【完結】憧れの提督()になりました   作:はのじ
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09~終

09

 

 

 うちの鎮守府には潜入工作に適した姿形をしている者がいない。

 

 ラノベみたいな愚痴だが真実だ。

 

 足がなかったり顔がなかったり、角が生えてたり、口が大きかったり、腕が逞し過ぎたり、お椀みたいな偽装で移動したりする者が多い。ベッドの上に乗って戦う奴もいるくらいだ。

 

 唯一にして一番まともなのが、深海棲艦提督たる俺。

 

 まぁ人間だから当たり前なのだが。

 

 しかし幾つかの理由で却下となる。

 

 一人しかいない深海棲艦提督であるからというのが一番の理由だが、結局潜入しても直に正体は露見してしまうだろう。

 

 忘れていないだろうか? 奴らの存在を。

 

 そう。妖精さんである。

 

 純粋な振りをして妖精さんは人間をよく見ている。

 

 この人間はお菓子をくれるだろうか? 暴力を振るうだろうか? 悪い人間だろうか? 艦娘に危害を加えるだろうか? 提督に意地悪するだろうか?

 

 俺が潜入しても一秒でお縄になる事請け合いだ。

 

 参考ながら俺が小さい頃から見えていた小人さんは深海棲艦妖精さんである。今も視界の隅で忙しそうに働いている。

 

 さて困った。大本営の深海棲艦に対する大戦略を知りたいのだが適任がどうしても見つからない。

 

 駆逐水鬼ちゃん、そこんところどう思う?

 

 俺は今日の秘書艦であるところの駆逐水鬼ちゃんに聞いてみた。

 

 駆逐水鬼ちゃんはカッチカチの駆逐艦である。駆逐艦だと舐めてかかると防御はまず抜けない。

 

 そして驚くなかれ、四つも装備を持つことが出来るのだ。同志中くらいもびっくりだ。ハラショー。

 

 駆逐艦なので容姿は今までの秘書艦に比べて幼い。さすがに睦月型とかと比べると失礼だが、秋月型くらいかな?

 

 しかしそこは深海棲艦。露出度はお察しだ。

 

 ヘルメット型の偽装を被り、脱ぐと実はちょっと可愛く短いサイドテール。

 

 お臍むき出しでノースリーブの単衣は暴漢に襲われたの!? と言わんばかりにあちらこちらが破れている。

 

 腰から伸びたベルトが両もものガーターリングと繋がって隠れているので良く良く見ないと確認出来ないが、黒の下着のみの破廉恥仕様。

 

 今後の成長が楽しみなお嬢さんである。

 

「? 大本営の幹部でも捕まえてみたら?」

 

「それだ!」

 

 そうだ。何も潜入工作をする必要なんてなかった。原点に立ち戻れば良かっただけだ。

 

 誰が幹部なんて分からないが、偉そうな船で偉そうにふんぞり返っている奴が幹部に違いない。指示がいい加減過ぎるが、深海棲艦に人間の区別なんてつかないから人物を特定しても無意味なんだ。

 

 という訳でお願い出来るかな?

 

 俺はスナック感覚で出撃可能な量産型深海棲艦五人と硬い事に定評がある、潜水新棲姫ちゃんに大本営幹部の営利誘拐をお願いした。

 

 お願いねー。あ、無理は禁物ですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、自分でも馬鹿な命令をしたと思っていたが彼女たちは確りと期待に応えてくれた。

 

 眼の前に第一種軍装に勲章をじゃらじゃらつけた震える偉そうなおじさん。

 

 レ級きゅん達は地味に潜伏し続け、艦娘を避け続けた。対象は五隻の護衛艦に守られ、偉そうな船の艦橋でふんぞり返っていた人間らしい。

 

 これはこれ見よがしに幹部ですわ。

 

 俺はよしよしと五人のエリートレ級きゅんと潜水新棲姫ちゃんの頭を撫でた。

 

 ちなみに赤い海だと人間は一〇秒で死んでしまうので前線に程近い青い海の上での接見である。護衛としてもレ級きゅんは申し分ない。

 

 人間と深海棲艦は言葉による意思伝達が不可能だ。何を喋ってもお互いノイズにしか聞こえない。

 

 助けてくれ! 金ならいくらでも払う! 君は人間だろう! 自分のしている事が分かっているのか?

