【完結】憧れの提督()になりました   作:はのじ
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憧れの提督()になりました

01

 

 

 子供の時から不思議な体験をしていた。

 

 他の人には聞こえない声が聞こえた。ベットやテーブルの影に隠れて動く小さな小人たちが見えた。決して遠くない未来、人に似た姿形をとりながら、人間とは隔絶した巨大な力を持つ女性達との邂逅を確信していたり。

 

 事情を知らない子供だったから、それを口にして不思議がられたり、気味悪がられたり、何度か病院で検査を受けたりもした。

 

 分別がつく年頃になると、視界に映る小人をさらりと流しながら表面上は人付き合いが出来るようになっていた。

 

 人生が変わったのは大学受験を控えた、その冬一番冷え込んだ日だった。

 

 人類と深海棲艦との存亡をかけた戦いが始まったからだ。

 

 人類は終始劣勢だった。深海棲艦のファーストコンタクトからまたたく間に近海のシーレーンを失い、諸外国との通信は途絶。陸・海・空の三軍は深海棲艦に太刀打ち出来ず、指揮系統は寸断され、あっという間に瓦解した。

 

 この間、開戦からわずか一ヶ月。深海棲艦の上陸は許してはいなかったがそれは時間の問題でしかなかった。

 

 敵が何者かすら理解する間もなく日本は、あるいは人類は敗北しようとしていた。

 

 敗北が何を意味するのか?

 

 深海棲艦が何者かすら理解する人間が一人もいない事から、本当の意味で理解できる人間は一人もいなかった。

 

 交渉?

 

 文字通り白旗を掲げ、深海棲艦との停戦交渉に向かった政府の交渉団は出港直後に消息を断った。

 

 徹底抗戦を叫ぶ者、絶望する者、現実を放棄する者。

 

 ……そして人類の裏切り者。

 

 古い御伽話にあるように、生贄を用意し自分だけ助かろうとした者の数は決して少なくなかった。当時の日本が知らないだけでそれこそ世界中で同じ事例はあった事だろう。

 

 一応明記しておくが、そんな彼ら、彼女もただ一人として生き残っていない。深海棲艦の仕業ではない。同じ人類の手により粛清されたからだ。

 

 生贄は必要なくなった。人類に希望を齎す存在が突然として現れたからだ。

 

 艦娘の顕現だ。

 

 司令官、または提督と呼ばれる特殊な存在にのみ従う、旧海軍の軍船の名を持つうら若き女性達。

 

 見た目は美しい女性だ。しかし実質は違った。海上を歩き、艤装と呼ばれる特殊な兵装で深海棲艦と戦う姿はさながら戦乙女のようだと人類に絶賛された。

 

 艦娘はまたたく間にこれまで抑えれれていた近海を取り戻した。自らの提督を見つけると更に力をつけ、いくつかのシーレーンまで復活させた。

 

 艦娘は言う。

 

 未だ自らの提督が見つからない。私達に提督は必須だ。探すのに力を貸して欲しいと。

 

 人類は諸手を挙げて艦娘を歓迎し、提督探しに全力を上げて協力することになった。

 

 そうだ。人類は負けない。艦娘と提督がいる限り。俺たちの戦いはこれからなのだと!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の膝の上で、瞳を猫のように細めて甘えてくる駆逐艦。おいおい、これじゃ仕事が出来ないじゃないか。

 

 心を鬼にして退かせようとするが、見つめてくる潤んだ瞳に負けてしまう。効率は悪いが今日はこのまま業務を進めよう。

 

 俺の後ろで秘書艦の戦艦が呆れたように、しかし、仕方のない人ね、と言わんばかりに優しげに小さく息を吐いた。

 

 秘書艦として少し際どい服装、いや艤装か? をしているため、正直、真正面で対峙すると性的に心臓が鼓動を早めてしまうが、彼女達の個性で有るため口にしても仕方がない。例え口にしたとしても、彼女たちの有り様を変える事は提督でも出来ないのだから、あるがままを受け入れるしかない。

 

 新しい仕事が入ったのか執務室の扉がノックされ駆逐艦が入ってきた。書類の束を抱えている。秘書艦の戦艦が受け取り俺に差し出した。

 

 露出の多い肌、白い、蝋燭のように白い肌を見せつけるようにして。

 

 彼女が纏う偽装の生地は全体的に透き通っている。長く艷やかな黒髪と同色のそれは、白い肌を一層引き立たせ、得も知れぬ色気を放っている。

 

 彼女は分かってやっている。挑発(誘惑)しているのだ。過去に何度か誘惑に負けた事がある。人間ではないが姿形は見目麗しい乙女なのだ。同意の上ならば何も問題なかった。業務に差し支えさえなければ。

