密会
「あの豚……失礼。王様じゃないですが、今夜は長そうですね」
樹がぐったりとした様子で呟きました。
そうですな。
昼間はタクトとの一件。
そして夕方に豚王と謁見し、夜にタクトを殲滅。
これから女王に会いに行く訳ですから、忙しいですな。
「そうだな。面倒な事になりそうだ」
「まったくですな」
「その原因は結構な割合で元康くんだと思うけどね」
お義父さんに言われてしまいました。
心外ですな。俺は真摯に世界を救うために戦っているのですぞ。
雑談をしながら俺達はフォーブレイの迷路のような城内を歩いて行きます。
「それで、エクレールさん。女王と会って何かあったの? 例えば話を聞いてもらえなかったとか」
「いや、女王は聡明な方だからな。私の話を聞いてもらえなかった訳ではない。むしろ、メルロマルクの方で起こっている厄介な問題に関して説明を受けたのだ」
「へー……どんな問題なの?」
「それを今から女王の口から聞いてもらいたい」
「出来れば会いたくないですね。僕達が関わった所為で夫と娘が死んだ訳ですし」
「誰の責任とかは言わないがな。思い通りに行かなかったからと俺達を殺そうとした奴等に大義は無いだろ」
「……女王もその件に関しては思う事はあっても、勇者殿を咎める気は無いと私に伝言している。状況が違えば敵対していた可能性もあったが、事は女王の感情で動いている訳ではない」
エクレアがとても真剣な様子でお義父さん達に説明しておりました。
俺はフォーブレイの城内から豚小屋の匂いがしないか不安に思いながら歩いておりますぞ。
何せ王が豚ですからな。
魔法で照明が付いてはいますが薄暗く感じます。
案内されたのは別の客間の様ですな。
エクレアが扉を軽く叩きましたぞ。
「エクレール=セーアエットです。勇者殿達をお連れ致しました」
「入ってよろしいですよ」
「失礼」
エクレアが扉を開けて俺達を案内しましたな。
室内は俺達に与えられた客間とほぼ同じ様ですぞ。
女王は部屋の奥にある椅子に、腰かけておりました。
その後ろには書類の束が結構ありますな。外交努力ですかな?
「女王……エクレール=セーアエット、ただいま戻りました」
エクレアが深々と敬礼してから言いました。
「そして四聖勇者様方をご案内いたしました」
「セーアエット嬢、此度の指示に従ってもらい、真に感謝します」
「ハ! ありがたき幸せ!」
柔和なその様子にお義父さん達は拍子抜けした様な面持ちをしておりますな。
女王は俺達の方に視線を向けて、胸に手を軽く添えてから口を開きました。
「メルロマルクの女王……ミレリア=Q=メルロマルクと申します。此度の勇者様方へ我が夫と娘の蛮行に対して国の代表として謝罪致します」
と、深々と女王は俺達に頭を下げました。
「え、えっと……はい」
返答に困った様子でお義父さん達も応じます。
まどろっこしいですな。
お義父さん達も何を遠慮しているのですかな?
「愛の狩人! 北村元康ですぞ!」
「元康さんがフライング気味に自己紹介を始めましたよ!」
「どの面下げて自己紹介してるんだ!」
何やら錬と樹に注意されてしまいました。
女王の方は温和に軽く笑みを浮かべております。
「ま、まあ……とりあえず自己紹介をします。盾の勇者として召喚された岩谷尚文です」
「……結果的とは言え元康さんの遠慮の無さに返す言葉が無かった僕達も話せるのですから感謝しますか。弓の勇者として召喚された川澄樹です」
「関係が関係だから、とても話がし辛い相手であるのだがな……剣の勇者として召喚された天木錬だ」
お義父さん達も俺に続いて、自己紹介をしました。
これで素早く話を進められますな。
「あの……それで俺達に聞いてもらいたい事ってなんですか?」
「はい。セーアエット嬢から聞いた勇者様方の話とも合わせて、話をして行くとしましょう」
女王は先ほどの柔和な笑みから真剣な表情になってお義父さん達に説明を始めました。
「勇者様方は我がメルロマルクの二度目の波を沈めて頂き、更には国内の情勢を調査したと聞きました」
「エクレールさんと一緒に国内で起こっている問題と波への認識不足に関しては調べましたね」
樹が女王の言葉に同意しました。
あれは酷い物でしたな。
これまでの世界でも同じ事が起こっていたと思うとゾッとします。
……あそこまで変な連中を見たのは今回が初めてですがな。
「我が国はどうだったでしょうか? 勇者様の目で見て、正直に仰ってください」
「どうって……」
樹は返答に困ったように俺達に視線を向けましたな。
気にする必要無いのではないですかな?
