提督の日々(凍結) 作:sognathus
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「なぁ龍田ぁ、大佐知らね?」
タオルで頭を拭きながら天龍が龍田に尋ねる。
龍田は読んでいたミリタリー専門書から顔を上げて眼鏡を取って彼女の方を見た。
「大佐ぁ? んー、見てないけど何か用事ぃ?」
「いや、別に急ぎとかじゃないんだけどよ。ほら、最近俺達あんま顔合わせてないだろ?」
「ああ、確かに忙しいわけじゃないけど、出撃のタイミングとかですれ違い多かったかもねぇ」
「だろ? だからさ、偶には顔を見せてやろうかなってな」
「へぇ~? 本当は天龍ちゃんが会いたいだけなんじゃなぁい?」
龍田はちょっと天龍をからかうつもりでそう言っただけだった。
だがそんな彼女の予想に反して天龍から返ってきた反応は意外なものだった。
天龍は顔を赤くして照れながら龍田の指摘を拒否するのではなく、逆にやや青い顔をして不安そうな表情を浮かべていた。
「えっ、それってもしかして大佐は俺に会いたいくないと思っている可能性もあるって事か?」
「え」
「え?」
「……」「……」
気まずい沈黙が部屋に立ち込める。
龍田はどう言ったらいいのか珍しく困った顔で、天龍はまだ不安そうな顔で目には涙まで浮かび始めていた。
これはいけない。
龍田は何とか可愛い相棒を泣かせまいと何とか笑顔を取り繕ってフォローした。
「ごめん天龍ちゃん。私、言葉選ぶべきだったわ。大丈夫、きっと大佐も天龍ちゃんの顔見たら嬉しいわよ」
「そ、そうかな? いや、別に自惚れてるわけじゃないけどな? でもそう思ってくれたら嬉しいよな。へへ」
「そ、そうね……」
「? どうした? 龍田」
何とか天龍の機嫌を損なわずに済んだことに安堵の息を吐く龍田に不思議そうな顔をする天龍。
「あ、ううん、別にぃ。それよりさっきは大佐見てないって言ったけど、今くらいなら兵器庫にいるんじゃないかしら? 在庫とかチェックしてるかもよぉ?」
「お、そうか。ありがとよ龍田。ちょっと行ってくるわ」
「うん、行ってらっしゃぁい」
バタンッ
「……ふぅ」
(あんなに楽しそうな顔をされたら私も一緒に行きたいなんて気を遣っちゃって言えないじゃない。う~、今日は天龍ちゃんに先越されちゃったなぁ」
本当は自分も提督に久しぶりに会いたかった。
しかし今回は彼女に譲るべきだと思った。
自分の判断に安心しつつも、仄かに天龍を羨む気持ちが晴れ切らない龍田は疲れたようにベッドに倒れ込んだ。
「おっ、ホントに居た。よぉ、大佐ぁ!」
龍田の予想通り提督は兵器庫にいた。
彼はリストをまとめたバインダーを手に持ちながら、保管している装備を収めている棚から視線を逸らずにその声に反応した。
「ん……? 天龍か」
「仕事か?」
「ん、まぁ。と言ってもただの保管数の確認だが」
「手伝うか?」
「いや、大丈夫。そんなに大変でもないからな」
「ん、そっか」
「ああ」
「……」
「……?」
てっきりそのまま去るかと思っていた天龍が去らずに残っていたので、提督は不意の沈黙に襲われた。
提督は天龍の様子が気になり、ようやくそこでちらりと横目で彼女を見た。
「……ぅ」
天龍は何か困った顔をしてもじもじしていた。
提督は察した。
彼はラノベの主人公によくあるパターンの鈍感男ではない。
かといってそこまで配慮に優れているわけでもなかったが、それでも人の気持ちを察する能力はそれなりにあった。
提督は視線を落としていたリストからふと顔を上げてぽつりと言った。
「……久しぶりだな」
「えっ」
「違ったか? お前の顔を直接見たのは久しぶりな気がする」
「そ、そうだよ! あ、ごめ……う、うん、久しぶりだよな」
「やっぱりか。ふむ……」
提督が持っていたリストを脇に抱えるのを見て天龍が訊いた。
「あ、もういいのか?」
「いや、残ってはいるが後10分もあれば片付く」
「え? ああ、じゃあ続けろよ。俺はその間話ができれば良いからさ」
「そうか? 悪いな」
「いいよ、そういうのは余り後回しにしない方がいいしな」
「確かにな……」
提督は天龍の進言を素直に受け取り、そのまま在庫のチェックを再開した。
「……なぁ」
ふと天龍がぽつりと呟く。
「ん?」
「俺ってさ……ああ、いや」
慌てた様子で言葉を飲み込む天龍。
提督はそれを見て何事かと一瞬思案した。
彼女は普段は強気だが、その実、自分の力量もちゃんと把握している。
加えて周りの環境の変化といえば、新しい仲間や新たな改造を受けてより頼りになっていく既存の部下たち。
提督は後者の事が浮かんだ時点で何となくこれでないかと思った。
在庫の確認は終わっていた。
リストの最後に載っていたのは軽巡最適の主砲の中では今の所最も優れ、そして保有数がそれほど多くない貴重な艦装である15.5cm三連装砲だった。
「ん……? ……役に立っているさ、間違いなく必要な戦力だ」
「えっ」
「新しい改造だって何れ必ず来るさ」
「お、おう!」
「当たっていたか?」
提督が薄く笑って天龍を見る。
天龍はそんな提督の顔を見て胸の奥で疼いていた不安が晴れていくのを感じた。
そして同時に何とも言えない喜びに近い感情が込み上げてきた。
天龍は提督がチェックに使っていたリストを完全に降ろしていたのを見て彼がその仕事をもう終えているものと確信した。
だからもう遠慮せずに行動した。
ガバッ
「ん」
「おお、当たりだ! やっぱり大佐だぜ♪」
提督の後ろから飛びかかる様に抱き着いた天龍は満面の笑みでそう言った。
こんな感じで先ず一人一人のキャラを出して行けばまた100話くらいはいくかな、と思いました。
と、俺は龍田よりは天龍派です。