 

 いや。一つ訂正しよう。

 

 膝の上で甘える駆逐艦に大人の分別のない姿を見せる訳にはいかない。

 

 俺は一部、硬く熱く滾った己を誤魔化すように膝の上の駆逐艦の頭を撫でた。駆逐艦は瞳を糸の様に細めて可愛い声で甘える。

 

 秘書艦の戦艦はそれすら分かってますよと慈母のように微笑んだ。

 

「ふむ……これはっ!」

 

 届けられた資料には驚くべき報告が記載されていた。

 

 敵との警戒ラインを形成している潜水艦達からの報告だった。

 

 敵がこれまで見せなかった動きをしている様だ。

 

 数個艦隊がとある島に集結しつつあり、それにともない物資の移動が目立つようになっていると。敵の警戒ラインが押し上げられ、潜水艦の哨戒行動が難しくなっているようだ。

 

 俺の驚きを感じた秘書艦が後ろから同じ書類を見ていた。肩に腕を回して俺の体を後ろから抱いていた。当然背中に当たる大きなおっぱい。

 

 俺は心を落ち着かせる為に膝の上の駆逐艦をさらに撫で回す。

 

「イキュー、イキュー」

 

 駆逐艦イ級がもっともっとと甘える。

 

 秘書艦の戦艦棲姫が俺の耳を唇だけで甘噛みしながら「ドウスルノ?」と熱い吐息を漏らしながら聞いてくる。

 

「イキュー、イキュー」

 

 禿げる勢いで撫でるイ級が嬉しそうに声を上げる。

 

 ぐりぐりと押し付けられる大きくて暖かくて柔らかなおっぱい。

 

 『イキュー、イキュー』と無くイ級の声が『逝く! 逝く!』と脳内変換されそうになって俺は椅子から立ち上がった。

 

「鬼と姫を全員集めろ!」

 

 白い頬を紅に染めていた戦艦棲姫の瞳が赤く輝いた。

 

「人間が深海棲艦(俺たち)の攻略作戦を発動した可能性が高い」

 

 戦艦棲姫は静かに一礼して執務室を出ていこうとする。俺はその背中に一部例外を追加した。

 

「バカンス中の集積地棲姫ちゃん、泊地水鬼ちゃん、戦艦仏棲姫ちゃんは呼び戻さなくていいから」

 

 我が鎮守府はブラックではないのだ。バカンスを楽しんでいる彼女達はそのままバカンスを楽しんでもらう。

 

 潜水新棲姫ちゃんだけは別だ。潜水新棲姫ちゃんは俺が直々に呼び戻す。装備込の雷装値二二五という数値は艦娘のハイパーモンスターズの北上、大井に匹敵する。艦娘を、いや提督という存在の心を折るのに無くてはならない存在だ。

 

 ごめんね。潜水新棲姫ちゃん。ご褒美は別で追加するからね。

 

 戦艦棲姫は分かっていると言わんばかりに形のいいお尻を振りながら執務室を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は提督だ。

 

 目の前で人類に惨殺された人類の裏切り者を両親に持ち、深海棲艦を旗下におさめ人類と真っ向戦う深海棲艦の側に立つ提督だ。

 

 艦娘の登場で深海棲艦は一時敗北に敗北を重ねた。

 

 深海棲艦に連携という概念はない。個のスペックでは艦娘を凌駕する姫や鬼も連携して戦う艦娘相手に敗北を重ね、支配していた幾つかの海域を失うに至った。

 

 俺には提督の資質があった。それは深海棲艦を指揮する資質だった。

 

 俺は、艦娘に敗れて大怪我をした戦艦棲姫と契約を結んだ。それは魂を結ぶ契約だった。その日から俺は深海棲艦を率いる提督となった。

 

 それから数ヶ月。艦娘擁する人類の快進撃は止まった。今は戦線は膠着している。これからどうなるのか。それは神のみぞ知ると言ったところか。

 

 あと、気がついているかも知れないが俺は転生者だ。

 

 艦これというブラウザゲームがあった世界からこの世界に転生した。前の人生の最後がどうだったか覚えていない。興味もない。

 

 人類側で艦娘を指揮する提督の数は一〇〇人近い。恐らく彼らも転生者だ。そうとしか思えない行動をしているから間違いないだろう。

 

 ゲームとは当然違う。だがゲームに似た部分は確かにあるのだ。そこを突けば、艦娘の進軍速度を止めるどころか大本営の戦略そのものを覆すことが可能になると俺は確信している。

 

