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神殺世壊のブレイドマスター 作者:表裏トンテキ
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一章 第八話

「カズト、気を付けて」


 目の前の光景に茫然とする一刀に、背後からルナが声をかける。その声でようやく我に返り、そしていつの間にか自分に向けられている大多数の視線にたじろぐ。


「何? これどういう状況??」


 未だに事態が飲み込めていない一刀は、見ようによっては狼と熊の殺し合いに放り込まれた羊のようでもある。……正体を知らなければ。


「おいおいおい、どうなってんだこりゃあ?」


 随分と太い声だな、なんて考えながら一刀は声のした方へと視線をやる。相も変わらずにやけた表情を隠そうともしない巨漢が一刀……、の背後に立っているエルフへと心底おぞましいと言えるような濁った瞳で睥睨している。


「なぁんで商品が外に出てんのかねぇ……? 見張りの奴は何やってんだぁ?」

「さぁ? 寝てるんじゃない?」


 笑いながらも、だんだんと瞳の色を昏い色に染めていく。背後にいたルナはその身を縮こまらせ、出来る限り一刀の背中に隠れようとするが、とうの一刀は、既に先ほどまでの困惑は霞のように霧散しており、ヴァルヴィルドの殺気の篭もった視線すら、どこ吹く風と流している。

 一刀の目がその場を一周し、やがて一点で止まる。


「……本当に何やってんの、色狂いエルフ?」

「……しばらく見ない内に、随分たくましくなっちゃったわね」


 ノンビリとした足取りで近づきながら嫌味を口にする一刀に対し、皮肉で返すファラナ。だが、その表情はどこか明るい。少なくとも、先ほどまでの若干暗めの表情は浮かんではいない。


「探し人は見つかった。けど、かなり間が悪いね。すまないけどカズト君、今は再会を喜ぶのは後にして、僕の後ろに下がっててくれないかな?」


 ナイードがヴァルヴィルドから一瞬も視線を逸らさずに一刀を背後に庇うように動く。ファラナが一刀の背後にいたルナに気付き、その銀髪と紅色の瞳を見て、驚きの表情を浮かべるが、次の瞬間にはルナを睨みつけていた。


「カズト君、その子は……?」

「ん? あぁ、閉じ込められていた場所にいたんですよ。自分以外にも何人か。その内の一人ですね」


 ファラナが何も言わないので、代わりにナイードがルナの素性を問いかける。あっけらかんと答える一刀に、ファラナとナイードは唖然とするが、世間知らずの一刀ならば仕方が無いのかもしれない、と一応のところは納得しておく。


「ふん、珍しいだろ。月光族ルナフィリアのガキだぜぇ。しかもまだ生娘ときた。コイツは随分と高く売れるぜぇ」

「……最低ね、アナタ。まともじゃないとは思っていたけど、ここまで堕ちていたなんてね……」

「お前も対して変わらねぇだろうが。まだ青くせえガキばっか喰いやがってよぉ。いい目を見れるのが新人連中だけってのも不公平だよなぁ!!」

「がっつく男は嫌われるわよ」

「言ってなぁ。その手足もぎとって、抵抗する間もなくそんな気が起きねぇくらいその体に教え込んでやるからよぉ」

「この下種」


 罵声の応酬、と言うにはあまりにも低俗に過ぎる言い合いだが、ヴァルヴィルドならやりかねないし、ファラナもそれが分かっているのかもはやヴァルヴィルドに向ける瞳には嫌悪感しかない。

 実力は拮抗している……とは言い難く、このままではヴァルヴィルドの言葉が現実になってしまう。ナイード、ラッツ、オルゴの表情に緊張が走るが、極限まで張りつめられた彼らの神経とは裏腹に、のらりくらりと前に出る影があった。


「時に、ヴァ……、ヴァル……、ああもうメンドクサイ、いいや。単刀直入に聞きますけど、おじさんって魔物ですか?」

「「「……」」」

「……はぁ?」


 一刀が発した予想外の言葉に、ヴァルヴィルドだけではなくラッツやファラナ達も何を言っているのかが上手く理解出来ていないようだ。その頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。


