変これ、始まります   作:はのじ
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01 新人提督現る

 皆さんは艦娘という存在をご存知だろうか? 勿論知らない人はいないと思う。

 

 二三年前、日本を世界を深海棲艦の魔の手から救う為、突如として顕現した戦乙女達だ。

 

 偽装という艦娘しか扱えない特殊な兵装を自在に操る戦う女神とも言える存在だ。戦うと言ってもその姿形は例外なく若く見目麗しい姿をしている。勿論人間ではない。人間では深海棲艦と戦えないからだ。

 

 人間は深海棲艦に対して無力だ。

 

 数十年、数百年と実験と検証を繰り返し技術の粋を高め続け、一度に数十万人を殺すことの出来る兵器の数々は深海棲艦には無力だ。例え純粋水爆の直撃を受けても深海棲艦は僅かに表層が焦げるだけ。

 

 深海棲艦と戦えるのは艦娘だけ。純然たる事実だ。

 

 深海棲艦は突如として現れた。

 

 言葉は通じず、問答無用に人類を襲う深海棲艦。

 

 その力は凄まじくあっという間に日本のシーレーンは封鎖され、陸、海、空の自衛の為に設立された部隊は七日で半壊した。

 

 情けない? そんな事はない。彼らの奮戦があったお蔭で多くの日本人の命が救われた。謎の存在深海棲艦に対して自らが国民の盾となって多くの日本人を避難させた。

 

 何より大きいのは時間だ。口さがない連中は稼いだ時間は僅かだったと言う。しかしその時間があったお蔭で本当に多くの日本人の命が助かったんだ。

 

 そしてその時間のお蔭で俺は生まれる事が出来たと言って良い。

 

 艦娘だ。艦娘が顕現したんだ。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん。

 

 今や知らない人がいないであろう、最初の五人。

 

 最も有名な艦娘と言っても良い。

 

 俺の両親は自衛の部隊が稼いでくれた時間がなければ死んでいただろう。直後に顕現した艦娘が両親を窮地から救ってくれたからだ。

 

 五人の艦娘は日本の沿岸から深海棲艦を駆逐した。たった五人でだ。今より深海棲艦が弱かったとはいえ、伝説として語られる程の大活躍だ。

 

 それから先は皆さんのご存知の通りだ。

 

 通称、艦娘法と呼ばれる法律が与野党一致の異常な速さで可決され、一部とは言えシーレーンも復活。復興は急速に進み、諸外国との通信も不安定ながら復旧した。

 

 驚く事に艦娘は世界中で顕現していたのだ。

 

 勿論全ての国というわけではない。

 

 アメリカ、ドイツ、イタリア、ロシア、イギリス、スウェーデン。

 

 少数ながら大国といえる国々に艦娘が顕現したのは不幸中の幸いだろう。

 

 残念ながら、朝鮮半島や中国、台湾、東南アジア諸国からインド、中東諸国とアフリカ大陸に艦娘は顕現していない。海のない中央アジアもだ。

 

 安全保障とシーレーン確保の観点から太平洋の西側、日本海からインド洋の一部の広い範囲を日本が守る必要があった。

 

 五人の艦娘だけでは無理だろうって?

 

 そんな事はない。深海棲艦が現れてから二三年。日本だけでなく世界中で艦娘の数は増えつつある。

 

 どうやって増えているのかは軍事機密だ。どれだけの数がいるかも分からない。一般の人間が知ることは不可能だ。

 

 そうなんだ。艦娘は軍事機密なんだ。自衛の部隊から国防軍に昇格し、艦娘を旗下に収めた大本営の人間ですら一部の高級幹部を除き全容を知らないとは巷間の噂だが、実際俺も詳しいことは何も知らない。

 

 ニュースで艦娘の活躍が取り上げられても、姿どころか名前すら表に出てくることは滅多にない。

 

 なのにどうして、姿形が例外なく若く見目麗しい姿をしているって言えるのかだって?

