提督の日々(凍結) 作:sognathus
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提督は両脇にゴーヤと磯波を伴いながら、これで肝試しの開催場所となったこの建物がもっと内側にあって、月明かりも入らない場所だったらもっと雰囲気はあったんだろうな、と仕掛け人らしい思考を無意識に巡らしていたのだった。
「け、結構雰囲気ありますね」
見た目の大人しい性格の通り、磯波が若干不安そうな表情で提督の服を掴みながら言った。
それに対してゴーヤは磯波よりかは肝が据わっているらしく、いつもと変わらない様子で笑いながら磯波を励ました。
「磯波は怖がりでちね。そんなに不安でちか? 確かに照明は点いてないけど、月明かりで結構明るいでちよ?」
「ゴーヤ、そう言いながら俺の服を掴んでいるのはなんでだ?」
平気そうな顔をしていたゴーヤだったが、提督の服を掴んでいる磯波の手の直ぐ隣で同じように自分も彼の服を掴んでいた。
だがゴーヤは特に恥じた様子もなくこう答えた。
「むぅ、ゴーヤだって大佐の服掴みたいもん」
「え、こ、怖いからじゃないの?」
「せっかく選ばれたんだから雰囲気を楽しまないと損でち」
「中々肝が据わった奴だな」
「えへへー♪」
磯波の感心した視線と、提督からの褒めの言葉にゴーヤは嬉しそうな顔をした。
一方場所は変わって提督達がいる建物の外で待機している伊勢と日向に川内から無線が入った。
『伊勢さん、日向さんそろそろお願いね!』
「了解した」
「オッケー」
川内からの無線を受けて伊勢達は肩に大きなウチワのようなものを担いで今まさに提督達が歩いている廊下を仰ぎる見る。
「来た、準備は良いか伊勢」
「いつでも」
「よし、加減はしろよ? ……いくぞ」
丁度窓の端から提督達の姿が見えたところで日向と伊勢はウチワを担いでいた腕をゆっくりあげる。
傍から見ても判るくらいきめ細かい筋肉が詰まっている腕が部分的に隆起してウチワの柄を握る手から肩の付け根にかけ力を伝える。
「きた……」
窓か全体に提督達の姿が見えたところで日向は合図をする。
それに合わせて伊勢は息を合わせて提督が達が見える窓に向って二人同時に団扇を仰いだ。
「「せっ!!」」
ブオンッ
戦艦の圧倒的な膂力は平凡な人間ではとても発揮できないような突風を生み出し、それを提督達が見えた窓に直撃させた。
ガタッ! ガタガタッ!!
「ひっ」
「ひゃぁ!?」
突如静寂を破ったガラスが壊れるのではないかと言うくらいの窓の震えに磯波はいよいよ恐怖に震える顔を鮮明にして提督に抱き付き、平気そうな顔をしていたゴーヤもびくりと震えて提督の服を掴んでいた手に力を入れて立ち止まった。
ガタガタ……
「……」
「……」
「……」
窓が震えたのは一回のみ。
今は受けた風の衝撃の強さを物語るように小さな音を最後に伝えるのみだった。
「あ、あの、今のは……?」
再び静寂が戻ってきたところで磯波がもう目に涙を溜めた顔で不安そうに提督に訊く。
「分らん。今日はそんな風なんか吹いていなかったはずだが……」
「そ、そうだよ……ね。でもじゃぁ今の……」
提督が言ったようにその日の天気を把握していたゴーヤもまた、不安そうな顔をして窓を見る。
窓からは穏やな明かりを送る月と星がきらめく夜空のみが見えた。
「……」
提督は二人が窓に注意を向けているところでそれを確認すると、二人に気付かれない様にそっとポケットからコインを一枚取り出しまだ歩いていない薄暗闇の方へ指で弾いて飛ばした。
キン……!
