提督の日々(凍結)   作:sognathus
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中老を訪ねてきたのは休暇中の提督(大佐)だった。
中老は久しぶりに見る教え子の顔に顔を綻ばせてその来訪を歓迎した。


第6話 「説得」

「おお、准将! 久しぶりだな!」

 

中老は提督の姿を見るなり大袈裟な振りで右手を差し出し歓迎と再会の喜びを伝える為の握手で迎えた。

提督もその手をしっかり握り返して彼の出迎えを心から感謝しながら受ける。

 

「閣下、ご無沙汰しております」

 

「ああ、なんだそれ。周りは気にせず儂の事は親父殿と呼べ。儂もお前の事は坊主と呼ぶから」

 

「しかしそれでは……」

 

「儂の前でだけ言えばいいだろう。堅苦しいのは好かん」

 

「……では」

 

相変わらず屈託のない態度の中老に提督は親しみと尊敬の念を新たにした。

そして苦笑しながら親父殿、と返す。

中老はそれを聞いて機嫌良く笑った。

 

「そう、それでいい。……で、どうしたんだ? お前今は休暇中だろ?」

 

「その休暇ですが、今回はかっ……親父殿や他の方々の配慮によるものだとかの……上級少将殿から伺いました。なのでもしや私個人に何か御用があるものかと思いまして」

 

「またお前は……」

 

提督の変わらない律義さに中老は少し困った顔をした。

 

(存分に気分転換をしてもらいたくて休みをくれてやったというのに本当にこいつは……)

 

提督は少し前に本部から直接に一週間の休暇を貰い受けていた。

それは提督自身が望んで申請したものではなく、彼の今までの真面目で実直な勤務態度、そして今まで一度も遅れることなく送られ来た報告書から多忙で低級すら自ら望んで取っていないだろうという中老の懸念からきた配慮だった。

事実、偶に提督に会う機会があった者達の話からはあまり休んでいない様子も直に伝えれられていたので、今回こうやって明らかな贔屓で褒められた事ではないが、昔の誼で休暇を与えたのである。

 

だが彼は結局休みを全部過ごす前に自らの意思で此処に来た。

勿論用などあるわけもなく、だからと言って彼に何か仕事をさせようとも思わなかった。

故に中老は久しぶりに彼の扱いに心から呆れ、困ることになった。

 

「お前なぁ、別にそんな気を遣わなくていいの……」

 

「? 親父殿?」

 

ちょっとこいつに説教でもしてやろうかと思った時だった、その時中老の頭にある考えが浮かんだ。

目の前にいる提督を見ている内に自分の後ろの控室にいる調査に引っかかった阿賀野の事を不意に思い出したのである。

 

(こいつになら……)

 

そう思い至ると早い。

中老は提督の肩に手を乗せてこんな事を言った。

 

「ま、その話は置いておこう。それよりな、結局ついでで頼むことになって悪いと思うが、ちょっとお前に頼みたい事がある」

 

「は、何でしょう」

 

「儂の後ろにいる娘の……ほら、あの阿賀野だ。あいつをお前の力で立ち直らせてやって欲しい。そして立ち直らせる事ができたらそのままあいつをお前のとこで面倒を見てほしいんだ」

 

「はぁ……」

 

提督は中老が後ろ手に指を指す暗い顔をした阿賀野を見て、彼の予想だにしない頼みに流石に戸惑いの声を漏らした。

 

 

 

ガチャッ

 

扉が開く音に一人別室に移されて椅子に座っていた阿賀野は俯きながらびくりと震えた。

部屋に入って来たのは提督、後ろには今回の休暇を共に過ごした秋月と龍鳳がいた。

もう一人提督の基地所属の大和もいるのだが彼女は今、本部の大和(先輩)にいろいろ教えて欲しい事があるとかで、勤務場所の中老の執務室に行っていた。

 

「ん……初めまして」

 

「……」

 

提督の挨拶にも阿賀野は無言だった。

 

「親父ど……こほん、名誉中将殿より大体の事情は聞いた。君は解体を望んでいるんだね?」

 

「……」

 

阿賀野は今度も言葉を発しはしなかったが、その代わりに相変わらず提督とは視線を合わさずに俯いたままこくりと頷いた。

 

「……そうか。君の調査結果を読ませてもらった。いや、これは本来は俺程度の階級の人間が読むどころか、この調査があること自体知ってはいけない事なんだが。まぁ、その事に関してはある程度俺個人が本部の人間に信用されている証拠だと思って欲しい」

 

提督はそう言ってパタン、と阿賀野調書をまとめた書類をテーブルに置いた。

 

「阿賀野、解体を希望している手前俺がこんな事を言っても拒否しか頭に浮かばないだろうが、敢えて問わせてくれ」

 

「……?」

 

阿賀野はそこでようやく提督の顔を見た。

そのかおから覗く瞳は不安で揺れており今にも泣きだしそうだった。

きっと本部に来たら必ず解体されると確信していたのだろう。

しかしそうはならずに何か別の機会を与えられようとしている。

恐らく彼女はそこに不安混じりの疑問を覚えたのだ。

提督はそんな怯えた仔犬の様な阿賀野を前にして一度目を閉じて軽く咳払いをすると、慎重な態度と声で彼女にこう言った。

 

「阿賀野、良かったら俺の基地へ来ないか。来てくれればそこがお前の家になる事を俺は確約する。そしてお前が経験した辛い事は二度と俺のとこでは起こらないと、これも確や……」

 

「っ、いっ、嫌! いやぁぁ!!」

 

提督の言葉を途中で遮り阿賀野は突然席を立って両耳にを手で塞いでその場にしゃがみ込んだ。

阿賀野の突然の行動と、そして彼女から感じる悲壮な雰囲気に提督の後ろにいた秋月と龍鳳はびくりと震えて思わず提督の服を握った。

 

「阿賀野もう嫌! アレが最後なの! もう誰の部下にもならないの!! 嫌! もう絶対に艦娘になんかなりたくないッ!! うわぁぁぁぁぁ」

 

そう阿賀野は絶叫した。

提督はその様子に険しい表情をして立ち上がり阿賀野に近付こうとした。

 

「落ち着きなさい。少なくとも俺は今この時点においては絶対に君に危害は……」

 

「近付かないで! 触らないで! 阿賀野もう提督なんて信じない! 軍人なんて信じない! 人間なって大嫌い! 凄く汚い!」

 

そこまで啖呵を切ったところで、今まで怯えて提督の後ろに隠れていた秋月がまず怒り心頭と言った様子で前に出た。

 

「今のは聞き捨てなりません! 今貴女は大佐の事を汚いと言いましたね? 撤回してください。それは直ぐに撤回してください!」

 

「龍鳳も許せないです! お父さんはすっごく良い人です。お父さんに悪口を言うのはやめてください!」

 

「え……?」

 

突然の自分の仲間からの激しい反論と非難の撤回要求に阿賀野は叫ぶのをやめて戸惑いの表情を見せた。

 

「おと……」

 

「ほほう……」

 

そしてその様子をマジックミラー越しに見ていた中老と、提督と同じ場所で休暇を過ごしていて遅れて本部に戻ってきていた上級少将もそれぞれ違った反応を見せていた。

一人は面白いものを見たというようにニヤニヤと、一人は明らかに提督がお父さんと呼ばれたことに対してショックを受けたような顔をしていた。

 




うーん、二話で終わらせるつもりだったのですが、阿賀野を仲間にする話は次まで続くことになってしまいました。
まぁ、段々と明るくなって来たので良しとしましょう。



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