変これ、始まります   作:はのじ
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13 死の予感

 陽炎型八番艦 駆逐艦雪風さん。

 

 以前、夕張さんが話題にしていた幸運艦の駆逐艦だ。

 

 旧大戦では主要な海戦の殆どに参加して無傷、または小破しかしていない。魚雷や機雷、ロケット弾の直撃を受けても不発で、当時の人も雪風ならばと神話みたいな信頼を寄せていたそうだ。

 

 戦場を縦横無尽に駆け抜け、終戦まで生き延びてくれた。戦後は復員船として活躍して多くの日本人を日本に復帰させてくれたんだ。

 

 その後は賠償艦として現在の台湾に引き渡されて、名前を丹陽(タンヤン)と変えて、最後の最後まで任を全うして最期は解体処分された。

 

 心無い人は彼女を死神って揶揄する。他の艦の運を吸い取って自分だけ生き延びた死神って。でもそれは間違いだ。

 

 俺は旧大戦の戦史を研究した。同じ海戦でも遠く離れた空母が沈んだのが彼女の責任になるのか? 大阪にいるのに東京で交通事故にあった人の責任を取れと言われて、はいわかりました、なんて言えるのか?

 

 彼女を死神だって言う奴は馬鹿だ。大馬鹿だ。自分が無知であることを知らない本物の愚か者だ。

 

 オカルトみたいに思う人がいるかもしれない。でも駆逐艦雪風の搭乗員は雪風さんを信じて練度を上げて、駆逐艦雪風と一緒に戦っていたんだ。

 

 人の思いは信じられない力になる。奇跡の駆逐艦って言われるけど雪風さんが最後まで戦い抜いたのは奇跡なんかじゃない。必然だ。生き残るべきして生還したんだ。

 

 でも俺が勝手にそう思うだけで雪風さんの思いは別のはずだ。

 

 大好きで仲の良かった姉妹は雪風さんを除いて全員沈んだ。仲間も無謀な作戦で次々と姿を消していった。

 

 幸運艦と呼ばれる一方、死神と揶揄され、消えていく仲間を見送る日々。雪風さんには欠片も責任なんてないのに。

 

 寂しかったに違いない。無力を感じて悔しがったかも。悲しくて泣いていたかもしれない。

 

 無力な俺は当時の雪風さんを心情を想像するだけで心が締め付けられる。

 

 でも雪風さんは寂しいも悔しいも悲しいも一言も言わない。全部受け止めて、その上で自分より他の人を思いやれる、そんな優しい艦娘だ。

 

 見た目や言動は小さくて幼く見えるかもしれない。でも中身は大きくて慈愛に満ち溢れている

 

 ちっぽけな俺が雪風さんを思いやる事自体が不遜だったんだ。

 

 陽炎型八番艦。

 

 奇跡なんかじゃない本物の誇り高き艦娘。それが雪風さんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先日はごめんなさいでした」

 

 雪風さんが俺に頭を下げた。とんでもない! 艦娘に頭を下げられるなんてあってはいけないことだ。悪いのは俺なんだ。俺の心が弱いから起こった事だ。雪風さんは何も悪くない。

 

 俺はあたふたとしながら色々言ったと思うけど何を言ったか覚えていない。それくらい動揺していた。

 

 『呉の雪風、佐世保の時雨』

 

 夕張さんが話していた艦娘を代表する幸運艦の一人だ。

 

 二人は補給で我が鎮守府に寄港していた。寄港は休憩も含まれる。体力豊富な艦娘でも心の休憩は必要だ。寧ろ休憩は心を重点に行われる。深海棲艦との戦いは心をこそ削られる。戦艦でも駆逐艦でも変わらない。歴戦の艦娘でも心が疲れていれば、ちょっとした油断で沈んでしまうかもしれないからだ。

 

 特に艦娘は自らの提督と離れている時間が長ければ長いほど心が疲れやすくなる。艦娘に提督が必要な理由の一つでもある。

 

 俺は今の所雨雲姫ちゃんと毎日顔を合わせているから問題ないけど、任務が始まると離れる期間も増える。いかに艦娘をフォローするかってのも提督の腕の見せどころだ。

 

 あの日、雨雲姫ちゃんは初めての任務の為、予備ブリーフィングに参加していた。

 

 予備ブリーフィングとは要するに勉強会だ。どんな任務なのか。何故必要なのか。どんな行動をとればいいのか。もし一人になった時どんな行動を取ればいいのか。

 