「ふわぁ!?」
「え!? な!?」
再び静寂の中に突如響いた異音に磯波とゴーヤはまた驚いた声をあげる。
磯波に至っては既にその声は悲鳴に近くなっており、提督に抱き付いたまま彼の服に顔を押し付けていた。
「……っ、……っ」
ゴーヤはといえば、こちらも磯波程ではないが完全に怯えており、音をした方を注視して何とか息を整えながら声を出そうと努力していた。
『よし、良い調子だわ! 次、最後扶桑さんお願いね!』
ゴーヤ達が調子よく怖がっている様子に満足そうな川内の無線が扶桑に入った。
そこは提督達が歩いている廊下の突き当りから1階へと続いている階段の踊り場。
扶桑はそこで川内の無線を受けて肝試しが順調に進んでいる事を知る。
傍らには今回は仕掛け人側になれなかったながらも妹という事で特別に一緒に待機する事を許可された山城がおり、何やら興奮した様子で激励するように扶桑に言った。
「姉様、コイン回収してきました。最大の見せ場頑張ってください!」
「……ありがとう」
参加していないのに仕掛ける側の楽しさに興奮する山城に対して扶桑は逆にやや覇気のない声で笑いながら応えた。
「……」
それもそのはず、扶桑は今びしょ濡れだった。
白い着物のみを羽織り、髪飾りも外して頭にも今は何もつけていない。
その状態で何故か水が入ったバケツを上から被ったようにびしょ濡れの状態で僅か10分程という間だが、その場で待機していたのだ。
(……大佐早く来て。ちょっと寒い……)
そう心の中で呟く扶桑の姿は昼間だったら濡れた着物が肌に張り付くことによってとてつもない色気を醸し出していたところだろうが、今は逆に元々長い髪も一緒に濡れて雫が滴り落ちる事によって、なかなか幽霊らしいのおどろおどろしい印象となっていた。
「た、大佐、さっきの音なんだったんでしょう……?」
握っていたのが服から提督の手へと変わっている磯波がその手をしっかり握りながら不安に震える声で訊いた。
「分らん。金属の音だったみたいだが……」
「な、なんで誰もいない廊下で金属の音がするでちか? 肝試しってもっとこう誰か出てきてわーって驚かすやつなんじゃ……」
歩いている内に恐怖心に心が折れてしまったらしいゴーヤも磯波と同じように空いているもう片方の提督の手を握りながらそう言った。
「まぁ肝試しらしいだろう。と言ってももう直ぐ突きあがりだからゴールだが……」
実は自分も仕掛け人である事は悟られない様に提督が磯波達を励まそうとした時だった。
不意に何か水が落ちる音が聞こえた。
ぴちゃり……。
「「……!!」」
ぴちゃり……。
その水音は今までの様に一回だけではなく、今度は何回も連続で聞こえた。
しかもその音は段々と提督達に近付いており、ついにその音の発生源が薄暗闇の中から彼らの前に現れた。
「……っ!!!!!!」
「ぅ……ぁ……。あ……」
「……!」
現れたそれは、白い着物を着たびしょ濡れの女であり、濡れた長い髪は所々にへばりつき、顔も前髪で窺えなかった。
その様は仕掛けの内容を知っていた提督すらも言葉を失くす程おどろろおどろしい雰囲気を醸し出しており、彼と一緒にいた磯波はそれを見た瞬間気絶し、ゴーヤもそれを直視したままその場にへたりこんで動かなくなってしまった。
「……」(皆酷い……)
扶桑はそんな提督達を他所に内心ちょっといじけながら目の前で方向転換すると、直ぐ近くにあった部屋へと入って姿を消すことで出番を終えた。
「……」
「……」
「あ……あ……」
後に残ったのは気絶して倒れた磯波と、腰が抜けて動けなくなり、未だに声にならない悲鳴を上げているゴーヤ、そしてそんなゴーヤがしてしまった『おいた』の処理を考えている提督だけだった。
話を分けると投稿に時間が掛かる。
そんなジンクスを忘れてしまうくらい次は単発の話を……(なら何故長い話を作ったのか)