 

 レ級きゅんが頭を掴んで、ピキッと自分の頭蓋骨に罅が入る音が聞こえた途端に素直になってくれた。

 

 ほうほう、成る程、それで?

 

 満足した俺はレ級きゅんにもういいよと頷いた。

 

 レ級きゅんは手首を返して、簡単に取れたそれをダイナミックに水平線の彼方にぶん投げた。残った部分は魚の餌だ。

 

「さて、帰ろうか? 護衛よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? どうだったのかしら?」

 

 書類を纏めていた駆逐水鬼ちゃんが俺の顔を見て尋ねて来た。

 

 彼女も結果が気になるのだろう。

 

「分からないという事が分かった」

 

 相互不理解。

 

 俺たちは艦娘の事をよく分かっていない。俺はゲームから性格や艤装なんてデータ的なものは知っている。

 

 でも、艦娘って一体何?

 

 建造は出来る。妖精さんがそういう施設を作ったから。

 

 でもどこから来たの? どこへ行くの?

 

 分かる人がいれば手を上げて?

 

 いないでしょ? それは深海棲艦も同じだ。

 

 深海棲艦は未だに謎だ。目的は? 生体は? 知性は?

 

 交渉すら出来ない未知の生物(?)。意味不明な艦娘を戦力として採用している時点でかなり追い詰められていると言えよう。

 

 倒しても倒しても無言で攻めてくる深海棲艦に対して、戦略的勝利の条件を決めかねているようだ。

 

 全滅させる事が出来るのか?

 

 将来的に停戦交渉は可能なのか?

 

 そもそもどれだけの数がいるのか?

 

 成る程。ご尤もである。もっと簡単に考えればいいのにね。

 

 深海棲艦の最終目標はシンプルである。

 

 ねぇ駆逐水鬼ちゃん。

 

「そうね。一人残らず殺してあげましょう」

 

 俺たちは生存競争をしているのだ。最初からそう言ってる。

 

「痛たたた」

 

 長時間イ級の背中にしがみついていたせいか、筋肉が悲鳴をあげていた。

 

 駆逐水鬼ちゃんは呆れたように息を吐いた。

 

「ほら、いらっしゃい」

 

 駆逐水鬼ちゃんがぽんぽんと自らの腿を叩いた。膝枕だ。

 

 これくらいは役得だろう。

 

 俺は素直に駆逐水鬼ちゃんの腿に頭を載せた。

 

 下から見ると意外と駆逐水鬼ちゃんのおっぱい大きいなぁ。

 

 駆逐水鬼ちゃんは俺の下品な思考は分かっているだろうに何も言わない。優しく俺の体を撫でながら一言。

 

「好きよ。あなたは私が最後に殺してあげるわ」

 

「うん」

 

 そう、俺も人間だ。

 

 深海棲艦の最終目標は本当にシンプルなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10

 

 失敗した。大失敗だ。

 

 艦娘の提督にRTA勢からの転生組がいる事を失念していた。

 

 艦娘の被害を極力避けていると思っていたからエンジョイ勢が中核を締めていると思いこんでいた。

 

 先行組、RTA勢、ガチ勢。

 

 艦これを楽しむ方向性がエンジョイ勢とは全く違った方向に向かった連中だ。奴らは艦娘をユニットとしか見てない。

 

 入渠待ちは野戦病院さながら数ページに渡って真っ赤な艦娘を並べるのが当たり前。ルート固定で必要になれば艦娘に高速修復材(バケツ)を使う連中だ。それが轟沈しても建造すればいいに変わっただけだ。

 

 奴らは効率を最優先する。その上で検証作業は得意な上に大好きと来ている。過去のデータを照らし合わせて深海棲艦の動きがおかしいと気がつくのは自明の理だ。

 

 深海棲艦を動かす存在。深海棲艦提督たる俺の存在を確信するのは時間の問題だったんだろう。

 

 データを検証して深海棲艦の動きを割り出して俺の居場所を突き止めた。

 

 後は簡単だ。

 

 損害度外視のバンザイアタック。

 

 この大規模な強襲も奴らにとっては検証作業に過ぎない。戦況はゲームと一緒で膠着していた。それはずっと変わらない。これまでもこれからも。時々ある大規模作戦込みでずっとリアル艦これが出来るんだ。楽しくて仕方がないだろう。

 