 深海棲艦に感情がないと思っているだろうか? そんな事はない。彼女たちは艦娘に負けず劣らず感情豊かだ。それこそ立ち位置の差だろう。

 

 人間からすれば気味の悪い姿をしているかもしれない。しかしそこは味だ。個性だ。慣れれば可愛いものだ。特に膝の上で「イキュー、イキュー」と鳴く駆逐艦。

 

 心から慕ってくれるのだ。どうして見捨てる事が出来ようか。

 

 深海棲艦と人類、いや艦娘との戦いは開戦してからまだ一年が経過したに過ぎない。艦隊これくしょんというゲームで言うと二年目に突入したばかりだ。

 

 深海棲艦と艦娘の戦いはこれからが本番と言えよう。

 

 まずはこの一戦。負けるわけにはいかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

02

 

 俺は深海棲艦提督。

 

 日本から遙か南。絶海の孤島に建設された深海棲艦鎮守府の執務室で深海棲艦を指揮する唯一無二の提督だ。

 

 今日も今日とて人類の魔の手から海と陸を奪取すべく執務中だ。

 

 今日の秘書艦は戦艦レ級だ。

 

 顔文字で書くと『<(゜∀。)』で有名なレ級きゅんだ。

 

 姫でも鬼でもなく、大本営が深海棲艦を分析してわかり易くイロハ順で分類し、上から順に割り当てた文字が『レ』なのでレ級。捻りはない。

 

 艦娘も同じだが、鬼や姫ともなると二人として同一の存在が同時に在る事は出来ない。存在自体がユニークなのだ。

 

 イ級やロ級と分類された深海棲艦は簡単に言うと量産型だ。深海棲艦で殆どを占めるのは彼女達だ。

 

 つまりレ級は量産型。

 

 イ級、ロ級、ハ級、ツ級、ヲ級、ナ級、リ級と同じ量産型である。

 

 レ級きゅんはスナック感覚で気楽に出撃させることが可能だ。

 

 今日の秘書艦のレ級きゅんはただのレ級ではない。

 

 近代化改修と改造を済ませてある。つまり一言『エリレ』で呼称される戦艦レ級エリートだ。

 

 目が赤い。狂気度が増している。笑顔が可愛い。ベットの上では意外と恥ずかしがり屋で主導権を握らせた事がない。

 

 特徴は色々あるが特筆すべきは先制雷撃攻撃がぶっ壊れ。

 

 運にもよるが相手が超弩級戦艦だろうがなんだろうが直撃すれば一発で大破まで持っていけるポテンシャルの持ち主だ。

 

 艦娘の艤装のせいで一発轟沈は難しいが、レ級エリートを並べるだけで人類側の提督の心を折ることも可能だ。

 

 『飛び魚艦爆』という名の対空値を持った爆撃機を搭載し、敵の編成次第では一人で制空権を確保することも可能。もやは戦艦と言えぬ何かだ。

 

 しかもエロい。見た目もエロい。誘ってんのかと言わんばかりの艤装だ。胸元から臍にかけて大きく開いたコート型の艤装。胸はビキニにも見える黒のブラ。

 

 瞳だけでなく露出した肌まで紅潮させ、俺の服の裾を指先で摘んだままベッドまで誘う姿は、艦娘だけでなく俺の自制心も大破させる。

 

 え? 前回の艦娘の侵攻?

 

 戦艦レ級五人と潜水新棲姫ちゃんを初戦で並べて配置したら、一週間の膠着期間を経て撤退した模様。

 

 今は力を貯めるべきだと思っている俺からすれば助かったが、各地から呼び寄せた鬼や姫からはひんしゅくを買った。彼女達も活躍したかったに違いないのだから。

 

 ただこの作戦は常時使えない。

 

 なにせまだ戦艦レ級エリートは数が少ない。五人しかいないからだ。

 

 ただのレ級、ノーマルレ級は結構いる。しかし改造出来る練度まで届いていないのだから。

 

 結果的に他の戦線に穴をあける事になったが、人類側も戦力を集結させていたため、気づかれる事はなかった。実際、大本営が仕掛けた作戦が囮で他の戦線に攻められていたらいくつか海域を失っていたかもしれない。

 

 これは俺の反省点だ。

 

 俺も提督一年生。しかも上司はいない。参考に出来るデータもない。失敗が即負けに繋がるかもしれないのだ。今後はしっかりと戦線に穴が出来ないよう、深海棲艦を育てる必要がある。

 

「……演習結果……」

 

 レ級きゅんが本日まで演習の記録データを提示した。

 

 そう演習だ。深海棲艦が演習をして何が悪い。眼の前の戦艦レ級エリートも演習を繰り返して改造をした結果生まれたのだ。

 