 経験豊富な艦娘から体験談を聞きながら、任務の概要を学ぶ勉強会だ。当然本番のブリーフィングとは違う、艦娘らしく和気あいあいとしたお茶会みたいなものだ。

 

 気楽だなとか考えてはいけない。深海棲艦と戦わないオフの期間こそ艦娘らしく過ごしてもらって鋭気を少しでも養ってもらわないといけないからだ。

 

 夕張さんに話を聞いた雪風さんは、早速雨雲姫ちゃんに会いに予備ブリーフィングに顔を出してくれた。

 

 そして意気投合した二人。お互いに色んな話をしたらしい。もしかしたらお互いの提督の話をしたのかもしれない。止めてくれ雨雲姫ちゃん。俺は自分の未熟っぷりに思い当たる節が有りすぎる。

 

 予備ブリーフィングは早めに切り上げられた。雨雲姫ちゃんが予想以上に優秀だったみたいだ。

 

 そして意気投合した二人は俺の執務室にやってきた。雨雲姫ちゃんが俺の駄目駄目な所を話したのかもしれない。それはないか。雨雲姫ちゃんは俺がいくら駄目駄目でもそんな事を人に言う子じゃない。

 

 ものの弾みだったんだろう。結果何かがどうかなって、雪風さんが寝室のロックを外してしまった。

 

 さすが幸運艦だ。いい加減に押して外れるロックじゃないのにな。

 

 済んだ事だ。雪風さんも悪気があった訳じゃない。凄く申し訳なさそうにしてたし。

 

 俺は艦娘を許すとか許さないとか偉い人間じゃない。

 

 何をされようが艦娘を肯定するだけだ。だって女神様だし。

 

 俺たちは改めて挨拶をしようと喫茶店でお話をしていた。

 

 俺と雨雲姫ちゃんと雪風さんの三人だ。時雨さんも誘おうとしたけど少し忙しくてタイミングが合わなくて会えなかった。後日改めて誘おうと思う。経験豊富な話を雨雲姫ちゃんにしてもらいたいからね。

 

 雨雲姫ちゃんは紅茶とケーキを三つ、雪風さんはオレンジジュースと沢山のケーキだ。カロリー気にしなくていいって流石艦娘だ。

 

 俺は水だけをオーダーした。水は無料でしかもおかわり自由なんだぜぃ。雪風さん、不思議そうな顔で見ないで。武士は黙って爪楊枝だ。

 

 雨雲姫ちゃんは俺の事情を全て知ってくれているから、艦娘に集るクズ提督って言われないように配慮してくれる。支払いを艦娘にさせるヒモ提督なんていないのだ。支払の時、俺が少し気まずくなれば済む話だ。

 

 支払いは提督がするものだ? そうだな。俺もババーンと男らしく『支払いは俺に任せて(キラーン』ってしたいよ。でもね、カロリーを気にしない艦娘は総じて大食い(高燃費)だ。食い意地が張ってるって事じゃない。

 

 艤装を展開して戦うってのはそれくらいエネルギーが必要なんだ。

 

 燃料弾薬ボーキは艤装が消費する。艦娘のエネルギーは食事だ。それ以外もあるって大淀さんは言うけど、黙って微笑むだけで教えてくれないんだ。大事な事だと思うのに。

 

 艦娘の大きな胸は燃料タンクって揶揄する人がいるけど、とんでもない話だ。艦娘の胸に燃料なんて一滴も入ってない。艦娘の胸には夢とロマンが一杯詰まっている。

 

 あと、笑い話があって実話なんだけど、昔、政府の偉いさんが艦娘を集めて機嫌取りで宴会を開いた事があったんだって。

 

 で、その偉いさんが調子こいて言っちゃった。

 

『全て私の奢りだ! 遠慮無用だ! どんどん食べてくれ! 無礼講だ!』

 

 って。

 

 一緒にいた提督達の目が光って意識は一瞬で統一。その意図は艦娘に伝わって、最初のお店だけじゃ足りなくて飛蝗みたいに食い尽くしては朝までお店をいくつもはしごしたらしい。

 

 政府は艦娘を知らないって有名な話だ。

 

 だから提督と艦娘の財布は別なんだ。提督が『支払いは俺が』なんて言わないのは暗黙の了解になっている。

 

 でも大淀さんと大淀さんの提督が一緒に食事しているのを見たことがあるけど、大淀さんが支払っていた。あれは財布を大淀さんに預けていたに違いない。ベテラン提督なんだ。俺よりババンと給料は多いはず。ヒモ提督なんて考えられないしな。

 

 鎮守府の喫茶店のケーキって凄く美味しいそうだ。料理上手な間宮さんと伊良湖さんが作っているんだって。

 

 六ヶ月後には俺も食べられるはず。絶対! 大丈夫!

