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神殺世壊のブレイドマスター 作者:表裏トンテキ
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一章 第五話

 ここで一つ、ラッツ達の冒険者としての顔を紹介しておこう。

 ラッツ・オルゴ・ナイードの三人はベテランの冒険者らしく、そのランクはBランクである。それ故に、今回のような護衛任務を受ける事も多いのだが、現在彼らはオズワルに雇われている専属冒険者となっている。専属冒険者とは、その名の通り特定の人物、団体や組織から護衛依頼などが出された時、それを優先的に受ける冒険者の事である。優先的、と言えば優遇されているかのように聞こえるが、実際は何時動くか分からない雇い主の動向を気にしながらクエストをこなしていかなければならない為、短期間での収入的にはデメリットの方が大きい。が、移動を頻繁に行う商隊や、荷物の卸売に向かう業者の護衛など、一度専属冒険者になってしまえば仕事は少なからず存在する。場合によっては、雇い主から個人的な仕事を斡旋されたり、それなりに信用が出来れば国家機関に紹介されることすらある。長い目で見れば、メリットが豊富な冒険者になれるのだ。

 今回は、オズワルがしばらくカナードに滞在するため、時間に余裕がある。その間の仕事は特に依頼されていないのだろう。こうして、普通の冒険者としてクエストをこなす事も少なくないようだ。

 ファラナの現在の肩書は交易都市カナード支部のギルドマスター補佐兼受付嬢となっている。が、以前はどうやら冒険者をしていたらしく、双剣の腕にはちょっとした自信があるようだ。左右の腰に差している蒼と碧の剣を用いて演舞のような戦い方をする事から、蒼碧の剣姫と呼ばれていたらしい。……双剣と聞けば、一刀にはとある人物の顔が頭に浮かぶも、この世界にいる限りその人物に会う事は無い為すぐさまその顔を頭の中から消却する。

 実際は生きている限り、なのだが、それを言う必要もないだろう。

 また、ファラナはエルフであることも相まって常人と比べると十数倍近い魔力値を誇ると言う。ラッツやナイードもそれなりに魔力値は高いが、彼らに言わせてみると格が違う、とのこと。事実、魔法で風を操り敵からの攻撃を全ていなし、水を使った魔法で相手の一切を流してしまうのだ。

 その実力はAランクにも勝るとも劣らないとまで言われたが、本人はランクに拘る事も無く、Bランクの上位に上がった時点で冒険者を引退し、ギルドの受付嬢へと転職した。

 ……その裏には大きな陰謀が渦巻いていた、などと本人は言っているが、その話に信憑性が無い以上、誰も信じていない。とある人物が寿引退などと抜かしたらしく、その際は上空100メートルまで魔法で浮かせた後、落としては上げる、落としては上げると言った風に安全バー無しのフリーフォールが行われたらしい。

 その人物は、今ではファラナの姿を見るとかつての光景が目に浮かび、失神するほどになっているとか。


「で、結局お前の今のランクは何なんだ?」


 最初はラッツ達の冒険者としての説明だったのが、だんだんとファラナ自身の過去話にシフトしていき、最終的には当初の面影すらをも失った話を繰り広げていたファラナに、そろそろウンザリした表情を隠しもしなくなったラッツが口を挟む。そう言われてみれば、散々自分の自慢話のような物を展開して挙句、一番重要な事を聞いていない。


「私? 今の? そんなの、Bに決まっているじゃない」


 やだもぉ、とでも言いそうなジェスチャーを交えるファラナとは異なり、ラッツの表情はどこか訝しげだ。


「何故だ? お前は以前冒険者を引退してから確か三じゅ……むごっ!?」

「はい、ストォップ~。それ以上は乙女の琴線に触れるから、安易に口にしちゃ駄目よ。じゃないとお姉さん、怒っちゃうぞ♪」


 随分と軽く言っているが、その目は笑っていない。どうやら彼女の年齢に直結する問題であるのか、ラッツの口を強引に手で塞ぐ姿は少しばかり恐怖を覚える。一刀ですらそれなのだから、オルゴとナイードはもっとだろう。どうやら、飾られるだけの令嬢というわけではないようだ。


