提督の日々(凍結) 作:sognathus
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榛名を遣いに出したその日の夕方、提督にある電話がかかってきた。
因みに派遣先の提督からは榛名の宿泊の件は確認済みだ。
ケッコン前に傷ものにされるのは気にならない事もないが、それでもあの年老いた上司にへつらって手を出されるのよりかはは遥かにマシだ。
上司が以前から榛名に好色の目を向けていた事には提督も気づいていた。
提督は自分の目の届く範囲ではなるべく気を配って榛名に手を出されないようにはしているつもりだったが、万が一出されたりすれば……。
それはもう傷ものどころではない、汚物同然だ。
いくら目を掛けてケッコンまで“考えてやってる”艦娘でも汚物とケッコンするきなど提督には毛頭なかった。
だから派遣先の提督にならまだマシだと言えた。
なに、その一泊の間に例え彼女にその提督が手を出したとしてもそれで今のこの危機を脱することができるのなら安いものだ。
寧ろそれを理由にずっと都合良く利用できる相手になるかもしれない。
そうなれば僥倖というものだ。
そういう思惑もあって提督はこの話を聞いた時一つ返事で快諾したのだった。
だがこの時の電話は違った。
てっきり彼は榛名が上手く資材の件の話をつけ、その報告の電話だと思った。
だが電話口の向こうから聞こえた声は自分より大分年上の男の声だった。
提督は一瞬自分の上司である元帥だと思い資材の融通の件がバレたのではと息を飲んだ。
だがその声をよく聞くと自分が知っている上司の声とは違った。
口調こそ砕けた感じだったが、声には威厳すら感じさせる覇気を伺わせ、それでいて何故か声だけで気分が高揚する明るい声をしていた。
「あの、失礼ですが何方ですか?」
「おお、これはすまん! 儂は本部の総帥の補佐官をやっとる名誉……まぁ中将だ」
「そうし……名誉ちゅ……!」
提督はその言葉を聞いて目を見開いて思わず席を立ち上がった。
電話を掛けてきた相手は海軍のトップの補佐官だったのだ。
しかも名誉中将と言えばあの“名誉中将”しかいない。
深海棲艦との戦いが始まった当初から軍を指揮し、そして今の海軍の体制を創った創始者三人。
名誉中将とはその三人の老人、通称『三老』の一角で『中老』と呼ばれているその人だ。
何故そんな雲の上の人のような人物から電話が。
提督は緊張で口の中が渇くのを感じながらなるべく動揺を抑えて返事をした。
「こ、これはこれは総司令補佐官殿でありましたか。あ、先程は失礼致しました。少々驚いてしまいまして」
「はははは! いや、そんなこと気にするな! 寧ろ気にしないで楽に話してくれた方が儂も嬉しいしな」
「は、はぁ……。あの、ところで今日はその研修とか……?」
「おお、そうだった。なぁ君! 儂は君の経歴を見てちっとばかし感心したんだが、その能力をもっと伸ばす為にちょっと研修を受けてみんか?」
「特殊、といいますと?」
「若い君らが何れ先頭に立って後に続く者を指揮するのに役立つ経験だ。君は本部の命令で動いている特務部隊の事は知っとるか?」
「ええ、確か各エリアの拠点の艦娘の運用を抜き打ちで調査して回っている監査部隊の事ですよね?」
「おう、それよ! 正規の艦隊勢力じゃないから固定された拠点に所属する提督よりは艦隊の規模は小さくなるがな、それでも任務の性質上特別な権限も与えられるし収入面も上がるぞ!」
「は、はぁ」
「そして何より本部所属の提督への近道にもなる!」
「!」
提督はそれを聞いてハッとした。
確かに本部の特命を帯びた部隊なら誠意を尽くせて見せればそれも十分あり得るように思えた。
提督は突然のこの上手い話に気分が高揚し、何故自分にこんな話が来たのか疑問に思うことも頭に浮かばなかった。
自分で言うのもなんだが自分は有能という自覚はあったし、それを人前で公言するほどに自信もあった。
故にこの話は提督にとって自分のもとに飛び込んできたチャンス以外に思えなかったのである。
夢にまで見た本部配属の足がかりの話に提督は即座に返事をした。
「あ、ありがとうございます! 是非そのお話お受けさせて頂きます。望外の名誉であります!」
