【完結】憧れの提督()になりました   作:はのじ
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05~

05

 

 俺は深海棲艦提督。

 

 日本から遙か南。絶海の孤島に建設された深海棲艦鎮守府の執務室で深海棲艦を指揮する唯一無二の提督だ。

 

 今日も今日とて人類の魔の手から海と陸を奪取すべく執務中だ。

 

 シビリアンコントロールを大原則として大本営は日本の政府の管理下にある。元帥だ、大元帥だと持て囃されても、政府から派遣されるたった一人の政務官に頭が上がらないのである。

 

 税金から給料と名の報酬を受け取っている以上、これは当然の事でありこの原則を破った瞬間から大本営は組織の運営自体が成り立たなくなる。

 

 クーデーターだ、革命だと息巻いても大本営に帰属する人間は日本全体から見れば圧倒的マイノリティだ。

 

 艦娘に向けられている人気を自分たちの人気だと勘違いした時点で日本政府も大本営も崩壊の道をたどる事だろう。

 

 今の所、目に見える危機、つまり深海棲艦の猛威があるからその気配はないが、慢性的に戦争状態が続き危機感が薄れると、勘違いや慢心で内部闘争を勝手に始めるだろう。

 

 そんな事はないだって? 人類を馬鹿にするな?

 

 そうだね。

 

 ちなみに俺は前回負けた腹いせに津軽海峡に深海棲艦の艦隊をチラチラと二週間程展開させた。青函トンネルは開戦初期に海水に沈み、物資の供給は空路か海路しかない。

 

 燃料の確保や深海棲艦の危険性から民間の空路は耐えて久しい。

 

 輸送は海路が主流だ。一部空軍。

 

 艦娘の主力軍とにらみ合うこと二週間。その間物資の輸送は日本海側から大回り。駆逐艦イ級達と潜水艦カ級が先制魚雷をぶちかましながらのちょっとした嫌がらせのおまけ付き。

 

 これだけで北海道では暴動が発生し、政府は対応に追われ、野党から危機対処能力がないと突き上げをくらいメディアが連日それを煽った。

 

 人間って素晴らしい。

 

 話が逸れた。

 

 艦娘の提督達も、俸給を頂く以上立場上は公務員だ。艦娘を指揮する事が出来る唯一の存在という立ち位置である以上、軍行動以外に政治的な立ち位置も求められる。

 

 局地戦闘だけを考えていられる立場ではないのだ。本人が求む求めないに関わらず。

 

 ここで艦娘について考えてみよう。

 

 人間ではない艦娘に当然人権はない。しかし艦娘の思考・嗜好は人間とほぼ同一であると言って良い。好き嫌いはあるし、食事もする。衣食住の確保は必須である。

 

 提督が養うのか? 公務員である以上規定を超えた俸給が支払われる事はない。つまり提督が艦娘を養う事は不可能。食事だけなら問題ないだろう。住居は? 衣服は? 弾薬は? 燃料は?

 

 税金で養うしか手はないのだ。

 

 実際には異常な速度で可決された法律が艦娘の立場を担保している。

 

 艦娘に俸給はある。維持費という名目で。

 

 宿舎は大本営が管理する艦娘保管庫という名の寮。

 

 上記から提督に従い戦う艦娘の所有権は国家にあり、管理は大本営に一任されている。国民の税金で賄われる以上仕方のないことである。

 

 提督は艦娘の所有権は自らにあると思っている事だろう。実際には法的にも国家だ。そして管理を任されているのが大本営。

 

 国家と大本営と提督。

 

 艦娘の所有権は国家にあると当たり前に考える政府。

 

 管理を任され、実際命令一つで作戦展開出来る大本営。

 

 ゲーム感覚で自分のものだと思っている提督。

 

 思惑が完全に一致する事はない。

 

 戦いが膠着状況に陥っている理由は他にいくつもあるが、人間側の都合も理由の一つにあると言ってもいい。

 

 つまり何がいいたいかというと、戦況は深海棲艦に圧倒的に有利だということだ。

 

