしたら怪しまれよう」

「し、しかし!至高の御方に対して!」

 

僅かに声が大きくなったナーベラルに、声を落とすようジェスチャーで示しながら、アインズは優しく諭すようにに答える。

 

「それは幾度も話したことだろう。この地において私はモモンであり、お前のパートナーである。様付けは止してくれ。分かったな?」

「畏まりました。モモンさ──ん」

「……まぁ、それならば良いだろう。敬語もできるだけ減らしていこうな」

「それは…不敬では……」

 

言いよどんだナーベラルに、アインズは肩を竦める。

 

「そもそも私は敬語など使われなくて良いのだ。お前たちは子のように思っている。家族の間でそのような気遣いは不要だ」

「あ、アインズ様……」

「……名前…まぁ、いいか。すぐにとは言わん。だが少しずつでも砕けた態度をとってくれると嬉しい」

「……畏まりました。モモンさ──ん。これから精進致します」

「……堅いなー…とりあえずは目の前のことだ。我々はその正体を知られてはいけない。注意深く行動しろ」

 

承りましたと重々しい声で答えるナーベラルを、アインズはスリット越しに眺める。そして気になっていたことを、若干の不安がある声で問いかけた。

 

「時に質問なのだが…人間を下等生物と思うか?」

「まさにその通りです。何の価値もないゴミです」

 

心底そう思っているという迷いの無い返事に、口の中で「あ、やっぱり」と呟く。

 

「……ナーベよ。人間にも色々いるぞ?お前たちの末妹は人間だし、私も今は人間だ」

「も、申し訳ありません!アイ、モモンさんは別です!」

「そう言うことではなくてだな…その考えを捨てよとは言わないが、もっと視野を広く持て。敵対的行動を誘発する可能性もあるのだ」

「は、はい。……えっと、心からアインズ様を慕う者であればまだ……」

「そうか……まずはそれでも良い。だがここは人間の街だ。出来る限り慎め」

 

忠誠と服従を示す深いお辞儀をしかけるナーベラルの頭を押さえて止めると、重ねて釘を刺す。

 

「それともう一点。私たちが本気で戦おうとしたとき、殺気というものが実際あるのかは不明だが、その類いのものが漂うらしい。だから私の許可が無い限り、決して本気を出すな。いいな?」

「畏まりました、モモンさん」

「よし。……さて、この辺りに教えてもらった宿屋があるはずだが」

 

アインズは周囲を見渡す。

やがて目的の「絵」を見つけたアインズは足早に向かい、両手を使ってウエスタンドアを押し開け、店内に入る。

何卓もある丸テーブルには客の姿がちらほらと見られる。

視線はアインズたちに向けられる。そこには値踏みするような粘りつくものが多く含まれていた。

 

「宿だな。何泊だ」

 

店の主人だと思われる男からダミ声がアインズにかけられた。

 

「一泊でお願いしたい」

「……銅のプレートか。相部屋で1日五銅貨だ」

 

主人はぶっきらぼうに言う。

 

「出来れば二人部屋を希望したいんだが」

 

微かに鼻で笑った声が聞こえる。

 

「……組合の人間にここを紹介されたんだろうが、どうしてか分かるか?」

「分からないな。教えてくれるか?」

「……ここに泊まるのは大体が銅から鉄の冒険者だ。同程度の実力なら、顔見知りになればチームとして冒険に出る可能性もある。そのためだ……」

 

ぎょろっと主人の目が動いた。

 

「最後に聞くぞ、相部屋と二人部屋どっちが良い?」

「二人部屋だ。食事の必要はない」

「ちっ。人の親切が理解できねぇ奴…それともその全身鎧はお飾りじゃねぇっていう自負か?まぁいい。1日七銅貨だ」

 

主人がすっと手を差し出した。

値踏みするような視線の中、アインズはナーベラルを従え歩を進め──邪魔するようにスッと行く手に足が出された。

 

(やれやれ)

 

アインズは呆れたように微かなため息を溢すと、その足を──男ごと吹き飛ばした。

その様子を見ていた男達がどよめく。成人男性を蹴りで吹き飛ばすことが、どれほどの脚力の強さを示すか。それが分からないほど想像力が貧困なものはこの場にいない。

吹き飛んだ男の体は驚くような勢いで、放物線を描いて一つのテーブルに突っ込む。

肉が叩きつけられる音、上に載っていた物が割れるような音、男の苦痛の声などが重なり合って室内に大きく響き渡る。うめき声に押されるように、宿屋内に静寂が立ち込めた。しかし──

 

「おっきゃあああああ!」

 

──一拍置いて、奇怪な叫び声がそのテーブルに座っていた女の口から放たれた。

 

「ちょっとちょっとちょっと!」

 

奇怪な悲鳴を上げた女がズカズカとアインズに迫ってくる。

 

「あんた何すんのよ!」

「何とは?」

「はぁ!!あんた自分が何したか分かんないって言うの!」

 

女が指差すのは壊れた机だ。

 

「あんたがあの男を吹き飛ばしたせいで私のポーションが、私の大切なポーションが割れたのよ!何考えてんのよ!」

「たかだかポーション……」

「……危険な冒険もあのポーションがあれば命が助かると信じていた私の心を砕いた上にその態度?マジ切れたわ」

 

女が更に一歩アインズに近寄る。大きく見開かれた目は血走り、そこにいたのは興奮した牛だった。

 

「……それならあの男に請求したらどうだ?あいつが短い足を必死に伸ばさなければこんなことにはならなかった」

 

