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report from chaos 26 『 マイルス・デューイ・ディヴィス III』 第2回「Miles Dewy Davis IIIrd 研究」 2005.4.21 東京大学駒場キャンパス1313教室 講師:菊地成孔・大谷能生 ■ 註 ・このレポートは、講師の菊地、大谷両氏の許諾のもと、作成・公開しております。 ・レポートの無断転載はお断りします。 ■ 26-1 若いゼミ ナイキ O 「何か今日は6時から、この教室でガイダンス入るそうなので、早くきっちり終われって言われてます」 K 「時計見てちゃんと。じゃあ・・・やりましょうか?」 O 「やりましょうか」 K 「おはようございます」 O 「おはようございます」 K 「東大の方」 (挙手) K 「あ。ありがとうございます。・・・東大じゃない方」 (挙手) K 「あんまり、ありがとうございません」 (笑) O 「どういう日本語だ」 K 「嘘ですよ。ありがとうございます」 K 「今日教壇が高いから、やりづらいんだよね」 O 「や、いつもと一緒だよ?・・・椅子が低いのかな」 (菊地氏、椅子に深く座る。講師机の後ろに消えていく) (笑) O 「あ、そうか!これが高いんだよ」 (普段は教壇の前に降りている講師机が壇上に乗っているので、椅子に座ると机の後ろに菊地氏が隠れてれてしまう) K 「隠れる」 O 「隠れる?」 K 「隠れやすい高さですけどね」 O 「二人でその中で喋る」 K 「(笑)。女性とこん中で・・・まあ、いいや」 (笑) K 「はい。あのー(笑)、マイルス・デューイ・デイヴィス3世の講義2回目ですけども。えと前回で、一生分の作品を聴く予定だったんですよね。駆け足で。しかし、まあ冷静に考えればわかる話で、1時間半でですね、説明しながらマイルス・デイヴィスの一生を完全に聴くっていうのはまあ、無謀なことだということがやってよくわかったので」 O 「(笑)」 K 「3分の1までしか進まなかったですけど」 O 「30枚聴くとしてもねえ。一曲2分で・・・」 K 「まあFM番組なんかでね、事あるごとにマイルス・デイヴィスの一生を追っかけてみましょうなんて言ってね」 O 「ああはいはい」 K 「正月とかにね、6時間くらいかけてやったり」 O 「すごい、1時間半ぐらいだと、すごいチョイスになるよね。『クールの誕生』聴いてさ」 K 「もう『ネフェルティティ』」 (笑) K 「まあ前回も言いましたけど、20世紀でほぼ、ポピュラー音楽・大衆音楽の中では最長の現役年数ではないかと」 O 「そうですね」 K 「いうことが、第一にありますよね」 K 「”ジャズの帝王”だとかいうパブリック・イメージがありますよね。まあ”ジャズの帝王”っていうのはかなりイマジナブルな・・・帝王っていうのもねえ?”なんですか、帝王っていうのは?”って事になりますから」 O 「(笑)」 K 「そういうことよりも、とにかく最長の現役年数。それから、近代・前進・変革のそういうイメージ」 O 「死ぬまで現役」 K 「死ぬまで現役で」 O 「一回引退してるけどね」 K 「そうだね」 K 「一回も戻ったことがない・・・ま、厳密に言うと戻ってるんだけど、イメージとしてはとにかく戻らずに変わり続けた、というパブリック・イメージを継起し続けました。もっと細かい分析をしてみると」 O 「意外にね」 K 「風評ほどそうではない。やっぱりマイルス・デイヴィスですら、死ぬ直前には・・・っていうか、さすがに最後はターン・テーブルで行ってるってところが、最後っ屁が凄いところですけど」 O 「うん」 K 「その直前ってところがね、50年代に戻ってるところが、音楽構造分析的に見るとあるんだけど、それは余りにも歴史を覆すっていうかね」 O 「あとは、変わったのって1回か2回しかない」 K 「そうそう、実はね、僕の説ではデッカい音楽構造的な変化ていうのは、マイルス・デイヴィスの生涯には1,2回しかないんですけど、とはいえ、それは音楽下部構造というかね、本当のギリギリのオーガニゼーションが変わったという問題であって、モードだとかもっと上っ面の上部構造に関しては、生涯変わり続ける。