 艦娘は強い。一部を除き量産型深海棲艦では全く歯が立たないほどに。

 

 今は力を貯める時だ。時間は深海棲艦に味方する。

 

 深海棲艦に守るべき人間はいない。圧倒的な戦力を持つ艦娘であっても二〇〇を超える程度の数では日本全域を緊密に守る事など不可能なのだ。

 

 圧倒的な力を持っていたとしても、艦娘は守るべき人間に鎖で縛られ十全に戦う事など出来ない。

 

 提督を求め、指揮下に入った時点で決して逃れられない宿命だ。

 

 いや一つだけ訂正しよう。

 

 二百を超える艦娘を指揮する一〇〇人近い提督に対して深海棲艦提督はたった一人。

 

 こちらの本拠地がバレて、被害度外視でバンザイアタックを繰り返されたなら流石に勝てない。転生した艦娘の提督にそんな作戦は取れないだろうから仮定の話ではあるが、人類に勝ち筋は現時点で十分にあるとだけ断言しておく。

 

 俺は深海棲艦にとってアキレスの踵だ。

 

 俺という提督を得た時点で、無秩序に戦うだけだった深海棲艦にも守るべき存在が出来てしまった。

 

 それは深海棲艦にとって致命的とも弱点になる程に。

 

「イキュー! イキュー!」

 

 よしよし。

 

 膝の上の駆逐艦イ級を撫でて一休み。少しは休めと今日のイ級ちゃんはちょっとお冠。

 

 いいタイミングで今日の秘書艦である軽巡棲姫ちゃんがお茶を淹れてくれた。ありがとう軽巡棲姫ちゃん。

 

 礼を言われて、お盆を胸に抱えて照れる軽巡棲姫ちゃん。袖なしセーラー服の脇が今日もエロい。あんなマスクでちゃんと前が見えているのが不思議だ。

 

 夜戦で外してもらったが、ただ恥ずかしくて目を合わせられないだけだと判明。試しにつけてみたが俺だと全く何も見えない。本人は見えているとの事。艤装は不思議技術てんこ盛りですわ。

 

「いい天気だねぇ」

 

 席を立ち執務室の窓側に移動した。

 

 窓の外を見ると真っ赤な海が目に眩しい。普通の人間なら一〇秒で血を吐いてあの世行きの死の海だ。

 

「……はい」

 

 いつの間にかとなりに寄り添い、恐る恐る頭を俺の肩に預ける軽巡棲姫ちゃん。かわゆす。

 

「イキュー! イキュー!」

 

 そうだね。まったく駆逐艦イ級には敵わないな。

 

 そうやって俺たち三人は窓の外をしばらく無言で眺めていた。

 

 今日もどこかの海で深海棲艦と艦娘は戦っている。

 

 青い海を血の朱に染めながら。

 

 

 

 

 

 

 

06

 

 

 世界情勢の話をしよう。

 

 深海棲艦唯一の提督。それが俺だ。日本には艦娘の提督は一〇〇人近くいる。

 

 未確認だが、海外艦娘が日本にいることから、アメリカ、ドイツ、イタリア、ロシア、イギリス、スウェーデンに艦娘がいることは容易に想像出来る。

 

 艦娘は提督を求める。つまり上記の国に提督が存在するんだろう。

 

 フレッチャー級姉妹一七五人とかアメリカは修羅の国か。いや実際に一七五人いるか知らないが。

 

 らしいらしいというのも、俺は知らないからだ。

 

 深海棲艦唯一の提督と言っても全世界の深海棲艦をカバーしているわけじゃない。どうしても影響力は太平洋の西寄り、日本を睨んだ海域と東南アジアまでの海域に絞られる。

 

 ハワイ周辺は初期に陥落している。アメリカ海軍は姿も見せない。

 

 背後を気にする必要はないのだ。

 

 戦線を拡大し過ぎても維持なんて出来ない。深海棲艦提督は俺一人なのだ。限界は自ずとしてある。無理イクナイ絶対!