 深海棲艦は一部を覗いて練度という概念がなかった。

 

 一部というのは潜水艦だ。それ以外は練度は最低限の一。

 

 俺は深海棲艦に演習という概念を持ち込んだ。

 

 結果、練度一〇を超えた潜水艦は先制雷撃を覚えた。

 

 回避率と命中率の向上に繋がった。

 

 一定の練度に達した深海棲艦が改造出来るようになった。

 

 新しい装備が増えた。

 

 ノーマルからエリートに。エリートからフラグシップに。フラグシップから改エリートに。改エリートから改フラグシップに、着々と準備を進めている。

 

 まだまだ先は長い。演習だけでは足りないかもと焦る気持ちはあるが、各戦線で膠着状況が続くのは人類にとって都合がいい反面、深海棲艦にとっても都合がいいのだ。

 

 各戦線から送られる報告書を纏め、当分大規模な艦娘の侵攻がなさそうなのが今日の一番の成果だろう。

 

 ひざの上で駆逐艦が「イキュー、イキュー」と甘えている。

 

 和む。

 

 各戦線に指示を送る指示書を作成すれば今日の業務は落ち着く。

 

 それを察したのか、戦艦レ級エリートが俺の後ろに周り制服の裾を指先でちょこんと摘んだ。

 

 ここからは見えないが、痴女と思わんばかりに露出した肌は、瞳に負けず劣らず赤くなっている事だろう。

 

 深海棲艦は思っている以上に感情豊かなのだ。

 

 深海棲艦の戦意高揚は深海棲艦提督の大事な業務の一つだ。おろそかには出来ない。

 

 次回はその辺りについても語ることにしよう。

 

「イキュー、イキュー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

03

 

 

「……撤退?」

 

 今日の秘書艦は空母棲姫だ。ゲームではアイコンを見ただけで恐れられ、その恐怖の記憶から『空母おばさん』やら『ババア』などと呼ばれて、少しでも溜飲を下げようとされていた深海棲艦だ。

 

 同じ現象は潜水新棲姫ちゃんでも起こっている。

 

 『クソガキ』と呼称することで、恐怖を少しでも抑えようとしていた。

 

 空母棲姫は実際にはおばさんでもババアでもない。

 

 勝ち気な少し吊目がちな赤い目がチャームポイントだ。肌と同じ真っ白なサラサラと流れる髪を一部サイドテールにまとめ、見た目も若くお姉さんだと言ってもいい可愛らしい見た目をしている。

 

 一つだけ問題なのは艤装だ。セーラー服タイプの艤装は所々大きく破れているように見え、大胆に肉感豊かな肌を晒している。スカートは半分以上無いと言ってもよい。

 

 手足を覆う鎧型の艤装も似たようなもので一部を残して砕けている様にも見える。実際には違うのだが。

 

 目のやりどころに困る深海棲艦の一人である。

 

 戦闘に於ける彼女の特徴は火力とその制空力だ。有り余る火力で相手が誰であろうと直撃すれば大ダメージを与え大破は必至だ。

 

 火力は落ちてしまうが、装備の編成次第で艦娘の正規空母複数相手に制空権争いで正面から真っ向勝負が可能だ。

 

 上記二つに隠れがちだが、何気に対空にも強い。

 

 弱点は中破してしまうとただの置物になってしまうことだが、それは艦娘の正規空母も変わらない。攻撃出来なくとも制空権争いは十分可能だ。

 

 そして意外と勘違いしがちなのが空母棲姫とは別に空母棲鬼は別にいると言うこと。似ているが別の深海棲艦である。

 

 正確にいうと空母棲鬼を改造すると空母棲姫になった。

 

 大鯨と龍鳳みたいな関係だ。

 

 空母棲鬼は鬼なので量産が出来ず、空母棲鬼を改造して空母棲姫にした途端に空母棲鬼が一人だけ建造に成功した。

 

 きっと艦娘にも大鯨と龍鳳の二人が存在することになるんだろう。

 

 その空母棲姫が大胆に破れたスカートで大事な場所を器用に隠しながら聞いてきたのが冒頭のセリフだ。

 

 フリフリと揺れる破れたように見える艤装の生地がエロい。

 

「そうだ。撤退だ」

 

 俺は空母棲姫の言葉を肯定する。

 

 まだ満足のいく戦力が整っていない現状、全戦力を投入する本格的な戦闘は避けたい。一大決戦をする時は勝利を確信した時だ。

 

「どうしてっ!」

 