「いや、だから……、おじさんは魔物がおじさんの皮をかぶって擬態している、なんて話を聞いたんですけど」

「……おいガキィ、もし俺が魔物だったらどうすんだ……?」

「いえ、別におかしな事は言いませんよ? ただ、自分は魔物という存在を見た事がないので、ちょっと正体を見せてもらおうかな、と」


 そこまで言って、ようやく一刀は気付く。ヴァルヴィルドの固く握りこんでいる拳が、小さく震えている事に。


「ク、ククク……、ひ、ひはははははは!! そうか、そうかガキィ!! 俺の実力があまりにも魔物びいてて人間じゃねぇって言いたいのかぁ!?」

「いや別にそういうわけじゃ……、あれ? 地雷踏んだか?」


 どうやらヴァルヴィルドは魔物びいている=実力ではなく魔物のおかげで強くなった、とトンデモ理論を展開しているようだ。別段、一刀はそこまで言っているわけではないが、何か思うところがあったのか先ほどまでのニタニタとした笑みから一転、凶悪な顔を更に歪めてまさしく魔物のような顔になっている。

 やっぱり擬態か? なんて的外れな事を考えながらも、周囲が思わずたじろぐ程の圧力を発しているヴァルヴィルドを真正面から見据えている。とはいえ、そんな真面目な話ではなく、ただ単に引き際を誤ったと言うか、睨みつけてくる双眸に対してさして何も感じなかったというか、ともかくそれがヴァルヴィルドの神経を逆なでした事には変わりはない。


「決めたぜガキィ……。てめぇは四肢をもいでから特別頭のいかれた好事家の連中に売り飛ばしてやる。そこで泣き叫ぶなり、狂うなり、壊れるなりした辺りで剥製にして、そいつらの目の前に晒して思う存分後悔させてやるぜ!!」

「気の長い話だねぇ……」

「そう言ってられんのも今の内だぁ!!」


 叫ぶだけ叫ぶと、ヴァルヴィルドは担いでいた大剣を構えて一刀を見据える。ギラギラと光を発する瞳は猛獣を連想させる。まさしく獲物を見つけた獣だ。

 一度、ニヤァと大きな笑みを浮かべると、その表情を直す前にヴァルヴィルドの足は既に一歩目を踏み込んでいた。


「なっ!?」


 が、まさしく疾走する直前だった巨体は、「全力」を更に越える「限界」で前進していた体を止める。

 何故か……? それは踏み込んだヴァルヴィルドの視界に映ったのは、既に目と鼻の先まで迫ったナイフが切っ先を向けていたからだ。

 慣性によるGをなんとか耐えたヴァルヴィルドを、今度は背筋に走る悪寒が襲う。背後を振り返らずに、大剣を腕力だけで後ろに薙ぎ払った。

 ギィン!!

 いつの間に移動したのか、そこには先ほどまでヴァルヴィルドの真正面にいた筈の一刀がいた。弾き返されたような軌道を描きながら引いていく右手には両刃の剣が握られている。おそらくそこらに転がっている盗賊風の男から拝借したものだろう。


「あら、意外とやるのね」


 そこにいた一刀の表情は先ほどまでの状況を上手く飲み込めていない呆けた顔ではない。前髪がかかった目は意外そうな色を伴って視線をヴァルヴィルドへと向けている。その動きに驚いたのは、攻撃を受けた本人だけではない。立ち位置逆転し、ファラナ達を背中に背負った形になったヴァルヴィルドの背後で息を飲む気配がした。


「どうなってやがる、このガキィ……」


 その所作一つ取っても、先ほどまでとは雰囲気がガラリと変わった一刀に、戸惑いを隠せない一同だが、当の本人は意にも介していないような素振りを見せる。いや、本当に気にすらしていないのだろう。

 予想外の出来事に、ヴァルヴィルドはしばし困惑した様子を見せていたが、やがて冷静になったのか、一刀を睨む目は油断なくその動きの隅々まで見通し、手に持った大剣を握り直す。


「へぇ……」


 そんなヴァルヴィルドを見て、少しばかり感心した、とでも言いそうな一刀は、その目を細めて自らに向かってくるであろう「敵」に集中する。


「ラァッ!!」


 次の瞬間、先刻までとは明らかに異なる速度、勢いを伴って迫るヴァルヴィルド。その急接近にさしもの一刀も驚いたのか、その目を見開いている。上段から振り下ろしが来ると予想し、右足を半歩引いて半身の状態になるも、それを見越してヴァルヴィルドの剣は横薙ぎに振るわれる。身体強化によって威力が跳ね上がったその一撃は、まともに受ければ確実に一刀の体はダメージを受ける。それを防ぐには、直接ガードするか避けるしかない。身体強化が無い状態では、そのどちらも難しい。

