2017年には「大統領特使」として安倍首相を表敬訪問した文喜相氏だが…(出典:首相官邸ホームページ)

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文/屋山太郎(政治評論家)

 韓国の文喜相(ムン・ヒサン)国会議長は慰安婦問題について安倍首相か国王(天皇)が「おばあさんの手をとって謝ってくれれば一発で片がつく」と述べた。日本が一礼を払えば、日韓間に横たわる“慰安婦問題”というしこりは一挙に取り払われるという考え方なのだろう。それなら2015年に安倍首相と朴槿恵(パク・クネ)大統領の合意で、日本が10億円出し、韓国の出資分と合わせて慰安婦に配布し、慰安婦問題を終結させる。韓国側はできれば慰安婦像を撤去する。この合意はどうなるのか。

 日本はこれ以前に、河野談話や首脳の訪韓を通じて何度も謝っている。安倍・朴合意の時には自民党内から「あまり韓国を甘やかすな」と強い反対もあった。安倍氏の反論は「不可逆的解決」を約束させて、ケリをつけるから、というものだった。「不可逆的」というのは決して「元に戻らない」という強い意味であって、朴大統領はもちろん、文国会議長も、この程度の単語の意味は承知だろう。

2017年には「大統領特使」として安倍首相を表敬訪問した文喜相氏だが…(出典:首相官邸ホームページ)

 安倍・朴宣言を読めば、もう一度謝れということ自体、とんでもない裏切りだ。韓国人が「慰安婦」というとカッとなるのは、現実に多くの婦人が強制的に日本軍に連れて行かれたと思い込んでいるからだ。戦後の一時期「従軍慰安婦強制連行」という言葉が流行し、日本の中学校の教科書にも載ったほどだ。そのベースとなったのが吉田清治のヨタ小説「私の戦争犯罪」(三一書房)である。出版当時に地元紙の記者が検証したが「根も葉もない」という結論だった。しかし朝日新聞が吉田氏の著書を宣伝し、90年代に入って「慰安所に40円で売られた」自称する老婦人を紙面で大々的に紹介した。のちにこの婦人の居た場所が軍の慰安所ではなかったと判明する。

 日本側は(1)朝日の掲げた慰安婦はウソ。(2)軍管理の慰安所があったこと自体ウソ。(3)韓国がいいつのっている事柄には真実味がない――と無実を立証しようとしている。

 一方、韓国側は歴代、首相や官房長官が謝っているのだから“実”のある話だと主張する。いくつもの“実”を重ねて、日本は慰安婦を奴隷のように使う国――というイメージを作り上げようとしている。真実はどちらなのか。

 河野洋平官房長官(当時)は韓国側が連れてきた十数人の慰安婦の事情を聴取した。日本側からの質問は一切禁止。向う側が述べたことをまとめて、冒頭に「申し訳なかった」旨の談話をつけたのが河野談話である。事情を聞いた人が、年令や場所が不審だったから、一問質問すれば架空の話が崩れるだろう場面が何度もあったという。

 発言の中で「強制された」という人はいなかったのに、河野が談話で「ありました」と述べた結果、壮大なデッチあげ話がまとまることになった。

 外務官僚の失敗はこれで謝り続ければ、いずれ評判は収まると思ったこと。安倍首相の発想は「無いものは無いもの」とはっきりさせるのが外交の基本だというものだ。

 追及と共に信用が一気に消滅したのが、朝日新聞社だった。朝日新聞が(1)「女狩り」の本の宣伝は間違いだったこと。(2)紙面で紹介した老慰安婦は実は軍に売られた人ではなかったこと。この2点にかかわるすべての記事を取り消した。取り消したのは16本、実に32年振りで、朝日は返り血を浴びてか、発行部数は約800万部から約400万部に落ちているという。

 慰安婦問題を追及していて気付いたのは、韓国側陣営について日本政府を突き上げているのは日本の左翼弁護士が多いことだ。救うべき慰安婦が数多くいるなら当然だが、ファクトが全くない事件を膨らまして自国の評判を落とすことにどれだけの意味があるのか。