 

 余力をもって艦娘と戦うのは大前提だ。相争い余力を艦娘にぶつけるなんてどこの負けフラグだ。まぁ相争う相手なんて今のところいないが。

 

 俺が関知している海域の外側はどうなっているのか?

 

 魔境なんじゃないかなぁ(遠い目

 

 チート国家アメリカが深海棲艦に勝ったという話は聞いた事がないし、艦隊を率いてこの海域に応援に来たこともない。

 

 押しているのか拮抗しているか。

 

 十分な数の艦娘と提督がいたならばアメリカの戦力を想定した時、深海棲艦を押し返して、攻め入り勝利していてもおかしくない。現時点でそれが出来ていない時点である程度事情はお察しだ。

 

 艦娘の数が少ないのか内ゲバか。それとも複合要因か。

 

 楽観は出来ないが油断も出来ない。余裕が出来れば調査の為、魔境の海に旗下の深海棲艦を送り出す必要がある。

 

 基本深海棲艦は秩序だった動きをしない。適当に編隊組んだら適当に目に見える敵に襲いかかる。

 

 旗下の深海棲艦は問題ないが、外海の深海棲艦はどうなんだろな。一応ふわっとした感じの縄張りみたいなもんがあるせいでお互いかち合う事はない。

 

 その辺どうなん? 重巡夏姫ちゃん?

 

 今日の秘書艦、重巡夏姫に試しに聞いてみた。

 

「知るか」

 

 ぶっきらぼうに答える重巡夏姫ちゃん。

 

 ジュース片手にふざけている様に見えるが秘書艦として十二分に働いてくれる。今も絶賛書類と格闘中だ。

 

 真面目かっ。

 

 実際知らないというか興味がないらしい。歯向かうなら互いにぶっ潰す基本スタイルで見て見ぬ振りじゃねぇかとしっかりと見解を教えてくれた。

 

 真面目かっ。

 

 俺がいなかった時は喧嘩は日常茶飯事だったみたいだし、やっぱり外海は魔境なんだろう。なるべく関わり合わないように通知しておこう。

 

 話を艦娘に戻そう。

 

 一般的に深海棲艦と艦娘はどちらが強いのか?

 

 戦術目的がしっかりしている艦娘には勝てない、が結論だ。勝てるのは力技で上回った時と運がいい時、被ダメが積み重なって艦娘の作戦継続が困難になった時、艦娘の燃料弾薬が底をついた時。

 

 などなどだ。深海棲艦超不利じゃん! 負けてるじゃん!

 

 と思われた貴方。ブブー。

 

 これは俺が提督になる前の話である。

 

 現在は会議や連携を大事にしている。唯一の深海棲艦提督と言えどワンマンではないのだ。ブラックでもない。

 

 深海棲艦達の意見を十分に取り入れ大戦略の下、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応している。

 

 深海棲艦サイドに負けはありえないのだ(ピコン

 

 初期の敗戦で近海は取り返されてしまい、艦娘や提督を勢いづけた一面は認めよう。

 

 数が多くても無秩序に戦う深海棲艦の暴力を、艦娘のチームワークが上回った。簡単な結論だ。

 

 何故、近海だけじゃなくもっと深く艦娘に侵攻されなかったのか?

 

 これも答えは簡単だ。当時艦娘に提督は殆どいなかった。大本営も存在していない。戦略目標もなしに闇雲に戦えるはずがない。

 

 というより、もっと当たり前に大事な問題に直面していた。

 

 資源がなかったのが一番の理由と言えよう。

 

 艦娘とて飯を食べれば、燃料も弾薬もボーキも必要だ。戦えばお腹は空くし燃料も消費する。

 

 大海原のど真ん中で弾薬が切れた瞬間に四方八方から袋叩きだ。大和だろうが武蔵だろうがただのカカシに成り下がる。

 

 海は広い。陸地の何倍もあるのだ。一時的に取り返しても維持出来なければあっというまにオセロゲームだ。

 

