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神殺世壊のブレイドマスター 作者:表裏トンテキ
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一章 第七話

 月明かりが街を照らす。


 光は砂埃に反射して、幻想的な光景を生み出していた。だが、その光景を作り出している者達の動きは荒々しい。間違っても、この光景に似つかわしいものではない。


「おい、そっちにいたか?」

「いや、いなかった」

「クソ、どこに行きやがった!!」


 荒々しく声を上げるのは、人相が悪く、傍目からは盗賊としか思えないような男達だ。ご丁寧に麻らしきシャツの上に皮鎧を着用、下はこれまた同じような素材の裾がボロボロのスウェットのようなズボンを履いており、膝などの局所にはアーマーが付いた物が付いている。目に着く限りの男達は皆、同じような格好だ。唯一違うとするなら、持っている武器の種類であろうか。剣や弓、槍などをそれぞれ携帯しているところを見るに、武器の統一化までは行っていないようだ。まぁ、集団として戦闘を行うのであれば、当然の事だとは思うが。

 怒声を上げながらどこかへと走り去っていく男たちを見届けながら、ファラナはようやく安堵の息を吐く。


「行ったか?」

「たぶんね」


 建物の陰から出てきたのは、ファラナを含めて四人。つまりは、当初のメンバーから一刀が抜けた四人だ。

 日付が変わり、完全に夜の蚊帳に街が包まれるようになっても一刀は戻ってこず、それに痺れを切らしたファラナが捜索を打診し、現在に至る。

 街をくまなく探す一行だったが、一刀が見つかるどころかその痕跡すらも見当たらない状況だ。そんな現状が、ファラナの機嫌を悪い方へと導いて行く。


「おい、落ち着け」


 気付けば、ファラナは自分の指の爪を噛んでいた。それは彼女が昔無くした筈の癖の一つで、どうしても状況を打開出来ない時に無意識に行ってしまっていたものだ。癖としては随分と昔に無くなった筈だが、どうやらそういう状況にならなかったというだけで、無くなってはいなかったようだ。おそらく、彼女を焦燥感に追いやるものがある限り、この癖は無くならないだろう。

 だが、焦っているのはファラナだけではない。ラッツやオルゴ、ナイードもその目には焦りが見える。自分達が面倒を見ていた新米の冒険者が一人行方不明になっているのだ。彼らが焦燥感に駆られるのは当然の話だろう。


「さっさと見つけないと、下手すれば別の大陸に連れて行かれるかもしれない。その前になんとかして探しださないと」

「流石に別大陸に行かれたら俺達じゃどうしようもねぇ。だが、手がかりもねぇ。怪しいところは片っ端から調べていくぞ」

「……それしかないわね」


 手がかり無し、当ても無し、伝手も無い。この状況では出来る事も限られてくる。だが、この街の中をそれこそ草の根掻き分けてまで探したにも関わらず、未だその痕跡すら見つかっていない。


「……例の失踪事件が関連しているのかもな」


 手近な空き家の中を覗きながら、ラッツが呟く。空き家はドアノブに埃が積もっており、少なくとも数カ月は人が出入りした形跡はない。そういった用途に使えそうな家なだけに、こういったところにいないとなると、建物の中に監禁されている、という可能性は捨てた方がいいのかもしれない。


「確か、前触れもなく唐突に消えるんだよな。今回みたいに」

「多分、誰かが手引きしているんだと思うけど……。その影すらも見当たらないんじゃあ探しようがないね」

「さっきの連中は違うのか?」

「あそこまで荒々しかったら、逆に見つかり易いだろうね。いきなり唐突に消える、なんてことは無いと思う」

「じゃあさっきの連中とは別の奴がやったってことかよ?」

「同じ組織だとは思うけど……。実働部隊とそれを隠蔽する部隊があるのかもしれない」

「そう考えると確かにありえそうだな。でもよ、組織ぐるみの誘拐なら、街一つでやったとするとそれなりに目立ちそうなもんだがなぁ」

「一人消えるのと、五人消えるのでは意味が違ってくる。一人二人なら家出や駆け落ちで話は治まるが、それよりも数が増えると大きく異なってくる」

「五人も消えたら、その時点で組織による犯行を匂わせてるも同然だからね。だから、今までの犯行は一人か二人。おそらくは小さな町や村からやっていったんじゃないかな? それで失踪騒ぎが起き、それが届かない街でまた誘拐する……。大方こういう手順だろうね」