日本の気を引く韓国

 ここで文大統領も文国会議長も慰安婦の事実を一つずつ確かめてもらいたい。これまで慰安婦を調査の度にチラつかせられたが、韓国側はそれが本物かどうかを日本側は確かめさせなかった。不確かを持続させたのは朝日新聞と左翼言論の持続的な報道である。しかし朝日が最後に謝罪せざるを得なかったのは“証拠”として持ち出したものが、すべてインチキだったことだ。

 1965年に日韓基本条約と請求権協定が妥結された。私は駆け出しながら、外務省担当記者で、条約というものはこうやってケンカしながら作るのかと悟ったものだ。最初に、何でもかんでもテーブルの上に乗せる。次にそれをケンカ腰しで放り出す。テーブルの上にものが無くなって、日韓基本条約が妥結された。そう思い込んで何十年も経ち、宮沢内閣の頃に、突如、慰安婦問題が浮上してきた。慰安婦賠償問題は日韓基本条約の締結時に、“検討漏れ”だったからだという。出来上った条約に追加で賠償を加えるには、何か強い根拠がなければならない。

 しかし売春は戦中、戦後とも公認の職業で、公式に禁じられたのは58年以降である。条約を交渉している間には全く問題とならなかったはずだ。問題があるとすれば「金を払わなかった」とか「踏み倒した」といった類のことだが、この事実についても米軍がビルマの日本人基地が陥ちたあと、婦人達から「きちんと払われていた」旨の証言を得ている。韓国側は無理に連れていかれたという。では当時の新聞に「慰安婦募集」の広告が多く残っているが、「月収300円」だという。大学出の10倍も貰うのだから、強制などする必要はない。

 こんな化け物みたいな話がなぜ、突然、浮上したのか。90年代、宮沢喜一首相の韓国訪問に当たって、“おみやげ”を持っていかねばならない。こういう場合、最も都合が良いのがカネで、カネを貰う理屈として考え出されたのが、慰安婦にまつわる“賠償金”である。慰安婦が働いた時期は、彼女らは日本人である。日本人として働いたから奴隷扱いはなかったはずだ。日本人は何千年もかかって国を作ってきたが、奴隷制だけはなかった。慰安婦について「性奴隷」というのも間違っている。

 イチャモンをつけて恥し気もなくカネを寄越せという神経は日本人にはないが、韓国側は大威張りである。かつて自民党・宏池会は、中・韓に金をやればアジア外交が良くなると思い込んでいた。要するになめられていたのである。文国会議長など甘え上った見本のようなものだ。

 安倍外交は中国にも韓国にも自然体である。「オレがおごるからメシを食おう」とわざわざ言い出すことはない。この4、5年、中国は突っ張りすぎて、孤立するとでも思ったのか、向うから近づいてきた。太平洋の地勢学からみて、日本が中国に近づいたら、呑み込まれる。安倍首相はインド、豪州を巻き込んで、インド太平洋戦略を形成した。中・韓と組んで一群になりたいのが宏池会の多数派だが、これでは中国と朝鮮の思うつぼだ。

 宏池会は小さなカネで韓国の機嫌をとり、天安門事件では天皇を訪中させるという大間違いを犯した。果ては中国に迎合した河野談話の発信である。

 いま韓国の大統領や国会議長が日本をののしっているのは、日本の外交当局が自国の方を向かないから、気を引いているのである。

典型的なポピュリズム

 安倍首相は「不可逆的解決」を貫いて、韓国が10億円を元に作った慰安婦基金の解消に断固反対している。慰安婦の人達は基金を貰って、早くさっぱりしたいだろう。しかし韓国政府はさっぱりすると、カネをたかる名目がなくなってしまう。

 日韓基本条約は韓国に置いてきた日本人の財産、日本政府の設備を全部残しておく。その代り日本にいた朝鮮人の給与や賞与などは韓国政府がこの5億ドルから払ってくれというものである。戦時中、日本にいた朝鮮人の日本政府に対する請求権は全く無いという形で条約は完結している。

 ところが韓国で韓国人が裁判所に「請求権は残っている」と訴えたところ、大法院(最高裁)が「残っている」と請求を認めた。日本でもそうだが最高裁は一義的に条約が完全に履行されているかどうかを見張るところである。その最高裁が「条約には個人の請求権が抜けているから政府は条約の不備を直せ」と判定を出してしまった。日本の最高裁は「条約はこれで完結」といっているから、韓国の最高裁(大法院)が違う方針を押し出しても“絶対の解決”を決定するところがない。韓国には常設仲裁裁判所で解決して貰おうと申し入れているが「イヤだ」という。中国は南シナ海の岩礁にかかる仲裁裁の判定は「紙くずだ」という。これは裁判所が大衆の要求に屈し、政府も大衆になびく典型的なポピュリズム社会である。

