変これ、始まります   作:はのじ
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誤字報告あざます。一部はわざとなのでそのままにしてあります。


05 クソ妖精共

 俺に憑いているクソ妖精共が雨雲姫ちゃんに懐いているけど相変わらず俺の言うことを聞いてくれない件について。

 

 ふと気づいたんだ。雨雲姫ちゃんがいるとやけにクソ妖精共が大人しい。

 

 大人しいだけじゃない。機嫌を取ろうとしているのか、雨雲姫ちゃんに傅いて色々とお世話を焼こうとしている。クソ妖精共のこんな姿を初めて見た。

 

 これまで俺には直接的な危害はないが間接的に絶大な被害を及ぼしてきたクソ妖精共(こいつら)だ。正直こいつらには人生を変えられたと言っていい。

 

 泣き叫ぶクラスメート。紛失する貴金属と商品。消えて無くなる食事。カンニング疑惑。飛び交う物品(ポルターガイスト現象)、その他その他。

 

 高校受験は教師に徹底的に邪魔された。俺は不良じゃないし、頭の出来が良いとは口が裂けても言えないが、入れる高校くらいはあった。あったんだよ!

 

 近所でも評判は最悪。同窓会通知なんて都市伝説だと思ってたくらいだ。

 

 それもこれも全部こいつらのせいだ。

 

 俺がグレなかったのは艦娘のお陰だ。吹雪さん達の活躍を見て負けるな負けるなと自分を励ましていた。傷つきながら深海棲艦から人類を護ってくれる艦娘の存在がなければ、俺は投げやりになって他人を食い物にする本物のクズになっていただろう。

 

 だから俺にとって艦娘は恩人あり大恩人であり女神様なんだ。

 

 今までクソ妖精共(こいつら)には散々迷惑を掛けられたけど、少しは感謝の気持ちがない訳ではない。

 

 何をどうトチ狂ったのか、クソ妖精に憑かれた俺を大本営が目をつけていたからだ。

 

 お蔭でテレビや雑誌でしか見ることが出来なかった本物の艦娘を目にする機会が出来た。提督云々は出来すぎだが、可愛い雨雲姫ちゃんという俺だけの艦娘も出来た。

 

 まさに禍福はあざなえる蝿の如しだな。

 

 ぶんぶんぶんと人生何が起こるか分からいって意味だ。

 

 条件付きだけど人様に迷惑をかけなくなったって事だけでも雨雲姫ちゃん様様だ。もうずっと側にいて欲しい。流石艦娘だぜ。俺に出来ないことを簡単にやってくれるぜ。

 

 でも問題が無いわけでもない。

 

 雨雲姫ちゃんが俺から離れるだろ? クソ妖精共は俺に憑いているだろ? クソ妖精共はやりたい放題するだろ? 悪いのは俺になるだろ? 器物損壊で請求書が届くだろ? 来月の給料は初っ端からマイナスだろ?

 

 酷くね?

 

 なんで数十万もする壺をこれ見よがしに飾ってんだよ! クソ大本営が!

 

 俺は今クソ大本営の教育方針(OJT)の下、書き方も処理の仕方もろくに教えてもらってない書類の山と格闘している。

 

 何をするにしても書類書類書類。雨雲姫ちゃんの艤装一つ、弾薬一つ、燃料の一滴に至るまで書類が必要だ。雨雲姫ちゃんが強くなるための演習って奴をするのも書類が何枚も必要だ。

 

 艦娘の演習は数週間先までぎっしり予定が詰まっている。そこに雨雲姫ちゃんを割り込ませるのは艦娘のみんなに迷惑がかかるからしっかりと書類を書いて納得してもらわないといけないらしい。

 

 ぐぬぬぬ。そうう言われたらどうしようもない。艦娘の皆さんに迷惑なんて掛けられない。

 

 何より酷いのは食事をするのも書類の決済をしなければいけない事だ。

 

 ひょいっと食堂に顔出しても食べられないそうだ。

 

 クソ大本営の偉いさんが、兵站管理は提督の基本業務だとか偉そうに言っていたが、日常の食事は別でしょうが!