 人類は少ない資源を有効活用しながら、確実に地味に海域を取り返すしかないのだ。

 

 橋頭堡を確保して後方支援を充実させ十分に資源を維持できる補給ラインを確保して初めて海域を攻略出来る下準備が出来るといえよう。

 

 その資源にしても艦娘に全て回せる訳じゃない。国内の復興に回す配分も考えなければならない。その辺りは政府と大本営のせめぎ合いだろう。

 

 存在感を増したい大本営。手綱を締めたい政府。立ち位置をどうするか決めかねている艦娘の提督達。

 

 前回も言ったが艦娘は提督を見つけた時から鎖を背負いながらしか戦えないのだ。

 

 中国、韓国、北朝鮮、台湾、東南アジア各国に艦娘がいない事は確認が取れている。実際あの海域は潜水艦カ級達がふらふら魚群の様に回遊しても該当国の艦娘は一人とて現れない。存在しないからだ。

 

 現在いないからといって将来もそうとは限らない。

 

 やはりここは、今後も高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応し続ける必要があるな。

 

「おい、それなんやヤダ」

 

 重巡夏姫ちゃんが珍しく反対意見を述べた。

 

「……イキュー……」

 

 なん……だと……イキュータス! お前もか!!

 

 高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応する事が出来る俺は重巡夏姫ちゃんの意見を取り入れ、今後は普通に対応することに決めた(ポキリ

 

 重巡夏姫ちゃんの手が止まり中身のないジュースをずずーずずーと音を立てて飲んでいる。

 

 これは合図だ。内容は『もっとかまえ』だ。

 

 見た目に反して気遣いな重巡夏姫ちゃんとの間で、いつの間にか出来ていた暗黙の了解だ。

 

 俺は重巡夏姫ちゃんの耳元で一言ささやく。夜まで待ってね。

 

 あわあわと慌てる重巡夏姫ちゃん。手元が滑ってグラスがひっくり返るが中身は空だ。

 

 頑張る理由も出来たし夜までもうひと踏ん張りしますか。

 

「イキュー! イキュー」

 

 駆逐艦イ級は俺の膝の上ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

07

 

「バーニングッ ラーーーーヴッ!!!」

 

 三五.六センチ連装砲二門から飛び出た轟音が腹まで響いた。

 

 距離は十分に離れている。それでもビリビリと下腹部の奥まで痺れる程だ。

 

 ドン! ドン! と絶え間なく相互に応酬される大型口径の砲弾。

 

 戦場では水しぶきが上がり、水上偵察機からの観測でお互いに正確性を増した砲弾が体を掠めている事だろう。

 

 決着がつかない場合、相互の距離は更に縮まり最終的には肉薄という言葉の通りゼロ距離での打ち合い、夜戦となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遭遇戦だった。

 

 俺にとっては不幸な、艦娘にとっては絶好の戦果稼ぎ。

 

 俺がここにいるのは必然だ。前線にほど近い海域で戦う深海棲艦を励ます為、少数の護衛部隊と共に移動中だったのだ。

 

 俺は微力を振り絞るしか出来ない普通の提督だ。こんな俺でも深海棲艦は心から喜んで迎えてくれる。

 

 先行の部隊から異常が伝えられたのは、到着まで残り二時間という距離でのことだった。

 

 戦艦金剛を旗艦とした六人編成の打撃艦隊がこちらに向かって来ていると報告が入った。

 

 俺は駆逐艦イ級の背中で立ち上がり水辺線を見た。どうあがいても五キロより先は見えない。俺はただの人間だ。常識の範囲でしか見えない。

 

 首を伸ばしたイ級の視線からも見えない。どうやら水平線の向こうに隠れているようだ。

 

 赤い海のど真ん中、深海棲艦に運ばれる謎の成人男性。

 

 怪しすぎるだろうが。

 

 何故こんな所にいるのかとか、何故深海棲艦に守られているのだとか、それ以前に、何故赤い海で生きているのだとか。

 