 文国会議長が「天皇が謝罪せよ」と言い出した。過去の戦事に関して天皇の責任を追及するというなら、壮絶な議論になるだろう。しかし慰安婦で謝れというのは筋が違う。すでに述べたように、慰安婦は軍が招集したわけではなく、経営していたわけでもない。商売自体は公認で違法行為ではなかった。いかがわしいと思って机の下を覗いてみたら、家の外まですっきり見える光景のようなものだ。いまさら慰安婦に罪を感じる政治家はいないだろう。そういうすっきりした中でモメているのは、文句をつける側に何らかの思惑があるからだろう。

 文国会議長は「謝罪しろ」との言葉を残したいのか。

 ジャーナリストの櫻井よしこ氏が理事長をやっている国家基本問題調査会というシンクタンクがあり、週に何回か、会員の意見を発表するシステムになっている。ここで鄭大均(てい・たいぎん)首都大学名誉教授が指名されて今回の「天皇謝罪発言」に一言をと言われて「韓国憲法前文」について書いた。鄭大均氏は在日韓国人のあと、日本国籍をとった人である。天皇に向っての発言をどう思うか聞きたいところだが、真っすぐ答えると将来、生きていくのに面倒なのだろう。しかし日本国籍を取得したのなら、天皇問題には真っ正面から答えて貰いたかった。だが氏の返事も別の面から韓国を語って妙だ。

 韓国憲法の前文に「悠久の歴史と伝統に輝くわが大韓民国は3・1運動により建立された大韓民国臨時政府の法統」を継承するという文がある。これは韓国が1897年に上海で成立したという正統性を説くもので、この条文があるおかげで1910年から45年までの日本による韓国統治は違法であり、法的には無効だといっているのである。

 日本や他の国であっても、韓国についての常識は1910年の日清戦争のあと日本に併合され、そのおかげで近代国家への道をひた走りに走り続けた。いま韓国が近代国家の仲間入りできているのは日韓併合の結果だと、どの歴史家も断言できるだろう。

 この面倒な前文をなぜ掲げたかといえば1910年から45年までの韓国統治は法的に無効だと言いたいのである。鄭氏によると、この前文のおかげで文国会議長は天皇に向かって何でも言える。つまり、昔、子分ではなかったから悪口雑言も言いたいことが言えるということらしい。韓国は独立戦争なしで一兵の命も失われることなく独立したのが現実だ。私なら、「こんな幸運の下にオレたちは独立をしたのだ!」と叫びたいところだ。

 韓国は明の時代に500年にわたって属国だった。米ソ冷戦の時代、韓国は運良く西側自由陣営として残った。黙っていれば北のもう一つの朝鮮になっていたところだ。韓国人は誰もが、自由を享受しているのかと思ったら、半島の南部は気候も悪く人気(じんき)も悪いのかもしれない。最近は国ごと中国の属国がらみになってきたようだ。歴史的牽引力とでもいおうか。北と南の歴史が違うとでもいおうか。韓国にとって精算すべきなのは属国の歴史である。韓国が、憲法上も消し去りたい1910~45年の歴史は、中国の属国から、天下晴れての独立国に至る晴々とした道筋を示すものだろう。世の中の誰も知らない、存在も証明できない臨時政府を語るほど愚かなことはない。

 天皇の悪口を言って、それを取り消すためには、憲法の前文が邪魔になって取り消せないという。日本の憲法は進駐軍が作り、改憲条項も厳しすぎて憲法改正もできない。保守派は必死に憲法改正運動を集めている。それに反して韓国の憲法は最も実の多かった日本併合時代を法文上も無くそうという。35年を無理矢理否定して、そこに架空の歴史を置いてみたらあらゆるものの解釈ができなくなった。議長が悪口を言っても、憲法上取り消せないというのは、マンガだというほかない。

屋山太郎(政治評論家)

2019年2月26日 掲載