 日本の領海、それも陸にほど近い近海と呼ばれる海域は艦娘によって初期の段階で奪取されている。取り返されたと言い直そう。

 

 人間が所持する通常兵器は艦娘にも深海棲艦にも通用しない。これは経験則で分かっている。細かい理屈はあるのだが、今は関係ないのでポイだ。

 

 つまり敵は艦娘のみに絞り込めばよい。もちろん艦娘の背後で補助という形で戦闘に参加しているが直接的な脅威で言えば無視出来る。

 

「落ち着け」

 

 顔を真赤にさせ、頭から湯気が出るのではないかと怒りぷんぷんの空母棲姫の破れた様にみえる艤装の隙間から手を差し込んだ。

 

 柔らかくてあったかいなりぃ。

 

 この程度では怒られない。むしろウェルカムの深海棲艦は多い。

 

 空母棲姫の破れた様に見える艤装も半分以上は俺に向けたアピールなのだから。

 

 十分に柔らかさを堪能した後には、別の意味で顔を赤くした空母棲姫が黙って話を聞いてくれる準備が完了していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 制海権を取り返された日本近海に深海棲艦が全くいないというわけではない。むしろ適度にいる。

 

 イロハで言うところの、イ級、ロ級、ハ級、ホ級、カ級である。

 

 駆逐艦、軽巡洋艦、潜水艦の三種だ。

 

 艦娘攻略用ではない。情報収集としてだ。嫌がらせ的な部分もある。イ級と言えど、人間相手には絶大な力を持つのだから。

 

 だがふと気がついた。

 

 これは練度の向上の経験値として献上しているようなものではないかと。もちろん微々たるものかも知れない。だが経験の浅い艦娘には絶好の相手だ。

 

 理由はこれだけではない。むしろ次が本題だ。

 

 あれだ。

 

 敵が強かったらどうする? 練度を上げてから攻略する? 勿論そうだろう。練度が上がれば攻略も楽になるだろう。

 

 他には? 装備を改修する? 深海棲艦側もやってるな。

 

 他には? 有るだろうあれが。手間はかかるが絶大な効果を発揮するあれが。

 

「どう考えても、暁が一番ってことよね!」

 

「どう考えても、暁が一番ってことよね!」

 

 イ級に二度勝利することで気楽に戦意高揚(キラキラ)してしまうのである。

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

「勝利か、いい響きだな。嫌いじゃない」

 

 潜水艦のカ級に四度の勝利で最大の戦意高揚(キラキラ)しちゃうのである。

 

 システム的に戦意高揚(キラキラ)がある訳じゃない。艦娘とて豊かな感情を持っている。勝てば嬉しく負ければ悔しく気分は上下する。ましてや艦娘は戦うために生まれた存在。

 

 戦闘に勝利すれば嬉しさも一入だろう。

 

 実際に戦意高揚(キラキラ)効果は存在する。深海棲艦との夜戦で彼女たちは戦意高揚(キラキラ)だ。体が輝いて見えるわけではない。表情は輝いているが。

 

 そんな日はいつもより楽に艦娘の撃退に成功する事が多い。

 

 飽くまで本人の感想であるが。

 

 艦娘の提督も戦意高揚(キラキラ)効果は十分に理解しているだろう。

 

 つまり日本近海で、情報収集の為に向かわせているイ級達は敵に塩を送っている可能性が非常に高い。

 

「……イキュゥ……」

 

 膝の上の駆逐艦イ級が力なく声を上げた。

 

 おっとこれは失敗だ。俺はイ級を責めている訳ではない。もともとこの配置は何も考えず初期の配置から動かさなかった俺の責任なのだから。

 

 俺はイ級を撫でる事で君たちに責任はないよと教えてやる。

 

「でもっ! ただで撤退する訳には!」

 

 空母棲姫も引かない。艦娘の動きを知る上でこれまで十分に活躍してくれていたのだ。完全撤退してしまえば、それこそ初動に遅れ、艦娘に対してアドバンテージを一つ失ってしまう。それに提督にいいところを見せたいのは艦娘も深海棲艦も同じだ。

 

「言い方が悪かったな。撤退ではなく配置変更なら納得してくれるか」

 

「イキュー! イキュー!」

 

 おっと撫で回している内にイ級の機嫌も戻ってきた。可愛い奴だ。

 

「配置変更?」

 

「そうだ。これを見てくれ」

 

 俺は日本近海の海域図を取り出して代表的な深海棲艦の編成図と見比べるように空母棲姫に言った。

 

「これをこうする。そしてこうだ!」

 

「そ、そんな……そんな事をして何の意味が……」

 

 ゲームと違う世界だ。しかし確実にゲームと似た部分はあるのだ。効果があるに違いない。

 

