提督の日々(凍結) 作:sognathus
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解体は全て海軍本部で行われ、解体される艦娘は特別な装置でフェードアウトするようにスーッと消えていく。
故に基本痛みや苦痛は全く無く、通常は眠る様に意識が遠のいていく感じだ。
解体は提督と部下である艦娘の双方の同意をもって成立し、それを確認した本部から派遣された回収部隊が対象を収容して本部へと運送する。
だが、本部に着いたからと言って直ぐに解体されるわけではなく、送られた艦娘は本部の専門の部署の者によって再度解体の意思を確認され、それと共に所属していた基地の内情を詳しく訊かれる。
これは倫理に反する非道徳的な行為を提督が行っていないかを調べる艦娘の為の措置だ。
その内容の為この本部での調査は一部の者を除いて支部に所属する提督には知らされていない。
この秘密性も不正と提督の非道を未然に防ぐのに役に立っていた。
「今日はまた多いの」
日本帝国海軍本部副総司令官の名誉中将、海軍を代表する“三老”の一人で中老とも呼ばれている初老の男は控室に居る解体を待つ艦娘を見てため息を吐いた。
解体を待っている艦娘は一様に特に気にしている様子もなく、中には次は戦艦になりたいとか、提督を見返してやると談笑する者まで居た。
「……」
本人たちにはとっては気にならない事でも処分を行う側としてはあまり気分が良いものではない。
それが例え兵器でも、人間の姿をして自立している限り彼にとって彼女たちは等しく自分たちと同じ人間であった。
「解体を要請した提督にはちゃんと過剰な建造は行わず、極力保有する戦力で任務に臨み、意見があれば儂に直接具申するよう通達しておけよ」
彼は補佐官にそう言うと不機嫌そうな顔で今度は別の部屋を見た。
そこには……。
「……」
今解体を待っている艦娘とは全く別の表情をした艦娘が何人かいた。
彼女達は一様に暗い表情をしており、その目は暗い光を湛えていた。
「あいつらが今回の引っかかった奴らか」
中老は今度は明らかに先程の溜息より重く苦しい息を吐いた。
“引っかかった奴ら”それは解体の意思を再度確認した時に所属していた基地に問題ありと判断された艦娘達だった。
この問題ありと認識された艦娘はその殆どが提督によって肉体的精神的苦痛を与えられ、最終的にはその提督によって手放される事が多い。
昔の海軍では解体の行為が各提督の意思によって行う事が可能だった為、自身の非道を隠ぺいする為に独自に保有する艦娘を処分する事など日常茶飯事だった。
故に不正が最も横行し、深海棲艦が増える原因の一因にもなったわけだが。
中老達が海軍を新しく再編した際にはこれが特に見直され、各個人での解体行為を禁止し、加えて保有する艦娘の数の定時報告をより厳格化し、抜き打ちの調査員も派遣する様にした。
その結果、提督の不正や艦娘の不幸は激減したわけだが、それでも偶にあのように引っかかる者がいる。
あのような艦娘を出す提督は個人での解体が禁止されてからは、今度は艦娘自体を独自に調教して精神的に逆らえないようにする事が多い。
(そのやり方は実に様々で周到かつ悪質なのだが、中には度が過ぎて艦娘の反乱を招く者も少数だがいた)
その為最初は本部に着いて自分からは決してその身に受けた苦痛の事を話さずただ解体を希望するだけだったのだが、今は支部の提督が知らないこの方法によってほぼ100%の確率で提督の非道を暴いている。
「あいつら、絶対に自害なんてさせるなよ。絶望したまま消える前に生まれて良かったという実感を必ず与えてやれ。解体はそれでも意思が変わらなかった時だ」
マジックミラー越しに中老は渋い顔でそう言った。
と、その時彼はある艦娘に目が留まった。
「ん……?」
それは軽巡の阿賀野だった。
彼女も同じ部屋に居る艦娘同様暗い顔をしていたが、ただそれだけでなく自分の身体を守る様に両腕を掴み、そして常時震えていた。
「むぅ……」
あいつは特に酷そうだ、と中老は思った。
これは直接自分が話を聞きに行って、最終的には自分が面倒見ても……と思っていた時だった。
「閣下」
と、自分を呼ぶを声がした。
「ん?」
彼が声がした方を向くと、そこには名誉中将専属秘書艦の大和がいた。
「おお? 大和どうした?」
「失礼します閣下、伝言や無線より直接お伝えした方が良いと思いまして」
「なんだ? 悪い事、じゃないみたいだな?」
わざとおどけた調子でそう訊く中老に、大和も柔らかい表情で応じた。
「ええ、そうです閣下。貴方のお知り合い、教え子の方が閣下を訪ねて来てますよ」
「ほう?」
教え子と聞いて中将の頭の中には何人かの印象が強く残っている者の顔が浮かんだが、何故かその時『親父殿』と自分を呼ぶちょっと表情が硬いが真摯な性格をしていそうな男の顔が浮かんだ。
ちょっと暗くて次に続く話です。
次でもっと明るくなります。
大佐が本部で身柄を預かる事になった阿賀野の話を補完しておきたいと思って、ここで出す事にしました。