「それにしても……、狭いね……」

「言うな、悲しくなんだろぉが……」


 ナイードがポツリと零した言葉に、オルゴが小さく反応する。

 そう、今現在一刀達がいるのは、モンドリアン夫妻が用意した幌馬車の中だ。幌馬車、という名の通り、その荷台の上には幌が張ってあるが、ただそれだけ。馬車の中は横二メートル、縦が四メートル程の小さな物で、ラッツ達が立ちあがると天井に頭が付く上に腰を曲げなければ歩く事もままならないほど。犬小屋でも、もう少し住居人に考慮された設計をするのに、とは一刀の弁だ。その言葉は的を射ているが、あくまで運送用だと思えば、このくらいの大きさでも問題は無いのかもしれない。

 ただ、人間の輸送には使うべきではないだろう。

 問題の一刀はというと……、狭い車内、ということもあり、満足に足を伸ばせない事を考えて、一人分スペースを空けようという話になった。そして、その際被害を受けるのは、当然ながら最もサイズの小さい一刀である。

 現在彼は、ファラナの膝の上でゲンナリとした表情を浮かべている。そんな一刀を何かと構い倒しているファラナは至福の絶頂といった表情だ。

 ファラナの身長は、170を少し越えたくらいのもの。当然、今の一刀に比べれば20センチ近くの差がある。それこそ、一刀がその膝に乗っても十分余裕があるほどのものだ。

 ……だが、考えてほしい。ファラナは見た目こそ妙齢の美女で、年齢的にも余裕のある年頃。男性の一人や二人囲っていてもおかしくはないと言える。が、対する一刀は、見た目はショタ、しかし中身はヤングアダルトという微妙な状態だ。実際の体に戻れば、それこそ非常に目を合わせづらい絵面になるだろう。まぁ、おそらくは彼の体はもう戻らないものだろうが。

 なお、この護衛任務に着くにあたって、やはり問題となったのが武器の所持だ。ファラナは自分が一刀を守るから必要無いと言い、ラッツはせめて剣の一つでも持たせた方がいいと言い合っていた。最終的には、その間を取って短剣を持たせる、という話にまとまった。ラッツから渡された刃渡り20センチ程の短剣は、今は一刀の右太ももに巻かれたバンドに差さっている。当然、ちゃんと鞘に収まっている。また、この二人は防具についても言い争い、凄まじい口論を繰り広げた。やれ防具は今の歳だと重荷になるだの、やれ今の内に慣れておいた方がいいだの、最終的には完全にそれぞれの趣味に走るまでになった。

 だが、ここで一つ、一刀は衝撃の事実を明かす。

 着ているコートを脱いだ一刀は、ラッツにそれを斬ってみて欲しい、と言ったのだ。その言葉を聞き、やはりというかラッツは驚きを露わにする。常日頃から一刀が着ている一張羅、見た目からしてもそれなりに値の張る物のようにも見える。いや、もしかしたら彼の両親が冒険に出る際に、用意した特注品かもしれない。そんな風に考えていたラッツは、そのコートになかなか刃を通す事が出来なかった。が、これも必要な事と割り切り、思い切って目の前の灰色のコートを両断する為、その刃を振り下ろした。冒険者の中でもBランク上位に位置し、その太刀筋は当然、物理的な防御では生半可な物はいとも容易く断ち切ってしまう。残るは無惨にも千切られた布片のみ。

 結果だけ言っておこう。コートには、傷一つ付かなかった。

 周囲が驚愕の色に染まる中、一刀だけが小さく笑っていた。仕方の無い事だろう。一刀の着るコートは単純な強度ならばこの世界における最高クラスの硬度を誇るミスリルアーマーと同じかそれ以上の強度を持つ。ナイフはおろか、剣ですらも切り裂く以前に繊維すら傷つけさせない。その素材は、鉄よりも固く軽いカーボン繊維と断熱材の一つであるセルロースファイバーを万遍なく織り込まれた特注の品である。剣による斬撃は当然の事、数百度レベルの炎にも、表面が少々焦げる程度で防ぎきる程。素材に多少の懸念が残されたが、日本の薬品会社によって開発された薬のおかげでその心配は無くなった。