「そうか、やってみるか。因みに研修に当たって留守中の鎮守府は君の秘書艦が提督を代行してもらうがいいか? 勿論儂らが責任を持って監督をするが」
「え、榛名が、ですか……? ええ、はい。問題ありません。彼女なら適任だと思います」(出撃さえしなければ榛名なら鎮守府の維持くらい十分にできるだろう)
「そうか、良い秘書艦を持ってるな。じゃぁ研修先で君の暫く君の教官役も兼ねた提督をそっちに迎えによこす。日時は……」
「今日でも構いませんよ」
「ん? 今日か?」
「榛名は今……遠征で出ておりますが明日には帰投しますし、夜にその教官殿が迎えに来て下さるのなら彼女が帰島するまでの僅かな時間くらい司令官の代行くらいこなせるものは他にもいますので」
「ほう、君のところは優秀な部下も多いみたいだな。分かった、じゃぁその提督に今日の夜……そうだな1900時までにそちらに向かうように通達しておこう」
「は、了解しました。お願い致します」
チンッ
電話の受話器を置いた提督は嬉しさからほくそ笑んだ。
その顔に浮かんだ笑みは暫く抜けたかった。
彼を迎えに来た教官役の提督を見るまでは……。
「よお! あんたが俺の手伝いをしてくれるっていう提督かぁ!」
「……」
迎えに来たのはボロボロの漁船だった。
その船に乗っていたのは確かに軍服を着た提督だったが、どこか荒々しい艦隊の指揮のみを執る提督らしからぬ精悍な顔立ちをしており、肌はまんべんなく浅黒く日焼けし筋骨隆々といった体格をしていた。
「あ、あなたは……」
「ああ、俺が親父が言っていたあんたの研修の面倒をみる教官役の特務中佐だ」
「は、はぁ……」(な、何かおかしい。研修と言ってもや司令としての職務のはずだ。だがこれは、この雰囲気はまるで……)
提督は今一度中佐が乗ってきた所々錆びついた漁船にしか見えないみすぼらしい船を見た。
そしてその船に乗ってきた自分の面倒をみるという中佐を。
「……」
「ん? どうした? なんか浮かない顔をしているな」
「あ、いえ、その、少し想像と違っていたと申しますか。まるでちゅ、教官殿の雰囲気が戦線から戻ってきたばかりの前線指揮官のように思えたので」
「お、よく判ったな」
提督の予想に反して、いや、悪い意味で予想通りだったが中佐は何食わぬ顔であっさりとそう言った。
「え?」
「ここに来る前に最近敵がよく出没する海域を攻めてきたんだ。いやぁ、なかなか良かった」
「……」
「ん? どうした?」
「あの……」
「おう」
「教官殿は特務の中佐なんですよね?」
「ああ」
「その特務は各拠点の環境と運営状態の公正の監査、なんですよね?」
「ま、どっちかというと監察の方がニュアンス近いけどそうだな」
「ではその敵が出没する危険海域に攻めてきたというのは……」
提督は改めて中佐が乗ってきた漁船を見た。
見たところ周りには艦隊を維持している艦娘らしきものは一人もいなかった。
中佐は提督の疑問を納得したとばかりの大仰に頷くと笑いながら船の方に声を掛けた。
「ああ、悪い。船の上で紹介しようと思っていたんだけどな。おーい」
すると中佐の大きな声の呼びかけに応じて何人か船室から姿を現し、彼の元に降りてきた。
「提督呼んだか?」
「ハーイ、ダーリン来たワヨ♪」
「扶桑をお呼びになりました?」
「青葉来ちゃいました、なんて」
「呼んだ―?」
「はいはい、如月をお呼びかしらぁ」
提督の声に応じて降りてきたのは長門、金剛、扶桑、青葉、鬼怒、如月だった。
戦艦の数こそ多かったがそれでも人数としては一艦隊分しかいなかった。
それも何故か自走ではなくあのボロイ船に中佐と一緒に乗って来たらしい。
提督はまた言葉が続かずに絶句して彼女達をぼんやりと見た。
言葉を失ったのは何も戦力の乏しさからだけではなかった。
なまじ優秀な提督である彼だから何となく感じる事ができるものがあった。
「ん? 提督、彼はどうかしたのか? 私達を見て何やらぼーっとしているが」
「……」
不思議そうな目でこちらを見る長門達を見て提督が感じたもうひとつの違和感は、彼女達の存在感だった。
確かに人数的には戦力として乏しく感じるが、何故かその存在感を圧倒的に濃く感じたのだ。
自分も同型の艦娘は配下にいるが、それでも彼女達の存在感は別格だった。
同じ姿をしているのに明らかに違う何かを感じる。
それが何かと考えていた提督は不意に閃いた。
(戦闘力が違う……!)