アインズは兜に開いたスリット越しに、男の仲間たちを睨む。

 

「まぁ私はどっちでもいいけど。でもこいつらみたいな飲んだくれが、金貨一枚と銀貨十枚なんて持ってないでしょ」

 

なるほどと、アインズは納得した。なぜこの女がアインズに請求してきたのかを。これは致命的なまでに厄介だ。

 

(面倒だな…たかだかポーションだろうに…いや、これは良い機会だ。ユグドラシルのポーションの価値も分かるし、あわよくば優秀な薬師とコンタクトを取れる可能性もある。ならば……)

 

アインズはそう思考をまとめると、覚悟を決めて問いかける。

 

「ではこちらもポーションを出そう。物々交換だ。異論は?」

 

アインズは下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出し、女に差し出した。女は訝しげな表情でポーションを眺め、それからぶすっとした顔で受け取る。

 

「……ええ、これでひとまずは問題はないわ」

 

それ返事を聞きアインズは軽く頷く。それよりも先程からナーベラルが心配だ。釘を刺したにも関わらず、ナーベラルからはチリチリとしたものが滲み出ているようだ。

 

「行くぞ」

 

アインズはナーベラルに牽制の意味も込めて短く告げると、主人の前に立つ。そして無造作に銅貨七枚をその手に落とした。

 

「これで良いな?」

「ああ。これが部屋の鍵だ。分かってるとは思うが、他人の部屋に不用意に近寄るなよ。勘違いでもされたら厄介なことになるからな」

 

主人の視線が未だ床に転がって呻いている男の方に一瞬だけ動く。

 

「了解した。それと冒険の最低限の道具を準備してくれ。組合でこちらで頼めば準備してくれると聞いたが?」

「ああ。分かった。夕飯までには用意しておいてやる。そっちも金の準備をしておけよ」

「了解した。ではナーベ行くぞ」

 

アインズはナーベラルをあとに従え、ギシギシと悲鳴を上げる階段を上り、与えられた部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 

パタリと音を立てて扉が閉まる。アインズは室内を見渡し、軽い失望を覚えた。

 

「このような場所にモモンさ──んが滞在されねばならないなんて」

「そう言うな、ナーベ。名が知れ渡るまで分にあった生活というのも悪くない」

 

内心をおくびにも出さず、ナーベラルを宥めると、アインズは鎧戸を閉める。それだけで物を見るには不便なほど暗くなった。

 

「しかし冒険者……。予想以上に夢のない仕事だ」

 

冒険者。その言葉にアインズは若干の夢を抱いていた。未知を求め、世界を冒険する者。しかし現実はそうではない。

冒険者とは一言で表すなら「対モンスター用の傭兵」だ。アインズが夢見ていた冒険もあるにはあるが、大抵はモンスター退治だ。

アインズは微かな失望を心の内から追い払う。憧れの職業に就いてみたら、現実はそんなに夢があるものではなかったというのはよくある話だ。

アインズが軽く手を振ると、漆黒の全身鎧と背負っていた二本のグレートソードは溶けるように消え去り、端正な顔立ちをした黒髪黒目の青年の姿が顕になった。

肩を回し、鎧を脱いだことによる解放感を味わっているアインズに、ナーベラルが問いかけてくる。

 

「しかしあの不快な女はどういたしましょう?」

「ああ、あのポーションの女か。相手にする必要はない。それに相手は先輩だ。後輩たる者、多少は顔を立ててやろうじゃないか」

「畏まりました」

「とりあえずはこれからの行動方針を語っておこう」

 

床に片膝をついて頭を垂れようとするナーベラルを止めて、アインズは話し出す。

 

「我々はこの都市で名を上げアンダーカバーを作り出す。理由としては強者、特に私と同じプレイヤーの情報を集めるためだ。上のランクの冒険者になれば得られる情報も純度の高い有益なものが多くなるだろう。そのために当面は冒険者として成功を収めることを第一目標とする」

 

了承の意を示すナーベラルに、アインズは懸念事項を口にした。

 

「まず、金がない」

 

怪訝そうな顔をしたナーベラルに、アインズは付け加える。

 

「もちろん、金はあるぞ。しかし、殆どがユグドラシルの金貨だ。そのためこれを使うのは最後の手段にしたい」

「なぜでしょう?ユグドラシルの金貨でも金銭的価値はあるはずですが?」

「確かにそうだ。しかし世界を知らない現状で、プレイヤーであることを表す行為は避けたいのだ」

「プレイヤー…アインズ様と同格の力を持つ、かつてナザリックに攻め込んできた不逞の輩ですね」

「……そうだ。決して油断出来ない」

 

アインズはカンストの百レベルではあるが、プレイヤーにとって別段珍しいことではない。むしろそうでない方が珍しい。

そしてプレイヤーは元々が人間だ。人間に肩入れする者は多いだろう。人間を下等生物と見るナザリックの者たちと対峙した場合、敵対する可能性は高い。

 

「まぁ、何はともあれ、金については、仕事をするしかない。明日、再び組合に行くとしよう」

「畏まりました。この私も全力でご支援させて頂きます」

「そうか。よろしく頼むぞ、ナーベラル」

 

 

 

 

 

明朝、再び組合を訪れたモモンことアインズは、依頼が書かれた羊皮紙が掲示されている一角で首を捻っていた。

 

うん。文字が読めない。

 

カルネ村でも予想していたことだが、文字はこちらの世界のものだ。言語は翻訳されるが、文字はそうではないらしい。

 

「これを受けたい」

 