 俺さえ消えてしまえば、あとはゲームと同じ感覚で深海棲艦を狩るだけの簡単な作業だ。後は戦況をコントロールして戦争を終わらせるのもよし、引き伸ばすのもよし。海域開放RTAでもしようかとか言ってるかもしれないな。

 

 よう、金剛。お前三日前に沈んだよな。それでもバーニングラブかよ。姉妹揃って大変だな。金剛型使い勝手良すぎんだろうが。

 

 船渠棲姫ちゃんが俺の千切れた右手を泣きながら繋げようと切断面を押し付けてくる。

 

 ごめんね。人間はそんな簡単にくっつかないんだ。

 

 完全に油断した。深海棲艦の動きを読まれていた。俺の居場所を検証勢がずっと調べていたんだ。

 

「ぐああぁああ!!!!」

 

 燃える柱に肩を押し付けて傷口を焼いた。血は止まるが痛みで意識が飛びそうだ。

 

 武蔵の砲撃で崩れた建材の下敷きになって駆逐艦イ級が血だらけになって死んでいる。俺をかばってくれた。俺の代わりに死んだ。

 

 イベントボス達やレ級きゅん達は他の海域にいる。間が悪すぎた。一昨日まで皆ここにいたんだ。今から呼び寄せても間に合わない。

 

 不幸中の幸いは金剛を含めて戦艦の大半を沈めたことだ。どうせ数日で復活するだろうが、かかる資源の消費は今の日本にとっても相当なものだ。特に武蔵を沈めたのが大きい。

 

 船渠棲姫ちゃんが涙でぐちゃぐちゃになった顔で叫んでいる。意識が少し飛んでた。

 

 安心しろ。まだ死なねぇ。まだ死ねねぇよ。人間で最後に死ぬのは俺なんだ。今死んだら契約不履行であの世で量産型深海棲艦の皆に怒られるからな。

 

 最後の人間として殺してくれるんだろ? 船渠棲姫ちゃん。

 

「――――!!!」

 

 俺は大声で船渠棲姫ちゃんに指示を送る。自分の声も聞こえない。耳もやられたか? 問題ない。俺は深海棲艦と体を接触していれば意思の疎通が出来る。

 

 船渠棲姫ちゃんにお姫様抱っこされた。

 

 おっぱい柔らかいなりぃ。あったけぇあったけぇ。

 

 接触した事で船渠棲姫ちゃんの愛で心が満たされる。心の底から愛されているのが分かる。なら、深海棲艦提督としてやることは一つだ。

 

「やるぞ。命令に従え」

 

 まずはここを生きて逃げ切る事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11

 

 

 俺は世界中に潜水艦のカ級、ソ級、ヨ級を送り込んでいた。果たして世界の情勢はどうなっているのか?

 

 艦娘基準になるが、チート国家アメリカが作り出した駆逐艦のフレッチャー級のジョンストンはチート国家アメリカらしいスペックを持っている。

 

 対空性能は秋月型並、対潜能力もずば抜けている。逆に言うと秋月型は相当練度を上げないとジョンストンの能力に並ばない。こんなのをアメリカは一七五隻も建造している。

 

 他にもざっとアメリカの艦娘を思い浮かべてもアイオワやサラトガ、イントレピッドと日本の艦娘と比べても十分に平均以上の能力を持っている。いや大きく上回っているといってもいい。

 

 ガンビア・ベイはまぁそのなんだ。おっぱいはアメリカ級だ。

 

 不自然過ぎた。なぜアメリカの艦娘はハワイを奪還しない。何故今の今まで姿すら現さない。

 

 太平洋の東側は深海棲艦提督といえど関知外だ。俺の旗下にない深海棲艦が暴れている。つまり連携もとれず自由にあるがままの深海棲艦が戦っている。つまり深海棲艦提督基準でも艦娘基準でも弱いはずなんだ。

 

 ここで一つの仮説が成り立つ。

 

 潜水艦を送ったのは仮説を確かめる為だ。そしてその仮説が正しいとするならば、世界は俺が思っている以上に残酷なのかもしれない。

 

 誰にとって残酷なのか?

