カスタマーレビュー

2008年3月19日
 戦国から江戸初期を舞台にした歴史小説では、『信長公記』と『武功夜話』が、頻出資料の両巨頭といっても言い過ぎではあるまい。次点は、せいぜい『日本史』『甲陽軍艦』『三河物語』あたりや、『ザビエル河童説』などの民明書房の優れた文献群ぐらいである。(一部に記憶違いがあれば許して欲しい)
さて、本書は、頻出資料両巨頭の片割れである『武功夜話』が、実は偽書なのだということを、かなり強力に、実証的な考察を交えながら解説してくれる、とても貴重な一冊である。

 墨俣の一夜城、三段撃ち、武田の騎馬軍団、鉄甲船、こういったパーツは、時代小説を面白くする断片の一つではある。フィクションとして考えるならば、説明扶養のイメージを喚起する意味でも価値がある。しかし、いったいどこまでが史実なんだろう、という素朴な疑問を抱かせるのも事実である。

 少なくとも、その程度にしか認識していない一般読者としては、『武功夜話』が、専門家にとっては偽書というのが常識だとは、ついぞ知らなかった。私は、初めてそのことを耳にするや、猛烈に興味を持った。そして解説を探しているうちに見つけたのが本書なのである。

 結論として、『竹内文書』などよりはハジけ過ぎたりはしていないが、それゆえ本当っぽく、挙句に著名な知識人がお墨付きを与えてきたことで、過剰なまでに信憑性が誇張され、一般に流布してしまったことが分かった。少なくとも事実を大事にする文脈からは、かなり悪質な疑似歴史科学の範疇になると判断せざるを得ない。

 本書による、『武功夜話』のデバンキング(偽りを暴くこと)は、出所の怪しさ、純粋な論理的推論だけでなく、『武功夜話』よりも後代についた地名を、うっかり使っていることの実証なども交えており、かなり強力だ。そして、真相の解明は、それだけで十分に面白い。そういったわけで、もし史実に興味があるならば、本書は圧倒的におすすめである。
12人のお客様がこれが役に立ったと考えています
0コメント 違反を報告 常設リンク