「まず上層部が腐ってるな。亜人排他主義も大概にしろ。その所為で尚文が酷い差別を受けそうになり、俺達も片棒を担がされ掛けた」
「そ、そうですね。元康さんがいなかったら今頃……僕達は固定観念に凝り固まって道化を演じている所です」
お義父さんは沈黙をしておりますぞ。
どうしたのですかな?
「耳に痛い話ですね。私もどうにか国の差別を抑えたいと努力はしていたのです。ですが……」
「確か、波で亜人との優遇を推していたエクレールさんのお父さんが亡くなり、その所為で亜人狩りが活発化したんですよね?」
「はい。嘆かわしい限りで……我が夫も亜人との戦争によって名を馳せた者故……融和政策を推し進めなければならない時に愚かな決断をして……挙句、四聖召喚を三勇教と一緒に画策した後、娘と便乗して盾の勇者様を罠に掛けようとした始末。報告では陰謀に気付いた勇者様方に拒絶され、殺そうとしたとか」
と、女王が何やら呟くと辺りに圧迫感が生まれますな。
クズへの愚痴ですぞ。
最初の世界でクズを思い切り私念で罰しておりましたからな。
それがここでも発露しているのですな。
「その件に関しては誠に申し訳ありません。我が夫と娘の非に関しては……返す言葉もありません」
「あ、はい。こっちも……謝って済む問題じゃないですが、すいません」
お義父さんが口を開いて謝りました。
謝る必要など無いですぞ。
と思いましたが、錬と樹も気まずそうな表情をしておりますな。
「その後、俺達はシルトヴェルトの方から旅をしながら自身を高め、世界の様子を確認した後……思う所あってメルロマルクの調査に戻りました」
「正確には元康さんが思い出した問題点の所為ですけどね」
「そうだね。女王はエクレールさんから元康くんが未来から来たと言う話を聞いていますよね?」
まあ色々な所で話していますからな。
信じる信じないは別にしても、少しでも耳の聡い者なら情報として知っているでしょう。
「はい、耳にしております。他にメルロマルクにいる密偵から不可能な数々の不審な点、フォーブレイへ到着後……数時間前の出来事に関してもですね。それを照らし合わせると確かに、未来を知らねばわかり得ぬ事だと思います」
「し、信じてくださるのですか?」
「ええ、四聖とはこの世界にとって神に等しい存在。そのような不思議な力を宿していても何の不思議もないでしょう」
やはり女王は物分かりがとても良いですな。
基本的に判断を間違えないと思って良さそうですぞ。
「それと……昼間の一件もありますからね」
「昼間?」
「ほら、出てきなさい。いつまで隠れているのですか?」
女王がベッドの方を向いて呼びかけると、ベッドの下から婚約者が出てきました。
「え? 君は……」
婚約者はお義父さんから視線を逸らしたままトボトボと歩いてきましたぞ。
「私の娘であるメルティです。昼間は勇者様方と会ったそうで……助けて頂き、ありがとうございます」
「あ、はい……」
お義父さんは婚約者の経歴を知り、俺を睨みますぞ。
そして小声で聞いてきました。
「婚約者って、メルロマルクのお姫様だったの!?」
「ですぞ」
「ですぞ、じゃないよ! 俺達は親の仇なのに当たり前のように接しちゃったじゃないか!」
おや? お義父さんに怒られてしまいました。
あんなクズがどうなろうと婚約者との関係に差など出るのですかな?
正直に言えばクズを煙たがっていた様に俺には見えましたが。
「何か問題があるのですかな?」