提督の日々(凍結) 作:sognathus
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その中で提督は彼女から悲痛な思いと胸が痛む非難を浴びる。
だがその阿賀野の訴えに提督個人への非難を感じた秋月と龍鳳が反撃とばかりに彼女の発言の撤回を要求。
更にそんな提督擁護の折に龍鳳が言ったある言葉に上級少将が反応して我を忘れて彼女も控室に突撃。
それを見て更に中老が大爆笑と事態は混迷を極め……。
ガチャッ
「ちょっと忠哲!」
突然部屋に乱入してきた人影に全員が注意を向ける。
提督の名前を呼んで部屋に入って来たのは、復縁した彼の恋人にして若くして本部の第4司令部の司令官を務める上級少将だった。
提督は彼女の姿を見るなり言葉を失いポカンとする。
それは秋月も同じでまさかこの場に彼女が現れるとは予想だにしていなかった。
だが唯一人龍鳳だけはまた再会した、くらいにしか思わず、内心で彼女が本部の幹部だった事に少し驚いたくらいだった。
「は?」
「えっ、あ……だ、第4司令殿……?」
「あ」(あの時のお姉さんだ。第4司令? 本部の偉い人だったんだ)
「……司令官殿どうs」
「名前で呼んで!」
ようやく絞り出した言葉も彼女の言葉で遮られる。
提督は何故そんな要求を彼女がするのか理解が追い付かずにただ混乱するばかりだった。
「え」
「あと、さっきのはどういう事? 今この子、龍鳳があなたのことお父さんって言ったわよね? これってどういう事?」
「いや、それは事情がありまして……」
「お父さんは龍鳳のお父さんです!」
「なぁ!?」
彼女に胸倉を掴まれて揺すられながら提督は何とかその場を収めようとしたが、そこで自分の事情が絡んだことで意地を張りだした龍鳳がタイミング悪く彼を取られまいと抱き着く。
いよいよ事態は混迷を極め始め、龍鳳の行動で女司令官は更に動揺する。
「龍鳳今はやめ……」
「あ、あの……」オロオロ
「ぶぁーはっはっは!」
提督は事態の悪化に擦り切れそうな精神をなんとか保って龍鳳を宥めようとし、秋月はあまりの急展開におろおろするしかなかった。
それを中老が爆笑する事で最早その場に先程まで張り詰めていた悲壮感は微塵もなくなってしまっていた。
当初の目的であった説得の対象の阿賀野はと言えば、急に目の前に広がった出来事に唖然として、いきなり一人置いてきぼりを食らったこの状況に混乱していた。
(あ、あれ……これって、今まで何してたんだっけ……? 何で今こうなってるの? 確か今までわたしの事で何かしてたんじゃ……?)
茫然とした顔で部屋を見回す阿賀野はすっかりこの雰囲気に飲まれ、一時的にしろ先程ま自身が抱いていた負の感情も忘れてしまっていた。
その中でふとついさっきまで自分に話し掛けていた提督の姿が彼女の目に留まった。
彼は今ではすっかり自分の相手をする余裕がなくなり、憔悴しきった顔でこの事態をどう収拾に努めようとしていた。
「……」
阿賀野はそんな提督の顔をただ黙って見ていた。
(何あれ……。わたしあんな顔をした提督見た事ない。わたしがいた基地の提督は絶対にあんな顔をしなかった、こんな雰囲気にいるような人じゃなかった……。何? この余裕がある感じ……)
提督をジッと見つめる阿賀野の脳裏に辛い記憶が蘇る。
その記憶は筆舌に尽し難いほど、彼女にとっては辛いものだった。
だが今はその記憶と今の状況とのギャップが彼女に何か新しい価値観、新しい希望を持たせようとしていた。
「……っ」
凄く騒がしくて怒声も飛び交っているに、そんな騒音が今の阿賀野の耳にはとても優しく感じ、それを自覚した途端彼女の双眸から涙が溢れ出た。
騒ぎが始まって数分後、事態はようやく収拾を見せ始め、感情的になっていた女司令官は我に返った事で顔を真っ赤にして縮こまっていた。
秋月も提督の代わりに何とか龍鳳を宥めて落ち着かせ、中老は笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら何か満足そうな顔をしていた。
そんな中で提督はと言えば、やっと落ち着いた雰囲気に一息ついたところだった。
ギュッ
「ん?」
後ろから服を引っ張られる感覚に提督が振り向く。
するとそこにはまだ若干俯きながらも子供の様にボロボロと涙を流し続ける阿賀野の姿があった。
「……ぐす…………る?」
「うん?」
涙でしゃくりあげながらか細い声で阿賀野は何かを言った。
提督はそれを聞きとれず、もう一度なるべく優しい顔をして訊いた。
「ひぐっ……や……そくして……る?」
「約束?」
提督の言葉に阿賀野はまだ泣きながら涙で赤くなった目のまま頷いた。
「うん……。提督さ……大佐は阿賀野に酷い事しないって約束して……ぐす……してくれる?」
提督をその問いに真面目な顔をして返した。
「こんな時でも君にちゃんと優しい言葉を掛ける事ができなくてすまないと思うが、『提督として』は時には君に酷い命令をするかもしれない」
「……」
安易には受け取れない内容だったがそう言った提督の声に阿賀野は冷たさは感じなかった。
だから彼女はそのまま彼の次の言葉を落ち着いて待つことができた。
提督はそれを確認して、やや間を開けてからこう続けた。
「だが、それ以外の時なら俺は君に理不尽な辛さを決して与えない。それは俺の基地に居る仲間も同じだ。阿賀野、君が俺の所へ来るのなら俺たちは心から君を歓迎しよう。約束だ」
そう言って提督は手を差し出した。
「……っ」
阿賀野はそれに最初はびくりと恐怖に震えたが、その手が自分の頭に優しく置かれ撫でてくれる感触を感じると直ぐに恐怖はなくなった。
(こんなに温かい感じ初めて……)
阿賀野は初めて感じる心からの安心感からまた涙を流し始める。
だが今度は子供の様に泣きじゃくるのではなく、泣きながらも何かを決意した強い意思を感じさせる目をして提督を見つめ返した。
「ん……?」
提督はそれに気付いて阿賀野に何か言葉を掛けようとしたが、それより先にギュッっと目を瞑った彼女に抱き着かれて結局何も言えなかった。
阿賀野はそのまま提督にハッキリとした声で自分から言った。
「大佐! 阿賀野、大佐のとこの子になる!」
阿賀野犬を拾った話これにて終了です。
最初は一話だけにするつもりでしたが、元々頭の中にあった考えをテキスト化したらそうもいかなかったですねw