提督の日々(凍結)   作:sognathus
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提督はお風呂が大好きである。
酒もも好きだが、一日の疲れも癒して体を温めてくれる入浴はやはり彼にとっては数少ない楽しみの中では格別のものだった。


第20話 「リラックス」

「えっ、マリアお姉様本気ですか?」

 

「しっ、フランもう少し声を抑えて」

 

「あ、ごめんなさい。で、でもぉ……」

 

夜、フランソワ(フラン)ことプリンツは、マリアことビスマルクのある決意に驚きを隠せないといった声を出した。

それはただ驚いていただけではなく、若干ではあるが羞恥からきているような頬の紅潮も見られ、何故かそれはビスマルクも一緒だった。

 

「いい、フラン? これはあくまで大佐の警護の為よ」

 

「でもだからってい、一緒にお風呂に入っちゃうのはやり過ぎなんじゃ……」

 

「外で待っていた方が良いって言うの? フラン、それは甘いわ」

 

「そうなのですか?」

 

「ええ、聞けば大佐が一番リラックスして無防備なのはお風呂の時っていうじゃない。なのにそれを知りながら外で警戒する事を選ぶのは油断以外のなにものでもないわ」

 

「それ誰情報ですか?」

 

「赤城と翔鳳さんよ」

 

「あれ、加賀さんとか金剛さんじゃないんですね」

 

「その二人は前に同じことをしようとして途中で失敗したらいいわ」

 

「はぁ……」(失敗?)

 

「と・に・か・く! 大佐の無防備さによっては警備が必要なはずよ。今回はそれを確かめる為なの」

 

「じゃぁ大佐が普通にお風呂に入っているだけならもうしないんですね?」

 

「う……」

 

ビスマルクはフランの当然の指摘に直ぐに返事ができなかった。

一緒に入浴をして警備をするなんていう事は誰が聞いても過剰であったし、それが個人的な思惑からきていることなど予想は容易と言えた。

だがプリンツはビスマルクの提督への恋心を邪魔したくはなかったのでその事に関しては敢えて触れず、流れとして当然の結果として彼女も承服し、提督にも迷惑がかからないこの事を指摘したのだった。

そして、加賀や金剛が“失敗した”という時点で入浴中の警備など必要でない事は明白であったが、それでもビスマルクとしてはその事を身をもって知らない限り気持ちとして諦められないという事情ももあったのである。

ビスマルクはやや時間を置いてから取り繕うように一度佇まいを正すと、少し口惜しそうな感じだったが何とか平静を装った声で言った。

 

「そ、そうね。問題がないならあきら……んんっ、警備は過剰だと判断するのが当然でしょうね」

 

「そうですか。ならわたしはこれ以上は意見しません。お姉様のご武運をお祈りしてますね」

 

「フラン、ありがとう!」

 

「いえい――あぷ」

 

プリンツは、安心した声で自分を抱きしめるビスマルクの胸の温かさを感じながら、敢えて彼女が一人で動かなかったのはやはり独断で動く事に対して不安を持っていたからなんだろうな、と密かにその臆病さを可愛らしく思うのであった。

 

 

そして夜、時刻は10時を回った辺り。

廊下で耳を澄ませていたビスマルクは艦娘故に人より優れた聴覚で提督の私室から湯が流れる音を捉え、提督が風呂に入った事を知った。

そして音を立てない様に静かに脱衣所まで進入し、湯が床を叩く音が消えて彼が浴槽に入った事を判断できるまで待機してそれが確認できると、自分も迷いなく一糸まとわぬ姿となって浴室に入った。

提督とは何度か閨を共にした仲とは言え、堂々と裸体を晒す事にはまだ羞恥を覚える彼女が敢えてタオルを身に着けずに浴室に入ったのは、タオルを着けたまま風呂に入る事をマナー違反とする日本の入浴マナーを理解した彼女なりの成長と言えた。

 

「……」

 

羞恥の身体の火照りを感じながらビスマルクは薄い湯気の中を提督が浸かっているであろう浴槽を探した。

 

「あ……」

 

「ふぅ……」

 

提督が居た。

提督はつい最近明石にリフォームしてもらった広い浴槽に気持ちよさそうに浸かっていた。

浴槽はちょっとした温泉と言える程の大人3人は余裕では入れる程の大きなもので、素材は檜。

おまけにジェットバスまで備えられていた。

それは全て明石の手によるオーダーメイドであり、以前彼女が帰郷から帰ってきた提督からお土産として貰った高級工具セットにどれだけ感動し、そしてそれによって気合と感謝を込めて浴室を造ったのかよく解る程のものだった。

提督は完成したこの浴室を目にして言葉を暫し失う程珍しく感動している事が判る程の反応を示し、以後はすっかりこの風呂の虜となっていた。

そしてその結果……。

 

「はぁ……」

 

「……」

 

提督は女神の裸身と言っても差支えのない程の美女が目の前にいても気付かない程、入浴中は気が抜けるようになっていた。

ビスマルクが説いていた子供じみた警備の必要性はある意味的を射ていたのである。

では何故加賀と金剛は失敗したのか。

それは単にリフォームされる前の浴槽が今ほど広くなく、浴室に進入したはいいが、一緒の浴槽に入った瞬間お互いの肌が触れ合い、それに提督が気付いた為である。

 

「……」

 

緩み切った顔でリラックスしている提督の顔に対してビスマルクのその目は若干冷めていた。

ここまで近付いて裸の自分に気付かないとは、それはそれで女心的に何となく傷つくものを感じた。

だがお蔭で裸を晒している事に対する羞恥心は一瞬で失せ、同じ浴槽に向かい合って入る事にも躊躇を感じる事はなかった。

 

「ん……」

 

少し熱く感じる湯に浸りながらビスマルククは向かいの提督の顔を見た。

 

「はぁ……ぁぁ……」

 

やはり全く気付いていなかった。

浴槽は広いので彼女が足を曲げて入れば互いの肌が触れ合う事も無い。

 

「……む」

 

ビスマルクはその事が最初は不満で拗ねたように体操座りをして半目で提督を睨んでいたが、やがて彼の緩み切った顔を見ている内にそれが可笑しくていつの間にか自然と笑みを零していた。

漏れた小さな笑い声が豊かな二つのマシュマロが浮かぶ水面を揺らした。

 

「ふふっ……」

 

(まぁこういうのもいいか。こんな隙だらけの大佐は普段目にする事なんてないし、だからこそ何か邪魔するのは悪い気がするし)

 

ビスマルクはそのまま10分程提督を眺めると、満足した気持ちになってやはりその事に気付かないままの提督を残して足取り軽く出て行った。

 

 

「……ん?」

 

それから更に10分後。

心地良さからようやく半目を開けた提督は水面に一本の光輝くの毛が浮かんでいるのを見つけた。

毛は金色をしていたが、視界が湯気でぼんやりしていた上に照明が毛に反射して提督には毛の色がよく判らなかった。

 

(白髪か……?)

 

頭を掻いて見つけた毛を見ながら提督はそんな事を思うのであった。




湯に浮かんでいた毛はどこの毛とか紳士なら想像などしないでしょう。
ま、形状は皆さんのご想像にお任せしますw

体面で体操座りしているビス子の絵、良いなぁ……。



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