それが、前回にも言ったように”スタイル”っていう、スタイルっていうのは文体という言葉から始まって、あとは服装もそうですけどね」 K 「まあご存知のように、20世紀っていうのは近代・前進・変革というのが、市民社会が文化を経由すると、そういうことが起こるっていう事が、もの凄い加速がついた時代ですね」 O 「そうですね」 K 「最も加速がつき最も変転し、最も前進して、あまりの加速に怖くなってきて、最後の方では”加速止めようよ止めようよ”っていう ムーブメントが、加速する力と反作用のように加速とおんなじくらいの力で出てくるんですけど、やっぱし止められずに進んでいくっていう ・・・ようするに、加速の果てに、死ぬ。バーンアウトしてしまう。簡単に言うと、世界の破滅のイメージですね、持たれた世紀でもあります」 O 「で、マイルス・デイヴィスは20世紀後半は見事なくらい、そんなイメージで」 K 「そうですね。後半の50年間を本当に見事に、20世紀の戯画化っていうかね。どんどん近代化して変わっていって革新を起こしていくと。で、生命力がその度に固定せずにね、まあ斬新にこう、若々しくなっていくんだけど、そういうことの果てに、やがては死滅が待っていると(笑)」 O 「それが20世紀で、アメリカ人で、黒人でポピュラー・ミュージシャンがやったっていう」 K 「うん」 O 「そこら辺がポイントですね」 K 「そうですね。ほぼないわけですね。大体系譜が固まると・・・まあ昨年はジャズに特化というか、もう少し広く通史で見たわけですけど、 大体わかることは、”これで一生食える”っていう道を見つけると、みんなそれで固まるわけですね。ショー・ビジネスはとくに、個人、アート、厳密なアートっていうのとは違うんで、周りの思惑っていうかマーケットっていうものがありますから、そういった自分以外の力によって、自分のスタイルを固定化させられるというある種の去勢部も資本主義にはある。そん中で、売れる売れないという問題を含めて(笑)、これだけ変わり続けている人ということで、マイルス・デイヴィスの、とにかく権威的でボスである、”帝王”とも渾名されるイメージ、とりあえずのパブリック・イメージの方は置いといて、それよりもなぜこんなに変革していったのか。ということを考えて行きたいと思いますが、今回は2回目ということで」 O 「そうですね」 K 「前回はアコースティック末期まで行きましたが、ね。もう一回、もう一回ちょっと前回の説明をするような”あらすじ”みたいな感じで」 O 「(笑)」 K 「コマーシャル明けにコマーシャル前の映像でちょっと引っ張るみたいな感じで前回の最後のを聴いてからね」 O 「ああ」 K 「前回はアコースティック末期から始まって、ハーフ・エレクトリックまで行ったね。今回は、ハーフ・エレクトリックからオール・エレクトリック、フル・エレクトリックまで行って、引退時期があって、引退後の復帰後を一期二期三期に分けて、最期、最終作『ドゥー・バップ』まで滑り込めれば、と思っていますが。はい」 K 「で、今日は、一種のモニターっていうか、んーと僕らが、僕と大谷君が東大でこういうことをやる上で一番興味のある事は、今の、現役の19歳から20ぐらいの人、いますよね。・・・19の人」 O 「18の人」 K 「えー、35以上」 (笑) O 「はっきりと!」 (いない) O 「あ、いない」 K 「いないんだ」 O 「うそだあ(笑)」 K 「若いゼミですね。・・・まあ、35がいないから若いって言ってるのもどうかと思いますけどね」 O 「そうですね」 K 「新日本プロレスみたいですけどね」 (笑) K 「アンダー・サーティー決定戦とか言ってさ、”アスリートなんて皆んなアンダー・サーティーだろ!” って」 (笑) K 「ちょっと、ちょっと興奮しました」 O 「大学だよ、大学」 K 「落ち着いてやらなくては」 K 「20の方」 K 「21から25」 K 「25から30」 O 「30までなんだ」 K 「30から35」 K 「はい。35以上がいないね。