 普通ならそう思うところだが、一刀にその難題は困難と言うにはあまりにも稚拙過ぎた。その目は感覚強化を施した視覚並に明確に対象を捕え、その反応速度は感覚強化すらをも凌駕する。

 咄嗟に立てたロングソードで大剣を受け、そのままの勢いに逆らわず剣を沿えたまま頭上を通過するように反対側へと流す。

 そして、懐に潜り込んだかと思えば、ヴァルヴィルドの脇腹を一閃した。


「何ィッ!?」


 すれ違うように抜けた一刀はその場を反転、回転の勢いを利用してロングソードをヴァルヴィルドに向けて投げつける。


「チィッ!」


 投げつけられたロングソードは、思いのほか威力があったのか盾にした大剣が少しばかり後ろ押し込まれる、が膂力の違いからか、それまでだった。

 頭上へと打ちあげた剣に一瞥すらせず、その持ち主へと視線を向ける。が、いない。いや、違う。ヴァルヴィルドの視界からは見える筈もない。その小さな体は、既に彼の巨体の懐に入っていたのだから。

 ようやくヴァルヴィルドが一刀の姿に気付いた時には、既に拳が打ち抜かれていた。だが、14歳の未だ未熟な体と、既に完成し、筋肉ですら鎧に成り得る体だ。一刀が全力で打ったところでさしたるダメージがある筈も無い。多少、焦りを見せたヴァルヴィルドだったが、その事実に気付くと、酷薄な笑みを浮かべ、射程圏内に入った一刀を見下ろした。


「ガッ……!?」


 が、次の瞬間襲いかかってきた衝撃にたたらを踏む。思わずその場に膝を付くヴァルヴィルドを奇しくも数瞬前と逆の立場に入れ替わったかのように一刀が見下ろしている。


「いい反応だったけどね、流石に体の内側に直接攻撃されれば反応も反射もないでしょ」

「何……、しやがったこのガキィ……!!」


 見下ろす一刀とは反対に、ヴァルヴィルドはその巨体を小さく丸め、拳を貰った部分を押さえて一刀を睨みつけて見上げている。


「裏当て、って言う技だよ。基本の中に奥義あり、剣だけが武器じゃあない。自らの四肢胴体を使いこなしてこその武人だよ」


 正拳中段突き。空手において基本中の基本だが、極めれば外部のみを壊す打突だけではなく、相手を内側から打ち抜く奥義になる。ただ外側から殴打するだけの技ではない。極限まで極められた拳は、どれだけ外側に鎧を重ねていようと必殺の一撃を体内へと打ちこむ。まさしく「必殺」技である。

 一刀としては、今の一撃は確実に水月(急所)を狙った一撃であった為、ヴァルヴィルドが意識を保っている事に驚いているのだが、苦しそうなところを見ると持ち前のスペックでなんとかもっている程度だろう。少なくとも、ここから立て直す事はほとんど不可能だ。放っておいてもいずれ酸欠で意識は落ちるが、念には念を入れて、一刀はヴァルヴィルドの背後に回り、次は何をしてくるのかと身構えているヴァルヴィルドの首を絞めて意識を落とした。


「なっ!?」


 ファラナ達があれほど苦戦したにも関わらず、無傷でヴァルヴィルドに勝ち、尚且つ生け捕りにしたという事実は周囲にいる者達を茫然とさせるには十分なまでの効果があったらしい。ファラナやラッツ達を含め、ヴァルヴィルドの仲間と思しき者達までそのほとんどが絶句した様子で、彼らの中心に立つ一刀に視線を向けている。男達の方から向けられる視線には、主に困惑のものだったり、恐怖の色が伴っていたりなど友好的なものではない。

 対してファラナ達は、というと三者三様の反応を見せている……、と思いきや四人全員が信じられないものを見るかのような表情をしている。

 やがて、茫然としていた四人であったが、ようやく我に返ったのか、ファラナが一刀へと駆け寄ってくる。


「ちょ、カズト君! 大丈夫なの!?」


 慌てた表情で近寄るファラナに、一刀は軽く手を振って答える。既に実力を見せてしまった以上、今までのような振舞いをするつもりがないのだろう。どことなく一刀の対応が雑に見える。ようやくラッツ達も我に返り、周囲の男達を警戒しながら、一刀を中心に集まってくる。その中にはルナの姿もあった。