「小さな組織がやりそうな事だがなぁ……」

「組織が小さくても、バックにいるのがそれなりにでかそうだ。出来ればここで潰しておくべきだな」

「ちょっと! そんなことよりも、カズト君を助ける事の方が先でしょ!!」


 冷静に事態の究明と、一連の事件を暴く事を進めていたラッツ達は、完全に痺れを切らしているファラナによってその思考を中断させられる。

 が、その事について咎めるよりも先に、彼らが隠れていた陰に近づいてくる足音から逃れる方が先になる。


「おい、今のはなんだ!?」

「向こうから聞こえたぞ!!」

「奴ら、その建物の裏にいるぞ!!」


 予想外な事に、四方八方から聞こえるその声に舌打ちをしながら、ラッツ達は潜んでいた建物の陰から飛び出す。予想していた以上に近づかれていたのか、飛び出したラッツの目の前に驚愕の表情を浮かべる男が立っている。すぐさまロングソードを抜き放ち、目の前の男に振り下ろす。

 声も上げずに脳天から叩き斬られた男はその場に力無く崩れ落ちる。その様子を遠目に見ている男たちがラッツの視界の端に映るが、彼らが動き出すよりも前に男の亡骸を飛び越え、一番近くにいる男の下に凄まじい速度で肉薄する。

 ゴッ、と鈍い音が響き渡り、男の体は横に吹き飛ぶ。だが、斬ったわけではなく、剣の腹で殴った為、先ほどの男とは違い死んではいない。


「相っ変わらず容赦ないわね……」

「やるなら徹底的に。それがラッツの信条だからね」

「これで相手が無実でした……、なんて事になったら流石の私でもフォロー出来ないわよ」

「大丈夫だよ。いざとなったら裏技を使うし。……何より、あんな連中がまともな組織だとは思えないね」


 ナイードの視線の先には、ラッツの猛攻を潜り抜け、ファラナ達へと剣を振り回しながら向かってくる数人の男たち。その目つきが、出るところは出、引っ込むところは引っ込んでいる抜群のププロポーションを持つファラナの体を舐めまわすように見ている。女性であれば誰もが嫌悪感を覚える目だ。普通であれば、その視線だけで戦いづらくなるものだが、当のファラナはそんなこと知った事かと言うかのように蒼と碧の剣を引き抜く。右足を引き左足を前に、所謂右自然体だ。右手に持った蒼剣は顔の同じ高さで切っ先を相手に向け、左手の碧剣は手を腰の位置に、剣先を下に向けて構える。


「ナイード君、援護はお願いね」

「はいはい。まったく、気の早いことだよ」


 対してナイードは、腰で折りたたまれた状態の弓を取り出し、形を戻してから弦を張る。大きさにして、150センチ程の弓をほんの数秒で組み立てたナイードは、矢を番え、戦闘準備を終える。当然の話だが、男たちは悠長に彼らが準備を行うのをただ見ている筈が無い。既に戦端は開かれ、ファラナがその対応に走っていたのだ。

 一度に四人を相手に双剣を振るうファラナは、その異名に相応しく蒼と碧の軌跡を描きながら男達の剣閃を捌いていく。俗界にありながら幻想的なその姿は、見る者全てを魅了しそうなほどの美しさを放っている。右に、左に、上に、下に、交差する剣は激しさを増しながらも、その動きを全く衰えさせない。事実、ファラナの相手をしていた男たちは、その肢体に傷を付けることが適う事はおろか、自らの体を走るように傷つけていく剣を捌く事すらままならない。

 現状ならファラナの優勢は覆らない。が、ナイードは街の奥から更に増援らしき男達の集団がこちらに向かってきている事に気付く。


「流石に……、あの数は無理でしょ」


 目の前に映る明らかに許容量オーバーの数に対して悪態を吐きながら、前衛として戦っているファラナの頭上ギリギリに向けて矢を構える。彼女向けて、ではない。その向こうにいる集団目がけて、だ。

『貫け、紫色の先駆者』

 ナイードが小さくそう呟くと、構えている矢の周りに紫電が纏わりつく。矢の全身に満遍なく至ったところで、その切っ先を駆けてくる集団の前方の一人に照準を合わせた。


「”破城の雷鎚”(ストライク・ミョルニール)」


 放たれた矢は、雷を纏いながら一直線に狙われたポイントへと飛んでいく。その速度は、明らかに普通の矢ではない。むしろ、銃弾と言われてもおかしくはない速さだ。そして、矢の速さは=破壊力に繋がる。

 矢は先頭にいた男の顔どころか体そのものを吹き飛ばし、後続すらをも巻き込んで直進していく。が、やがて矢はどこかの壁にでもぶつかったのか、轟音を鳴り響かせ、何かが崩れる音が響く。