 ショックを受けた様に見える空母棲姫の破れて一見ボロボロにも見えるスカートがぱさりと床に落ちた。彼女の大事な部分は執務机の上に置かれた置き時計が上手く隠して見えない。

 

 しかしそんな事は関係ない。もう何度も見たそれは俺の脳裏に焼付き、クワっ! っと目を見開く事で見えているも同然なのだから。

 

 ちなみに深海棲艦の艤装は完全に制御されているので、心にショックを受けたとか、そんなちゃちな理由でぱさりと落ちる事はない。

 

 ただ誘われているだけだ。

 

「そうだな。結果を楽しみにしておこう」

 

 俺は早速、指示の為に配置変更の命令書を書き上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、結果は出た。それもしっかりと数値に出る形で。

 

 その結果報告が書かれた報告書を見た空母棲姫の破れて一見ボロボロにも見えるスカートがぱさりと床に落ちた。

 

 彼女の大事な部分は執務机の上に置かれたペン立てが上手く隠して見えない。

 

 見え見えだが深海棲艦提督として今日も夜戦に励む必要があった。

 

「ふむ。これはなかなかの結果だ」

 

「イキュー! イキュー!」

 

 膝の上の駆逐艦イ級も喜んでくれている。

 

 報告書は深海棲艦の被害が目に見えて減った事を示していた。

 

 艦娘との戦闘は膠着状況に陥ったと言っても全くない訳ではない。むしろ戦闘は毎日ある。その上で膠着しているのだ。

 

 そして日々の戦闘で被害は確実に減っていた。

 

 そして数値として出ない艦娘から時折感じる謎の圧力という不思議現象の減少。これも参考程度だが聞き取りという形で追記されていた。

 

「でもどうして?」

 

 空母棲姫がほぼ半裸だといってもいい胸を揺らしながら首を捻っている。隠しきれていない右胸の先端は窓から差し込む太陽の光が上手に隠していた。

 

「つまりこういう事だ」

 

 俺が指示した事はこうだ。

 

 わかり易く言うと、所謂ゲームで言うところの海域1-1のAマスから深海棲艦を撤退させた。代わりにBマスに九人まで増えたレ級エリート達からローテーションで一体、1/256の確率で出現するよう指示しただけだ。

 

 確率に意味はない。なんとなくだ。

 

 もちろんレ級エリートは艦娘達にとって脅威だろう。だが数で叩かれれば勝負にならない。戦艦、空母に囲まれればあっという間に敗北するだろう。

 

 あくまで稀に。そして脅威がある場合は何があろうと出現しないように徹底させた。

 

 結果は覿面。艦娘達は気楽に戦意高揚(キラキラ)出来る海域を失ったのだ。そしてレ級エリートを狩ろうと本気の編成を組めば、徒労と共に大量の資源を失う。

 

 無能な提督の指示で運良くレ級エリートに遭遇しなくともこわごわと一戦のみの戦闘を行っても艦娘に残るのは戦意高揚(キラキラ)どころか点滅(疲労)のみ。

 

 俺は同じ事を所謂ゲームでいう所の1-5に当たる海域でも同じ事をした。A、D、Eマスに該当する海域から潜水艦カ級を撤退させ、Fマスに低確率でレ級エリートが出現するようにしたのだ。

 

 艦隊これくしょんというゲームを知らない人類、艦娘は近海から大きく深海棲艦の数が激減した事を喜んだ。大本営も同じだ。脅威は少ないほうがいい。

 

 おかしいと感じたのは艦娘の提督達だけ。それはそうだ。彼らも艦これを知っていて、お気楽に戦意高揚(キラキラ)が出来るポイントが減ったのだから大問題だろう。

 

 深海棲艦の動きがおかしい、これは罠だと大本営に訴えても簡単には通じない。表面上は日本近海から深海棲艦の数が減ったのだから。代わりにエリレ級きゅんが稀に出現するが、レ級きゅんが相手をするのは、少数編成で現れた艦娘のみ。人間には手を出さないよう言ってある。

 

 真剣になった艦娘の提督達が大本営に掛け合い重編成で出撃しても徒労に終わるのだ。そんな事を繰り返していれば資源が潤沢でない日本はあっという間に干上がってしまう。人類はまだまだ潤沢に資源を使えないのだから。

 

 無理を通して重編成を繰り返すのもいいだろう。果たして提督は、後ろ盾になっている大本営は世論に耐えられるだろうか。国内の復興に当てる資源まで使っては国民に反感を買うだろう。

 

 しょせん戦意高揚(キラキラ)は提督だけが経験則として分かっている事なのだから。

 