 

 っていうか書き方教えろよ! フォーマットが違いますって何度も何度もつき返して来るんじゃねぇよ! ふざくんなクソ大本営! 誤字脱字の一つや二つ笑って見逃せって! 読み難いですよじゃねぇよ! この字は個性なんだよ! 文句言うならパソコンとプリンター寄越せ! 今時手書きとかいじめか! それか給料前借りさせろ! 雨雲姫ちゃんときゃっきゃうふふしながら量販店に買いに行くわ!

 

 はぁはぁはぁ。

 

 文句を言っても書類は減らない。俺は頭をガリガリかきながら最低限、雨雲姫ちゃんの食事だけは確保するため書類と格闘する。

 

「こんにちは」

 

「あっ! 大淀さん!」

 

 どうぞどうぞ。狭い所ですけど。今お茶淹れますね。

 

 大淀さんを見ただけで怒りゲージが反転。幸せゲージが突き抜けた。

 

 俺は大本営のなんとかっていう部署でクソ妖精共がポルターガイスト(暴れている)内に何故かポケットに入っていたお茶を淹れるためにお湯を用意する。雨雲姫ちゃんは艦娘だからこんな雑用させる訳にはいかない。

 

「様子を見に来たんですけど……」

 

 大淀さんは俺の執務室をしげしげと見ている。いやはや恥ずかしい。

 

 三畳一間。狭いながらもクソ大本営が新人提督としての俺に用意した俺だけの、いや俺と雨雲姫ちゃんだけの執務室だ。

 

 ででんと窓際に置かれた執務机。うず高く積まれた嫌がらせか! って量の書類の山。一応応接用のソファーとミニテーブルはあるが雨雲姫ちゃんとクソ妖精共の専用スペースとなっている。そこしか場所ないから仕方がない。

 

 部屋の隅には申し訳程度の給湯スペース。

 

 1Kトイレ風呂なし。

 

 これが全てだ。書棚なんて置く余裕はない。新人提督だから狭いとか言ってられない。提督はみんなここから(三畳一間)から始まるって部屋を手配してくれたクソ大本営の事務員が言ったからそうなんだろう。

 

 別に不満はない。普通新人は大部屋から始まるもんだ。個室があるだけで十分だ。狭いながらも俺は一国一城の主になったんだ。でもいつの日か出世して雨雲姫ちゃんにもっといい部屋で寛いでもらうんだ。

 

 俺はクソ妖精共をささっと払い除けてソファーにスペースを作った。てめえら、大淀さんに粗相したらタダじゃ済まさねぇからな。といっても雨雲姫ちゃんがいるから安心だ。

 

 お茶を三人分。と言っても応接ソファーには二人しか座れない。俺は執務机添え付けのパイプ椅子に座ってお茶をずずー。眼の前には雨雲姫ちゃんと大淀さん。

 

 幸せ過ぎる。今までいいことなかったが、ここにきて幸せが核融合反応みたいにボンバボンバ連鎖爆発しまくっている。

 

 大淀さんがお茶を一口。いいお茶でしょ? 玉露っていうお茶です。クソ大本営の偉いさんのお茶だからきっといいお茶のはずだ。

 

「あのこの部屋は……」

 

「俺たちの城ですよ!」

 

 大淀さんも懐かしいんだろうな。大淀さんの偉人レベルに違いない提督だってここから始まったんだ。

 

 いつの日か俺が伝説レベルの提督になったら雨雲姫ちゃんは提督自慢をするかもしれない。

 

 雨雲姫ちゃんはなりたての新人ペーペー提督に言うんだ。

 

『私の提督の戦闘力は五十三万なの。変身を三回残していて艦娘なのに夜戦でメロメロよ。きゃっ』

 

 いかーん! 雨雲姫ちゃんいけませんぞー! えちえちはダメですぞー!

 

 でも何年か経ったら雨雲姫ちゃんが成長して戦艦になるかも。そうなったら体も成長するから合意の上なら許されるんじゃないか? 許されるべきじゃないのか!!

 

 あれ? 艦娘って成長するの? 吹雪さん達は何年経っても姿が変わらない。ずっと駆逐艦のままだ。あれ? あれぇ?