「感動の再会を喜ぶのもいいが、まずはコイツらをどうにかしないとな」


 ラッツの言葉に、周囲の男たちの半分程は自分達のリーダーが敗北した事に気付いたのか、逃走を行おうとする者もいるが、中には殺気を漲らせ、今にも一刀達に襲いかからんとばかりに持っている武器をきつく握りしめている者もいる。

 雑魚は雑魚だが、数が多い。一気に襲いかかられれば、流石の一刀も手加減が出来ない。先ほどのヴァルヴィルドも、一応冒険者という体を考えて殺さずに気絶だけさせたのだ。ここに来てやっぱり殺しました、なんて言えるはずもない。

 ちなみに、一般的な冒険者には、何らかの理由で自らの身が危機に陥った場合、相手の殺害が許可されている。盗賊に襲われた時であったり、殺人犯に殺されそうになったりなど、相手が害しようとしているのに、被害者である冒険者がその相手を「人間」だからという理由で不殺を行い、隙を突いて殺される危険性があるためだ。冒険者の仕事は人殺しではない。だからと言って、そういった場面に出くわした場合、どうやっても無力化が困難な場面がある。その為、非常事態での殺人は基本的に罪には問われない。また、それとは別に、討伐任務が出された場合、それは人間であろうと魔獣であろうと「討伐」である以上、相手を殺生したところで問題には上がらない。相手から受ける被害が相手の価値を上回っているからだ。故に、冒険者にとって殺人というのは割とある話でもある。また、この人間を対象としての討伐任務も存在することから、人を殺せる事が上位ランクに入るための条件でもある。

 以上の理由から、ファラナ達にとっては特に男たちに手心を加えるつもりもなかったが、どうやら一刀には未だこの世界での常識が欠如している為、その辺りを迷っていたのだ。が、迷ってはいてもやる事は変わらない。

 男たちも腹を括ったのか、今にも一刀達に飛びかからんとその身を構える。


「なんだか物騒な事になってるね~」


 緊張した雰囲気を充満させる空間に響いたやけに間の伸びた声。その場にいた全員がそちらに目を向けると、その声の主の姿が明らかになる。

 少年だ。それも、一刀よりも更に小さな、幼い少年が貫頭衣のような服装に包まれながら、男たちが作り出した輪の外、そこで無邪気な笑顔を浮かべながら一刀達を眺めていた。


「いや~、でもすごいね君たち。まさかヴァルっちがやられるとは思わなかったよ」

「ヴァ、ヴァルっち???」


 予想外の名前が飛び出し、ファラナ達だけではなく、男たちの表情にも驚愕が走る。可愛らしい呼び名ではあるが、本人はアレである。マッチョである。


「……ちょっと待て、今の台詞から察するに、ヴァルヴィルドの今の状態はお前が作り出したのか?」


 ラッツが低い、警戒心を露わにした声で少年へと質問を投げかける。男たちの中には、少年を見た目で判断し、そこまで警戒する必要があるのか? と疑問に思う者もいたが、先ほどその見た目が少年である一刀に自分達の首領であるヴァルヴィルドがやられたばかりだというのを思い出した者は何人いただろうか。

 そんな警戒心を剥き出しにしたラッツに対し、少年は小さく笑いながら視線をヴァルヴィルドに向ける。


「ふふ……、そんなに警戒しなくてもいいよ。そうだね、君の質問は半分当たりで半分ハズレ、かな」


 唇に人差し指を当てて小悪魔チックなポーズを取る少年。そう、少年だ。


「どういう事だ?」

「どうもこうもないよ。僕はただ、やり方を教えてあげただけ。それを実践したのは彼だし、僕は直接的には何にもしてないよ。だって、ほら、僕って善良だし」


 キラン、とでも音が鳴りそうな程の爽やかな笑みを浮かべて少年は近場の木箱に座りながら、貫頭衣から伸びた華奢な足を組み直す。


「ねぇ、あれって対象外?」

「……悪いけど、あんな子を相手にするほど趣味悪くないわよ、私」


 少年に向かって指を差しながら、ファラナに問いかける一刀。当のファラナは、苦々しげな表情を浮かべて少年を見ているが、そこにいつも一刀をみるような欲望に塗れた色は無い。