 

 俺たちは雪風さんに一杯話をしてもらった。

 

 雪風さんは艦時代も今も幸運艦って呼ばれている。雪風さんが言うには鍵が開いたのは本当に偶然だそうだ。そんな便利な幸運なんてないんだって。

 

 じゃ、なんで今も幸運艦って呼ばれてるのか?

 

 今まで殆ど被弾した事がないそうだ。それって弾の方から避けてるの? って安易に考えちゃいけない話だった。そんなオカルトなんてない。

 

 雪風さんはベテランの艦娘だ。二〇年以上深海棲艦と戦っている。

 

 戦場を冷静に俯瞰して、味方の配置、敵の配置、あの攻撃ならどれくらいのダメージだとか、射線が出来たから攻撃が来るとか頭の中で全部見えるそうだ。

 

 だから深海棲艦が攻撃しようとした時にはその場所にいないし、撃たれてもひょいって避けちゃう。稀に被弾する時はあるけど、それは仲間の被弾を庇う時。

 

 全部実戦経験と訓練で培ったものだ。だから

 

「だから演習はとても大事です! ケーキ美味しいです! お代わり下さい!」

 

 って口の周りにクリームをつけながら訓練の大事さを教えてくれる。

 

 強そうに見えないのにとても強い。艦娘って全員そんなギャップがある。見た目は全然関係ない。雨雲姫ちゃんもそうだしな。

 

 飛び抜けて強い艦娘は何人かいるけど、雪風さんもその別格の一人だ。雪風さんなら、って艦娘の信頼も篤い。

 

 雪風さんが幸運艦って呼ばれる意味合いは昔と今は全然違う。

 

 昔は乗組員の想いが重なって。今は弛まぬ訓練の賜物だ。でも周りに頼られるのは今も昔も同じだ。

 

 駆逐艦雪風。奇跡なんかじゃない、本物の幸運艦だ。

 

 美味しそうにケーキを食べる雪風さんは楽しげで明るくて屈託なくて、でも何気ない一言が心にぐっと響いて、やっぱり艦娘って女神様だと思った。

 

 雨雲姫ちゃんが

 

「わたしに出来るかなぁ……」

 

 って不安がっても、雪風さんが

 

「絶対、大丈夫! お代わり下さい!」

 

 って言ってくれただけで不安な顔が晴れた。提督の俺も、絶対、大丈夫! って思えたんだから。

 

「ところで、提督はケーキを食べないのですか?」

 

 食べないのではなく食べられないのです。主に給料的な意味で。

 

「えっと、先祖代々の言い伝えでケーキを食べちゃいけないって言われてて……」

 

 言い訳がとっさに出た。完璧だ。

 

「そうですか! きっと迷信です! 雪風のケーキを一つ上げます!」

 

 駄目だ雪風さん。それをすると俺はヒモ提督への道をまっしぐらだ。

 

 一回だけだから絶対! 大丈夫! って話じゃない。

 

 一度あることは二度あるんだ。次は三度目の正直だ。そして四の五の言うなになって、最終的には一〇月一〇日だ。

 

 人間は慣れる生き物だ。知らない内に艦娘に頼るのが当たり前になっちゃうんだ。

 

『これだけしかないのかよ!』

 

『それだけはぁ! それだけはぁ! それは廃棄物Bのおむつ代なのぉ!』

 

『四の五のうるせぇ! お前の(維持費)は俺の物、俺の物は俺の物だ!』

 

『きゃぁぁ!! うぅぅ……お腹はだめぇ……』

 

『ケーキ代のつけが溜まってるんだよ! 利子だけでも払わねぇと間宮のケーキが食えなくなるんだ!』

 

『酷いぃ……あの時ケーキを食べてさえいなければぁ……』

 

『クソ! ケーキが切れて来やがった。雨雲姫ちゃん(お前)はさっさと維持費を前借りしとけ』

 

『うぅぅ……廃棄物Bちゃん……およよぉ』

 

 駄目だ。未来が見えすぎて怖い。ごめんよ廃棄物B。こんなふがいない提督で。涙が出そうだ。

 

「でも本当に駄目なんだ。医者にケーキを食べたら死ぬ病って言われてるから」

 

「そうなんですか? でも大丈夫! 雪風が保証します!」

 

 雪風さんに大丈夫だと保証されるとケーキを食べたら死ぬ病が完治しそうだ。

 