 それほどまでに高性能な物だが、衝撃は殺しきれるわけではないので、そこは一刀の実力次第、ということだ。

 流石に言い争いをしていた二人も、このコートの性能を見た瞬間からあんぐりと空いた口がふさがらない状態になっていた。結局、防具に関しては問題無しとのお達しを得る。主にラッツによって。ファラナは多少悔しそうであった。

 その後、必要な物を揃えた一刀達は、今日この日の為に美味い食事などを摂り、英気を養った。が、この狭苦しい現状を見渡すと、昨晩一刀の初依頼を祝った(ほぼファラナの独断で)事が実に馬鹿馬鹿しく思えてくる。Dランククエスト、ということもあり、決して華やかなものではないとは思っていたが、ここまで扱いが酷いとモンドリアン夫妻の冒険者に対する印象がどのようなものか気になってくるほどだ。おそらくは、よくはないだろう。

 さて、そのモンドリアン夫妻だが、彼らはぎゅうぎゅう詰の一刀達とは違い、一回りほど大きな幌馬車を操って優々と街道を進んでいく。それに若干の不満を抱く一刀達だが、約一名は例えむさ苦しい男どもに囲まれていてもその表情は緩み切っている。……ただ、その要因である一刀はそろそろ解放してほしそうな気配を存分に滲みだしているが。


「それにしても……、あの夫婦、どっか変な感じがしねぇか?」

「……オルゴと意見がかぶったのは不服だけど、僕もそう思うね」

「?? 何かおかしな事があるのかしら?」


 オルゴがふと漏らした言葉、それは一刀も薄々と感じていたものであり、後にそれに同意したナイードも同じ事を感じ取っていたようだ。


「確かに、積み荷が何なのかも聞いていないしな。どう護衛すればいいのか分からん」


 どうやら、この世界では護衛をする人物に、どのような物を積み荷にしているのかを教える事が多々あるという。その理由の一つとしては、やはり壊れ物のような繊細な物を扱っていると、ふとした拍子に中身に被害が伝わり、酷い時では目的地に到着したものの、積み荷が木端微塵になっていた、なんてことも珍しくはないらしい。その為、商人達は出来る限り自分たちがこういう物を扱っているのでどうしてほしい、といった事を護衛に来た冒険者に伝えている。また、この習慣は冒険者が犯罪に巻き込まれない為というのもある。もしも、積み荷を聞いておらず、その中身がどこぞの遺跡からの盗品、なんてことが知られれば、連帯責任として冒険者から犯罪者へジョブチェンジしてしまう。積み荷が何かは知らなかった、と言ってもその言葉が聞き入れてもらえる事など実に稀だとの事。実際、冒険者と商人のフリをした盗賊がグルになって盗品を密輸している、なんてことが珍しくないからだ。とばっちりにも程があると言いたくなるような理由だが、それを行うのも、被害を受けるのも人間だし、やったものはどうせ捕まる。その為に、護衛依頼や輸送依頼の際にはほとんどの冒険者が積み荷が何かを聞いておくのが普通だ。


「やましい事が……、あるんじゃないでしょうか……?」

「やっぱり、そう考えるのが妥当だよなぁ」

「そうだね。それに、あんまり名前を聞かない小さな商会に属しているって言うのに、随分と馬車の方は豪勢な物を使っているみたいだしね。これは積み荷も怪しい物だね」

「初クエストにて、いきなりこんなのに当たるとはな……。意外とツイてるのかもしれんぞ」

「よしてくださいよ。ツイてるんじゃなくて、それもう完全に憑いてますよ。疫病神か何かが」

「それは大変ね! 私がなんとかしてあげるわ!!」

「え……? ちょ、どこ触ってるんですか!?」

「おぉ……、珍しいねカズトが焦ってるなんて。なんだか、普段は何があっても冷静でいるから、つい勘違いしていたけど、君はまだ14歳だったね」


 そういえば、と一刀は懐からギルドカードを取り出し、そこに表示されている年齢の欄へと目を向ける。


―14歳。


 全盛期から大分弱体化した、だが、これからののびしろが期待出来る若いと言うよりも幼いと言った方がいいこの体と同じく、その年齢は一刀が今よりも遥かに無垢だったころの年代に戻っていた。積み重ねてきた記憶や、経験が消えていない事から完全に外面に合わせた年齢設定だと思われるが、実際の歳まで弄れるとは思ってもみなかった。これもまた、一刀をこの世界へと送りこんだ例の端末の仕業なのか……。今となってはそれを知る術は少なく、すぐに分かるものではなかった。