 

 答えはもうすぐ分かる。直ぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

12

 

 兵は拙速を尊ぶ。

 

 孫氏の兵法だ。意味はごちゃごちゃ屁理屈こねてる時間あったら今ある手持ちで敵をさっさとぶん殴れだ。

 

 正直に言おう。俺はビビリだ。深海棲艦唯一の提督たる俺は小心者だ。

 

 深海棲艦の確実な勝利をと口にしながら被害が出るのを恐れていた。

 

 練度を上げ改装と改造を繰り返し戦力の増強を図っていた。十分な戦力に達した時が一大決戦の時だと、震える魂を誤魔化していた。

 

 何より褥を共にした深海棲艦達が沈むのを恐れていた。

 

 体を重ねたからではない。俺たちは心をこそ重ねていた。

 

 体の接触で俺は俺達は互いに心が繋がる。体を繋げればなおさらだ。むき出しになった魂はお互いを誤魔化す事なんて出来ない。

 

 俺は深海棲艦を愛し、深海棲艦は俺を愛した。

 

 例え沈んでも資源と交換で建造出来る。でも建造した彼女たちは以前の彼女たちと同じなのか? 記憶は? 魂は? 思い出は?

 

 試すことなんて出来るはずがない。

 

 同じ事が艦娘も言えた。

 

 いつか戦意高揚(キラキラ)の話をしたことがある。

 

 ロリ巨乳の駆逐艦。

 

 平原真っ平らな空母。

 

 彼女たちの提督はエンジョイ勢に違いない。艦娘を愛で艦娘の存在自体を愛する提督達だ。彼女たちの提督が紳士だったってだけだ。だってそうだろう? 提督なんて殆どが紳士なんだから(偏見

 

 それがただの紳士ではなくガチの紳士()だったってだけだ。

 

 それに艦娘は人間じゃない。見た目の年齢なんて関係ない。

 

 一度体を重ねればガチ紳士()提督の魂は艦娘と繋がる。轟沈なんてもっての外だ。

 

 ガチ勢は違う。

 

 金剛を見れば一目瞭然だ。艦娘は持つ力を別にしても感性が人間に近い。自分が六人目の金剛だと知って、提督にとってユニットの一人だと知って、心からバーニンバーニン言えるか? 言えるはずがない。

 

 一部の駆逐艦と空母以外にも戦意高揚(キラキラ)はチラチラと現れていたが、全員じゃない。好戦的な行動をとる艦娘ほど戦意高揚(キラキラ)はついていなかった。つけかったんじゃなく出来なかったんだ。

 

 戦意高揚海域(キラキラポイント)を潰してから戦意高揚(キラキラ)は激減した。

 

 肉体の接触は心と魂をむき出しにする。

 

 ガチだから、ガチ故に。

 

 ガチ提督と艦娘の粘膜のお付き合いはご法度だろう。

 

 体ごと自由にしてよいと態度で示す艦娘を前にストイックな提督を演じるしかない。後腐れがないどころか一度抱いてしまえば後腐れだらけの地雷になる。恵体揃いの艦娘を前に血の涙を流したに違いない。ざまぁみろ。

 

 ここで大事なのは人類は一枚岩ではないことだ。勿論最初から分かっている。人類が一丸となって戦うなんてあり得ない。

 

 何が言いたいか。艦娘の提督達に派閥が出来ている事だ。それも決して埋められない溝に仕切られて。

 

 ガチ派とエンジョイ派。

 

 (転生前)に自分が愛した嫁達を平気な顔で沈める奴らと仲良くなれるか? それが人類の存亡をかけた生存競争の真っ只中だとしてもだ。

ゲームの攻略ではお世話になりましたと、憧れにも似た尊敬の心を最初に持っていたとしてもだ。

 

 それが出来るなら人類世界はとっくにアガペーに満ちあふれて永遠に戦争のない平和な世の中を満喫している。

 

 出来るのは見て見ぬふりか敵対のどっちかだ。艦娘への想いが深ければ深い程心の天秤は敵対に傾く。

 

 そして艦娘の提督の心情は戦意高揚(キラキラ)で艦娘にも伝わる。否が応でも艦娘達にも事情は伝わる。そして艦娘は自分の提督至上主義だ。

 

 ドロドロだ。

 

 もともと純粋な存在だったはずの艦娘が人間の悪意で汚染されている。

 

 そして結果は見ての通り。

 

 ピンチはチャンスだ。

 

 赤い煉瓦で出来た横須賀鎮守府は炎に包まれて燃えている。庁舎を後回しにした結果だ。そのかわり艦娘工廠は徹底的に破壊した。これで艦娘の建造は資源の問題とは別に格段に難しくなる。いかな特異な妖精さんという存在でも一週間や一ヶ月での再建は不可能だ。ここに政治的な駆け引きも絡んでくると考えれば数ヶ月単位となるだろう。

 

 他の鎮守府で建造すればいいだろうって?