 

「その書類を見せてもらってもいいですか?」

 

「えぇっと、どうぞ」

 

 大淀さんの表情が曇っている。何か失礼したんだろうか? お茶か? ちょっと温めにしたのがいけなかったか? 玉露って実はいいお茶じゃなかったとか?

 

 大淀さんは立ち上がって書類の山から数枚を手にした。眉がぴくりと動いた。

 

 ひらりと揺れるスケベスカート。俺は目を細めた。

 

 大淀さんは小さくため息を吐いた。

 

 ごめんなさい。書き方とか分からなくて。頑張ってるつもりだけど全然進まなくて。でも雨雲姫ちゃんの食事だけは確保してるから!

 

 次の瞬間、俺は驚いた。大淀さんが千手観音になった!

 

 二本の腕が次々と書類を掴んでもの凄い速度で書類の山が移動している。残像で腕が何本にも見えた。眼球は超高速で動いているから書類を見ているのは間違いない。眉が定期的にぴくぴく動いているのが印象的だ。

 

 艦娘すげぇ……

 

 あっちからこっちに。あっという間に全ての書類の山のお引越しが終わった。

 

「提督……私が今日来たのは……雨雲姫さんが演習に姿を見せないので様子を見にきたんです」

 

 え? 演習? 俺が書類の決済が出来なくて……でも燃料とか弾薬とか艤装の書類とか他にも一杯あってパズルみたいにややこしくて何度も突き返されて……一生懸命頑張ったつもりだけど全然足りてないのは分かってたんだ。

 

「……ごめんなさい」

 

 早速大淀さんに迷惑をかけてしまった。泣きたくなる。

 

「あっ! 頭を上げて下さい! 提督が謝る必要なんてないんです!」

 

 そんな事ねぇよぅ。俺はクソ雑魚ナメクジ以下の存在なんだぁ……艦娘の足を引っ張るしか能のないダメダメ提督なんだぁ……

 

「頭を上げて下さい! 提督は悪くないんですから!」

 

「え?」

 

 顔を上げると困った顔をしている大淀さん。またやっちまった。

 

「聞いて下さいね。結論から言うとこの書類は殆どが無意味です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はあちこちで迷惑をかけている。それは認める。クソ妖精共のせいだ。もう言い訳をする事すらしない。しても無意味だって何度も体験している。頭のおかしい奴だって思われるだけだからだ。

 

 クソ妖精共は自重しない。好き勝手する。俺は止めない。止められない。

 

 俺の評判は最悪だった。それは鎮守府に来ても変わらない。

 

 信じられない事だが基本的に妖精さんは善良だ。そりゃ少しはいたずらをする。でも可愛いものだ。髪を少し引っ張られたり、机の上の文具が少し移動していたりとか他愛のないものばかりだ。逆に失せ物を見つけてくれたりとかもするらしい。なんだそれ?

 

 中には有難がってお菓子をお供えする人間もいるそうだ。いつの間にか無くなっているお菓子を見て喜ぶらしい。今日はラッキーだってな。

 

 普通の人間には妖精さんは見えない。見て触れることが出来るのは提督と艦娘だけだ。提督と艦娘、特に艦娘と妖精さんの繋がりは大きい。艦娘が扱う艤装にも妖精さんはいて、妖精さんがいないと戦うことも出来ない。他にも艦娘施設の建造だとか艦娘の建造だとか、艦娘の修理や艤装の改修、妖精さんがいないと鎮守府は成り立たないと言ってもいい。

 

 という訳で大本営や鎮守府に所属する人間は艦娘や妖精さんの存在をある程度理解している。だから妖精さんは提督の命令で動くとか思っているらしい。なんだそれ? 初めて聞いたわ。

 

 クソ妖精共は大本営の本部や鎮守府でもやらかしている。なんせ自重しないからな。当然俺が命令したと思われてる。

 

「つまり?」

 

「意趣返し。嫌がらせですね……」

 

 無意味な書類を延々と処理していた事が判明した。そりゃ難癖つけて何度も突き返されるわ。嫌がらせなんだからな。

 

「提督は教育も受けてないですよね?」

 

「中学は卒業出来ました」

 

 高校に進学できなかった俺の高等教育は通信教育がメインである。夜学は無理だ。迷惑がかかる。え? そういう事じゃない? 特務士官教育? なぁにそれぇ?