アインズは意を決し、適当に選んだ羊皮紙を受付嬢に差し出す。だが受付嬢は苦笑いを浮かべて、

 

「申し訳ありません。こちらはミスリルの方々への依頼でして──」

「──知っている。だから持ってきた」

 

アインズの静かで重みを感じさせる声に、受付嬢の目に訝しげなものが生まれた。

 

「え、あの……」

「私はそれを受けたいのだ」

「え?あ、いや、そうおっしゃられましても、規則でして」

「くだらん規則だ。実力に見合わない仕事を繰り返さなければいけないというのが不満でな」

「仕事に失敗した場合、多くの命が失われる可能性もあります」

 

受付嬢の固い声には数多の冒険者達の努力によって培われた組合の評判も、という声なき声が含まれているようだった。

 

「……後ろにいる私の連れ、ナーベは第三位階魔法の使い手。そして私も当然その強さに匹敵する戦士だ。我々であればその程度の仕事は容易と断言できる」

 

ざわりと空気が動き、驚愕の視線が二人に移る。周囲の二人を見る目が変わったのは掴めた。

先程まであった敵意は急速に薄れている。冒険者という強さを重視する荒れくれたちには、アインズの言葉は理解できるものだったからだ。しかし受付嬢は違う。

 

「……申し訳ありませんが規則ですので、それは出来ません」

「それでは仕方がないな…我が儘を言ったようで悪かった」

 

頭を下げての謝罪に、アインズも頭を軽く下げる。

 

「では銅の仕事で最も難しいものを見繕ってくれ。その掲示板に出ているもの以外にはないかな?」

「あ、はい。畏まりました」

 

受付嬢が立ち上がり、アインズが完全な勝利に精神的に感涙しようとしたとき、男の声がかかる。

 

「それなら私達の仕事を手伝いません?」

 

視線を向けると四人組の冒険者がそこにいた。首からは銀のプレートを下げている。

折角、誘導が完璧にいっていたのに、と内心で愚痴を溢しながらアインズはその者達に向き直った。

 

「仕事というのは…やりがいがあるもの…でしょうか?」

「うーん。まぁ、あると言えばあると思いますね」

「……やりがいがある仕事こそ望んでいたものです。一緒にやらせて頂きましょう。しかし一応どんな仕事か聞かせて頂けますか?」

 

その返事を聞くと、男たちは受付嬢に頼んで部屋を一つ用意させた。

その部屋は会議室のような部屋で、木のテーブルが中央に置かれた簡素なものだ。アインズは男たちに促されイスの一つに座った。ナーベラルも隣に腰掛ける。

 

「さて仕事の話をする前に、簡単な自己紹介をしておきましょう」

 

さきほどの男が代表として声を上げた。

 

「私が『漆黒の剣』のリーダーのペテル・モークです。あちらがレンジャーのルクルット・ボルブ」

 

皮鎧を着た金髪の男が、軽く頭を下げる。

 

「そして魔法詠唱者(マジックキャスター)であり、チームの頭脳。ニニャ──『術師(スペルキャスター)』」

「よろしく」

 

この中では最年少だろう。中性的な顔をした少年が軽くお辞儀をしてくる。

アインズは今の紹介で気になったことを聞いた。

 

「『術師』とは二つ名ですか?」

「タレントを持っていて、天才といわれる有名な魔法詠唱者なんだよ、こいつ」

「ほう」

 

アインズは声を上げる。ニグンから引き出した情報によると、タレントの中には世界級(ワールド)アイテムに匹敵するものもあると言う話だ。

 

「どのようなタレントかお聞きしても?」

「僕のタレントは『魔法適正』というものです。効果は魔法の習得速度が倍になるというものですね」

 

アインズは同じ魔法職としての好奇心と、コレクター魂が刺激される。

 

「なるほど…ニニャさん以外には有名なタレント持ちはいないのですか?」

 

四人が驚いたような表情を浮かべた。どうやら相当な有名人がいるらしい。

 

「なるほど、それだけ立派な鎧を纏い、絶世の美女を連れていながら、私たちが知らなかったのはこの辺りの人ではないからですか」

「まさにその通りです。実は昨日来たばかりなんですよ」

「では、名前はンフィーレア・バレアレ。名の知れた薬師の孫で、彼のタレントは『あらゆるマジックアイテムが使用可能』というものです。使用制限があるアイテムでも使えるんですよ」

「……ほう」

 

アインズはその世界級アイテムクラスのタレントに警戒心を抱く。ギルド武器すら使える可能性があるのだ。警戒すべき相手である。しかし利用価値も高い。

 

(昨日のポーションに引っ掛かってくれるとありがたいんだが……)

 

アインズは昨日の出来事を思い出しながら思案する。

 

「モモンさん、どうかされましたか?」

「ああ、いえ。それよりも最後の方の紹介をお願いしても?」

「はい。彼はドルイドのダイン・ウッドワンダー」

「よろしくお願いする!」

 

かなりがっしりした体格の男が重々しく口を開いた。

 

「では次は私たちの番ですね。こちらが魔法詠唱者のナーベ。そして私が戦士のモモンです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 

お互いの自己紹介が終わり、仕事の話に移る。端的に言うと、不特定多数のモンスター狩りらしい。討伐したモンスターの数に応じて、組合から報償金が出る仕組みだ。低ランクの冒険者にとって、糊口を凌ぐための小銭稼ぎというわけだ。

モンスターについて聞くと、この世界では高レベルのゴブリンなどは出ないようだ。

ちなみに報酬は両チームで分割だ。

 