 

 そうだな。出来るといいな。

 

 俺は手元に残った深海棲艦を率いて横須賀鎮守府を攻めた。各地に散らばった深海棲艦を集結させる時間なんてない。途中途中で拾いながらだ。

 

 電撃戦だ。

 

 ここは強襲をしかけてきた艦娘の多くが所属する鎮守府だった。首都の護りを任された鎮守府だ。ガチ提督に護られた鎮守府はそう簡単には落ちないはずだった。だがその艦娘は深海棲艦鎮守府との攻防で殆どが沈んだ。艦娘がいない鎮守府なんて豆腐のように脆い。

 

 遅れて、今頃は佐世保と舞鶴の鎮守府も攻撃を受けているだろう。

 

 あっちは深海棲艦のガチ勢、イベントボスてんこ盛りだ。ペンペン草も生えない結果になるだろう。

 

 強襲には佐世保と舞鶴の鎮守府所属の艦娘が多数いた。簡単に建造なんてさせてやらねぇ。

 

 深海棲艦鎮守府への強襲は静かに始まった。

 

 分散しながら侵攻しつつ、露払いをエンジョイ勢に任せてのバンザイアタック。効果はバツグンだ! お蔭でおれは死を覚悟したくらいだ。

 

 深海棲艦(彼女)達の必死の献身がなければ死んでいただろう。

 

 他にもスナック感覚で出撃可能な量産型深海棲艦エリートレ級きゅん四五人が大本営に一撃離脱攻撃(ヒットアンドアウェイ)を仕掛けている。目的は指揮系統の混乱。初めて本部に攻撃を受けたんだ。今頃は蜂の巣をつついたような大混乱だろう。

 

 鎮守府への艦娘の援軍は何故か来ない。いや遅れていると言った方がいいだろう。感情的な問題で軍事行動が遅れるのはよくある事だ。轟沈した艦娘の建造も何故か問題が続出して遅れるかもしれないな。本当に不思議な事があるもんだ。

 

 このまま一気呵成に内陸部にまで深く侵攻したいところだがそうは問屋が卸さなかった。

 

 俺は深海棲艦唯一の人間の提督だ。右腕を失う大怪我の真っ最中だ。

 

 今回ばかりは前線近くまで出張る必要があった。この目で艦娘達の動きを確認したい事もあった。

 

 それに関羽を殺された劉備の怒りの如く、俺も大事に育ててきた旗下の深海棲艦を大量に殺されて怒り心頭。激おこぷんぷん丸だった。

 

 陣頭指揮で深海棲艦の士気も有頂天。

 

 当然その反動も大きい。俺が意識を失えば深海棲艦の軍勢は大混乱に陥る。何故か遅れて援軍に来るであろう艦娘に各個撃破になるだろう。

 

 俺は意識を失う直前に全軍撤退の指示を徹底させた。

 

 船渠棲姫ちゃん、あとよろしくぅ。

 

 おっぱいぷにぷになりぃ……

 

 あぁ。深海棲艦鎮守府は陥落したんだった……俺たちはどこに行くのか……どこに向かうのか……

 

 俺の手は駆逐艦イ級を求めるように船渠棲姫ちゃんのおっぱいを意識を失っても撫で回していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界は残酷だ。もちろん人類にとってだ。

 

 艦娘は日本にしかいなかった。

 

 アメリカ、ロシア、欧州。どこにも艦娘はいない。潜水艦、カ級、ソ級、ヨ級達は、ごめんなすってとばかりに深海棲艦提督が関知しない外海を隈なく調べた。

 

 南北アメリカ大陸、アフリカ大陸、欧州、ユーラシア大陸の内陸部、オーストラリア大陸。

 

 とっくの昔に深海棲艦に攻め落とされかの地で人類はただ一人として生きていなかった。

 

 地形も変わっていた。深海棲艦の仕業じゃない。

 

 新型の超大型核兵器や新型質量兵器でアメリカとロシアの大地が抉れていた。ヨーロッパはそれほどでもない。イタリアの長靴が無くなっていた程度だ。

 