 

 普通なら特務士官として提督専用の特別育成コースがあるらしい。ろくに教育をしないもの嫌がらせか。え? 違う? クソ妖精共が危ないから最初から考慮すらされなかった?

 

 このクソ妖精共がぁぁ!! 全部お前らのせいじゃねぇか!!

 

 俺は目の前のクソ妖精を掴もうとした。

 

 クソ妖精はひょいと俺の腕を避けると大淀さんの膝の上に座った。

 

 おい馬鹿! やめろ! そこ俺と代われ!

 

「駄目ですよ。こんなに可愛いのに」

 

 大淀さんは俺に憑いたクソ妖精を撫でる。おいマジ俺と代われ!

 

 いくら大淀さんの言葉でも耳を疑う。納得出来ない。可愛いはずがない。寧ろ邪悪だ。

 

「過剰反応していただけなんです」

 

「へ?」

 

 優秀な大淀さんは俺の事情を当然知っているだろう。クソ妖精共の所業も。俺の暗黒の学生時代も。

 

「人はいい人ばかりではありません。笑顔の裏でナイフを隠し持つ人もいます。子供なら好きが裏返って意地悪することもあるでしょう」

 

 最初は小さな反発。まだ悪意とも言えない小さな感情に反応するクソ妖精共。反発は反発を生み、悪意となる。あとは悪意の無限ループ。クソ妖精共は俺を人間の悪意から護っているつもりだったらしい。手段は最悪だが。

 

「で、でもクソ妖精共(こいつら)万引きとか財布とか盗んだりしてましたよ!」

 

 普通に犯罪だ。軽犯罪があったらまず俺が疑われた。まぁクソ妖精共の仕業だったんだけど。

 

「その……提督は余り裕福ではなかったようなので……」

 

 大淀さんは言葉を濁した。濁さなくても貧乏でしたよ。

 

 両親は早い段階で俺の事を諦めた。愛されなかった訳ではない。肉親でも悪魔のような子にイライラすることがあっただろう。近くにいられるはずがない。安アパートで一人暮らし。それが最適解だ。施設なんて絶対に無理だ。阿鼻叫喚は目に見えている。

 

 必要最低限の暮らし。金足りねぇなぁ。腹いっぱい食いてぇなぁとは思っていた。クソ妖精共は俺の思いを満たそうとしていただけっぽい。手段は最悪だが。

 

「カンニング疑惑とか……」

 

「好きな人に良い点をとって貰いたいと思っただけだよね?」

 

 クソ妖精を撫でる大淀さん。うっとり目を細めるクソ妖精。

 

 また耳を疑う言葉が飛び出た。好き? 誰が? 誰を? あり得ねぇ。

 

 俺は試験では常に百点満点を記録していた。授業では答えられないのにだ。俺の答案用紙を改ざんしていた。クソ妖精共の好意から来ているらしい。手段は最悪だが。

 

「それじゃ食べ物が消えていたのは!?」

 

 給食が丸ごと一クラス分消えていた事もあった。これも好意からか? 毒でも盛られていたのか?

 

 大淀さんは目を反らした。

 

「美味しそうな食べ物があるとついって事ありますよね……」

 

 腹ペコかっ!

 

物が飛び交う(ポルターガイスト現象)のは!?」

 

 大淀さんの目が泳いでいた。

 

「つい気持ちが昂ぶって自分を抑えられない時ってあるかな……なんて」

 

 子供かっ!

 

 結論。やっぱりクソ妖精共はクソ妖精共だった。

 

 納得いかないところもある。俺を艦娘工廠まで案内してくれた軍曹は真面目でこんな俺にも誠実な態度をとってくれた。クソ妖精共に尻を蹴られても文句一つ言わなかった。あの軍曹も俺に悪意を持っていたのか?