まあ、大体19歳の人がほとんどですね。そのぐらいの世代の人が、20世紀のある種の雛型としてのマイルス・デイヴィスを聴いて、今ね、オンタイムで聴いて、皆さんには皆さんの個人的な音楽史っていうものがありますよね。そういう方が、改めてザッとね、一種の”ひとり20世紀史”というパノラマ、箱庭と言ってもいい一人のミュージシャンを聴いてみて」 O 「どれが」 K 「今、来るか。構造的な把握だとか評価だとかそういうことじゃなくて、とにかく自分が聴いて、聴快性ね。聴いて心地良いっていう、イイ感じがするのがどれかってことを」 O 「それも反射神経だからね。っていうか今、戸惑う人が多いじゃないですか」 K 「最近ね」 O 「そういうことを、あんまり考えないでね」 K 「”来たー!”っていう、”ムーブした”っていうね。ムーブ、ステイ、どっちかっていったらヤダ。で、一番好きなのはどれかっていうことも、聴きたい」 O 「もう一回聴きたいのはどれかっていうね」 K 「欲しいのはどれかってね。逆に言うと、時間が許す限り、”どれが嫌いか”っていうことも聞きたいよね」 O 「一曲一曲聞きたいね」 K 「丁寧にね、一人一人に聞いて。で、その人の生い立ちも聞いてね。『コーラス・ライン』みたいにね」 (笑) O 「(笑)」 K 「劇団四季の。『コーラスライン』」 O 「呼び出して」 K 「呼び出してね、どういう生い立ちだって聞いて・・・”だから『ビッチェズ・ブリュー』が嫌いなんだよ!”」 (笑) K 「ということによって、音楽批評が精神分析に結び付いていくという・・・まあそれはいいんですけど(笑)」 K 「まあ、じゃあザッと聴いてみましょう。今日はちょっと、ね」 O 「今日はねえ」 K 「前回の反省を生かして、あまり説明せずに」 (笑) K 「ひたすら聴いていきたいと思います(笑)」 O 「前回、妙に疲れた」 K 「マイルスが裸だとか、言いたいことが多すぎた」 (笑) O 「何で銃持ってんの?っていう」 (笑) K 「何で上半身裸なんだって(笑)」 O 「気になるよね。最後のアルバムでも裸ですよ(と、最終作『doo-bop』のジャケットをモニターに映す)」 (笑) K 「最後は上半身裸で行ってますからね。完遂した人ですよね。服・裸・カツラに注目した人ですよね、生涯」 O 「65歳・・・64歳かな」 K 「これ、惜しいことしたと思うのは、靴が切れてるんですよね」 O 「ああ、そうだね」 K 「これ、ナイキを履いてれば意味が相当違ったジャケットなんですよ。ナイキを履いて・・・こんな”doo-bop”なんて黒帯いらないんだよ。多分ナイキだと思うんだよ。それによって大分・・・あの、ヒップホップの中にジャズメンをリスペクトするかどうかの大きな分かれ目があって、ビーバップなんてファックだって言うのと、ビーバッパーをリスペクトするっていうのとで大分違うのね。その分水峰をね、あのジャケットは分けちゃってるよね。何の靴履いてたかわかったら大分いいですよね。アーストンボラージュだったりしたら駄目だね」 O 「駄目」 K 「ナイキだったらOK」 O 「ナイキだったらね」 K 「まあ、マイルス最期の謎かけだったと思いますけどね」 (笑) O 「足首だけは見せないっていう」 K 「見せないね・・・でもその上のパンツはよくわからない」 (笑) K 「一歩間違えると、おばさんのモンペみたいだけどね」 (笑) O 「これ、イッセイ・ミヤケじゃない?」 K 「イッセイ・ミヤケかあれですよ、佐藤・・・」 O 「佐藤・・・えーと何だっけ。あそこら辺ですね」 ■ 26-2 繰り言 編集 羅生門 K 「じゃあバッと聴いてみましょうかね」 O 「どこから行きますか?」 K 「アコースティック末期ですか。もう一回『ネフェルティティ』から行きましょう」 O 「『ネフェルティティ』から」 K 「時代的には、前回からの続きですけど、ベトナム戦争のドロ沼ね。アメリカが非常に、極端な鬱状態になっています。自分達の周りで何が起こっているかというとロックが起こってて、もうギリギリまで、ロック・ミュージックがここまで来てる!