変これ、始まります   作:はのじ
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03 雨雲という名の美姫

「あれ? てっきり彼女が出てくると思ったんだけど。あれ? あれぇ?」

 

 建造直後の彼女を見て明石さんが発した言葉がこれだ。

 

 彼女が誰を指しているか分からないが、やっぱり明石さんはある程度誰が出てくるのか予想が出来たみたいだ。まぁ消去法と用意した資源の量で推測出来るといったところだろうか。

 

 残念ながら建造直後の艦娘は装甲艤装を身に着けていた。素っ裸ではない。素っ裸ではなかった!

 

「あなた誰ぇ?」

 

 俺の艦娘の第一声だ。うん。可愛い。美人ではなく可愛い子だった。

 

 少し幼い容姿だから軽巡洋艦か駆逐艦か。海防艦って事はないな。そこまで幼くない。

 

 なんか全体的に白い子だ。髪と肌、装甲艤装も白い。

 

 最初の五人の艦娘や明石さんの装甲艤装から艦娘ってセーラ服型の艤装がデフォかと思っていたが彼女はそうじゃない。全体的にぴったりと体のラインが出るような、でも腰回りはふわふわとしたスカート。

 

 胸は少々控えめ。でもしっかりと自己主張している。装甲艤装がぴっちりしてるから隠しようもないサイズと言っておこう。

 

 胸元のダイオウグソクムシみたいなアクセサリーがチャームポイントだ。

 

 肩口までの短い裾は少し膨らんで柔らかさを感じる。裾から伸びた腕は鎧のように覆われた装甲艤装で指まで覆われている。一〇本の指なんか尖っててぶすりと刺さりそうだ。

 

 太ももは防御力が低そうな黒のスパッツ。それ以外は殆ど生足だ。

 

 長く白い髪を頭の両サイドで二つの三つ編みでまとめて、マシュマロみたいな柔らかそうな帽子を被っている。その帽子から角みたいなのが二本にょきっと飛び出していた。電探かな?

 

 殆ど白と黒のモノトーンだが、特筆すべきは瞳の色だ。琥珀色の瞳は白から飛び出すように綺麗に輝いていた。

 

 つまり文句なしの一〇〇点満点。ブラーボー!

 

 吹雪さん! 本当に艦娘って可愛い子揃いなんですね!

 

 美人か可愛いかの二択。天国かよ!

 

 俺は誓うぞ! 君の為なら俺の全てを賭けると!

 

 駆逐艦だとしたらえちえちな事は無理だけどそんな事は問題にすらならない。

 

 なんでえちえちは無理なのかって?

 

 馬鹿野郎! 吹雪さん達最初の五人の艦娘は駆逐艦なんだよ!

 

 憧れの五人の艦娘と同じ駆逐艦で自家発電すら出来るはずがねぇだろ! えちえちな事なんて尚更だ。

 

 罰が当たるわ!

 

「んー? 誰だろ? 会った事がない彼女かなぁ? 村雨ちゃんにちょっと似てるけどそんなはずないし」

 

 明石さんがまだ首を捻っている。建造は成功したんだからどうでもいいんじゃないかなぁと思う俺提督。建造したてで疲れているんじゃないか? 今日はゆっくり俺の執務室で休んでもらった方がいいんじゃないか。

 

「もしかして峯雲ちゃんかな?」

 

 明石さんが書類を見ながら聞いてきた。あれに未建造の艦娘のリストが書かれているんだろう。

 

 まだ名前も聞いてなかった。峯雲って名前なのか? ふわふわした帽子は雲を連想させる。凄くいい名前だ。

 

 彼女は琥珀色の目を見開いてから少し時間をかけてニコリと笑った。

 

 間違いない。彼女の名前は峯雲ちゃんだ。

 

「ふむふむ。やっぱりちゃんと成功してましたね。峯雲ちゃん、私は明石。よろしくね」

 

 いかん! 挨拶が遅れた! 彼女の提督としてこれはいけません。

 

 俺は峯雲ちゃんに掌を伸ばした。握手だ。可愛く女の子座りしている峯雲ちゃんとフレンドリーな挨拶から始めよう。決して柔らかそうな肌に触れたいと思った訳じゃない。

 

「俺は提督! 今日から君の提督だ! よろしくな! 峯雲ちゃん!」

 

 峯雲ちゃんが手を伸ばして俺の手を握った。その瞬間、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 

 あばばばばばば!

 

 あまりの衝撃で握った掌が離れてしまった。畜生! 柔らかかったのに!

 

「言い忘れてましたけど、ちゃんと知ってたんですね。そうやって最初に提督が触れることで艦娘を指揮下に収めるんですよ。相互承認って事ですよ」

 

 クソ大本営がぁ! 大事な事はちゃんと言え! クソが! クソが!

 

「ふぅん」

 

 あれ? 峯雲ちゃん? 峯雲ちゃんだよね? あれぇ?

 

 俺は彼女の提督になった。誰がなんと言おうと彼女は俺の指揮下に収まっている。それは俺も理解している。彼女も理解している。

 

 でも提督としての俺の直感が彼女の手を握った瞬間からガンガン警告を鳴らしている。

 

 『その子、峯雲やないで』

 

 って。

 

「それじゃ私は大本営に報告してきますね。あとは若い二人でどうぞ。あ、いくら峯雲ちゃんが可愛いからって、えっちな事は駄目ですよ。うふふ、冗談ですよ」

 

 明石さんはウィンク一つ、冗談を言って艦娘工廠から去っていった。

 

 そうじゃない。そうじゃないんだ明石さん! 確かに可愛い。可愛いんだけど。

 

 この子誰?

 

「痛ぇっ!」

 

 頭痛が痛い!

 

 唐突なノイズみたいな頭痛が痛いです!

 

 ざっ、ざっとノイズが走り頭がズキズキと痛んだ。

 

 

 ――深 海 鼠 駆 逐 艦

 

 

 ノイズが走り頭痛と共に頭に浮かぶ文字列。

 

 

 ――深 海 雨 雲 姫(にむぶすき)

 

 

 あぁこれは彼女の名前だ。俺は直感的に理解した。

 

 彼女は峯雲ちゃんじゃなかった。

 

 これは提督のスキルなのか、繋がった艦娘との間の絆なのか。そんな事はどうでもいい。彼女は峯雲ちゃんじゃなかったんだ。

 

 なんて事だ。おれは提督として重大なミスを犯していた事にこの時初めて気がついた。気がついてしまったんだ。

 

 彼女は……彼女は……

 

「よろしくな! 雨雲姫ちゃん!」

 

 名前を間違えるなんて提督としてあり得ねぇ。顔が赤くなるくらい恥ずかしい。俺は失敗を隠す事なんてしない。それは成長を妨げる行為だ。失敗は失敗。認める事で俺はまた一つ成長出来た。

 

 彼女は駆逐艦雨雲姫。

 

 俺の初めての艦娘だ。俺は雨雲姫ちゃんを大事にすると改めて心に誓った。この誓いが破られる事は吹雪さん達に誓ってあり得ないと重ねて誓う。

 

 吹雪さん達五人に誓う約束は俺にとって決して破ってはいけないものだ。俺にとってとても神聖な約束なのだから。

 

 雨雲姫ちゃんが俺が伸ばした掌を握った。今度は電気ショックはない。

 

「よろしくねぇ」

 

 琥珀色の瞳をらんらんと輝かせる雨雲姫ちゃん。

 

 にこりと笑みを浮かべる姿は、背筋が凍る程可愛かった。

 



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