 

「その……提督は立場上どうしても男性から偏見を持たれてしまうので……」

 

 嫉妬か! 美人で可愛い艦娘が側にいれば嫉妬の一つ二つ三つ四つもするか。クソ妖精共はそれを感じて軍曹の尻を蹴っていたと。

 

「それでも提督の事を思ってしたことなんです。許す事は……全てを水に流す事は無理でも理解はしてあげて欲しいと思うんです」

 

 いくら大淀さんのお願いでも直に許すとか無理だ。でもこいつらが居なければ艦娘に会うことも出来なかった。許すとか別に感謝している気持ちは極わずかだけどあるのは確かだ。

 

 雨雲姫ちゃんがいるからこれからは人に迷惑をかける機会も減る。まぁそのうち。おいおいに成るがままに許す事もあるかもしれない。今はそれしか言えない。

 

 禍福はあざなえる蝿の如し。気持ちがぶんぶん変わる事もあるだろう。

 

「あぁ! そこは駄目ぇっ! 駄目だってば! 提督しか駄目なの!」

 

 はっと顔を上げると、大淀さんの膝に座っていたクソ妖精がスケベスカートの隙間から頭を突っ込んでごそごそしていた。

 

 いいぞ! もっとやれ! いや違った! 俺と変われ!

 

 違う違う! 離れろ! 大淀さんになんてことするんだ!

 

 俺はソファーに近寄ってクソ妖精を引き離そうと足を引っ張るが、なんでこんなに力が強いんだよ! どんどん奥に入って行きやがる。そうだった。こいつらは雨雲姫ちゃんの言うことしか聞かない。大人しかったから艦娘の言うことも聞くんだと思い込んでしまった。

 

「いや! だめぇ!! はぅん!!」

 

 どんなに力を入れても大淀さんの股間からクソ妖精(俺の)が抜けない。それどころかどんどん奥に入ってしまう。耳に大淀さんの叫び声とも喘ぎとも聞こえる男性をいかがわしい気持ちにしていまう色っぽい声。

 

 俺はもう駄目かもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見苦しいところをお見せしました」

 

 大淀さんの顔は真っ赤だ。優等生の雰囲気を持つ大淀さんの恥ずかしがる姿は心にクルものがある。俺の中で新しい扉が開きそうだ。

 

 いえいえ。眼福でした。心のダメージは甚大だけど。あとお尻が痛い。

 

 クソ妖精はあっさり抜けた。雨雲姫ちゃんがひょいと摘むと一発だった。直後に俺は悲鳴を上げた。雨雲姫ちゃんが俺のお尻を抓ったからだ。今までで一番痛かった。俺は何も悪くないはずなんですけどぉ!?

 

 大淀さんは何かとんでも無いことを言った気がするが、俺は何も聞いてない。記憶は封印された。やっぱりそうだったのかとか思ってはいけない。俺の心がズタズタになるだけだ。

 

「この件について大本営に問い合わせして必ず改善させますので」

 

「えっと有り難い申し出ですけど……」

 

 少しおこおこに見える大淀さん。そこまでお世話になる訳にはいかない。これは俺の問題だ。おれが解決する必要がある。俺は申し出を断った。

 

 それにしてもほんと大淀さんはいい人だ。艦娘はみんなそうなんだろうか? マジ女神様だ。いいなぁ。大淀さんいいなぁ。

 

「大淀さん、俺の艦娘になってくれません?」

 

 俺は最低保証五人の艦娘を旗下に入れられる。戦力増強の意味でも頼りになる艦娘はいくらでも欲しい。

 

 大淀さんは一度目を見開いて、そして破顔した。

 

「ふふ、嬉しい申し出ですけど、私は私の提督一筋なんです」

 

 ですよねー。俺も雨雲姫ちゃんを寄越せって言われたら全力全開で断る。誰にも渡すつもりはない。でも、でも、雨雲姫ちゃんが望むなら涙を飲んで受け入れる。受け入れるんだ俺! 考えただけも涙が出そうだ。

 

 勿論半分冗談の提案だ。旗下に収められるのは建造に立ち会った艦娘だけなんだから。提督のいる大淀さんが俺の元に来ることは絶対にない。

 

 突然ふわりと柔らかく体を抱かれた。雨雲姫ちゃんだ。なんだなんだ? 何が起こった?