 ナイードが使用したのは、雷撃強化の魔法。雷で攻撃するのではなく、「雷で強化した物」で攻撃する魔法だ。この魔法も身体強化のような強化系に当たる魔法で、魔力を制御してから、それを物質に纏わせて現象に変化させる為、かなりの難易度を誇る。が、ナイードまもともと魔法や遠距離攻撃をメインとした支援タイプ、もしくは遠距離火力要因だ。これくらいはまだ朝飯前程度なのだろう。

 ナイードの雷の矢で、崩れ去った戦線を立て直そうと男たちは躍起になるも、二発目、三発目と放たれる範囲爆撃の様相を浮かべる矢に、手も足も出ない状況に陥る。


「ちょっと!! 私までふっ飛ばす気!?」

「当てないようにはしてるよ! 危ないと思うんなら、もう少し下がってほしいかなぁ!! 魔法使えるんだよね、エルフに伝わる凄い奴!!」

「あんたみたいにホイホイ使えるかぁ!!」


 襲いかかってくる剣を上手く避けながら、一人、また一人と戦闘不能へ追いやっていく。その並外れた剣技に倒れていく男たちは数知れず。だが、誰一人として死んではいない。手加減をしている、というわけではないが、もともとファラナは本当にどうしようもない時以外は例え敵であっても殺す事はない。

 甘い、と言われればそれまでだが、これには事情がある。生かした人物がファラナの強さをしかとその身に受け、他に吹聴することで下手な争いを避けるためだ。その見た目から、侮られる事が多かった彼女にとって、その容姿目当てで不用意に近づき、怪我をした者は後を絶たない。むしろお高く止まった美人という事で更に興味を煽らせる結果になる事も少なくはなかった。

 だからこそ、近づく前に分からせるのだ。

 自分に手を出せば、怪我をするぞ、と。

 目の前の男達に対してもそういう意図を込めて相手をしているのだが、一向にその数が減る気配はない。

 物量作戦で押すつもりか、もしくは単なる馬鹿なのか。どちらにしろ、ファラナに男達の考えが読める筈もない。現状の対処方法としては、こうやって向かってくる敵を片っ端から片づけていくしかないのだ。

 どれほどの敵を倒しただろうか? 元Bランク上位の実力を持っていたファラナにではあったが、流石にこの数を相手にすると疲弊するのも当然の事だ。男たちは例えファラナによって地に転がろうが、その場に跪かされようが、傷を付けられようが関係無い。ただがむしゃらに剣や槍、斧を振り上げてファラナへと襲いかかる。

 そんな狂気じみた様子にどこか違和感を感じながらも、ファラナにはそれを思考する余裕はない。ナイードに援護を期待するが、彼の矢もだんだんと後続に当たらなくなってきている。疲労がたまっているのかとも思ったが、違う。男たちは固まって行動するのではなく、散り散りになり徐々に距離を詰める、という戦法を取ってきている。これでは集まったところにその紫電の矢を放ち、一気に瓦解させるという方法は使えない。

 そこまで数を捌いたつもりもない。もしかすると、どこかで敵の魔術師が吸生の魔法でもかけているのかもしれない。だが、エルフは人一倍魔力に敏感な種族だ。ファラナに気付かれずに魔法を行使するなど普通に考えれば不可能に近い。更には、人間族よりも基本的なスペックが高いエルフ族だが、ファラナのように一方的に数を頼りに押し迫られれば、特別力の強い者でもない以上、この状況を打開するのは難しい。エルフ族が人間族に対して力で優位に立っているのは、あくまで「種族全体」である。ファラナは実力者ではあれど、エルフ全体で見れば突出したものではない。それ故に現状を打開出来るような特別な力は持っておらず、今は地力の優位さでなんとか拮抗しているだけだ。

 もしも、今この場に何か一つ、現状を打ち崩すものがやってくれば……、彼女は一気に押し負ける可能性がある。

 そして、そういった悪い未来というのは、想像すると遠からず当たるものでもある。


「てめぇら!! 何をぐずぐずやってやがる!!」


 彼らの奥、暗がりの中から、低く、だがまるで空間そのものが震動しているかのように錯覚させる怒声が響いてくる。その声を響かせる空気にすら怒気が混じっているかのようで、思わずファラナとナイードは体を硬直させてしまう。