 それはさておき、現在彼らが向かっている鉱山都市ウルティバは、その名の通り鉱山で鉱石の発掘を行い、都市を管理しているカナードの市長を通じて他国や他の街へと売られていく。言わば交易都市における収入源の一つである。

 とはいえ、出てくる物は鉄鉱石や銅鉱石がほとんどであり、それらを売り払ったところで二束三文といった程度のものである。交易都市の財源を担うには、頼りないものがあった。それ故に、交易都市市長は、この鉱山をあまり重要視しておらず、その規模は年々小さくなっている。商人などが足を運ぶ事も珍しく、あったとしてもせいぜい日用雑貨を卸売にいく業者程度だ。また、鉱山都市と言われているも、その規模は小さな町程度であり、住人もさして多くはない。鉱山自体も、主要として扱われている部分以外はほとんど寂れている。

 ……そんなところに行って、一体この夫妻は何をするつもりなのだろうか? 積み荷を見ていない一刀達にそれを予想する事は難しい。とはいえ、気にしないという判断は流石にリスクがある。

 やはり、どこかのタイミングで確認をすべきか。ラッツ達は画策するが、交易都市から鉱山都市までの距離は半日程度。どこかで休憩を挟むだろうが、その際に取る時間などたかが知れている。更に言えば、交易都市の関所を問題無く通っていた事を考えれば、彼らの杞憂に終わる可能性も少なくはない。それならそれでよいのだが、関所を通る際に、何かを関所の兵士たちに見せていた事がラッツの胸にしこりとなって留まっていた。


 そんなラッツの不安を余所に、護衛依頼は恙無く進んでいく。

 途中、何度か魔獣による襲撃を受けるも、ラッツ達戦闘要員が一瞬にして殲滅していった。伊達にBランクを名乗っている訳ではない。

 ちなみに、この世界で一般的に害獣とされるのが、獣、魔獣、魔物の三種類に分類される。獣は動物の中でも一際凶暴な物を指し、一般的にウルフやボアなどの事を言う。力と武器さえあれば一般人にも狩る事は可能で、三種類の中で最も討伐難度が低い。魔獣は、地脈より湧き出た魔素を獣が取りこんだ姿であり、その見た目も凶暴性も元の姿よりも遥かに高く、基本的に討伐依頼が出されるのはこの魔獣だ。獣とは違い、人里に下りてくる事は稀だが、一度村や町にやってくれば民間人に対処は不可能だ。魔獣は獣とは異なり、高い知性と戦闘能力を持つ。魔獣によっては独自の武器を持つものもおり、対応が出来る者は冒険者か少なくとも魔法を使える者に限ってくる。魔物も魔獣とほとんど変わらないが、獣が進化した魔獣が更に長い年月をかけて自らの体を魔素に適応させ、魔法を使用する事が出来るようになった物を魔物と呼ぶ。

 魔獣から更に進化した、と言えばそれまでだが、彼らには高い知性があり、その存在は人間や獣人族と大差はない。戦闘を好まない者もいれば、戦闘狂として君臨する者もいる。人と同じようにコミュニティを形成する者もおり、その生態は千差万別である。その為か、詳細がはっきりしない固体も少なくはなく、そういった魔物が出るたびに苦しめられる冒険者や騎士が後を絶たない。それを解消するために、討伐クエストとは別に調査クエストというものがギルドに寄せられる事がある。実力に不安のある者はそのクエストを受ける事で、魔物の討伐に一役買う、ということになるわけだ。

 今回道中に出たのは、この街道付近によく出没するボアや、ウルフが魔獣化したシャドウウルフなどである。ボアは言うに及ばないが、シャドウウルフは単体ではさしたる脅威にもならないが、徒党を組まれると流石にEやDランクの冒険者では難易度が上がる。そういった場合に直面した際、一段階、もしくは二段階上のランクの冒険者が対処を行う。そういった自体を踏まえて、こういった護衛依頼の際には必ずと言っていいほどCランク異常の冒険者が二人以上同行する事が多い。ランクの低い魔獣とはいえ、対処するに越したことはないのだ。