「まぁ、それはともかくとして、今回彼は頑張った方だよ。なんてったって、そんな中身ボロボロの体であそこまでやったんだから」

「?? 中身がボロボロ……って、ちょっとヤバくない!?」


 今まで少年に気がいっていたため気付かなかったが、気を失っているヴァルヴィルドの目や鼻、口からダラダラと血が流れ出ている。いつの間にか見開いていた目も血走り、瞳孔が開いて小さく痙攣している状態だ。


「クソ!! どうにか出来るか!?」

「難しいね。どういう状態か詳しくは分かんないけど、多分感覚強化の影響だと思う。あんだけ行使してたんだから、脳みそシェイク状態でも驚かないよ」


 ナイードが軽く言うが、要はヤバいということだ。

 ヴァルヴィルドが死んだところで、別段ラッツ達にはその命を惜しむ義理などない。が、今回の拉致事件に関わっている以上、死なせるわけにはいかない。残りの被害者と共犯者などを吐いて貰わないといけないのだ。

 ナイードとファラナが協力して回復魔法をかけるものの、効果が一向に現れる気配はない。未だ白目を剥きながら至る所から血を流している。


「ていうか、凄いよね君。ここまでヴァルっちを追い込むなんて、普通じゃまず無理だよ。ランクは昔から変わってないからAランク判定だけど、実際の戦闘力はSくらいあったからね。ん? もしかして、君も僕らと同類なのかな?」

「同類? 俺と、君が?」


 魔法が使えず、手持無沙汰になっていた一刀に少年は声をかける。なにやら琴線に触れるところがあったのか、一刀は右手を左腕……二の腕辺りを這わせる。

 その仕草に何かを感じたのか、少年は木箱の上に座ったまま身構える。先ほどの戦闘を見る限り、一刀は不意打ちだろうとなんだろうとその場で使える物はなんでも使う。今回もそういった類のものかと考えるのは当然の事だ。


「おや? 違ったかな?」

「違うね。何も……かもっ」


 一刀がそう言って右手を引き抜く。一瞬、少年は一刀のその行動に最大限の警戒線を張るが、それは杞憂に終わる。

 振り抜いた右手に握られていた物、それは反りの入った片刃の刀身を持つ剣。サーベルとは異なり、この世界に存在する同じ程度の長さを持つ剣と比べると異様な長さを持つ柄部分。この世界には存在しない技法で作られたその剣は、刀身に月光を受け、白銀の光を放つ。


「気が向いた。お前は斬る」


 それは紛れも無く、『刀』であった。

 二尺四寸六分。名物、三日月宗近。

 平安時代に打たれ、近代までその輝きを一切損なうことなくあり続けた天下五剣の一振り。

 何故それが一刀の手にあるのかは不明だ。また、それをどこから取り出したのかも。ただ一つ言えることは、その刃の持ち主は先ほどまでとは違い、確実に少年の首を取ろうとしている事だ。

 一刀の言葉に、ニヤリと笑った少年は、投げつけられた短剣を首を横に振るだけで難なく避ける。そして、当然の如く一刀は既にその場からいない。


「さっきのを、僕が知らないとでも!!」


 満面の笑みを浮かべながら、少年は背後に振り向く。


「……あれ?」


 だが、そこに一刀はいなかった。先ほどのヴァルヴィルドとの戦闘では、脅威の速度をもってしてその背後に回ったはずだ。


「……全く、単純だなぁ!!」

「え? ちょ、うわ!?」


 木箱が派手に破壊される音と共に、少年が地面へと叩きつけられる。土埃が舞いあがるが、そのシルエット越しでも分かる。少年を地面に宗近で縫い付け、見下ろしている一つの影。


「獣じゃあないんだ。同じ手ばかりで来ると思ってたら……、死ぬぞ?」


 少年を見下ろしながら口を歪める一刀に、見た目相応の幼さはない。細めた瞼から覗く瞳は、少年を視線で殺そうかというほどの鋭さを持っている。否、実際に相対してみれば分かる。今の一刀は抜身の真剣と見紛う程の気を纏っている。