確かな証拠があるわけではなかった。
それでも見ただけで判るとてつもないポテンシャルを中佐の部下から存在感という形で感じている事に提督はその時ようやく気付いた。
(これはうちの主力艦隊をぶつけても勝てる気が全くしない。だが、何故そんな部下を連れて……)
「もしかして研修は任務の動向だけだと思ってたか?」
「え?」
中佐の声で提督はもの思いから我に返った。
戸惑う提督の顔を見て中佐は納得した様子で笑いながら申し訳なさそうな顔をして言った。
「さっき言った敵への攻撃ってのは趣味なんだよ」
「え」
「俺は任務をこなしながら敵へのちょっかい出すのが趣味でな。それを何よりも生き甲斐にしてる」
「は?」
「まぁ敵へのけん制も兼ねた遊撃部隊みたいなもんだな。だからあんたには任務の動向は勿論これからは俺たちの戦闘にも同行してもらうぜ」
「えっ!?」
提督はそれを聞いて顔を真っ青にさせた。
提督は司令官として基地から命令をするものだ。
それなのに実戦をこなす艦娘と一緒に戦地へ向かうなんて、そんな提督も職務の遂行の仕方も聞いた事がなかった。
ましてや多少鍛えた軍人とは言え生身の人間が艦娘と深海棲艦との戦闘に同行するなど危険極まりない、自殺行為ともとれる行動だった。
なのに目の前の男はそれを常時“趣味”として行い、あろうことかこれからはそれに自分も同行してもらうと言う。
「な、何を……」
「まぁ確かに死ぬかもしれないけどな。でも仲間と一緒に、戦場で死ねるって言うのは軍人として本懐とも言えるだろ?」
「……は?」
「いや、別に自殺願望なんかねーよ。そりゃ運が悪けりゃ死ぬかもしれね―けど、でもこいつらと一緒だと今のところそんな気にはなれないんだよなー」
「ふっ、そうだな。私も提督と一緒だと死なせてなるものかと思う。寧ろ戦意が高揚して俄然やる気が出るな」
「ま、ワタシ達が沈むイコール提督 DIE デスからネ! そんな結末ワタシ絶対許さないワ。でも一緒に沈んでくれるのは割とアリかもとか思ったり……えへへ」
「私の不幸に提督を巻き込むわけにはいきませんものね。だから戦闘の際にだけは私は私の不幸を全力で否定するわ」
「今際の際というのも大変魅力的なシャッターチャンスだと思いますが、沈んだら特ダネも何もないですからねー」
「そうねーって、あっ、空母いないじゃない。ヤバくない? ヤバくない?♪」
「あらあら、なんで鬼怒さんそんなに嬉しそうなんですかぁ? うふふ」
「……」
狂戦士。
そんな言葉が提督の脳裏に浮かんだ。
自分の目の前の集団は提督も含め、一様に死を否定しながらもその戦闘の先にある死を生き様として陶酔しているよに見えた。
これはヤバい。
脂汗が滝のように流れ無言で逃げ出そうとした提督の肩を中佐が掴んだ。
「悪いが本部、それも親父の直令とあっちゃ絶対だ。すっぽかすわけにはいかない」
「……!」
「まぁなんだ、あんたもデキる人間のようで中身はもうちょっと鍛えた方が良さそうだし? これを機会にいっちょ良い漢になろうぜ」
提督はそう言って死線を潜り抜けてきた者にしかできない凄惨なニィッとした笑みを見て恐怖に震えた。
「い、いやだ! 嫌だぁぁぁぁぁ!!」
一報その頃
「え? は、榛名が提督代理ですか?」
「ええ、今しがた本部よりその指令を確認しました」
「て、提督は……?」
「突然ですが暫く研修に行かるそうです。少将殿は榛名さんの事を信頼して貴女なら問題ないと仰ったそうですよ」
「て、提督がですか? 榛名を……」
「本部も責任を持って監督をするそうですし、こうして知り合った縁です。私も出来る限りそちらの助けになりますよ」
「准将殿……」
提督(大佐)の基地にお泊りが決まった当日の夜、パジャマ姿で駆逐艦に懐かれながら彼の部屋に入ってきた榛名はそんな通達を突然受けて戸惑いと不安の色を見せたが、提督から聞いた主人の自分に対する信頼の気持ち(あくまで又聞きだが)もあって快く提督代理の任を了解した。
それに彼女はここに来てから自分の基地では感じなかった心地よい暖かさも感じていた。
本部からのお墨付きもあったし提督たちも信用ができる人たちと思うようになっていた榛名は、その事もあって自分に与えられた新たな重要な任に気を引き締めるのだった。
ちょっと根性が悪い提督はこれで大分矯正されるでしょう(邪笑)
何か鹿島偉い人気ですね。
そんなに強い、いや可愛いから……?
いや、両方か。
ゲーム再開したら手に入ったらいいなと思う今日この頃でした。