 だが、ラッツ達の戦闘は実に鮮やかであった。シャドウウルフの総数はおそらく二十に達するほどかと思われる群れを、わずか三分ほどで全て片づけてしまった。ラッツを最前衛とし、彼をフォローする形でオルゴ、ナイードは後衛で、ファラナは魔法と双剣を使った遊撃の形でそれぞれ役割をこなしていく。即興で組んだとは思えないほどの連携に、一刀はつい舌を巻く。今の自分があの輪の中に入れるのか? そんな言葉に仕切れないもどかしさを頭の片隅で燻らせながら、一刀は彼らの鮮やかな戦闘風景を眺めていた。

 道中における障害は全てベテラン冒険者が排除し、順調にクエストは進んでいく。途中、何度か休憩を挟みながらも、彼らが進む速度が速すぎたのと、早朝に出発したおかげか、日が傾く時間帯には鉱山都市に辿り着く事が出来た。単純に考えたら、凄まじい速度である。途中の休憩で、ラッツは何度か積み荷の正体を暴こうと画策するも、意外と隙が無かったのか、失敗に終わっている。が、目論見を覚られる事はなかった。流石はBランク冒険者といったところか。

 鉱山都市に着いた一刀達は、一度モンドリアン夫妻と別れ、本日泊まる宿を探す。探す、とは言っても、基本的に冒険者や旅人が立ち寄る事の少ないこの町には、宿など片手で数えられるほどの数しかない。更に言うと、前述の通り泊まる者が少ない為、ほとんどの宿の中は閑散としており、これが商売として成り立つのか不安に思うほどの空き具合だ。心なしか、店主の方も胡乱な態度で接客を行っている。余程暇なのだろう。一刀達が客だと分かった瞬間、慌てるようにして姿勢を正し、案内をしている。こんな状態では仕方が無いだろう、と思いながら一刀は四人部屋を一つと個室を一つ頼もうとする。


「ちょっと待ったぁ!!」


 背中に覆いかぶさる一つの影……。

 小さく溜息を吐いた一刀が振り向いた先には、必死の形相で迫ってくる一人の般若……、否、ファラナがいた。彼女は一刀に迫ると、その両肩を意外に強い両手でガッシと掴み、その美貌に彩られた表情を羅刹のように歪めて口を開く。


「ここは、四人部屋一つと二人部屋二つでいきましょう」

「……一応、理由を言って頂けますか?」

「カズト君に添い寝してあげる♪」

「引っ込め色魔」

「……え?」

「あぁいや、なんでもありません」


 ついつい本音が漏れた口を手で押さえてそっぽを向く一刀。実際は言葉ではなく、口調が乱れた事を隠す為であったのだが、予想以上に言葉の方が効いたのか、ショボーンとか口で言いながらすごすご戻っていくファラナ。別段、一刀自身は彼女と同室でも問題は無いが、それはあくまで部屋割は、と言う意味であって、男女の意味ではない。おそらく、現在の一刀では、万が一にもファラナに寝込みを襲われた場合、実力的にも腕っ節的にも勝てる自信は無いのだろう。そんな状態で、外部からの襲撃を捌けるほど、今の一刀は強くはない。そうなると、必然的に脅威になりうる要因は排除していかなければならない。まさかそれが女性の夜這いになるとは、誰が予想出来ようか。

 何はともあれ、部屋を確保した一刀達は、チェックインだけ済ませ、その足を町で唯一と言ってもいい酒場へと向ける。本日の夕食は外食、ということだ。とは言っても、この世界における一般的な冒険者たちの食事は、外食になる事が多い。定住し、所帯を持てば変わるが、基本色んな場所を飛び回っている冒険者に自炊と言う概念はほとんど無い。あったとしても、旅先で野宿をする際に取ってきた獲物で簡単な料理をしたり、非常食を水で柔らかくしたりなどその程度である。なので、こういった冒険者にとってあくまで通過点に過ぎない町などには、大概酒場と食堂を兼任した店がある。金を持っておらず、利便性を求める冒険者にとっては生命線とも言える店だ。それ故に、現在のような夕食時、日が沈んで間もない時間帯などは、活気に溢れる場所であるのだが……。