 明らかな隙、だったが、男たちがそれを突いてくる様子はない。むしろ、背後からかけられた言葉に目に見えるほどの動揺を見せている。

 あれだけファラナの猛攻に立ち向かい、文字通り七転び八起きをしていた彼らでさえ恐れる人物……。ファラナの予想はただ一人。

 果たして、夜の帳に紛れて月光の下に晒したその姿は、ファラナの予想通りの人物だった。


「ほぉ……、コイツらが苦戦しているから誰かと思いきや、これはこれは、ギルドの人気受付嬢じゃぁねぇか。そんな物騒な格好して何やってるんだぁ? もしかして、冒険者の真似事かよ」

「あら、『Aランク』冒険者のヴァルヴィルドさんじゃないですか。こんなところで何をやってるのかしら? 山賊ごっこ? いまどき子供でもそんな遊びしないわよ」

「遊びかどうか、試してみるか?」


 ファラナから出た皮肉に対し、ヴァルヴィルドはその口をいやらしく歪め、背負った大剣へと手を伸ばす。


「どうかしら、Aランク冒険者とか呼ばれながら、受付嬢如きに負けたヴァルヴィルドさん?」


 対するファラナも構えは解かない。まるで親の敵を見るような目で眼前の大男を睨みつける。一触即発の雰囲気に、後ろにいたナイードは体を強張らせる。前衛は、一人。対する敵の戦力はAランク冒険者のヴァルヴィルドとチンピラが数十名。どうやってこれだけの数をかき集めたのかは分からないが、正直なところ数なんてものは今はどうでもいい。問題は相手にAランクの冒険者がいるということだ。

 この世界の冒険者ランクは、基本的に強さの目安の意味で使われる。実力によってランクがあてがわれる事が多いが、その中には明確な差があるものも存在する。それがBランクとAランクの差だ。EからCランクまではその強さを獣や魔獣で比較する。例えば、Eランクならば一人で魔獣一体を討伐出来る実力があればEランクとみなされる。Dならば一人で五体程の魔獣と戦って撃退出来るか、Cはパーティを組んで数十体単にの群れと戦い、これを撃退出来る者。ここからランクの比較は「人間」を対象としたものに変わる。Bは個人の持つ私兵と同等の戦力を持つ者や、また、数十人単位の盗賊団をパーティを組んでこれを討伐出来る者など、その内容ははっきりしていない。これはBランクと言ってもその中には上位下位が存在する事を表している。Bランクになったからと言って、いきなり盗賊団に単騎で喧嘩を売る冒険者も少なくは無かったからだ。そこで、冒険者ギルドはあえてBランク所属の条件を広くし、Bランクに留まらせる冒険者を多くした。そうすることでBランクに残留する事を簡単にし、無謀なクエストを受けないようにする為だった。

 そして、BランクとAランクの差についてだ。

 Bランクに上がる、残留するための条件がこれまでランクの総合のようなものに対し、Aランクの条件はそれまでのものよりも遥かに難易度が上がるものになる。その条件とは、「国家級戦力」であること。これは一つの国にて、最高クラスの実力を持っている、もしくはその国において最大の部隊に匹敵する実力を持つか、この二つが条件として存在している。どちらか一方に該当すればその時点でAランクに昇格出来るが、大抵昇格する者はその両方の条件を満たしている者が多い。それはそうだろう、どちらか一方でも当てはまれば、その時点でその人物はその国家における最高戦力に該当するのだ。どちらか一方というのは、かなり稀な状態だと言える。

 話が逸れたが、今現在ファラナの目の前にいる男はそれだけの実力を持っている。例え、一度不祥事により汚名を着せられたとはいえ、未だAランクに在籍しているのがその証拠だ。BランクとAランクには大きな壁があり、ヴァルヴィルドはそれを乗り越えている。四年前に一度戦い、その時は勝利しているとは言うものの、今その時と同じように戦ってもおそらくヴァルヴィルドには通用しない。Aランクに在籍し続けるということは、そういうことだ。常に己の最高戦力を維持し続ける。それがどれほどの困難を極めるのか、少なくとも歳を取るごとに力が衰えていく壮年期を考えると、並外れた努力と才能が必要だ。ヴァルヴィルドはその両方を兼ね備え、尚且つ豊富な戦闘経験が更に力を伸ばす為の糧となっている。

 はっきり言って、今のファラナに勝ち目は皆無と言ってもおかしくはない。


「『纏え、風節を奏でる者』 ……”風の織手シルフィード”」


 ファラナがそう唱えると、双剣の周りをそれぞれと同色の風が纏わりつく。先ほどナイードが矢に行った付与魔法だ。軽く、速く、そして切れ味を極限まで上げる魔法。だが、その魔法をもってしても、ヴァルヴィルドの剣を防げるかどうか……。