 艦娘はお人好しだ。うまく騙しても保護されて大本営まで運ばれるだろう。

 

 人間は馬鹿じゃない。俺の正体は直に露見するだろう。

 

 俺は深海棲艦のアキレスの踵だ。

 

 俺を取り返すために深海棲艦達は大挙して大本営を攻撃するだろう。全く予定のなかった全戦力での一大決戦だ。

 

 そして人質にされる俺提督。

 

 こうなれば深海棲艦は手も足も出ない。各個撃破されて終わりだ。

 

 俺は縛り首か電気椅子か。

 

「イキュー! イキュー!」

 

 何を言ってるんだ! イ級一人じゃ金剛の前では屁の突っ張りにもならないよ! そんな事はさせないからな!

 

 護衛についていた重巡リ級と軽巡ヘ級が頷くのが見えた。

 

 馬鹿野郎!

 

 二人は俺の静止も聞かず迂回コースを取りながら金剛達艦娘に突撃していった。時間稼ぎをするつもりだ。

 

 クソがぁ……!!

 

「イキュー!」

 

 わかってる! 逃げるぞ全速力だ。

 

 俺は駆逐艦イ級の背中に捕まり全力で海域から撤退を指示した。

 

 背後から聞こえる砲撃音。

 

 軽巡ヘ級の悲鳴が聞こえた。

 

 ――逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい逃げて下さい。

 

 悲鳴があがる度に軽巡ヘ級は肉片を撒き散らしているに違いない。体に大穴を開けているだろう。全身を血で染めても軽巡ヘ級は俺が逃げ切ることだけを願っている。

 

 俺は歯を食いしばって軽巡ヘ級の願いに応える事だけを考える。

 

「バーニングッ ラーーーーヴッ!!!」

 

 未だ遠く離れているにも関わらず聞こえる金剛の高らかな宣言と同時に三五.六センチ連装砲の砲撃音。

 

 そして着弾。

 

 ――どうかご無事で……愛してます……

 

 軽巡ヘ級の断末魔の悲鳴は奇しくも金剛の宣言と同じものだった。

 

 死んだ軽巡ヘ級は不器用な深海棲艦だった。演習では勝てず影で泣いていた事を俺は知っている。

 

 だが腐らずに真面目に演習を繰り返し、あと少し、あと少しでエリートに改造出来る練度まで達していたのだ。

 

 俺はそんな彼女の影の努力を知っていた。

 

 護衛部隊に抜擢され、仲間達に涙を流して報告し祝福されていた事も知っている。

 

 無事に護衛任務を終えて、改造可能な練度に達したら俺が直接改造してやるからなと約束していた。

 

 軽巡ヘ級ちゃん……

 

 砲撃音は鳴り止まない。

 

 戦場に立つ深海棲艦は重巡リ級ただ一人。金剛含む艦娘六人に対して重巡リ級一人では常識で考えれば勝負にもならない。

 

 だが俺は軽巡ヘ級と同じく重巡リ級を心から信頼していた。

 

 彼女は天才肌だ。ノーマルの重巡リ級でありながら彼女は重巡リ級改フラグシップ並の潜在力を持っていたのだ。

 

 ある日俺は彼女に言ってやった。訓練と改造を繰り返せば、重巡リ級改フラグシップを超えた先、お前にしかなれない存在になれるかもな、と。

 

 彼女が返した返事はこうだ。

 

『ふっ。そんなものいらねぇよ。あたいは……あたいに必要なのは……提督(あんた)をただ純粋に護れる力……それだけがあればいいんだよ』

 

 夕日の照り返しで色づいた彼女の肌の本当の色は何色だったのか。

 

 重なる大口径の砲撃音。小さく聞こえるのは金剛以下の艦娘の砲撃だろう。

 

 砲撃音はしばらく続いた。俺たちが安全圏まで逃げ切れたと確信出来る距離を稼ぐまで。

 

 ドン! ドン! から ドーン! ドーン!に。やがて微かに聞こえるか聞こえないかの戦闘音。身じろぐ潮騒が上書き出来るほど小さな音に。

 