 カラン カラン


「……いらっしゃい」


 入口のドア上部に付けられた鐘が鈍い音を立てて予想以上に店内へと響き渡る。その音を聞いて返してきたのは五十代半ばから後半くらいの男。この店の店主だろう。彼を入れても、酒場の中にいた人間は、五人にも満たなかった。過疎化が進んだこの鉱山都市ではもう見なれた光景なのか、店主は黙ってグラスを磨いている。唯一埋まっている席には、冒険者と思しき男性が四人ほどおり、何やら顔を付き合わせている。テーブルの上に食事が無いところを見るに、クエストの打ち合わせだろうか? どちらにしろ、一刀達に彼らとの関わりを持つ理由は無い。空いていた大きめのテーブルへと向かい、店主に適当な物を持ってきてくれるように頼むと、歓談を始める。

 いくつかの料理が運ばれて、一刀達の目の前に置かれる頃には、ファラナは当然の事、ラッツまでもがその口が軽くなっていた。気付けば、彼の手元には一本の酒瓶が置いてある。クエストの事もあるため、飲み過ぎる事を注意しようかと思った一刀だが、横からナイードに止められる。曰く、既にクエストは完了したも同然であるため、これぐらいは問題ないそうだ。特にラッツなどは、普段から禁酒のような事をしているため、仕事終わりに一杯やるのは恒例となっているらしい。随分と禁欲的な性格をしているものだが、逆に欲望に溺れると、冒険者という職業は成り立たないらしい。稼いだ金がほとんど酒や女に消えていくのだとか。刹那の快楽を追い求める、と言えばいいように聞こえるが、ようは考えなしなだけだ。そういった間違いを起こさない為にも、ラッツは普段からそのように自制しているのだとか。今でこそ理性的な人物だが、昔はそれこそ酒だの女だのに金をつぎ込む碌でなしだったらしい。

 そんなラッツの昔話を赤裸々にひけらかしながら、食事を摂っていると、一刀はラッツの後ろに誰かが立っていることに気付く。見慣れないその姿だが、先ほどまで別のテーブルで何やら打ち合わせらしきものをしていた人物だということを思い出した。


「よぉ、久しぶりじゃねえかファラナ」


 大男、と呼ぶべきか。背丈は二メートル近く、局所を覆われている金属製のガードを下から押し上げるのは、おそらく鍛えに鍛え抜かれた筋肉の隆起。短く刈り上げられた髪は鈍い灰色に染まり、これまた凹凸の激しい顔には頬に大きな傷が入っている。背中に背負った幅広の大剣といい、完全に歴戦の猛者というべき風貌である。ただし、その視線は男独自の欲望に塗れたものだ。

 その体に合った、野太い声を聞いてそちらに目を向けるファラナ。だが、その表情はまるで苦手な虫が目の前に迫ってきたかのような感情を表している。ようするに歓迎していないということだ。表情だけではなく、その態度も見るに明らかに不機嫌になっている。


「これはこれは、Aランク冒険者のヴァルヴィルドさんじゃないですかぁ。……何か用ですか?」

「おいおい、連れないな、一夜を共にした仲じゃねぇか」

「確かに一夜を共にしたわね。お互いに突き合わせた事はいい思い出になってるわ」

「ククク……、言ってくれるねぇ」


 片や愉快そうに、片や不快そうにその口を歪めて口論に勤しんでいる。その内容を聞くに、どうやら一日二日の関係ではなさそうだ。

 というか……


「……悪食」

「意外と毒舌よね、カズト君って……」

「そうですか? 気のせいでしょう」


 ぼそりと一刀が呟いた言葉を耳ざとく聞いたファラナがムッとした顔で唇を尖らせる。その顔を見た男が厭らしい笑みを浮かべる。


「今度はそいつか? お前の獲物は。こりゃまた随分と上物じゃねぇか。女みてぇなツラしてるしよ」

「女みたいな……」


 気にしていることだったのか、男の言葉にショックを受けいじけてしまう。確かに、今は年齢の事もあり、そこらにいる少年よりも長めの髪もあって見た目だけなら少女に見えない事もないが……、それでも嫌だったのだろうか、前髪に隠れた両目はどこか虚ろになっていた。