「準備は終わったか? んじゃあ、始めよぉぜぇ!!」


 背中の剣、その柄へと伸びていた手が一瞬、その影をぶらす。急速に頭の中で鳴る警鐘に反応するように、ファラナは身を逸らし、その場から飛び退いた。

 ドォン! とまるで地表で爆発でも起きたかのような衝撃と、粉々に散った土片がファラナの四肢へと飛来する。が、剣が纏った風がその全てを打ち落とす。が、こんな物はただの副産物だ。先ほどの振り下ろしを避けたのはほとんど奇跡と言ってもいい。今までに積み上げてきた経験が危機を教えてくれなければ、今の一撃でファラナは肉塊になっていただろう。


「チッ……、避けやがんのかよ。今ので片腕斬り落としてやろうかと思ったのによ」

「……それは残念ね」


 片腕だけで済んだものか。彼の一撃は、まさしくファラナ自身を粉砕しかねるものだった。ある程度の力の差は予想していたが、まさかこれほどとは思わなかったのか、皮肉な笑みを浮かべていた美貌に緊張が浮かぶ。


「さぁて、第二幕と行こうぜぇ!!」


 そんな彼女の顔を見て気をよくしたのか、剣を構えファラナへと突進していく。その巨体からは想像出来ないスピードを発揮し、一秒とかからず、ファラナはその間合いに入ってしまった。


「ぬっ!?」


 が、突如横合いから飛来して来た矢に、ヴァルヴィルドは一瞬意識をそちらに向ける。ヴァルヴィルドに向かって一直線に放たれた矢は、彼の振るう剣で一閃され、簡単に払われた。が、その背後から凄まじい踏み込みをもって懐に入る金色の影。


 ギィン!!


 意識を外し、完全に背後をとった筈の蒼碧の双剣は、その巨体が握る一本の剣によって止められていた。時間差を作り、更には別々の方向から放った筈の剣は、一切ビクともしない鋼の塊によって阻まれていた。意識は向けていない、目も違う方向を向いている。なのに何故、ここまで上手く反応できる?


「ファラナ!!」

「!!」


 時間にして一瞬の事だったが、考え込んでいたファラナに大剣が振るわれる。まるで颶風のような荒々しい風を纏い、襲いかかるそれをなんとか剣の腹で受け止め、距離を取るためにわざと後ろに吹き飛ぶ。


「大丈夫かい?」

「……ええ」


 着地したファラナに近づいてきたナイードが、ヴァルヴィルドから目を逸らさずに心配そうな声音で問いかけてくる。絞り出した声は、言葉こそ問題無いと言っているものの、声色が完全に強張っている。


「どうする?」

「……魔法で撹乱して、影からの不意打ち。打てる手はそれくらいしかないわね」

「なら、後ろは僕が受け持つ。なるべく撹乱はしてみるから、隙を見つけたら一気に攻め込んで」

「そのつもりよ」

「おいおい、二人で内緒話か? 妬けるねぇ」

「羨ましいのかしら? でも、アンタに聞かせる話なんてないわよ」

「はっ! 口の減らねえ女だ。 だったら、話したくなるようにしてやるよ!!」


 上段からの振り下ろし、一撃必殺の威力を持ったその攻撃をファラナとナイードは左右に分かれるようにしてかわす。

 接近戦では圧倒的な不利がある。ならばどうすればいいか?


『舞い乱れよ、剣嵐』


 簡単なことだ、不利な分を魔法で補えばいい。


「”嵐剣舞テンペート・ダンス”」


 ファラナがそう唱えると、彼女の周りにその手に持つ双剣とそれぞれ同じ色をした不透明な剣が六本現れ、浮遊している。その見た目から、実剣ではない事が分かるが、移動する度ヒュン、と風を切る音が聞こえる為、少なくとも質量がある事は確かだ。

 ……何も知らない一般の人間の視点ではそう見えるだろう。だが、実際はその一本一本が名剣といってもおかしくは無い切れ味を誇る嵐剣である。荒れ狂い、切り刻み、蹂躙する、その見た目からは想像も出来ない程の威力を持つ。まさしく剣の嵐である。

 そして、この魔法は”風の織手シルフィード”に次ぐ、ファラナの十八番でもある。

 双剣を逆手に持ち替え、周囲に浮遊する嵐剣達に沿えるように構え……。


「行け」


 一言。そのたった一言を言い終わるか終わらないかの瞬間、剣の姿がぶれ、一瞬でヴァルヴィルドの懐や側面、背後へと回りこむ。刹那、再度その姿が消える。


「ぐぅ……!!」


 飛び散る紅色の飛沫。それらはヴァルヴィルドの体に出来た切り傷から飛び出した血だ。夥しい、とは言い難い。ススキの葉で手を切った程度の傷だ。その事実に、ファラナは驚愕を隠せない。


