3 Lines Summary
- ・指紋で決済するクラウド認証システム「LIQUID」
- ・認証システムが国のあり方や資本主義を変える
- ・行き着く問いは「私とは何か?」
今や世界中に普及するスマートフォン。しかしそんなに遠くない未来に、スマホがなくなる日が到来するかもしれません。その時、人はどのようにコミュニケーションするのでしょう?『ポストスマホ』の世界を探る特集 <第3回「認証」編>
ポストスマホを見据え、生体情報による決済サービスを提供する株式会社Liquid。指紋や虹彩をAI技術によって識別し、財布やクレジットカード、さらにパスポート要らずの社会を実現しようとしている。代表取締役の久田康弘氏に、スマホなき世界の決済がどう変わるか話を聞いた。
クラウド認証のインフラを目指す
ーーまずはじめにサービスの概要についてお教えいただけますか?
久田
「LIQUID」というクラウド型の生体認証サービスを提供しています。扱っている情報は指紋(手の静脈)と顔(虹彩)。ただ顔認証はまだまだセンサーが高いので、指紋認証の方が普及しているのが現状です。指紋認証がスマートフォンにも搭載され、何億台も流通したことで価格が廉価になった背景があります。
いくつか事例を挙げると、イオン銀行ではATMに我々のクラウドエンジンを使っていただいたことで、カードレスで送金ができるようになっています。
他にもパスポート情報を生体情報と共にクラウド上で管理する。それによってホテルのチェックインも、手をかざすだけで可能になっています。
手だけではなく顔認証でホテルのドアを開けるといったこともできます。実際、長崎のハウステンボスにある「変なホテル」ではこの技術が導入されています。
一番分かりやすいのは中小店舗向けのレジかもしれません。地元に根付いたお店の場合、馴染みのお客さんが中心ですよね。お店とお客さんの距離が近い場合、手ぶらで食べに行くことも起こり得ります。このように財布すら持たずに行きたいと思える場所を一つひとつ開拓しているのが現状です。
ーーソフトウェアの仕組みについても簡単にご説明いただけますか?
久田
初対面の人に会うと「あの人に似ているな」と思うことはないですか?脳の海馬では、はじめに人を特定するためのスクリーニングを行い、その後「でも目や鼻が違うかも」といった詳細な閾値を分けています。「LIQUID」においてもこのような原理を用いたクラスタリング技術の特許を持ち、それが強みになっています。
また、大規模ユーザーから同時にアクセスを受けることを想定し、クラウドベースで開発を行っています。1つのサービスというよりは、クラウド認証基盤のインフラを目指しています。
「個人」と「データ」の間にプラットフォームはできる
ーーフィンテックで盛り上がりをみせている「ブロックチェーン」とはどのように関連しますか?
久田
僕らは「資本民主主義」といつも言っているのですが、ブロックチェーンは資本主義によって生じた富の固定化に挑んでいると理解しています。ただ、仮想通貨上でさまざまな富の細分化が行われたとしても、それを引き出すときのアイデンティフィケーションは絶対に必要になるでしょう。その意味で、我々のテクノロジーとも相性がいいのではないかと思いますね。
ーー「富の固定化」に問題意識を持たれている?
久田
そうですね。高校時代には資本主義に対する新たな社会的メカニズムを構想するような論文を書いていました。
少し変わった高校で、慶応志木なんですけども、一発目の国語の授業で資本主義へのアンチテーゼを提案させられるという(笑)。「富を集中させるだけで世の中が便利になるなんてありえない」と主張される先生方が多くて、自分も影響されながら、いろんな論文を読んだりしていました。
ただ、結局それでも答えは見出せず、大学では逆に「資本主義がもっとも合理的なシステムだろうな」という考えに行き着いたんです。それからは資本主義そのものについて学んだり、金融工学の研究を行っていました。卒業後は投資銀行に入り、ある意味でバリバリのキャピタリズム最前線で働いていたんです。
ただ、それから2〜3年後にリーマンショックが起こり、今までの価値体系に意味がないことが明らかになったんですね。そこでもう一度自分の人生を見つめ直しました。僕のなかでは今後の価値を決めていくのはアイデアを形にしていく世界だと思い、ITの世界で起業することにしたんです。
ーー今までIDを管理するのは国家が主体でした。今後は国家を代替する保証機関が出てきたり、グローバルにIDを取れるようになる可能性はあるのでしょうか?
久田
僕らが目指しているのは、まさにグローバルでのアイデンティフィケーション(認証)です。今までの世界はディスプレイと個人の関係がプラットフォームを形成し、コミュニケーションやエンターテインメントを生んでいました。今後は個人とデータの間がプラットフォームになるのではないかと考えています。そうなると、ディスプレイがない音声識別になるかもしれないですし、UIもバラバラになっていくでしょう。それがスマホ時代の次に出てくるプラットフォームの形ではないでしょうか。
LIQUIDが挑む究極の問いは「私とはなにか?」
ーー現状の認証の精度はほぼ完璧に近いのでしょうか?
久田
それは難しい質問です。生体情報はデジタルIDとは異なり、世界60億人を検証してみないと確実なことは分からない。つまり、あくまでも確率の世界だからです。生物学上の論文では「生体情報はユニークである」と証明されていますが、それが覆される可能性については誰も否定できないのが現状だといえます。
ーー生体情報を改変することによる犯罪の余地はあるのでしょうか?
久田
指紋や顔には変えられない部位があります。指紋は皮膚の再生で上がってくるものなので、皮膚の再生を変えようとすると、遺伝子の改良をしなくてはなりません。現状はクローンができていないので、「私」と「コピー人間」の違いを見極められるのかどうかも不明です。
「私とは何か?」この究極の問いに迫ることも会社を作った理由の一つ。というのも、LIQUIDはSFアニメ『攻殻機動隊』が大好きなエンジニアが集まって作った会社なんです。この作品の登場人物・草薙素子はアイデンティティとは何かを探し続けるわけですが、究極的には分からないんですね。
ーーLIQUIDの根本には『攻殻機動隊』の強い影響があると。
久田
なので、我々はなにも生体認証だけにはこだわっていません。身体をバーチャルスキャンし、3次元の体型情報を取るようなものも開発しています。こうした全身の体型情報や定型的な特徴がユニークなIDになるかもしれませんし、そこから新たなサービスが生まれてくると考えています。
文=長谷川リョー
取材=塚田有那
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