 

 最初の五人の艦娘が言うからだ。

 

 メディア露出するのは最初の五人、吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さんが殆どだ。後は本当に僅かな艦娘だけ。

 

 今でも絶大な人気を誇る彼女達の言葉を疑う日本人はいない。

 

 アイドルなんて到底敵わない人気は政治家が政治利用しようとして何人も政治生命を断たれる程だ。ある意味アンタッチャブルと言っていい。

 

 容姿はやや幼いが、今でも十二分に可愛らしく将来を期待させる容姿の吹雪さん達は大人にも子供にも大人気だ。

 

 その彼女たちが言うのだ。他の艦娘は全員、自分たちより可愛く美しいと。

 

 勿論謙遜だろう。しかし彼女たちが無意味な嘘を言うはずもない。

 

 深海棲艦との戦いは長く、これからも続くと予想されている。

 

 しかし人類には希望がある。艦娘がいるからだ。一説には日本の艦娘の数は二〇〇を超えるらしい。世界にはもっと多くの艦娘がいるはずだ。

 

 いつか赤い海を人類の手に取り返し青い海に変える。

 

 不可能なんかじゃない。艦娘と人類が手を握っている限りそれは決して不可能なんかじゃないんだ。

 

 人類は負けない。艦娘がいる限り。俺たちの戦いはこれからなのだと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話は変わるが、艦娘は自らを指揮する提督、司令官と呼ばれる存在を求めるそうだ。勿論軍事機密で国民が知るはずのない情報だ。

 

 俺は知った。さっき知った。知ったばかりのほやほやの超ホットな情報だ。

 

 提督の有無で艦娘の力は驚異的に跳ね上がるそうだ。誰にでもなれる訳じゃない。なんでも生まれ持っての資質が必要らしい。

 

 資質は数十万人から数百万人に一人の人間しか持っていないそうで非常に稀有なため、提督の数は慢性的に不足しているらしい。その為に実は子供の頃から俺は大本営に目をつけられていたらしい。

 

 そうです。俺は提督になったばかりなのです。

 

 勿論否やはない。艦娘と共に深海棲艦と戦えるのは誉だ。何より艦娘は日本人にとって恩人であり憧れだと言ってもよい。

 

 吹雪さん、叢雲さん、漣さん、電さん、五月雨さん達と肩を並べて戦えるならこれに勝る喜びなんてない。でも残念ながら提督が前線に出ることはないそうだ。それはそうだ。人間の兵器は深海棲艦に通用しないのだから。足手まといにしかならないだろう。

 

 提督の資質とはなんだろうか?

 

 幾つかあるらしいが、一つは艦娘に無条件に好意を持たれる事。

 

 これは一種の体質らしい。艦娘は人類を愛してくれている。人類を深海棲艦から救ってくれた事から明らかだ。それとは別の事らしい。

 

 会ってみれば分かると詳しいことは教えてくれない。大した教育もせず最初からOJTとは大本営もなかなかに新人に厳しいクソ組織だな。え? 違う? 先入観を持たないため? 個性豊かな艦娘を一纏めに出来ないから会ってから確かめろ? 最初から言えバーロー!

 

 提督と艦娘は相性があるらしく今の時点でどの艦娘を指揮するかわからないそうだ。なるほど。大本営も考えてくれていたのか。

 

 ちなみに大本営は艦娘をこき使う組織だと一般的に信じられており人気は非常にない。吹雪さん達がそんな事はありません、とメディアで火消しをしてはいるが、軍事機密を盾に艦娘を独り占めしているんだ。擁護のしようがない。

 

 しかしなるほどなるほど先入観。俺も大本営は嫌いだった。思わずディスるほどには嫌いだった。だが俺もこれからは大本営サイド。ディスられる事もあるだろう。みんな先入観で人を見てはいけないよ。

 

 そしてもう一つの決定的な資質。

 

 それは小さな小人共に好かれているかだ。

 

 正式名称は妖精さんというらしい。おかしい。それが正式名称なら妖精さんさんとなるのでは? そもそも敬称が正式名称についているのが変だ。だが妖精さんは存在自体がファンタジーだ。ふわっとそんなものだと考えるように言われた。深く考えても意味はないらしい。