「……ッ!! ”覆う常闇ノクターン”!!」

「む!?」


 少年が叫ぶと、少年の背中と地面が接している部分から黒い触手のようなものが伸びてくる。それを宗近で斬り払いながら後退すると、少年の体の下から伸びていた触手の侵攻が止まる。


「……危険だよ、君は。危険すぎる」

「よく言われる」


 先ほどまでとは打って変わった少年の苦渋の表情に、にべもなく言葉を返す一刀。余裕だとしか思えないようなその顔に、少年の奥歯が鈍い音を立てる。

 未だ健在の触手を操って一刀を襲わせる気なのか、彼の周囲にいる触手達はその切っ先の照準を一刀から離そうとしない。一触即発の空気の中、いつの間にやら蚊帳の外だった男たちや、ヴァルヴィルドの治療を諦めたファラナの視線が集まる。


「そこまでだ」


 そんな空気の中、少年の体が宙に浮かぶ。いや、違う。少年は背後から来た誰かに抱え上がられていた。


「やり過ぎだ。計画にはここまでの予定は無かったぞ、ローウェン」


 少年の背後に唐突に現れた男性。少年を咎めるように口を開くその姿に、一刀は見覚えがあった。


「カズト……、あの人……」


 いつの間にか傍に来ていたルナが一刀に耳打ちする。そう、その男性はあの穴倉の牢で一刀にヴァルヴィルドは魔物だと言った男性だ。服装は先ほどの貫頭衣とは異なり、俗に身分の高い者が着るような礼服を身に纏っている。先の言い方からすると、あの少年の仲間だろう。


「……分かってるよ。でも、あの子だけはどうにかした方がいいよ」

「ふむ、私達と共にあそこに入っていた少年か……。確かに、下っ端とはいえ番をあれだけ簡単に始末していからな。ただの少年ではないと思ったが……、我々がそこまで警戒するほどのことかな?」


 少年の言葉に対し、訝しむような視線を一刀に送る男性。あの穴倉にいた時とは異なる、どこか人を侮蔑したような色を孕んでいる。が、その落ち着いた姿勢と凍るような目つきのおかげで、その視線に反応する者はいない。それは、ヴァルヴィルドの配下らしき男たちも同様だ。


「……まぁ、そんな事はどうでもいい。どうやらヴァルヴィルド君は我々のようには成り損ねたようだからな。そんなモノにこれ以上時間をかける気はない」

「なり損ねた……? これはやっぱり貴方達の仕業なの!?」

「これ……、というのが何を指すのかは分からないが、ヴァルヴィルド君の件に関しては完全に自業自得と言うべきだろう。ただ、各地で行った誘拐は我々の指示で行った事だ。故にその責は我々にあると言っても過言ではない。だがまぁ、だからなんだという話ではあるがな」

「やっぱり貴方達が……!!」


 ファラナが男性を睨みつけ、剣を構えようとするが男性は動じるどころか酷薄な笑みを浮かべる。


「ほう、我々と相対すつもりか? 別に構わないが、ヴァルヴィルド君にすら及ばなかった君が、我々と対等以上に渡り合えるとでも?」

「やってみないと分からないわよ」

「それはそうだ。だが、戦う前に実力差を察知出来なければ到底一流とは言えないものだ。違うかな? 若人よ」


 自ら老いぼれと言うような発言をするあたり、それなりに自信があるのか、言葉とは裏腹に挑発の意味の乗った言葉をファラナに対して向ける。残念ながら、ファラナは自身と男性の実力の差、というものが分かってしまったのか憎々しげな表情を浮かべながら男性を睨みつける。


「さて、小うるさい兎は黙らせた事だし、そろそろ我々はお暇させてもらう事にするよ。さぁ、行こうかローウェン」

「……分かったよ。彼の事は気になるけど、今はそんな事に時間を割いている暇はない……、そう言いたいんだね」

「分かっているのなら、それでいい。さて、一同諸君。我々はこれで失礼させていただくよ」


 指を鳴らすと、男性と少年に纏わりつくかのように黒い影が彼らを覆い尽くす。地面から伸びてくる黒いそれらは、先ほど少年が呼びだした触手に似ている。少しして影が晴れると、そこには誰もいなかった。

 後には、一刀が破壊した少年が座っていた木箱の残骸のみが残っていた……。



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