 

 両の腕を俺の肩に回した雨雲姫ちゃん。ほんとどうしたの?

 

 雨雲姫ちゃんは大淀さんに顔を向けている。俺から表情は見えない。

 

「大丈夫ですよ」

 

 大淀さんは見惚れる笑顔でたった一言。

 

 雨雲姫ちゃんは俺を抱く腕にぎゅっと力を入れた。

 

 ぐえぇぇ! 苦しい苦しい!

 

 俺はタップをするが雨雲姫ちゃんは力を抜いてくれない。ぐえぇぇ。大淀さんは助けてくれない。ただ何かを思い出すように微笑んでいる。中身が出ちゃうから! 出ちゃいけないものが出ちゃうからぁ! 魂とか内蔵とかぁ!

 

「二人を見ていると昔を思い出して懐かしくなっちゃう」

 

 苦しむ俺を他所に大淀さんはそれではと挨拶してニコニコしながら出ていった。

 

 ちょっと待って! 助けて大淀さん!

 

 室内に残った二人の若い男女。俺はドキドキしていた。主に命の危険を感じて。

 

 ジタバタも出来ない。艦娘の力は人間ではどうしようもない。

 

 ぐーーー

 

 こんな時でもお腹は減る。お腹の虫が泣いた音だ。

 

 雨雲姫ちゃんがふわっと力を抜いた。命の危機が去った! 生きてる! 俺生きてる!

 

 冗談はさておき、雨雲姫ちゃんの様子がおかしい。ふわりと抱きついたまま離れない。顔を俺の肩に伏せて表情は見えない。

 

「ごめんねぇ……気が付かなくてぇ……」

 

 俺はこの三日間水と玉露しか食べてない。そりゃお腹の虫も鳴るわ。

 

 提督と艦娘の食事は無償提供されていた。俺は雨雲姫ちゃんの食事だけは確保しようと無駄な書類をずっと書いていた。いつ食堂に行っても無料で腹一杯食べられるにも関わらず。

 

 雨雲姫ちゃんには書類整理しながら食べるからってずっと嘘をついていた。酒保に行ってもお金なんて持ってないし。甲斐性のない提督でごめんね。

 

 武士は黙って爪楊枝だ。

 

 爪楊枝をしゃぶっていれば唾液で腹も膨らむって意味だ。空腹耐性は人一倍ある。数少ない俺の特技でもある。

 

 雨雲姫ちゃんが顔を伏せている肩が濡れて暖かくなった。ぽんぽんと背中を優しく叩くと雨雲姫ちゃん顔を上げた。

 

 綺麗な琥珀色の瞳から涙がぼろぼろこぼれていた。

 

 お の れ 大 本 営 許 す ま じ

 

「大丈夫だから。ね? 俺水だけで二週間過ごした事もあるし」

 

 泣き笑い。冗談だと思ってくれたんだろう。残念ながら事実だ。顔は笑っていても俺の怒りは有頂天だ。雨雲姫ちゃんを泣かせた罪は万死に値する。

 

「でもぉ……」

 

 肩に回された雨雲姫ちゃんの腕が俺の背中に移動した。手はそのまま下に降りていく。

 

 あれ? 俺、体を触られる趣味はないよ? それともえちえちな展開? 駄目駄目! 吹雪さん達と同じ駆逐艦とえちえちは駄目なの。でも雨雲姫ちゃんがどうしてもって言うなら……

 

「二度としちゃ駄目だからねぇ」

 

「え”?」

 

 ぎゃーーーーーっ!!

 

 一〇本の尖った指が俺のお尻を蹂躙した。刺さって抓ってじゃんけんぽん!!

 

 大淀さんを旗下に誘ったのが原因らしい。ごめんなさい! もう二度としませんんんんんっ!!!