「いってぇなぁ……、おい。相っ変わらずエグイ魔法使いやがる。四年前、それでどんだけ嬲られたか」


 四年前の横領事件の際、今回と同じようにヴァルヴィルドは事件を暴いたファラナに対して剣を向けてきた。その時にも、”嵐剣舞テンペート・ダンス”を使い、対処したところ四方八方から凄まじい切れ味の剣が襲いかかってくるのに対処しきれず、ヴァルヴィルドは深い傷を負った。当時から凶剣と呼ばれ、Aランク冒険者として名を馳せていただけにその傷は屈辱だったのだろう。身体強化を極限まで高め、傷をものともせずにファラナ相手に立ちまわったが、最終的には魔力が切れ、限界を超えた身体強化による反動リバウンドで動けなくなり、そのまま御用となった。

 当時の最終局面では、さしものファラナも冷や汗をかく程度で済んだが、今回は違う。あれだけ大きな傷を付けた嵐剣の刃が、ほとんど通らない。体格は当時とそこまで変わっていない。歳のせいか、筋肉は落ちてどちらかというとスリムにすらなっている。なのに、何故通らないか。

 そこまで考えた瞬間、ファラナの視界の端からあるものがヴァルヴィルド目がけて飛来する。が、標的に当たる寸前に、ソレは標的によって阻まれた。


「ったく、危ねぇことしやがんなぁ」


 右手に掴んだ紫電を纏った矢を折りながら、実に楽しげな笑みをその凶悪な顔に浮かべて呟く。

 そこで、ファラナはとあることに気付いた。

 ナイードの”破城の雷鎚ストライク・ミョルニール”の威力は折り紙つきだ。だが特筆すべきはその速度よりも見た目にあるだろう。弓に番えている時こそ紫電を纏って紫色を彩るが、いざ放たれるとそのあまりの速度に紫電の色は追いつけず、実際は視認がほとんど不可能なのだ。

 だが、ヴァルヴィルドはその矢を捕えた。視線すら向けずに。今思えば何故気付かなかったのか。先ほどの不意打ちにしろ、今の矢にしろ、目を使わずに防いで見せた。神業と言っても過言でないそれらの行動は、ある魔法を使えば簡単ではないにしろ可能になる。


「感覚強化……!?」


 それは、使う者など皆無に等しい筈の魔法。身体強化と同系統の魔法でありながら、身体強化と比べると使用者の負担があまりにも大きすぎたため、廃れたものでもある。

 そもそも身体強化魔法とは、その名の通り身体能力を飛躍的に向上させる魔法、と一般的に捉えられているが、実際は少し異なる。

 人間の身体能力を十全に発揮する事は、理論上は不可能だ。発揮出来る出来ないの問題ではなく、肉体の耐久力の問題だ。通常であれば、肉体をどれだけ絞っても、出せる力は筋肉が本来持つ力の三割~四割程度。それ以上は筋肉が耐えたとしても、今度は骨が耐えられない。骨と筋肉、両方の耐久値以内に収まる力でなければ、人間の体なんてものは簡単に崩壊する。

 この世界の人間がその事を知っているのかは分からない。いや、知っているのかもしれない。だからこそ、身体強化などという魔法が生まれた可能性もある。

 この身体強化だが、単純に身体能力を上げるのではなく、体の機能そのものを強化する。つまり、食事をする時普段食べる量の倍を食べたり、無呼吸でも数十分の間過ごせたり、などだ。その為、筋肉が普段出している力の数倍出しても、普段と「変わらない」と錯覚する。実際には、筋肉の出すことの出来る力そのものが上がっているため、出力自体は同じでも、発揮された力が異なるのだ。また、それに併せて、骨などの耐久値も上がるため、普段かけてはいけない負担をかけても問題はない。だが、それらはあくまで一時体の基礎機能を向上させているだけであって、身体強化が切れると、その反動で体の感覚は強化状態だが、機能が普段通りに戻る。それにより、倦怠感を感じ、あたかも身体能力が落ちたかのように錯覚する。その辺りの加減を把握していれば、身体強化が切れた後でも普段通りに振舞えるが、そんな事が出来るのは一部の達人くらいだ。

 ナイードのような後衛はともかく、ファラナやラッツといった前衛職は基本的に皆この身体強化が使えなければいけない。戦いに赴く者としては、必須の技術と言っても過言ではなかった。

