提督の日々(凍結) 作:sognathus
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主力艦隊以外は遠征。
主力組は演習の後待機中。
他の非番でない者は基地の警戒任務。
いつも通りの日常だった。
「大佐」
「ん?」
ペンを書類の上で走らせていた手を止めて加賀がふと提督に言った。
「加賀さん、って言ってみてください」
「は?」
「お願いします」
「……? 加賀、さん……?」
加賀が突然よく分からない事を言い出すのは珍しくないのでこの時も提督は然程驚かなかったが、それでもよく分からない事は変わらなかったので彼は怪訝な顔をしながら要望に応えてやった。
そして加賀は提督に聞き届けてもらったその応えに一瞬満足げな表情をしたものの、程なくして直ぐにいつも通りの冷めた顔に戻った。
「……なんか違いますね。うん寧ろやっぱり“さん”はいらない……」
「おい、なんだ?」
「いえ、他の拠点では結構私“さん付け”されてるみたいでして」
「ああ」
「ちょっと私も呼ばれてみようかな、と」
「そうか」
「はい」
「……」
気まずい沈黙が訪れるかと思いきや、提督は何事もなかったかのように暫し呆れた目をして閉口した後何事もなかったように執務に戻った。
それをまた加賀が明らかに不満そうな顔をして止める。
「なんで仕事に戻るんですか」
「いや、仕事しろよ」
「ここは『やっぱりお前の事は呼び捨てがいいな』と言ってくれるところでは?」
「まぁ確かに今更さん付けはし難いな」
「でしょう?」
「ああ……」
提督はまた問答は終わったとばかりに執務に戻ろうとした。
そしてまたそれに対して加賀が口を挟む。
その様は外から見ているとまるで安いコントのようであった。
「だから何で仕事をするのですか?」
「お前言っている事おかしいぞ?」
「仕事はします。でも今は構って欲しいんです」
「お前がじゃれてくるタイミングは本当に分からないな。いつも唐突過ぎる」
「見た目とのギャップが良いでしょう?」
「自分で言っている時点で駄目駄目だ」
「なっ」
「全く……これ、頼むぞ」
「はい……」
提督から渡された書類を俯いて受け取る加賀。
その声はいつも通りだったものの、トーンの僅かな下がり方が彼女のテンションを明確に語っていた。
提督はそれに気付いて頭を掻きながら困った顔をして言った。
「落ち込むなよ」
「一航戦の誇りを両断されてしまいましたから」
「どんな誇りだ。予想外過ぎる」
「まぁいいですけどね」
「分かっている。ほら」
落ち込んでいた暗い雰囲気はどこへやら、そこにはもういつも通りの加賀がいた。
提督はそんな変わり様に溜息を一つ吐いただけまた別の書類を彼女に渡す。
加賀は特に何も言うことなく書類を受け取ったが、その時に妙にしおらしい態度をしながらやや上目づかいでこんな事を言った。
「はい、お任せ下さい。あ、今日一緒に寝てくださいね」
「俺は明日も仕事だ」
「私もです。一緒に寝るだけですお願いします」
一も二もなく突っぱねた提督だったが、加賀もそれだけでは退くつもりはないようだった。
提督に断られた後に彼の手を取って深く頭を下げようとする。
提督もこれには流石に若干動揺し、彼女の肩を持って止めた。
「おいやめろ。懇願するな」
「こんなところ他の人に……やめました」
「ん?」
このまま行けば成果は得られると思ったところで加賀は不意に懇願を迫るのをやめた。
何やら提督が執務に戻った時に見せた不満顔よりもっと不満そうな顔をしていた。
「手段が気に入りません」
そう一言、加賀は言った。
その一言は加賀という艦娘がどういう性格をしているのかを如実に表していた。
提督はそれを聞いて降参とばかりに、今度は呆れた顔をしながらもそこに苦笑を浮かばせながら溜息を吐いて言った。
「……分かった。寝よう」
「やりました」
「策士だな」
「でもやりたくないって言ったのは本心ですから」
加賀はそう言って柔らかい笑みを浮かべた。
短いっ。
でもこれ以上話も膨らませなかったし、これ以上は蛇足(未熟者の言い訳)と思ったので。
寒いですね最近。
言い訳にはしたくないですがこれだけでもいろいろと公子含めてかなりやる気がなくなりますorz