「……それでは協力させて頂きたい。それでなんですが共に仕事を行うのですし、顔をお見せしておきましょう」

 

アインズはそう言うとヘルムを外す。

 

「……黒髪黒目とはナーベさんと同じですか。南方の方はそういった顔立ちが一般的と聞きますが…そちらですか?」

「ええ。かなり遠方から来たんですよ」

 

くっ、美男美女とか……。見苦しいですよ、素直に負けを認めたらどうですか。二人ともあの若さで優秀なのである。などとペテルを除く三人がぼそぼそと呟いているのを、鋭い聴覚が捉える。

美男美女という言葉に少し照れ臭いものを感じる。この人間の姿はリアルの鈴木悟のものだ。褒められて嫌な気はしない。

 

「とりあえずは顔も見せましたし、また隠させてもらいますね。二人とも異邦人だと知られると厄介ごとに巻き込まれるかもしれませんから」

 

アインズはそう言いながらヘルムを再び被る。

 

「ではモモンさん達の準備が整いましたら出立しましょう。こちらの準備は既に出来ておりますので」

「そうですね。食糧の補給さへ終われば直ぐに出立できます」

「食糧だけですか。ならカウンターで注文してはどうですか?」

「それが良いでしょう。直ぐに出立できますし」

「では行きますか」

 

組合受付まで戻ってくると、何やら騒がしくなっていた。殆どの冒険者の意識が一人の少年に集まっている。少年はカウンターで受付嬢の一人と話している。

 

(誰だ、あれは?)

 

アインズが疑問に思っている間に、受付嬢が立ち上がり向かってくると口を開く。

 

「ご指名の依頼が入っております」

 

その言葉に周囲の空気が急激に変化した。漆黒の剣の面々も驚いているようだった。

 

「一体、どなたが?」

 

まず十中八九、あの少年だろう。

 

「はい。ンフィーレア・バレアレ様です」

 

受付嬢の答えに、アインズは先程聞いた名前だと思うのと同時に、「掛かった」と心の内でほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

ンフィーレアの依頼内容は、薬草の収集の間の護衛だ。カルネ村まで赴き、トブの大森林で最長で三日採集するとのこと。アインズを指名した表向きの理由は、宿屋の件で実力を見込んだのと、所謂青田買いというやつだった。

 

(エンリの言っていた薬師とはンフィーレアのことだったのか)

 

以前に得ていた情報と繋がり、納得するアインズ。その後滞りなく話は進み、直ぐに出発した。現在はカルネ村に向けて、馬車で進んでいる。配置は、御者にンフィーレア、前をルクルット、左右にペテルとダインとニニャ、後ろにアインズとナーベラルとなっている。

 

「モモンさん。ここから少し危険地帯になってきます。念のため警戒してください」

「了解しました」

 

頷きながら、アインズはふと思う。

アインズは先日のカルネ村での戦いで、自身の魔法詠唱者としての強さには自信を持っている。しかし今は戦士であり、魔法は殆ど使えない。自分の長所が殺された状態でどこまで通用するのか。

アインズはナーベラルに視線を送る。それを受けてナーベラルが一つ頷いた。いざとなったらナーベラルが第四位階以上の魔法を使う手筈となっている。それで片付けばよし。無理であればアインズが鎧を脱ぎ去り、少しばかり本気を出す。

そんな二人のアイコンタクトを見て、何を勘違いしたのか、ルクルットが戯けるような軽い口調で話しかけてくる。

 

「大丈夫、そんなに心配することはねぇって。奇襲ならやばいが、俺が目であり耳である限りは問題ナッシング。なぁナーベちゃん。どうよ、俺すごくない?」

 

キリリッと真剣な表情を浮かべる男を、ナーベラルは絶対零度の視線で嘲笑する。

 

「・・・この下等生物(ヤブカ)を叩き潰す許可を頂けますか、モモンさん?」

「ナーベさんの冷たい一言頂きました!」

 

親指を立てたルクルットに対し、みな苦笑いを浮かべているが、きつい言葉をかけたナーベラルには誰も何とも思っていないようだった。ナーベラルの「下等生物」は、特定個人のみに言っていると思ってくれているようだ。

 

「大丈夫ですよ。実はこの辺りからカルネ村近辺まで、『森の賢王』のテリトリーなんです。ですから滅多なことではモンスターは姿を見せないんですよ」

「森の賢王ですか」

 

アインズはアウラの報告を思い出す。トブの大森林のモンスターは、強くてもデスナイトぐらいまで。だが『森の賢王』と呼ばれる魔獣がいるなら会ってみたい。もしかしたらユグドラシルにはいなかったレアかもしれない。アインズのコレクター魂が疼く。

 

「まぁ、うんじゃ、仕事を完璧にこなしてラブリーナーベちゃんの好感度を上げるとするかね」

 

ナーベラルの返答は心底嫌そうな舌打ち一つだ。ショックを受けた素振りのルクルットを慰めようという人はいない。コンビ芸のように認知され始めたらしい。

 

そんなお喋りを交えながら、一行はジリジリと肌を焦がすような太陽光を背負いつつ歩く。黙々と歩いていると、ルクルットが何かを感じたのか緊迫感を含んだ声を飛ばす。

 

「動いたな」

 

ナーベラルに話しかけるときのチャラチャラした調子はまったくなく、そこにいたのは冒険者として経験を積んできたプロ。

 

