提督の日々(凍結)   作:sognathus
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夕方、提督がいつも通り執務をしていると何やらうきうきした様子の川内が彼を訪ねてきた。


第12話 「肝試し」(前篇)

「肝試し?」

 

「そう! やってみない?」

 

「また突然だな……」

 

川内は部屋に入るなり机に乗り出してそんな事を言ってきた。

 

「ここっていつも夏じゃん? だから気分転換に、ね?」

 

「そう言ってもな。準備とか時間の調整とかあるだろう」

 

「ああ、そういう凝ったことするつもりはないの」

 

当然の問題を並べる提督に川内は分っていたとでもいうように軽い調子で手を振りながら言った。

行動的な川内にしては意外な反応に提督は意外そうな顔をした。

 

「ん?」

 

「肝試しって言うのは本当に言葉のまま。夜の基地の長い廊下をただ端っこまで歩くだけ。勿論照明は落としてね」

 

「ほう」

 

「それなら準備が無くてもできるでしょ?」

 

「確かに。だがその程度で肝を冷やす奴なんてここにはいないんじゃないか? いくら夜中に照明を落としてやると言っても皆には勝手知ったる施設だ。廊下をただ一直線に歩く事くらいなんてことないだろう」

 

「そうね。だからここは手間の掛からない単純な演出で行こうと思うの」

 

「うん? なんだ結局仕掛けはするのか」

 

「まぁね。でも最低限の動員と労力で済むから準備の時間なんて殆ど掛からないわ」

 

「ほう?」

 

「もう何人か協力して欲しい人には声を掛けてあるの。あとは大佐に……」

 

「俺も仕掛ける側か」

 

提督も男である。

普段から大人しく真面目であるが、こと悪戯、それも仕掛ける側に回るとなれば子供の頃から消えずに残っている童心がくすぶるのは否めなかった。

 

「そう。でも大佐はただ仕掛けるだけじゃなくて肝試しに参加する側にも回って欲しいのよね。同行者として」

 

「ん? 同行しながら仕掛けるなんて、俺はそんな器用な事をこなす自信なんてないぞ?」

 

「大丈夫だって。ほんの些細な事で十分な演出ができるんだから。方法さえ知れば後は大佐のタイミングでいつでも実行可能よ」

 

「……一応教えてもうらおうか」

 

「あ、乗ってきた? ふふ、そうこなくっちゃ! じゃそれも含めて段取りを……」

 

川内は提督が完全に乗り気になってくれた事に内心でガッツポーズを取りながら嬉々とした顔で段取りの説明を始めた。

 

 

深夜、突然発せられた提督の肝試しイベントの告知に、その事を知らされていなかった一同は唖然とした。

提督自身は単純な気分転換と称し、やる事と言えば基地のある施設の2階の廊下をただ提督と一緒に歩くだけ。

肝試しと聞いてそういうのが苦手な若干名は最初目に見えて参加に難色を示していたが、前述した内容を理解するや返ってやる気を見せる者も出た。

 

今回はいきなり始めた事もあってやるのは一回だけ。

後腐れなしで提督に同行する二名をクジで決めるという事だった。

基地に所属する艦娘の数を考えればかなり倍率は高かったが、今回は試験的な意味合いもあったし、イベントが終わった後はその一部始終を録画した動画を皆で観てちょっとした談笑会を開くと言う事だったのでそこまで不満げな顔をするものも出なかった。

 

「はい! 今回提督と一緒に肝試しに参加してもらうのは……磯波とゴーヤです!」

 

青葉の元気な声のクジの結果を聞いて選ばれた当の二人は、その二人ともが自分が選ばれるとは思っていなかったのか揃って驚いた顔をしていた。

因みにちゃっかり当たり前の様に司会のような事をしているが、青葉は運営からイベントの流れを軽く聞いただけで、あとはいつも通り自分のペースで自ら進んで司会をしているだけで仕掛け人ではない。

 

「わ、わたしですか?」

 

「ご、ゴーヤでち?」

 

「はい、二人ともおめでとうございます! まぁ直ぐ終わっちゃうと思いますが、大佐と一緒に楽しい思い出と記録を作って下さい!」

 

「大佐あの……」

 

「よろしくでち大佐!」

 

「ああ、よろしくな」

 

提督は軽く笑いながら自分がエスコートする事になった二人を安心させるようにそう言った。

 

一見全く動じてないように見えたが、実は内心結構怖がっていたゴーヤは提督のその言葉と笑顔にかなり安心感を覚えた。

 

(大佐はやっぱり男だなぁ……。うん、こういうのもいいかも♪)

 

対して磯波は見た目通り少し不安そうにしながらも大佐の態度に頼もしさから安心した笑顔を浮かべるのだった。

 

「あ、はい! 宜しくお願いしますね」

 

 

所変わって施設の外。

そこには肝試しが行われる建物を地上から見上げている仕掛け人が既に何人か集まっていた。

川内もそこにおり、何やら戦艦と思われる背の高い二人に指示を伝えていた。

 

「……という感じで宜しくお願いします!」

 

ぺこりと頭を下げてお願いする川内に指示を受けた二人は手を上げて応える。

 

「了解した。任せておけ」

 

「りょーかい。ふふふ、楽しみね日向」

 

「そうだな。ところで川内」

 

「うん?」

 

「参加報酬、忘れないでくれよ? いや、なくても楽しいから進んでやるけどな。でもその報酬は確かに魅力的だからな、やる気だって出る」

 

「あっ、そうだね! 手伝ったら次の肝試しではわたし達が当たり易くなるようにしてくれるんでしょ?」

 

「うん、そこは任せて。ま、他の仕掛け人も含めての倍率になっちゃうからそこまで期待はできないけどね」

 

「その程度の心配りでいいさ。クジだしな」

 

「うんうん。別に当たらなくてもまたそれの次の時はそれまでに当たった人は外れるんだもんね。わたし達が当たる確率は俄然高くなっていくんだから文句なんかないわよ」

 

月の光に照らされた場で、伊勢と日向はやる気に満ちた顔でそう楽しげに笑っていた。




秋になりましたね。
夜寒くなってきました。
まぁ寝易くはなってきたんですけどね。



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