「別に、あなたには関係ないでしょ」

「だからそう邪険にすんじゃねぇよ。別に取って食おうって言ってるんじゃないんだぜ」

「悪いけど、昔の貴方を知っている以上、口から出まかせを聞くつもりはないわ」

「ふん、相ッ変わらず面白みのねぇ女だなぁおい」

「面白みが無くて結構。貴方なんかにそう思われるくらいなら、死んだ方がマシね。……あぁ、そういえば貴方は死体もイケるんだっけ? だったら、焼死でもした方がずっと気持良く死ねるわ」

「こんのクソアマ……!」


 男が背中に背負っている大剣へと手を伸ばす。と、それまで静観していたラッツ達も傍らに置いていた剣を取り、席を立つ。


「……コホン」


 そんな一触即発の空気の中、店主が横やりを入れるかのように咳を一つ。


「……やるのなら、余所でやってくれんか」


 静かに、だがはっきりと部屋の中の隅々まで行きわたるその声に、構えていた一同はその手を下ろす。


「チッ……、興が醒めちまった。覚えとけよてめぇら」


 捨て台詞のようなものを吐き、男はその場から離れようとする。が、ふとその足を止めた。


「あぁ、それと……そこのガキ」


 男は振りかえり、その視線を一刀へと向ける。ニヤリ、とその口の端を歪めると一言。


「またな」


 そう言って男は取り巻きと思しき男と共に店から出ていく。その背中を見送るファラナ達は、彼らが完全に店から出ていくとどこかホッとした様子を見せた。


「……アレが例の『凶剣』か?」

「そうよ。凶剣ヴァルヴィルド。一応、Aランク冒険者で、四年程前まで交易都市最大のラインゴッツ商会の専属冒険者だったのよ」

「聞いた事があるよ。四年前に専務が商会のお金を横領してて、それの手助けの為にありもしない護衛依頼をでっちあげてたって。それも一件や二件ならともかく、二桁に上ったから結局専属契約を解く以外なかったらしいよ」

「なんだそりゃ。そんな奴がAランクなのかよ」

「素行はあまり良くはなかったけど、実力だけはあったから。実際、凶剣なんて異名も付いてるくらいよ。そこいらの冒険者じゃあ、太刀打ちなんて出来ないわ」

「……厄介な男が力を持った、というわけか。それよりも、お前はアイツと何やら因縁があるようだが……、痴情のもつれか?」

「そんなわけ無いでしょ! ……ヴァルヴィルドとは横領事件の時に一戦やりあったのよ。Aランク冒険者、凶剣として名を馳せていた時よ。私も冒険者を引退して結構経ってるから、流石に難しいとは思っていたけどね。なんとか魔法と剣を使って撃退は出来たわ。アイツの頬にあった傷はその時のものよ」

「ほう……、随分とお前にご執心のようだったからな。凶剣の奴、完全に俺達の事を見ていなかった。……いや、一人だけその視界に入った奴がいたな」


 言いながら、ラッツは未だテーブルに突っ伏してぶつぶつと何やら呟いている一刀へと目を向ける。耳を凝らして聞くと、女じゃないだの、背を伸ばせばだの、髪を短くすればだの呟いている。先ほどのヴァルヴィルドの言葉を予想以上に引き摺っているようだ。


「……はぁ」v


 頭に手を当ててため息を吐くファラナ。その様子を苦笑いしながら眺めていた面々は、皆再度席に着く。一刀が見せた意外な一面により、先ほどまでの剣呑としていた雰囲気はどこかに消え去っていた。

 その後、ファラナがなんとかして弱っている今の一刀に取り入ろうと画策し、毒舌を発揮した一刀によって全て撃退される。結果、最終的に彼女は枕を涙で濡らす事になる。そうはならないように必死に頑張るファラナを余所に、夕飯はお開きになった。


 酒場から解散して一時間後、一刀は忽然と姿を消した。



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