「……ちょっと数が多いな。こりゃ戦闘は避けられないな」

「ああ、そうだな。……モモンさん。半分受け持ってもらえるということですが、どのように分けましょう」

「では皆さんは馬車に乗ったンフィーレアさんを守って下さい。私たちは上手く誘導して、ナーベの〈雷撃(ライトニング)〉で仕留めます」

「了解しました。私たちも出来る限りの戦闘支援はさせてもらいますよ」

 

話がまとまりそれぞれ動き出す。漆黒の剣は視線だけで動きを合わせている。まさに阿吽の呼吸だ。

アインズは感心し、ほうと息を漏らした。ユグドラシル時代の記憶が蘇る。贔屓目かもしれないが、アインズ・ウール・ゴウンのコンビネーションはそう簡単に出来ないだろうという自信があったが、漆黒の剣からはその片鱗のようなものを感じ取れた。

 

「良いチームだな……」

 

そう言いながら、アインズは背後にナーベラルを伴って、のんびりと歩き出す。それは戦闘というよりも、散歩に行くような軽いものだった。

アインズは百五十センチを越える二つのグレートソードを構える。その姿に漆黒の剣の一同は息を飲む。それは絶句というべき類いのものだ。

 

「モモンさん…なんという……」

 

全員を代表するようにペテルが喘ぎながら言葉を漏らす。同じ戦士としてどれほどの偉業かを即座に理解できたためだ。

アインズはそのグレートソードを棒切れのように振り、オーガを切り裂く。袈裟斬りによる一刀両断。戦闘中だというのに、敵も味方もまるで時間が停止したように動きを止め、その圧倒的な光景を眺めていた。

 

「……信じられない。ミスリルどころかオリハルコン…いや、まさかアダマンタイト?」

「モモン氏は…化け物か…?」

 

なおもオーガを一刀両断していくアインズを見て、漆黒の剣の一同は固まっている。

今では生きているのはアインズの前で怯える一体だけだ。

アインズのヘルムが動き、最後のオーガに向けられる。怯えきったオーガは奇怪なうめき声と共に逃走を開始する。しかし、逃がすはずがない。

 

「ナーベ、やれ」

 

冷ややかな声が響き、背後に控えていたナーベラルが動く。

 

雷撃(ライトニング)

 

雷撃が空気を大きく振動させながら走り、雷鳴と共に逃げ出したオーガを貫通する。

その光景を惚けたように見ていたゴブリン達が逃げ出したが、それは漆黒の剣が仕留め、戦闘は終了した。

 

 

 

 

 

まだまだ日が沈むには早い時間から、一行は野営の準備を開始し、今は食事中だ。

 

「いやー、しかし、今日のモモンさんすごかったですね」

「そうですか?」

「ええ。何と言うか…普通の人とは違うような気がします。人にあらざる…そんな感じですか」

「……そうですか?私は確かに強いとは思いますが、人間を止めたつもりはないんですが」

「あの力を知れば常人の域にはいないわなぁ。オーガを一撃だもんな……。くっ、天は二物を与えないんじゃないのかよ!ナーベちゃんなんて美人まで連れて!」

 

ルクルットが再び落ち込む。食事中のため四つん這いにはならないが。

 

「ルクルットの言う通りですね。英雄と呼ばれる方は常人の域にはいない。それを実感させてくれるものでした」

「あ、いや、英雄とは…お世辞にしても困ってしまいますね」

 

アインズは照れた振りをする。すると、ンフィーレアが気になっていたことを尋ねてくる。

 

「オーガを一撃で倒すのはすごいと思うんですが、両断というのはどれくらいの卓越した技なんですか?」

 

ンフィーレアは魔法詠唱者だ。アインズの戦士としての凄まじさは理解しにくいのだろう。

 

「通常、大剣では重量で押し切るという方法を取ります。対してモモンさんは『切断』していました。ハッキリ言って、モモンさんは王国戦士長級だと思います」

 

ペテルの言葉に感心したような声を上げるンフィーレア。アインズは「レベルは同じくらいになってるから、そんなものか」とペテルの観察眼を内心で評価している。

 

「……それはアダマンタイト級の冒険者に…つまりは人間の最高峰に匹敵するという意味ですか?」

「そうです」

 

ペテルは簡単に頷き、他の漆黒の剣の一同も同意するように頷いた。絶句するンフィーレア。それほどだとは思っていなかったのだろう。

 

「すごいんですね……」

「ほんっとにな!顔良し、実力良し、性格良し。寄ってくる女は数えきれないんだろうなー」

 

ルクルットが恨めしそうにアインズを見る。アインズは「彼女いない歴=年齢ですが何か?」と答えようとしたが、肩を竦めるだけに留めた。ちなみにモテていなかったのではなく、本人が鈍感だっただけだ。

 

そんなアインズの態度を肯定ととったルクルットは「やっぱりか!」とか言いながら突っかかろうとする。だがその前にンフィーレアが渋い顔をしているのに気が付いた。

 

「ンフィーレア、どうかしたのか?」

「あ、いえ。うん、大したことではないんですが……」

「おやー?もしかしてモモンさんに取られたら困る子でもいんのかー?」

 

ルクルットがおちょくると、ンフィーレアは言葉を詰まらし、顔を赤くする。どうやら図星のようだ。

 

「おっ、図星?」

「うー。カルネ村である人がモモンさんに惚れたら嫌だなって」

 

漆黒の剣の面々は微笑ましいものを見る目を向ける。一方アインズはと言うと──

 

(十中八九、エンリのことだよな。これは使えるか?)