 無駄に資源を食いつぶせばそれもよし、しなくてもそれもよしだ。

 

 どちらにしろ深海棲艦に損はない。

 

「わははははは!」

 

「イキュー! イキュー!」

 

「ふふふ」

 

 執務室に深海棲艦提督と駆逐艦イ級、昨日の夜戦で戦意高揚(キラキラ)となっている空母棲姫の笑い声が響いた。

 

 そう。俺は失念していた。

 

 深海棲艦もお気楽な手段で簡単に戦意高揚(キラキラ)になるという事を。

 

 深海棲艦に出来るのなら艦娘とて同じだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

04

 

 

「いかんでしょ! 憲兵さん何してるの!?」

 

「……イキュゥ……」

 

 おっといかん! 駆逐艦イ級を驚かせてしまった。反省だ。

 

「……提督ぅ……」

 

 俺の膝の上に座り、執務机に広げていた大きな紙にお絵かきという秘書業務をしていた今日の秘書艦、北方棲姫ちゃんがつぶらな瞳にこれまた大きな涙を浮かべていた。

 

 ほっぽちゃんを泣かせる奴は何人たりとも許すわけにいかん。誰だほっぽちゃんを泣かせた奴は。はい俺です。マジごめんなさい。

 

 俺は手にした報告書を片手に、艦娘との新たな戦いについて考える必要が出来た事に頭を悩ませる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の発端はこうだ。

 

 ほっぽちゃんに遠慮して俺の膝をゆずった駆逐艦イ級は、お絵かきをするというほっぽちゃんの大事な秘書業務を邪魔せぬよう、書類を精査・振り分け、各所に提出。お茶を入れたり、データを纏めたり、ほっぽちゃんのお絵かきを手伝ったりとそれとなく提督業をサポートしてくれていた。

 

 ほっぽちゃんは俺の膝の上でお絵かきに集中し秘書業務を遂行していた。

 

 そして新しく届けられた書類をイ級が新たに振り分け、最優先として目を通すよう渡された書類。そこに驚くべき事実が記載されていたのだ。

 

 ――艦娘に戦意高揚(キラキラ)の兆候あり

 

 それだけなら驚くべき事ではない。これまでも戦意高揚(キラキラ)状態の艦娘はいたし、資源と高レートで生産可能な間宮・伊良湖の甘味の材料は製造可能な事は確認済みなのだ。

 

 精査出来ていない海域で戦意高揚(キラキラ)も十分可能だろう。

 

 資料に目を通していく内に俺は信じられないとばかりに汗が額を流れていくのを押さえられなかった。

 

 イ級が汗を拭ってくれなければ、ほっぽちゃんのお絵かきしている紙に汗が滴り落ちていたかも知れない。

 

 キラキラの兆候ありと報告された艦娘は今のところ以下だ。

 

 谷風を除く第十七駆逐隊の駆逐艦三人。浜風、磯風、浦風。

 

 朝潮型から峯雲。綾波型から潮。

 

 秋月型は全員。秋月、照月、初月、涼月。

 

 フレッチャー級のジョンストン。

 

 以上だ。

 

 共通するのは全て駆逐艦だ。そこに戦艦も空母も重巡もいない。

 

 そして新しく目を通すようイ級に渡された資料に、艦娘は新たな戦意高揚(キラキラ)ポイントは発見していないとある。深海棲艦を連続で倒して戦意高揚(キラキラ)するのだから、簡単な調査で分かる事だ。

 

 彼女たちは数日連続して戦意高揚(キラキラ)だったという。

 

 新たな戦意高揚(キラキラ)ポイントはなく、連続の戦意高揚(キラキラ)は高レートで資源を消費する間宮・伊良湖方式では現在の日本では困難であると言わざるを得ない。

 

 日本近海の戦意高揚(キラキラ)ポイントを潰した現在、お手軽に戦意高揚(キラキラ)なんで出来るはずが……

 

 そのとき天啓を得たかの如く俺は答えを導き出す事に成功した。

 

 答えは簡単だった。

 

 駆逐艦、巨乳、お気軽戦意高揚(キラキラ)に成功……

 

 奴ら(艦娘の提督)、駆逐艦との性交に成功しやがった……

 

 ロリ巨乳限定で……

 

 そして冒頭に戻るのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 っていうかこの世界に憲兵さんはいるのか? というよりゲームの中に憲兵さんがいた記憶がない。攻略Wikiには良く出現していた。ネタとして。

 

 よくよく考えれば憲兵さんの存在はロリコンに対するネタで二次創作の可能性が高い。

 