 彼らの戦闘能力を飛躍的に高めた身体強化とは反対に、同系統の魔法でありながら、その実用性が疑われ、更には危険性すら提唱された。

 その危険性とは、感覚強化を使用することによる脳への過負荷である。

 身体強化が体の機能を全体的に向上させるのに対し、感覚強化は自律神経の反応を強化させる。身体強化が体の基本的な機能を強化するのと同じで、感覚強化も神経系を強化するだけで、それを統括する脳の処理能力は強化されるわけではない。その為、強化された神経が受けた刺激を処理しきることが出来ず、脳が普段以上に力を行使しようとするため過負荷状態に陥る。そうなると、感覚強化も何もない。必要以上にのしかかった重しは、手足の麻痺、味覚、嗅覚の消失、そして、失明へと至る。感覚強化とは名ばかりの爆弾なのである。諸刃の剣どころか、使用するだけでメリットも無く、ただデメリットで全てを埋め尽くされるその力は、その危険性が世間に提示されると瞬く間に世界に広がった。

 今では、それを使おうとする者は、いたとしてもただ力を求めるだけの愚者か、好奇心が強い馬鹿くらいしかいない。だが、目の前にいる男は、他に証明のしようのない力を振るっている。


「例外ってのは、どこにでもあるもんだぜ」


 剣を肩に乗せてトントン、と叩きながら厭らしい笑みを浮かべるヴァルヴィルド。その表情に苦悶の色はなく、その様子がヴァルヴィルドが完全に感覚強化を制御している事を証明している。


「例外って言っても限度があるわよ……」


 確かに、感覚強化を使っている事を考えれば、今までの反応速度や視界外の攻撃への対応のしかたに説明がつく。

 だが、だとしたらヴァルヴィルドはどのようにして脳への過負荷という大きな問題をクリアしたのか? それが一番の問題だった。


「いかにも納得してません、とでも言いたげな表情だな」

「……そりゃそうでしょ。理論自体は確立されているとはいえ、本来なら気が狂って廃人になるか、まともに物が考えなくなるはずよ。それをどうやったら……」

「そいつは言えねぇなぁ。だがまぁ、あえて教えてやるとするなら、今は亡き魔人族の秘技ってやつだ」

「魔人族の……!?」


 単体でもエルフ以上の魔力と獣人以上の身体能力を持ち、更には独自の技術も数多く所持していたと言われる魔人族。彼らの最後を見届けた者はおらず、一刀にも話していない事の中に、彼らは世界の果てにある悠久の煌都へ向かった、という噂もある。が、所詮は噂。流されている話のほとんどが眉唾ものだ。

 だが、もし仮に魔人族によってもたらされた技術をヴァルヴィルドが使っていると言うのなら、それは彼の後ろには魔人族がいるということ。少なくとも、一介の冒険者がどうこうするような事態とは思えないのがファラナの心情だった。

 しかし、例えそんな事が実際にあったとしても、ファラナは退く気は全くなかった。自分が面倒を見ていた(本人はそう思っている)新米の冒険者が被害にあったのだ。許す気も、このまま引き下がる気もない。


「……一応聞いとくわ。カズト君はどこ?」

「カズ……、んん? 言いにくい名前だなぁおい。俺は直接やってはいねぇぜ。実行犯はあくまでコイツらだからよ」


 そう言って、親指を立てて後ろを指す。その背後にいるのは出来る事なら視線すら向けたくないような各々の厭らしい笑みを浮かべた男たち。


「……随分と御行儀の良いお友達ね」

「くっくっく……、だろう? どいつもこいつも一癖も二癖もある奴ばっかだぜ。お前も遊んでもらえばいいぜ」


 知りたい事は知れた。もう彼らには用は無い。ファラナの頭の中は一刀を救いに行く事しかない。そのせいか、多少思考に靄がかかっているものの、今の彼女はそれを問題だとは思わなかった。ただ、目の前の男を地面に叩きつけ、組み伏せ、一刀の居場所を吐かせる事しか思い浮かばなかった。


「”乱れ吹き荒れ剣の輪舞テンペート・ダンス・トルペード”!!」


 突如、ファラナの周囲の嵐剣が凄まじい勢いで回転を始める。最早風を切る音すらしない。一流の剣士の剣は物を切る時、剣を振る速度が速すぎて切断音がしないというが、彼女の嵐剣はその領域にまで達している。

 これこそがファラナの奥の手。”嵐剣舞”に”風の織手”を纏わせた秘奥。エルフの中でも平均的な能力しか持たないと言われる彼女が唯一、他のエルフを圧倒する技。蒼碧の剣姫の名は伊達ではない。