 

世界級アイテムクラスのタレントを持つンフィーレアを手中に納めたいがために、平然と黒いことを考えていた。

 

 

 

 

 

翌日、アインズがエンリに渡した『小鬼将軍の角笛』によって召喚されたゴブリンがいたことで多少の騒ぎはあったものの、一行は無事カルネ村にたどり着いた。現在はそれぞれに分かれて休憩をとっており、ンフィーレアはエンリから先日の出来事について聞いていた。

 

「そんなことがあったんだね」

 

ンフィーレアは深い喘ぎと共に、言葉を紡ぐ。「帝国の騎士の格好をした輩」だけでなく、未だに動かない王国の上層部にも怒りが込み上げる。

思い出してうっすらと涙を浮かべたエンリを、傍にいって慰めようかと迷っている間に、エンリは涙を拭い微笑む。

 

「妹もいるし、悲しんでばかりじゃいられないわ」

「──も、もし困っていることがあったら言ってよ。出来る限り助けるからさ!」

「ありがとう!……本当にンフィーレアは私には勿体ないぐらいの友人だわ!」

「ぁ、あ、うん…いや、いいんだよ。長い付き合いだしね」

 

満面の笑みを浮かべるエンリに何も言えなくなるンフィーレア。

やがて一段落付いた頃、ンフィーレアはある質問を投げかけた。

 

「それであのゴブリンは何?」

「村を助けてくれたアインズ・ウール・ゴウン様から頂いたアイテムを使ったら出てきたの。私に従って色々と働いてくれているわ」

「そうなんだ……」

 

キラキラと瞳の中に星を宿したようなエンリの表情に苦いものを感じながら、ンフィーレアは相槌を打つ。

アインズ・ウール・ゴウン。カルネ村を圧倒的な力で救った英雄。エンリを救ってくれた張本人であり、ンフィーレアが感謝すべき相手だ。しかし、エンリを想うンフィーレアは複雑な心境に陥っていた。

 

「それでそのゴウンさんはどんな人なの?お会いしたときに僕からもお礼を言いたいしね」

「そっか。ンフィーレアなら知ってるかなって思ったんだけどな……」

 

エンリの反応にンフィーレアの心臓は一度大きく跳ね上がり、背中に嫌な汗が滲む。

 

「え、エンリ。一体どうしたの?」

「え?うん。また来て下さいとは頼んだんだけど……もっとちゃんとお礼をしたいなって……」

 

そう言うエンリの顔にはこれまでに見たことのない表情が浮かんでいた。ンフィーレアはそのことに多大なダメージを受けつつも、まだ大丈夫と自分に言い聞かせる。

 

「そ、そうなんだ…何か、こう特徴とか分かれば思い当たる人物がいるかもしれないんだけど…そうだな。外見とかどんな魔法を使っていたかとか」

「えーと。外見は黒髪黒目の二十代前後の整った顔立ちだったよ。魔法は何て言ってたかな…確か…〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉?だったと思う」

 

そのエンリの答えにンフィーレアは驚く。

 

「──第五位階の魔法……」

「その第五位階って…すごいの?」

「すごいさ!人間が使える最高は第六位階まで。その直前までの魔法を扱える人は僕の知る限りじゃ『青の薔薇』のイビルアイさんだけだよ」

「やっぱり!ゴウン様は凄い御方なんだ!」

 

第五位階は英雄の領域。そんな人物がなぜこんな村に来たのだろう。ンフィーレアは首を捻り、続いてのエンリの爆弾発言によって疑問は一気に吹き飛んだ。

 

「それだけじゃないんだよ。真っ赤なポーションをくれて──」

 

今までの話が抜け落ちるような驚きがンフィーレアに襲いかかる。エンリの話が指し示す事実は──

 

アインズ・ウール・ゴウン = モモン

 

ンフィーレアがモモンに近づいたのは、その赤いポーションを調べるためだ。そして外見の特徴。先日遠方から来たばかりだと言う情報。すべてがこの公式を物語っている。

 

そして驚愕の事実が判明する。

第五位階の使い手が、あれほどの戦士であるということだ。英雄の中の英雄、いや、逸脱者と言っても過言ではない。

ンフィーレアは複雑な感情を覚える。エンリを助けるためにポーションを渡してくれた人物に対して、コソコソ近づいた自分に嫌悪を感じて。

 

「だ、大丈夫?顔色悪くなったけど」

「ああ、うん。いや、別に何でもないよ」

 

ンフィーレアはこれからどうすれば良いのか、終わりのない思考を巡らしていた。

 

 

 

 

 

「ふーん」

 

アインズは小高い丘の上から村人たちの様子を見ていた。村人たちは年齢や性別に関係なく、ゴブリンたちの指示に従って弓矢の練習をしていた。

 

(つい先日まで武器をとったことのなかった村人たちが、ここまでなるとは……やはり、人間の心とは素晴らしいものだな)

 

アインズは村人たちの様子に感心する。賞賛できるほどの技術はないが、この世界の基準なら自分の命を守るくらいはできるだろう。そして同時に、自分たちは成長できるのかという疑問を浮かべていた。

 

(我々はこれ以上成長できるのか?経験からくるものであれば、可能というのは判明しているが…レベルは?プレイヤーの影がある以上、少しでも差はつけておきたいところだが)

 

冒険者となる前、アインズはコキュートスの手解きを受け、戦士としての技術だけは伸びることを理解した。だがレベルはどうなるかは分からない。いずれ追いつかれてしまうのでは困るのだ。

 

(ついでにこの世界の人間の成長限界なんかも調べたいな…一階層でPOPするアンデッドでも使って、カルネ村の者たちで実験してみるか?)