「ファイアーーー!!!」

 

 そんな声と共に幾つもに重なった砲撃の音が聞こえた気がした。

 

 どんなに耳を済ませても反撃の砲撃音は聞こえなかった。

 

 聞こえた気がしたのは重巡リ級の嬉しそうな断末魔の声。

 

 ――へへ。あの世で自慢出来るぜ! あたいは提督(あんた)を護りきれたんだってな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は深海棲艦提督。

 

 たった一度の戦闘の結果で一喜一憂なんてしない。

 

「……イキュー……」

 

「大丈夫。俺は大丈夫」

 

 今日も今日とて書類と格闘する日々だ。

 

 今日の秘書艦、中枢棲姫ちゃんが心配そうに見つめてくるが何も心配ない。書き上げた命令書の隅が何かで濡れて少しよれよれになっているが何も問題ない。

 

 深海棲艦提督は泣かない。人間みたいに泣かないのだ。

 

 俺は一枚の命令書を書き上げた。

 

 内容は特定の海域に決して少なくない資源を投下するものだ。

 

 軽巡と重巡が改造を受ける時に必要になる程度の量だ。

 

 命令書はもう一枚。資源の投下と一緒に花束も投下してくれと。

 

 彼女達は俺が彼女たちが好きだった花を知っているということを知らなかったはずだ。

 

 俺が花を送るのはお前たちが初めてなんだ。あの世でたっぷり仲間達に自慢してくれ。

 

「……イキュー」

 

「さぁ。前線を激励しにいくぞ!」

 

 深海棲艦提督は一人しかいない。休む暇などないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

08

 

 

 今日の秘書艦は南方棲戦姫ちゃんだ。本当に目のやり場に困る。

 

 なんと彼女、上半身は裸と断言してもいいくらい潔い脱ぎっぷりなのだ。だからといって夢がいっぱい詰まっているおっぱいが完全に見えている訳ではない。むしろ微妙に隠れている。

 

 手ブラならぬ髪ブラだ。

 

 分かるだろうか? 

 

 肌も髪も白い。髪は長く真っ直ぐに伸ばせば床まで届く程豊かだ。その髪の一部が胸まで伸びて、なんとびっくり、髪ブラの完成である。髪ブラといっても、それ隠してるつもりなの? と思わず言いたくなる。本気出して隠してるの先っちょだけじゃないの? と思っていても口には出さない。

 

 今日もありがとうございます!

 

 そんな彼女だから腹部も隠さず可愛いお臍が丸見えである。

 

 パンティもなんというか黒のローライズ。足は両の太ももに黒のガーターリングと左足のみに鎧型の偽装だ。

 

 隠す所を絶対に間違えてると思う。

 

 彼女が秘書艦だと仕事の効率がはかどります。早く終わらせて夜戦に突入したい。払暁戦までもつれ込んでただれた性活を送りたい!

 

 そんな彼女は先日の改造で南方棲戦姫になったばっかりだ。

 

 南方棲鬼 → 南方棲戦鬼 → 南方棲戦姫

 

 ポケモンかっ。

 

 改造が進めば進むほど体を隠す布地面積が減っていくのはどういうことだ?

 

 彼女が南方棲戦姫になったお蔭で南方棲鬼を南方棲戦鬼に改造し、さらに南方棲鬼の建造に成功した。下位互換とはいえ侮れない戦力だ。

 

 うん。ゲシュタルト崩壊しそうな馬鹿な一文だと自分でも思う。

 

 こうしてわが深海棲艦鎮守府は着々と戦力の拡充が出来ているのである。

 

 

 

 

 

 さて、今日は戦況が膠着している理由の一つを話そうか。

 

 我が深海棲艦鎮守府の護りは盤石だ。言い切れる。

 

 何故言い切れるか。ここが本拠地だと知られていないからだ。俺は主にここで執務を執っている。俺がいるところが本拠地だとも言えるが、主にここにいるという意味では、この深海棲艦鎮守府が本拠地だと言っても過言ではないだろう。

