提督の日々(凍結) 作:sognathus
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深夜というわけでもなかったが、月明かりが照らす空と海は暗く静かで、提督は何となく帰投もそんな感じで落ち着いた流れになるのでは、考えていた。
しかし現実はそうはもいかず……。
「たぁぁぁぁぁっいっさァァァァァ!!」
「待ってたの! 遅いじゃなぁぁぁぁい!!」
港に着くなり尻尾を全力で振って突撃する犬よろし提督に走り寄って来たのは金剛とビスマルクだった。
二人は走った勢いのまま飛びっかかるようにしてそのまま提督に抱き付く。
二人は普段から力を加減する様にはしていたが、この時ばかりは多少提督の帰投した喜びから浮かれてしまい、その加減が甘かった。
ゴスッという鈍い音と共に提督は何とか二人を抱き留める。
「ぐっ……ふ、二人とも来てたのか。出迎えありがとう」
「もう遅いワヨ! もっと明るい内に back home してくれたらご飯作って迎えてあげたのニ!」
たった一週間の不在で目に嬉しき泣きをして提督に頬ずりする基地最高練度を誇る戦艦。
ゾリッという硬い感触を彼女は感じた。
(ああ、この無精ヒゲの感触……久しぶり!)
「そうよ、私だっていろいろ作って待っていてあげたんだから」
金剛に負けず劣らず子供の様に目に涙を溜めて抱き付いてなかなか離れようとしない基地最高レベルの性能を持つ戦艦ビスマルク。
「二人とも遅くなったのは悪かった。留守中ご苦労、だからもう離れろ」
提督は幼児の様に感情を爆発させているこの二人が戦艦である事に内心呆れながらもその歓迎を素直に嬉しく思った。
「Oh 相変わらず淡白ねぇ、ん? その子は?」
名残惜しそうに提督から離れた金剛は提督と一緒に帰って来た大和、秋月、龍鳳の他に初めて見る娘を早速確認した。
ビスマルクもそれに気付き、新たに仲間になるその娘を目を向ける。
「艦娘ね、えーっと……軽巡かしら」
「あ……」
以前所属していた基地の影響で本来の性格より大分内向的になっていた阿賀野は、戦艦二人に見つめられて驚き、思わず提督の後ろに隠れる。
金剛とビスマルクはそれを見て不思議そうな顔をした。
「あら?」
「Oh?」
「ああ、そうだ。後で皆にも紹介するつもりだが、彼女は軽巡の阿賀野、俺達の新しい仲間だ。阿賀野、挨拶を……できるか?」
「あ、えっと……う、うん!」
阿賀野は提督に促されまだ少し怯えながらも無意識に片手に彼の服を掴みながら自己紹介をした。
「しょ、紹介に預かりました軽巡の阿賀野です……。そ、その……よろしくお願いしま……す」
「Hm……」
「へぇ」
金剛とビスマルクはそんな風にたどたどしく自己紹介をする阿賀野を見て不思議そうな顔をして顔を見合わせる。
しかし直ぐに……。
「ワオ! 凄く pretty な軽巡ネ! ワタシ凄く気に入っちゃったワ! 阿賀野、ワタシは金剛ヨ、宜しくネ!」
「く……こ、これはあれかしら強敵というやつ……? だとしても凄く良い子そうなのは確かね。うん、私も気に入ったわ。初めまして阿賀野、私はビスマルク。でも出来ればマリアって呼んでね、宜しく」
「わ、わぷ……」
阿賀野は金剛に歓迎の抱擁を受けて抱き締められ、ビスマルクには歓迎の握手を受けた。
ビスマルクはともかく、少し突拍子もない歓迎を受けたが、小さい驚きの中にも阿賀野は心の中に一杯の幸せを感じていた。
(うん……ここなら私は生きられる。ここなら私は後悔はしない)
提督に、そしてその仲間に対する阿賀野の信頼はこの時点で揺るぎのないものとなっていた。
提督が基地に入るとそこには金剛達同様、彼の帰投を知った艦娘が全員揃って彼を迎える為にそこで待っていた。
秋雲や摩耶からはお土産をねだられ、叢雲や日向からは彼の留守中代行した仕事の事で冗談交じりの嫌味を言われ、提督はとにかく様々な“歓迎”を受けた。
「明石、これを」
ドチャ、重い金音と共に提督は明石の前に赤い金属製の箱を置いた。
明石はそれを見て驚いた顔をする。
「え、こ、これは……?」
「お前が喜びそうな工具セットだ。お土産とはちょっと違う気がするが、帰る途中に内地に寄ったついでに、な。ここで調達する物よりかは良い物もあると思うぞ」
「な、な……こ、これは……ああっ♪」
明石は提督が買ってきた工具箱を見て目を輝かせた。
確かにこの工具箱の中には自分が持っている工具といくつか被る物もあるだろう。
しかしこの箱に刻印されている文字は間違いなく日本のあのメーカー!
それだけでも明石はこの提督からの贈り物が最高に嬉しかった。
しかも貰ったのはネ○ロスのツールセットだ。
ネット通販でチェストタイプの物でも値段の関係で悩んでいたのにまさかこれを貰えるなんて!
「たいさぁ……」
「うん?」
提督は足元に跪いて自分の足に抱き付く明石を見て内心かなり驚いた。
しかしそんな提督の思いとは別に、明石は感激で涙でぐしゃぐしゃになった顔で彼を見つめていた。
「こ、こんなに素晴らしい物……あ、ありがとうございますぅぅ……うわぁぁぁん」
「あ、ああ……」
「ほう、明石にはあれを買ったのか」
那智が明石の喜びように思わず笑いながら提督に話し掛けてきた。
その彼女の後ろには隼鷹や足柄、長門といった所謂お酒を好む“大人組”の顔もあった。
その中には初春や神通、ゴーヤといった見た目からはちょっと意外に思うような人の姿もあった。
提督は彼女たちを見て苦笑を漏らすと、傍らにいた大和に何かを言った。
大和は笑顔で「はい、分かりました」と言ってそこから去ると、程なくして大きな木箱を押し台車に乗せて幾つも持って来た。
提督はそれを指して彼女たちに言った。
「勿論酒もある。南と本州の真ん中のものしかないが、好きなものを選べ」
『ワアアアアアアアアアア』
突然の歓声に駆逐艦達がびくりと振り返る。
彼女たちが振り向いた先には、自分たちに負けないくらい子供の様に嬉しそうな顔をして提督が持って来たお酒を選んでいる“大人達”の姿があった。
はい、提督の帰郷の話を締めくくる話でした。
次からはまたほのぼの系に単話になると思います。