 

それなりの強さの者で実験するのもいいが、レベル1から育ててみるのも面白い。どんなビルドを組めるかも実験したいところだ。

 

アインズが思考に耽っていると、ンフィーレアが駆けてくるのが視界に映った。

ンフィーレアは息を整えると、意を決したように尋ねてくる。

 

「モモンさんがアインズ・ウール・ゴウンさんなのでしょうか?」

 

突然の質問にアインズは言葉に詰まった。当然ここは、違うと言うべき場面だ。

固まったアインズを見て、確信したのかンフィーレアは言葉を続ける。

 

「そうですか。ありがとうございました。ゴウンさん。この村を、エンリを救ってくれて」

 

ぺこりと頭を下げたンフィーレアにアインズは小さく答えた。

 

「『困った人を助けるのは当たり前』だ」

 

その言葉を聞いたンフィーレアは頭を上げて、じっとアインズを見る。

 

「……やっぱり敵わないなぁ……」

 

長い前髪に隠れた目が何を語っているかは分からないが、ンフィーレアはどこか吹っ切れたような雰囲気だった。

ンフィーレアは一つ深呼吸をすると、隠していたことがあると告げる。

 

「実は…モモンさんに近づいたのは、赤いポーションの製造方法を調べるためだったんです」

 

ンフィーレアが切り出した告白をアインズは静かに聞いていた。そもそもアインズがそうなるように仕掛けたのだ。ンフィーレアが罪悪感を覚える必要はない。

 

「別に悪いことではないだろう?」

「え?」

「要するに、新たなポーションを作るためのコネクション作りだろう?何が問題なんだ?」

「心が広いんですね、ゴウンさん……」

「……君は赤いポーションの製造方法を知って、悪用しようと考えていたのか?」

「いえ。ただ探求心のおもむくままにと言いますか……」

「なら良いさ。悪用するつもりならともかく、そうでないなら問題ない」

「凄いですね。……憧れるだけの──」

 

ぼそぼそと呟く少年の目は、長い前髪に隠されてはいたが、その奥には憧憬の眼差しがあった。

 

「ところで私がアインズだと知っているのは君だけかい?」

「はい。誰にも伝えてはいません」

「そうか…今の私はモモンと言う冒険者だ。それを忘れないでくれ」

「はい。あ、でも、エンリが会いたがっていたのですが──」

「そうか。だが情報が漏れる可能性はできるだけ下げておきたい。今は黙っておくとしよう」

「なるほど、分かりました。僕も黙っておきます」

 

 

 

 

 

今からはいよいよ薬草の収集だ。森の賢王が現れた場合はアインズたちがしんがりを引き受けるということだけ決めて、一行は森の中に入っていく。

特に何の問題も起こらず、しばらく雑談を交えながら薬草を採集していると、突然ルクルットが険しい顔をして周囲を窺う。

 

「何かが来るぞ」

「森の賢王でしょうか?」

「撤収だ。森の賢王かはともかく、ここに残るのは危険だ。モモンさん。しんがりをお願いしても?」

「ええ。任せて下さい…あとは私たちが対処します」

 

漆黒の剣はアインズに声援を送ると、ンフィーレアを伴って撤退を開始する。木々の向こうへと消えていく一行を見送っていると、ナーベラルから声がかかる。

 

「──アインズ様」

「お客様のご登場か」

 

アインズがナーベラルの前に立った瞬間、空気がしなったような気がした。軋むような金属音が響き、アインズの片腕に重みが走る。すると、木々の後ろから深みのある静かな声と共に巨体が姿を現す。それを見て、アインズは反射的に尋ねた。

 

「お前の種族名は…ジャンガリアンハムスターとか言わないか?」

 

森の賢王。その伝説と言われる魔獣の姿はどっからどう見てもジャンガリアンハムスターのそれだった。

 

「さて…それがしは生まれてからずっと一人で暮らしてきたでござる。……もしやそなたそれがしの種族を知っているのでござるか?」

「う…む……。知っていると言えば知っているのか?」

「何と!良ければ教えて下さらぬか?それがしも生物として種族を維持しなければならないのでござる」

「……私が知っているのは、手のひらに乗るくらいの奴だ。期待には添えないな」

「そうでござるか…まぁ、良いでござる。それよりも侵入者殿、それがしと命の奪い合いをするでござるよ!」

「う…む……」

 

アインズは急速にやる気が失せていくのを感じていた。でかいとはいえ、ハムスターと戯れるとか勘弁してほしい。

面倒くさくなったアインズは、自身の能力を解放する。

 

〈絶望のオーラ レベル1〉

 

放出されたオーラを浴びた瞬間、森の賢王が全身の毛を逆立て、凄まじい勢いでひっくり返った。そしてその腹部を無防備にさらけ出す。

 

「降伏でござる!それがしの負けでござるよ!」

 

さて、どうするか。ユグドラシルにいなかったモンスターだし、レアであることには変わらない。そう迷っていると頭上から明るい声が聞こえた。

 

「殺しちゃうんですか?」

 

アウラだ。森の賢王を誘きだすために動いてもらっていたのだ。

アインズは迷い、そしてため息と共に決断を下す。

 

「私の真なる名前はアインズ・ウール・ゴウンという。私に仕えるのであれば、汝の生を許そう」

「あ、ありがとうでござるよ!この恩、絶対の忠誠でお返しするでござる!」

 

飛び起きると忠誠を誓う森の賢王に、アインズはもう一度ため息を溢した。

 

 

 