 ファラナの合図を待たず、蒼と碧の嵐剣は一斉にヴァルヴィルドへと殺到する。その勢いは、先ほどまでのものを遥かに凌駕している。

 流石にこれは避けられまい。その勢いに、誰もがそう思った。


「甘ぇんだよぉ!!」


 グォン、と人の持つ剣が振られたとは思えないような音が殺到する嵐剣の前を通り過ぎた。その瞬間、ヴァルヴィルドへと向かっていた蒼碧の剣が全て宙で消失する。そこいらにある、名ばかりの名剣ですら両断する筈の嵐剣達は、たったひと振り、鉄の塊を振るわれただけでその姿を全て破壊された。


「嘘……」


 その形を崩壊させ、ただの風と化した嵐剣達を今にも飛びかかろうと構えていたファラナが茫然と見つめる。そして、その隙を逃すほど、ヴァルヴィルドは甘くはなかった。


「だから言ったろ? 甘ぇってよおおお!!」


 気付けば目の前に迫っている鈍色の大剣。迫りくるその暴威に、自らの奥の手を封じられたファラナは反応をする事が出来ない。

 剣は振り抜かれ、後に残ったのは振り抜かれた剣によって生み出された風圧のみ。


「チッ……」


 剣の持ち主は目の前の光景を睨みつける。驚愕の表情を浮かべるファラナと、彼女を脇に抱えたラッツだ。


「つまんねぇ事しやがる」

「貴様程ではない。それに、油断されるほど我々は弱くはないぞ」

「何を言って……、ッ!!」


 忌々しげに鋭い視線を向けていたヴァルヴィルドが、何かを察知したのか、その場から即座に飛び退いた。数瞬前にヴァルヴィルドがいた場所を、緋色の影が通り過ぎる。


「おいおい、コイツを避けんのかよ!!」


 横目にチラリとヴァルヴィルドを一瞥しながら、緋色の槍を引き戻し、距離を取る。その大柄な体に似合わず、俊敏な動きを見せながら、上手く立ちまわりファラナとナイードを守るようにラッツと共に前に立つ。


「悪いな。少しばかり雑魚に手間取った」

「強くはねぇんだが、どうにもしぶとくてよ。なかなかやられてくれねぇんだわ」


 軽く言ってみせるが、ラッツ達が戦闘を行っていた場所には大量の男達が転がっている

。明らかに二人で対処するような数ではない。死屍累々と言った様子の男たちの残骸を見るに、二人の実力が垣間見えるが、その二人であっても、今目の前にいるヴァルヴィルドに向ける視線にはどこか苦々しいものを感じる。


「雑魚が! いくら増えたところで結局は同じなんだよぉ!!」


 もう少しでファラナを仕留められそうなところを邪魔されたのが癪に障ったのか、雄叫びを上げながらラッツ達に迫る。その突進をラッツが正面から受ける。が、その威力は凄まじいもので、容易に後ろへと弾き飛ばされてしまう。背後を取ったオルゴが、吹き飛ばされたラッツに目もくれず、ガラ空きの背中目がけて槍を突き立てるも、ヴァルヴィルドは強引に上半身を捻じってその一撃を避けられてしまう。逆に捻じった上半身の勢いの乗った剣が横殴りに振るわれ、辛うじて槍を盾に防ぐも衝撃を殺しきれず、その体は宙に放り出される。


「ククク……、無理だ無理だ! お前らじゃ俺には勝てねぇよ!!」


 勝ち誇ったように笑うヴァルヴィルドを、なんとか態勢を立て直したラッツ、槍を構えて少し離れた場所で警戒しているオルゴ、そしてファラナの傍らで常に隙を窺っているナイードの視線が刺さる。

 だが、ナイードに守られるような形になっているファラナは、自らの奥の手を破られ最早為す術が無いのか、双剣は握っているものの、構える様子は無い。ただ、暗い瞳だけが自らの敵を睨みつけている。

 高らかに笑うヴァルヴィルドと、歯が立たず、ただ睨みつけることしか出来ないファラナ達を見て、取り巻きの男たちが嘲笑を漏らし始める。中には、ファラナは自分のものだと本人に聞こえるように声を上げる者もいた。

 屈辱と自らの力が及ばない事に対する不甲斐なさを胸中に抱きながらも、その身は動かない。

 多勢に無勢、更には多勢の中に含まれるたった一人に対しても敗北を喫した彼らに最早手は無い。

 絶望という名の蚊帳が降り始め、男たちの笑い声が響く中、その声は色んな罵声が飛び交いながらも一切淀みなくその空間に響き渡った。


「……どうなってんの、これ?」


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