彼はとある常夏の国に駐在する日本帝国の海軍の提督だ。
艦娘と呼ばれる部下のような兵器のような家族のような何とも言えない存在と共に平和を守るのが、国から与えられた彼の使命だ。
「ふぅ……」
提督は報告書の上を走らせていたペンを一旦止めた。
長時間机に向かっていて時間の感覚が鈍くなっている気がしたからだ。
「……」
ふと窓を見ると外は既に夕方だった。
今日は執務の量が多かったので秘書艦の加賀に提督を代行してもらっている。
だから演習や遠征といった実務に関しては心配はない。
おかげで自分は今になって日が暮れかけている事に気付くくらい執務に集中できた。
「ん」
窓から射し込む陽光に目を細めた後、提督は再び視線を机に戻した時にあるものに気付いた。
「……しまった」
挑んでいた書類は大分片付いている。
ならば提督が何を不味く思ったのかといえば、それは机の上に昼食として用意されてあったおむすびだった。
一応ラップは掛けてあったが長い時間放置していた所為で若干水分が飛んで硬くなってそうだ。
グゥ……
だけど腹の虫は要求していた。
『それを食せ』と。
勿論提督は最初から食べる気だった。
せっかく気を遣って……確か瑞鶴が用意してくれた食事だ。
その厚意を無駄にするわけにはいかない。
提督が手を洗ってそれに手を伸ばそうとした時だった、丁度タイミング悪く瑞鶴が彼の様子を見に部屋を訪れてきた。
コンコン
『大佐いるー?』
「瑞鶴? ……ああ、いるぞ。入れ」
内心しまったと思いながらも、慌てて隠してたり食べるのもバツが悪い。
提督は素直に彼女に叱られる事を選ぶ事にした。
ガチャッ
「失礼しま――あぁ!」
予想通り瑞鶴は提督が手を伸ばし欠けていたおむすびを見て目を丸くして、不満そうな声をあげた。
提督はそれを確認してすまなそうな顔で詫びた。
「すまん、今気付いたんだ。日が暮れていた事にも今気付いてな」
「ちょっとー、だからって今食べるんですか? 確かにちょっとは呆れてるけど、でもそれ、もう結構硬くなってるんじゃ」
「なに、多少は構わない。腹も減っているしな」
「もう……。あ、じゃぁ夜はどうします? 今食べるとお夕飯食べ難いですよね」
提督が自分が用意したおむすびを時間が経ってもちゃんと食べる意思を示してくれたことを瑞鶴は内心嬉しく思った。
そう思いながら彼女は当然予想される事態の確認をした。
「ああ、そうだな。夜はもうこれでいい」
「ん、分った。じゃぁ鳳翔さん達にはそう言っておくね。でもそれだけだとちょっと、少ない? 後でお味噌汁だけでも持って来ようか?」
「ああ、それは良いな。持ってきてくれると嬉しい」
「うん、了解! あ、お仕事大分片付いたんですね」
瑞鶴は自分が昼食を持ってきた時に見た書類の束が大分少なくなっている事に気付いた。
正直あの量を執務に集中とはいえ一日でやるのはややキツイのではと思っていたのだが、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
「ああ、大分片付いた。加賀が今日は指揮の代行をしてくれて集中できたからな。それに」
「?」
「いや、今更だがお前が持ってきてくれた食事で体力が回復できるからな。これでもう直ぐ、というところだろう」
「えぇ? そう……? そっか、ふふっ。じゃぁ後で持ってきてあげるね。失礼しました」
提督の言葉に嬉しそうな笑顔を浮かべて瑞鶴は退出した。
提督はそれを見届けると手早くおむすびを口に入れ、冷めたお茶でそれを流すと、再び机へと目を向けた。
「さて……」
残る書類もあと少し。
今日はこれを早く片付けて指揮を代行してくれた加賀を労って、軽く晩酌といこう。
提督は気を入れ直すと机に置いていたペンを握り直した。
「やりました」
夜、執務室に入室するなり加賀は開口一番そう言って、Vサインをした。
提督は苦笑しながら加賀に礼を言おうとしたが、それより先に加賀が自分の横に近寄ってきて膝をつき、黙って俯いてきたので提督は何も言わずにその頭を撫でた。
「ん……♪」
加賀はそれを心地良さそうに受ける。
提督は彼女の要求に応えながら念の為に今一度経過の確認をした。
「報告にあった事以外に何か問題があったりはしなかったか?」
「ありません、一切。私は今日大佐に与えられた職務を問題無く全うしました」
「そうか。ありがとう」
「んー……ふぁい♪」
加賀は今ではすっかりリラックスした顔をして提督の膝に頬を乗せながらそう答えた。
提督は加賀をまだ撫でながら窓の外の海を見る。
そこからは静かな波の音が聞こえた。
今日も無事に一日が終わる。
提督は窓から景色を眺めながら穏やかな気持ちで椅子に少し深く背をもたれた。
ご無沙汰です。
ゲームはやる気なくなってしまいましたが、艦これ自体は好きなままの筆者です。
往来の勢いはすっかりなくなりましたが、こんな感じでマイペースにやっていくつもりです。