 

 

森の賢王を連れて森から出ると、アインズとナーベラルの生還を待ちわびていた面々の顔が驚愕に固まる。

 

(ジャンガリアンハムスターといえども、これだけでかいとなぁ……)

 

そう思い、アインズは意図的に柔らかい声を作る。

 

「ご安心下さい。私の支配下に入っていますので、決して暴れることはありません」

「殿のおっしゃる通りでござる。この森の賢王、殿に仕え、共に道を歩む所存。皆様にはご迷惑をおかけしたりはしないのでござるよ!」

 

アインズに対する忠誠を宣言する森の賢王。さて、何人がコイツを森の賢王だと納得してくれるかな、とアインズが考えているとニニャが目を見開き叫ぶ。

 

「……これが森の賢王!凄い!なんて立派な魔獣なんだ!」

(──何!?)

 

その予想外の反応に驚くアインズとは裏腹に他の面々も同意と感想を述べる。

 

「……いや、これが森の賢王とは…こうしているだけでも強大な力を感じるのである!」

(──え!?強大な力!?)

「いや、こいつはまいった。これだけの偉業を成し遂げるたぁ、こりゃ確かにナーベちゃんを連れまわすだけはあるわ」

「私達では皆殺しにされていましたね。流石はモモンさん。お見事です」

 

開いた口が塞がらないとはまさにこの事。漆黒の剣の評価にふらつきそうになるアインズ。

 

「……皆さん、この魔獣の瞳、可愛らしいと思いませんか?」

「も、モモンさん!あなたはこの魔獣の瞳が可愛らしいと言うのですか!」

「え、ええ、まぁ……」

「信じられません。流石はモモンさんです。ニニャ、君だったらこの魔獣の瞳を見てどう思う?」

「……深い英知を感じさせるもので、この魔獣の強大さを感じます。決して可愛らしいものには思えません」

「……!?……!?」

 

アインズは言葉も出ない。最後の希望としてナーベラルに尋ねる。

 

「ナーベはどう思う?」

「強さは別として、力を感じさせる瞳ですね」

「……嘘…だろ……」

 

アインズはぐらんと世界が揺れる思いだった。キラキラと向けられる賞賛の眼差し。

当の森の賢王はドヤ顔だ。

 

(俺の美的センスは普通のはずだ!間違っているのは世界だ……!)

 

アインズは心の内で叫び声を上げた。

 

そうこうしていると、ンフィーレアが不安そうに尋ねてくる。

 

「しかしその魔獣を連れ出してしまった場合、縄張りがなくなったことによって、エン…カルネ村がモンスターに襲われたりしませんかね?」

「村というのはあれでござるな?ふむ。最近は森の勢力バランスが崩れているでござる。それがしがこの地にいたとしても、もはや安心はできないでござろうな」

「そんな……」

 

ショックを受けるンフィーレア。アインズはそれを見ながら、内心でニヤリと笑う。

 

(これは良い機会だ。森の賢王が微妙だった分をここで取り返す)

 

アインズがどう誘導しようかと考えていると、ンフィーレアがこちらに視線を向ける。ンフィーレアは覚悟を決めたような真剣な面持ちで口を開く。

 

「──モモンさん」

「なんでしょう?」

 

アインズは舌なめずりするような気持ちでンフィーレアの言葉を待つ。すでにナザリック戦略会議でもカルネ村の保護は決まっている。しかし頼まれるというのが重要なのだ。世界級アイテムに匹敵するタレントを持つンフィーレアに恩を売るのは、一石二鳥どころか、一石四鳥にも五鳥にもなる成果だ。

しかしンフィーレアの言葉はアインズの想像をはるかに越えていた。

 

「モモンさん!僕をあなたのチームに入れてください!」

「は?」

「僕はエンリ…カルネ村を守りたい。僕じゃモモンさんには敵わないかもしれないけど…出来る限りのことはしたいんです!だから僕をモモンさんのチームに入れてください!薬学に関しては自信がありますし、雑用でもなんでもします!だからお願いです!」

 

真剣な、少年ではなく男の瞳がアインズを凝視していた。

アインズは感動していた。たった一つのことに夢中になれる、一人の男の純粋な思い。

 

「……はっ、はははは!」

 

アインズは明るく笑いだす。その笑いは非常に穏やかで爽やかなものだった。そして笑い声を止めるとヘルムを脱ぎ、丁寧かつ真摯な態度で深々て頭を下げた。

 

「……笑ったりして申し訳なかった。君の決意を笑った訳ではないと知って欲しい。まず私のチームに参加するには二つの条件を設けているのだが、君は片方しかクリアしていない。だから残念ながら君を迎え入れることはできない。しかし──」

 

アインズはこの世界に来てからナザリックのNPCたちの純粋な気持ちを受け取ったときのような機嫌の良さで続ける。

 

「──気持ちは十分に伝わった。この時のことは覚えておこう。それとこの村のことだが、出来る限りのことをしよう。ただ、もしかしたら君の協力も──」

「はい!やらせて頂きます!」

「そうか。そうか」

 

アインズが数度頷いたとき、ふと周りに視線を向ける。漆黒の剣の面々の微笑ましいものを見守るような視線にアインズは若干の気恥ずかしさを感じた。

 

「さてと、その話は少し後にしましょう。その前にちょっと魅力的な話があるんです」

 

一行はアインズの話に耳を傾ける。

 

その後、森の賢王の知識を頼りに薬草を大量に採集、カルネ村で一泊した後、一行はエ・ランテルへの帰路についた。

 


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