 

 もし陥落しても他の場所に移動するだけだから便宜上ではあるが。

 

 しかし俺が逃げ切れなければそこで終わりだ。

 

 俺の死イコール深海棲艦が即座に敗北という図は成り立たない。組織自体は瓦解するが、もともと俺が提督になる前から彼女たちは独自に戦っていたし、空白地帯が出来たところに、外界から他の勢力の深海棲艦が現れ群雄割拠が始まるだけだ。

 

 しかし混乱は当然生まれる。その混乱を艦娘の提督達が上手に埋めると広大な海域が人類に開放されるだろう。維持できるかどうかは別にして。

 

 いつか艦娘のバンザイアタックの話をした事があるが覚えているだろうか?

 

 ゾンビアタックとも言い換えよう。

 

 艦娘を愛する艦娘の提督たちが採るとは思えない作戦だが一時的には非常に有効な作戦である。

 

 艦娘は資源である。深海棲艦と同じく建造可能だからだ。

 

 一部の深海棲艦はユニークであると言ったことがある。艦娘も同じである。

 

 例えば金剛。

 

 俺たちは金剛を過去二度撃破した。今の金剛は三人目だ。記憶を受け継いでいるか一度聞いてみたいものである。

 

 金剛がいるかぎり金剛は建造出来ない。ユニークであるからだ。

 

 冒頭の南方棲戦姫ちゃんと同じ理屈である。

 

 倒しても倒しても艦娘は向かってくる。同じく倒しても倒しても深海棲艦は建造できる。互いに資源が有る限り。

 

 ね? 膠着するでしょ?

 

 戦線の移動はおまけに過ぎない。一部では押され一部では押している。全体ではプラスマイナスゼロだ。

 

 と言っても数だけで言えば圧倒的に深海棲艦が多いし、最終的な個体のスペックはまだまだ安心出来ないが深海棲艦が上回るはずだ。

 

 今の段階でも南方棲戦姫ちゃんと大和がガチンコ勝負したとして南方棲戦姫が勝つんじゃないかと思っている。確信がないので仕掛けはしないが。

 

 その上で資源は人間側が圧倒的に少ない。リソースを艦娘に全振り出来ないからだ。

 

 金剛の建造には膨大な資源がいる。強くするためには練度を上げて改造するしかない。

 

 生存競争に於いて戦闘は大事だ。しかし人間には希望が必要だ。未来を生きていけるという夢が必要だ。日々の生活にもリソースを割り当てなければならない。

 

 艦娘のゾンビアタックで深海棲艦鎮守府は落ちる可能性が高い。

 

 しかし人間は膨大なリソースの消費に耐えられるのか? 非常に興味深い話である。

 

 例え倒せても後に残るのがペンペン草も生えない大地では話にならない。

 

 果たして人間は深海棲艦に対してどんな対策を立てているのか?

 

 一度しっかり調べる必要があるな。

 

 いずれにせよ、時間は味方だ。

 

 一〇年後、一〇〇年後。最後に立っているのは深海棲艦なのだから。

 

「死んだら許さないから」

 

「ん?」

 

 南方棲戦姫ちゃんが唇を尖らせている。可能ならツンと上向きに尖った胸の先端も見てみたいが髪ブラが見事にガードしている。

 

「イキュー!」

 

 駆逐艦イ級ちゃん、そんな事言われると凄く恥ずかしいんだけど。

 

「もし死んだら全部皆殺しにして私も死ぬから」

 

「そっか」

 

「そうよ」

 

「イキュー」

 

 じゃあまだ死ねないなぁ。背中を見せる南方棲戦姫ちゃんは豊かに広がる髪のせいで全裸にしか見えない。もともと全裸に近いけど。

 

 ちなみに深海棲艦は建造し直しても記憶は残っていない。

 

 二度轟沈した金剛の魂はどこにあるんだろうなと南方棲戦姫ちゃんのお尻を見ながらぼんやりと考えていた。

 

 



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