っていうのを必死に食い止めて、自分達はジャズなんだから、フル・アコースティックなんだっていう、最後の砦を守ってる状態ですね。・・・まあ、そんな状況自体が異様な事なんだけどね。ジャズ・ミュージックなんだからってロックのことなんて気にしなければ、こんな政治的なことは起こりえないわけなんですけど、この人は常に、ジャズとかジャズじゃないとかじゃなくて、その時のアメリカ社会の一番クールな音楽という考え方しかしてないですから、ロックがクールなら俺もロックのこと考えなきゃ。っていうことしか考えなかった人ですからね。ま、そうじゃなかったら最期にDJと一緒にあんなカッコしてないですからね」 O 「ナイキ履いてないですからね」 O 「で、67年。アコースティック楽器で生演奏をしている、これが一番クールだと思っていた」 ♪ ネフェルティティ (当時の写真を見つつ) O 「まだ、まだこういう服着てるのね。まだアイヴィー時代」 K 「ていうかむしろ、逆に古いタキシードに戻っていくっていうのもあるね」 O 「そうだね」 K 「ちょっと前までイタリアン・ブランドの洒落ものだった人が、最後にロックに対する抵抗だと思いますけど、一瞬戻る。それがこの時期、67年ぐらいの感覚だったんだと思うんですけど」 K 「音楽的には、前もお話しましたように、モードからファンク、グルグル時間が回っていく、後のファンク・ミュージックの準備が成されている段階とも言えますね。アドリブのない演奏」 O 「そういう時期の、『ネフェルティティ』」 K 「そうね。もうちょっと聴いてみようか」 (もうちょっと聴く) K 「はいはいはい、こんな感じですね。まあ最後まで聴いても、トランペットとサキソフォンがずーっとこのメロディを吹き続けるので、一切、フェイクもしない。ずーっと同じテーマでグルグル何回も吹き続けるわけ。もう、こうまでなってくると怖いね(笑)。一個のことしか言わない」 (笑) K 「何回も何回も」 O 「ずーっと同じこと」 K 「ずーっとおんなじ事おんなじ表情で言い続ける奴がいたら怖いですけどね。どう考えても怒ってるようにしか思えないですね」 O 「まあ、実際はこれリハーサルテイクだったっていう(笑)」 K 「そう、何にも出来なかったっていうね」 O 「テーマの練習をしてただけっていう」 K 「というのもあります。まあ、そこら辺がマイルス・マジックなんですけどね」 O 「そうですね」 K 「これいいじゃんって、採用しちゃったというね。後ろのドラムが凄いことになるんだけど。これ今における、物語がガンガン進行していくんじゃなくて、え、グルグル回っていくもんなの?っていう」 O 「同じ事をずーっと繰り返していくことによって、テンションが上がっていくというような状態ですね」 K 「あとは、饒舌さを抑える一種の何て言うかな、沈黙による怒りの表現というものがあります。これがまあ、70年代に入って行くと逆に裏側に入って、もの凄く饒舌になっていくんですけど。ここまでがアコースティック、尚且つサイレンス、クールっていうもののギリギリで、それでロックの美学ね。どんどん自己破壊的になってきて、饒舌になっていって、アンプリファイドされて、ディストーショナルになっていく」 O 「その間に一回さ、『イン・ア・サイレント・ウェイ』が入る」 K 「あ、そうですね」 O 「『イン・ア・サイレント・ウェイ』っていうのがこの後に入ってきて、それがエレクトリック・マイルスの最大で、まあ決定的なスタートになる」 K 「そうね、電気楽器の最初ですね」 O 「これ(板書)で言うと、”ハーフ・エレクトリック”」 K 「今のアコースティック末期だからね」 O 「じゃ、ちょっと『イン・ア・サイレント・ウェイ』聴いてみましょうか」 K 「聴いてみましょうか」 ♪ イン・ア・サイレント・ウェイ K 「これも名盤と言われているものですね。ピ-ター・バラカンがマイルスのベストに挙げてますけども」 O 「これコンプリート盤からとってきたんで、曲順がわかりにくいんですが(笑)。えっと、『イン・ア・サイレント・ウェイ』というアルバムの中からですね。