 いやいるよな? 軍隊に憲兵はつきものだ。軍とは別に独立した指揮系統を持ち、軍の犯罪に対する捜査権を持つ憲兵さん。いないと軍ってすぐ腐敗しちゃうよ? いるよね? いるって言ってくれ。

 

 いや。例えいたとして、人間ではない艦娘と艦娘に絶対的な指揮権を持つ提督を捜査対象に出来るのか? 提督がいないだけで艦娘の戦力は半減すると言っていい。モチベーションだだ下がりになるのだから。

 

 それ以前に人間の法律が艦娘に適用されるのかという初歩的な疑問がある。まぁないだろうが艦娘が殺人を犯しても艦娘は人間ではないのだから倫理的にどうあれ法は適用されないだろう。超法規的措置は当然考えられる。

 

 そもそも私達致しましたなんて報告する義務はない。こっそり夜戦するだけなのだから。俺もしてる。こっそりでもないが。

 

 見た目もあり倫理的な問題はあるだろうが、よくよく考えれば法に触れているわけでもなくお手軽に戦力の充実が図れるのだ。しかも人類は生存戦争の真っ最中。誰が問題とするだろう。

 

 教育委員会か? 人権団体か? フェミニストか?

 

 問題とするのは深海棲艦たる俺たちだ。

 

 まぁなっちまったもんは仕方がない。対策はおいおい考えるとして……それにしても、駆逐艦限定とは……提督とは業が深い生き物であることよ。

 

 俺はほっぽちゃんを見る。ほっぽちゃんも俺を見る。

 

 ニコリと微笑まれた。

 

 背伸びしがちな年頃のほっぽちゃんの下着は意外性の黒だ。しかも紐パン。面白がった戦艦棲姫の仕業だ。だがそれだけだ。ほっぽちゃんは見た目通り中身もおしゃまなお子様だ。ちょっとした季節毎にある風物詩のイベントで一喜一憂する可愛らしい女の子だ。

 

 だが戦闘力は侮れない。

 

 順次改装を進めているが深海地獄艦爆と呼ばれるたこ焼きに似た強力な艦上爆撃機を駆使する空爆は舐めてかかればとんでもないダメージを受けることになり、戦艦ル級に匹敵する砲撃は、艦娘の駆逐艦など簡単に吹き飛ばしてくれる。

 

 某漫画ではないが変身形態を残しており、窮地になれば能力が増大する事を確認している。

 

 彼女も深海棲艦の姫級であり、ちゃんと戦力として計算できるのだ。

 

 しかし弱点がはっきりしており、対策をされると苦戦は必至となる。

 

 なので出撃するときは対策が取りにくい編成を考える必要がある。

 

 節操なく深海棲艦と夜戦する俺もほっぽちゃんは無理!

 

 無理無理無理無理かたつ無理!

 

「イキュー」

 

 すまん。いくら可愛いイ級でもいろんな意味でお前も無理だ。

 

 

 

 

 

 

 

 対策が見つからないまま、数日が過ぎた。

 

 戦意高揚(キラキラ)状態とは言え、相手は駆逐艦。被害はあるものの、戦艦・空母の様に目立った被害の拡大は確認されていない。

 

 紳士揃いの艦娘の提督に感謝すべきなのか、それとも艦娘の提督は別の問題を抱えているのか。

 

 いずれにせよ諜報という点ではお互いに完全な諜報活動は無理なのだ。しばらく様子を見るしかないと思っていた矢先。

 

 新たな戦意高揚(キラキラ)状態の艦娘が現れた。

 

 大鳳型  一番艦 装甲空母 大鳳

 

 龍驤型  一番艦 軽空母  龍驤

 

 祥鳳型  二番艦 軽空母  瑞鳳

 

 春日丸級 一番艦 軽空母 春日丸

 

 大鷹型  四番艦 軽空母  神鷹

 

 おわかりだろうか? 俺は直に理解した。

 

 この艦娘の提督の嗜好は駆逐艦の提督とはまた違った方向性を持ったものだと。

 

 この日、この海域での戦闘は深海棲艦側が敗北し、戦線を少しだけ下げる結果に終わった。

 

 勿論致命的なものではない。戦争は膠着状態に入っているのだ。たった一戦でどうこうなるものではない。

 

 しかし敗北には違いない。俺は先日改造を済ませた戦艦棲姫改に慰めてもらおうと夜戦に勤しもうとしたが、純粋な気持ちで一緒に寝ようと枕を抱えてベッドに潜り込んだほっぽちゃんと三人で川の字で寝たのだった。

 

 艦娘の提督達の業はやはり深いと再認識しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

05に続く



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