 

 ほんと! ほんと! ごめんなさい"い"い"ぃぃ"!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごらぁぁぁ!! 責任者出てこいやぁぁぁ!!!」

 

 大本営のなんちゃらっていう部署。相当に偉い人がいる場所だ。そして俺に無駄な書類を押し付けた悪の巣窟だ。

 

 ケンカキックで扉をぶち破って俺はギロリと見栄を切った。

 

 今は一人だ。あのあと二人で食事して雨雲姫ちゃんは執務室でお留守番だ。

 

「なんだちみは!」

 

 俺は志村か! そうだよ! 俺が変な提督だよ!

 

 違うわ!

 

 わらわらと次から次へと湧いてくる職員(悪人)ども。

 

「えーい! 懲らしめてやりなさい! 助さん! 格さん! 風車の弥七! かげろうお銀! 後、えーと、えーと、うっかり八兵衛!!」

 

 基本クソ妖精共は俺の言うことを聞かない。でもこの時だけは十全に俺の気持ちを代弁するかのごとく動いてくれた。

 

 最早言葉は無意味。てめぇらの血は何色だぁ? 雨雲姫ちゃんを泣かせた罪を思い知れ!

 

 雨雲姫ちゃんがいない今、クソ妖精共(こいつら)を止められる者は誰もいない。俺にも無理だ。

 

 飛び交う書類。何度も転倒する職員(悪人)。ガタガタと動く机と椅子。明暗を繰り返す照明。がちゃんと割れる高そうな壺。おっとそれはいけない。止めてくれ。俺の財布に響く。

 

「何事だ!」

 

 出たな偉いさん(悪のボス)! 八兵衛行けぇ!

 

 俺は奥から出てきた偉いさんにクソ妖精をけしかけた。

 

 八兵衛(クソ妖精)は偉いさんをスルーした。偉いさんのダメージはゼロだ。

 

 あれ? あれぇ?

 

「志村! これはどういう事だ!」

 

「あいつが! あいつがいきなりやってきて!」

 

 お前が志村かーい。志村は転がりながら俺を指差した。

 

 偉いさんは俺の姿を確認すると事情を察したようだ。

 

 室内は阿鼻叫喚の様相を呈している。その中で冷静に状況を理解して慌てる事がない偉いさん。やるなこいつ。クソ妖精がスルーしたのも気になる。

 

「来なさい。悪いようにはしない。志村、お前もだ」

 

 お客様の中に加藤さんはいらっしゃいませんかー? いないみたいですね。

 

 俺はパニックの中堂々と歩いて、偉いさんが誘導する部屋に入った。志村は立てないので這いながらだ。お尻に指を重ねてぎゅるんぎゅるん高速回転するクソ妖精がいてひぃひぃ言ってる。その指で俺に触れるな。絶対にだ!

 

 重厚な応接間。意外と質素で俺好みだ。壺がないから安心出来る。

 

 テーブルを挟んで向かい合って座る俺と偉いさん。志村は床だ。立てないから仕方ない。鼻にすぼずぼとクソ妖精が腕を高速挿入している。その腕で俺に触れるな。絶対にだ!

 

「事情を説明してもらおうか」

 

 腕を組み落ち着いた雰囲気の偉いさん。

 

 おうおうおう。話してやるよ。かくかくしかじかうまうま。雨雲姫ちゃんを泣かせた責任をどうとるつもりだごらぁ。

 

 口下手な俺の要点を得ない説明を黙って聞いている偉いさん。その間志村はクソ妖精の攻撃を受けているが偉いさんは完全にスルーされている。

 

 こいつ! 出来る!?

 

 大淀さんの話だと少しでも俺に悪意を持っていればクソ妖精共の自動攻撃モードが反応する。つまりそういう事?

 

「志村」

 

 名前を呼ばれただけで志村は体を竦ませた。

 

 ははーん。そういう事か。つまりどういう事? 誰か説明して。

 

「済まなかった。全ては私の責任だ」

 

 偉いさんは頭を下げた。若造の俺にだ。簡単に出来る事じゃない。

 

 何か失敗をしたんだ。そして偉いさんは失敗を隠すことなく俺に謝罪した。失敗を隠す行為は成長を妨げる。俺の持論だ。こいつ……俺の目の前で成長しやがった!