「あっ! そうだ! 一口だけなら絶対、大丈夫です! 雪風があーんしてあげます! あ、雪風はケーキを全部食べてしまったのでした! でも雨雲姫さんのケーキがあるから雨雲姫さんがあーんしたらいいです! 雨雲姫さんあーんしてあげてください!」

 

 雪風さんは最後に残っていたケーキを手づかみで急いでパクパクと食べた。

 

 はっと横を見ると手を添えてフォークにケーキを一口分載せた雨雲姫ちゃんがスタンバっていた。

 

 なんだこの流れるような急展開は。打ち切り前の漫画のような忙しさだ。まるで事前に打ち合わせしていたかのようじゃないか。そんなはずはない。俺は雪風さんと会うまで雨雲姫ちゃんとずっと一緒にいた。相談する時間なんてなかったはずだ。

 

 これは偶然に違いない。絵に書いたような偶然だ。

 

 白い肌の雨雲姫ちゃんの顔が真っ赤だ。瞳を、ぎゅって閉じて小さな可愛い唇がぷるぷる震えている。

 

 恥ずかしいならしなくていいじゃん! 意識しちゃうじゃん!

 

 雪風さん! あからさまに掌で顔を隠さないで! 私は見てませんよってアピールですか!? 指が開いてますよ! 余計に意識しちゃうじゃん!

 

 何故か店内がしーんと静かになっている。背中にも視線をいくつも感じた。

 

 店内には艦娘しかいない。そりゃそうだ。艦娘が主力の鎮守府だし、この喫茶店は艦娘の為にある店だ。艦娘しかいない。

 

 早くあーんしろよって無言の圧力すら感じる。

 

 人間は俺一人だ。つまりこの無言の圧力は艦娘の圧力なのか? そうなのか?

 

 俺は提督だ。艦娘との絆のせいか雨雲姫ちゃんと以心伝心と思えるくらい気持ちが通じる時がある。初めて感じたのは演習の時だ。

 

 でも他の艦娘の気持ちが伝わった事などこれまで一度もない。俺は提督としてステップアップしたのか? 知らない内に提督としての力が上がってしまったのか? っていうか提督の力ってそういうものなのか?

 

 はやくしてやれよ、と変化しつつある無言の圧力。

 

 こんな気まずい提督の力、いりません!

 

 ――雨雲姫ちゃん、かわいいぴょん

 

 ――けなげだな。今夜はこれを肴に、提督といっぱいやるか

 

 ――ふふン、懐かしいな。きゅンきゅンするぜ

 

 ――Why? Admiral、何を悩んでいるのよ

 

 ――うひゃあ! あれはまだしてないねぇ

 

 やけに具体的な圧力だ。個人が特定出来そうなレベルだ。これは圧力なのか。ただの出歯亀の感想ではないのか。圧力ではなく音となって耳に聞こえてると勘違いしそうだ。

 

 これは緊張感で俺が勝手に想像した妄想に違いない。俺ってそういう癖あるし。女神様の艦娘が出歯亀精神でニヨニヨするなんてあり得ない。

 

 しかしこのままだと俺の妄想が俺を殺す。

 

 眼の前には俺が知らなかった雨雲姫ちゃん。こんな表情もあったのか。眼の前の雨雲姫ちゃんが可愛い過ぎて俺の精神ポイントがガリガリ削られていく。

 

 行き着く先は確実な死。キュン死だ。

 

 前門のキュン死、後門の出歯亀。廃棄物Bの為にも俺はまだ死ぬ訳にはいかない。

 

 えーい! ままよ!

 

 これ以上長くは語るつもりはない。キュン死は回避出来なかったとだけ言っておこう。

 

 フォークを口にした雨雲姫ちゃんの表情も今まで見たことがなかったものだからだ。

 

 店内に喧噪は戻った。反対に俺の心は凪いでいた。キュン死したからだ。

 

 何はともあれ、雪風さん。貴重なお話ありがとうございました。

 




予想外に長くなってしまいました。

続けようと思えばネタはいくらでもあるのでまだまだ続けられるのですが、そろそろ締めようかと思います。

伏線らしくはないですが、いつでも終われるよう自分なりに伏線は張っていたので、物語としては形になると思います。

あと一話か二話くらいでしょうか。

構想では今までの作風とガラリと変わるのではないと自分では思っているのですが、ここまで自分でも予想してなかった話になっていたのでどうなるかわかりません。



12話で評価4つと感想3つ。

ありがとうございます。

とりあえず、ここまでお読み下さり改めてありがとうございました。


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