 

 そして俺は妖精さんを知っていた。子供の頃から見えていたのだ。

 

 俺は小人共と呼んでいた。奴らは妖精さんなんて可愛い呼び名に相応しい存在じゃない。

 

 奴らのせいで俺は何度か病院通いをしているのだ。頭の方の病院だ。見えないものが見える人間は社会から弾き出されるのだ。

 

 見えるから病院に行かされたのではない。奴らはいたずら好きだ。

 

 奴らが仕出かしたいたずらは全部俺のせいにされた。当然俺は否定する。

 

「僕じゃない! 小人共がやったんだ!」

 

 な? 頭おかしい奴と思われるだろ?

 

 手にした覚えのない商品がポケットに入っている。食べていないのに綺麗なった食器。授業では答えられないのに、全て一〇〇点の答案用紙。俺に殴られたと泣き叫ぶクラスメート。

 

 碌なもんじゃない。暗黒の学生時代だ。

 

 最近ではいたずらはマシになるどころかエスカレートしている。

 

 そんなのが五匹いる。小人共の単位なんて匹で十分だ。

 

 あれか? 好きな子に素直になれず意地悪しちゃう的な?

 

 ありえねぇ。お蔭で俺の初恋はうす汚いどどめ色だ。思い出したくもない。

 

「ふんばらばー!! ち、ちく、びーち、くわ大みょみょみょ!!」

 

 気にしないでくれ。俺に憑いた小人の独り言だ。

 

 引き連れる妖精さんの数は旗下に収める艦娘の数に比例すると言う。つまり俺は最低五人の艦娘を率いる事ができるそうだ。

 

「君は五人の妖精さんに好かれていると聞いている。期待しているよ」

 

 眼の前の大本営の職員は妖精さんが見えない。提督じゃないからだ。

 

 普通の提督には一人、もしくは二人の妖精さんが付いているそうだ。俺みたいに五匹に憑かれているのは初めての事例らしい。

 

「けけけけけけけ!!!!」

 

 瞳を見開いた小人の内の一匹が目の前の職員の鼻に腕を肘までずぼずぼと高速挿入している。

 

 驚いた職員は腕を振って小人を振り払った。見えなくても存在は知っている。何をされたかは理解しているだろう。振り払ったところで高速挿入を繰り返す腕は抜けない。そんなヤワな奴らじゃない。

 

 そして職員はお尻を押さえて悲鳴を上げた。

 

「わーい。わーい」

 

 一匹の小人が教科書に載るような綺麗なカンチョーを決めたからだ。

 

「おい! 止めさせろ!」

 

 職員は言うが、俺が言った所で止まる連中じゃない。止まるなら暗黒の学生時代なんて送っていない。病院通いもしていない。警察のお世話にもなっていない。

 

 指を重ねて高速でぎゅるんぎゅるん回転する小人。おいおい楽しそうだな。絶対にその指で俺に触るなよ。絶対にだ!

 

 小人共が見えない人間からしたらコントのような動きをしながら職員は悲鳴を上げて室内から逃げていった。

 

 ひょいと俺の肩に乗った一匹の小人が満面の笑みを浮かべてピースサインを出した。

 

 俺はポケットを確認した。

 

 高級そうな財布が入っていた。中身を確認すると三〇を超える高額紙幣が入っていた。

 

 公務員なのに大本営所属ともなると高給取りなんだねぇ。

 

 俺は窓から財布を全力でぶん投げて証拠を隠滅した。

 

 艦娘に引き合わせてくれるチャンスをくれた事に感謝してこれからはクソ妖精と呼んでやる。ありがたく思え。この性悪小人共。

 

 さてと。明日から提督業がんばるぞ。艦娘に会えるのが楽しみだなぁ……

 

 ポルターガイスト現象のように室内で物品が飛び交う様子を見ながら俺は新天地で頑張る事を誓った。

 

 日本を深海棲艦から守るためがんばるぞ。えいえいおー。

 

 

 

 

 

 

 

 



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