 

「全て理解したようだな。若くとも流石は艦娘に見初められる提督といったところか」

 

 いえ、全然。さっきから説明を待ってますよ?

 

「君が考えている通りだ。全く、恥ずかしい限りだ」

 

 だから事情を説明してよ。俺の頭の中は?マークで一杯ですよ。

 

「今日のところは引き取ってもらえるか? 君の状況改善は私が責任をもって対処する。他の者の手は介入させんと約束する」

 

 それは嬉しいけど一人で納得してないでマジ説明して。腹芸とか出来ないんだから。

 

 偉いさんは立ち上がった。釣られて思わず俺も立ち上がった。あ、これ出ていく雰囲気だ。仕方ねぇ。今日のところはこの辺が潮時か。次雨雲姫ちゃん泣かしたらもっと酷いんだからねっ! あんたの顔を立てて引くんじゃないんだからねっ!

 

「済まなかった」

 

 部屋を出ていく直前にまた謝られた。今まで大人にこんな態度を取られた事がない。

 

「お、おう……」

 

 煙に巻かれた気分だ。さっきまでの怒りは完全に霧散していた。部屋を出ると阿鼻叫喚地獄は続いていたが、俺がここを去れば収まるだろう。クソ妖精共は俺に憑いているんだから。

 

 クソ妖精共を引き連れてなんちゃらって部署から去る直前に偉いさんが声を投げた。

 

「それはそれ、これはこれだ。今日の被害は弁済してもらう。艦娘の提督らしく責任はとってもらうぞ」

 

 俺の給料三ヶ月分が綺麗にすっ飛んだ。むしろ金で済んだ事に感謝なのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見て見て、雨雲姫ちゃん!」

 

「広いっ!」

 

 俺の新しい執務室だ。三〇畳くらいある。無駄に広い。提督は一律にこの広さの執務室を持っているそうだ。

 

「ほら! トイレ!」

 

「ぴかぴか!」

 

「ほらほら! クローゼット!」

 

「何もない!」

 

「じゃ~ん! お風呂!」

 

「広々!」

 

「ここが給湯室!」

 

「玉露しかない!」

 

「そんでもって寝室!」

 

「……」

 

 そこで赤くならないでよ。もじもじしないで! 意識しちゃうでしょ! えちえちは駄目だよ! 何故かキングサイズとこれもまた無駄に大きいベットは一人で寝るには大きすぎる。

 

 雨雲姫ちゃんにも個室が与えられた。艦娘を集めた寮があって今日からそっちで生活だ。今まで俺は床で寝て雨雲姫ちゃんはソファーで寝ていた。短い間だったけどこれからは別れての生活だ。少し寂しくなるけど仕方がない。生活環境は劇的に改善された。

 

 部屋の隅に置かれた執務机。三〇畳もあるけど物は部屋の角にしか置かれていない。二七畳は完全に無駄スペースだ。こんなに広くても使い切れない。

 

 艦娘が増えれば荷物もどんどん増えるらしい。私物を置くわけでもないのに何が増えるって言うんだ。大淀さんも詳しい説明はしてくれなかった。

 

 執務机を見る。書類は数枚。ペラペラだ。新人提督に仕事は殆どない。まずは艦娘が戦えるようになるところから始まる。俺たちはまだ入り口にも立っていない。

 

 無意味な書類も無くなった。これからどんどん増えるらしいけど今はこれで足りるそうだ。これくらいなら何とかなる。追々慣れるだろうし。

 

 雨雲姫ちゃんはあの日から少し雰囲気が変わった。少し明るくなった。距離感も少し近くなった気がする。こうして日々艦娘との絆が深まっていくんだな。

 

 明日から雨雲姫ちゃんが強くなる為の演習も始まる。

 

 来月は二人目の艦娘建造だ。これから忙しくなるぞ。

 

 頑張ろうね、雨雲姫ちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちな、大本営のあの偉いさんは艦娘と提督から敬意を払わている本物の人格者だった事が判明。給料が入ったら折り詰めセットを持って謝りにいくつもりだが、向こう三ヶ月、俺はタダ働きだ。

 

 お、大淀さん……お金貸してくれるかな……

 

 



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