 深海棲艦に人類の兵器は通用しない。人類は自滅した。高濃度に核汚染された大地では、例え深海棲艦との戦いに勝利しても長くは保たない。地下のシェルターで一万年引きこもっても不可能な程に。

 

 今人類の版図は日本を起点として朝鮮半島から奥、中国の沿岸から一〇〇〇キロに渡る砂漠地帯が四〇%を占める大地と東南アジアに僅かに残った日本が資源を頼る東南アジア連合のみ。

 

 世界中の海に散らばる大小様々な島嶼国家はとっくに滅んでいる。

 

 無知は罪だ。

 

 これは深海棲艦提督たる俺の罪だ。

 

 一〇年先一〇〇年先に勝利するのは深海棲艦だと豪語していたおれはただの間抜けだった。

 

 人類はとっくの昔に詰んでいたんだ。

 

 勿論言い訳はある。日本にのみ顕現した艦娘だ。

 

 正面からぶつかればただでは済まない。俺の無知と相まってこれが俺の戦略を曇らせた。

 

 だって世界中に艦娘がいるって思うじゃん!

 

 まさか日本にだけいるって思わないじゃん!

 

 今になって考えれば、物量で勝る深海棲艦に人類が勝てるはずがなかった。人類兵器が通用しない上に、戦えるのはたった数百しかいない艦娘だけだ。

 

 資源は少なく国としての繋がりは東アジアから東南アジアまで。他は完全に通信断絶。俺が日本にいたとすれば絶望しかない。ただまぁ、情報統制をして国民が知る事はないだろうが。

 

 つまり艦娘を使ってのバンザイアタックは日本にとって乾坤一擲の一撃だったのかもしれない。

 

 応援が来なかったのは遅れたのではなく、本当にこれなかった可能性もある。末期の大日本帝国よろしく燃料弾薬が足りなかった可能性が微レ存。

 

 深海棲艦提督などいなくても深海棲艦は遅かれ早かれ人類に勝利していた。これまで色々艦娘と提督について検証していたつもりだが、まるで意味がなかった。あぁ恥ずかしい。

 

 つまりは深海棲艦提督と艦娘の存在は大きな視点でみれば誤差みたいなものだと言うことだ。

 

 そういう事だよね? 船渠棲姫ちゃん?

 

「何言ってるの? 馬鹿じゃないの?」

 

 青ざめた肌。一部がメッシュのような虹色が入った長く艷やかな髪。

 

 艤装を全て解いて今は余すことなく素肌を晒している。

 

 船渠棲姫ちゃんに戦闘に関する艤装はなく戦う深海棲艦ではない。彼女は深海棲艦を修理する能力を持っている。明石みたいなもんだ。

 

 もちろん俺は深海棲艦じゃないので治療は出来ても修理は出来ない。右腕は当然繋がらない。

 

 普段は少し怒ったような表情がデフォな彼女だが今はたっぷりと魂を繋げあった後なので、とても穏やかな顔をしている。口にした言葉は辛辣だが、意味するところは感謝しかない。

 

 右腕がない分は船渠棲姫ちゃんが頑張ってくれた。恥ずかしがりながらも一生懸命な姿に深海棲艦提督も興奮した。

 

「愛に存在価値って必要なの? 本当に馬鹿ね」

 

 そう俺は馬鹿だ。一つに繋がり船渠棲姫ちゃんの魂の全てが俺を愛してくれていることを知っているのに。

 

 でもね。言葉として言って欲しいじゃん。だって深海棲艦提督だもの。

 

「人間が全部死んだ後も愛してあげるわ。だって貴方を殺すのは私だもの」

 

「うん」

 

 人類のいない世界。深海棲艦だけが世を謳歌する世界。

 

 どんな世界だろうなぁ。もちろん俺が知ることはない。

 

 その世界に俺はいないからだ。人類最後の一人になった瞬間におれは深海棲艦に殺される。

 

 それが最初の深海棲艦、戦艦棲姫との契約。順次拡大して全ての深海棲艦と交わした魂の約束だ。

 

 果たして俺を殺してくれるのは誰なのか?

 

 俺の魂の争奪戦。

 

 願わくば、深海棲艦同士で争うことのないよう。

 

 俺は船渠棲姫ちゃんのおっぱいに顔を埋めて、遠くない未来に思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                原作:艦隊これくしょん

 

 

 

 

 

                    (完)

 



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