で、ここから・・・さっきまではアコースティック・ピアノでやっていたんですけど、ここからは」 K 「フェンダーローズ」 O 「フェンダーローズっていう、この頃流行りだした」 K 「エレキ・ピアノだね」 O 「ピアノと、あとオルガン。キーボードが3台入っていて」 K 「ようするに電化されたキーボードが入ってきて、まだエレキ・ギターはない」 O 「あ、入ってるよ」 K 「入ってるけど、まだディストーション・ギターは入ってないからね。ロック・ギターみたいのはまだないから。軽ーい」 O 「でもギターは入っててっていう」 O 「こういうサウンドです」 K 「貼ってあるわけじゃないよ。丁寧に1,2って毎回弾いてるわけですけど。しかも半端じゃない本数、弾き続けてるいてるわけね。・・・今だったら貼っちゃいますよね」 O 「(笑)」 K 「2小節でバーッて、貼っちゃうんですけど」 O 「これでも出来るよ(CDJを指して)」 K 「もうすでに、これでも出来ますね(笑)」 O 「やる?(笑)」 K 「やりますか?」 O 「いや・・・まあ、いいや」 (笑) K 「服装が変わったところを見せましょう」 (当時の服装をモニターへ映す) K 「このぐらい。もうタキシードはさすがに着ない。だけどまだ、ロック・ミュージシャンってほどじゃない」 O 「メガネをくわえてるっていうのがね」 K 「ちょっと中途半端な感じですね」 O 「(笑)」 (『イン・ア・サイレント・ウェイ』を聴きつつ) O 「これも、反復、反復で」 K 「反復ですね。ループしていく」 O 「こうした形で、ルーピングして反復させる事によって、音楽的幅を広げるという作業に結構入っていますね」 K 「そうですね。モード・ジャズっていう、コードが進行しない音楽っていうのをすでにこの人は、50年代からやっているんだけども、それのまあ、ロックやファンクに対するジャズ的なアプローチによって、一発モノがファンクやフリー・ミュージックにならないで、ある種の美しさとクールさを湛えたまま反復していくっていう」 O 「その上にいろんな微妙なカラーリングを乗せていって」 K 「そう、いろんな物語が起こっていく」 O 「今だと本当に、コードの進まない音楽っていうのは普通だけど、この時期は・・・」 K 「なかったね」 O 「ほとんど、なかったんですよ」 K 「まあ、ロック・ミュージックが持っていたサイケデリアっていうのがあって、ずーっとおんなじ事やってるあいだに頭が狂ってくるっていう」 (笑) K 「だんだん内部世界に入ってだんだんサイケに頭がバァーッてなってくるっていうのは、すでにこの時期にはとっくにあったんだよね。ライトショウもあったし」 O 「そうですね」 K 「LSDもあったし、あらゆるものがあったわけです。その中で、この音楽が持ってるようするに”狂わせていくわけじゃない”というね、むしろもっとこう静寂させていく、沈静させていく・・・何て言うかな、ある種のエネルギーというのが、この同時期のロックのサイケデリアに比べると、ロックのサイケデリアも反復ミュージックなんだけど、まあだいぶ違いますね」 O 「今、オルガンが入ってますね」 K 「まあ『イン・ア・サイレント・ウェイ』ってくらいだからね。”静寂の路上にて”って意味ですからね」 O 「適当だな(笑)」 K 「何だっけ、この人の作詞。有名な詩人の詩ですけどね」 O 「ああ、そうですね。で、これが20分ぐらい続きますね」 K 「そうそう(笑)。しかもまあ、売り出された盤には、テープ編集が入ってますからね」 O 「そうですね」 K 「グルッと回ると一番最初の演奏の冒頭に戻ってくるっていうね」 ♪ イン・ア・サイレント・ウェイ (アルバム・バージョン) O 「これがそう、これはアルバム・バージョンですね」 K 「そう、今の、今のね、結構”来た!”って感じで”すんげえ演奏力!”って思うけどハサミなんだよね」 (笑) O 「テープだから」 K 「テープなのね」 O 「本当にハサミだから(手でハサミを使う仕草)」 K 「ガーッて持ってきて、あとで一番前の方にポンと置く。今では当たり前のテープ編集のマジックだけど、これを勝手に、まあ勝手にやるのは当たり前なんだけど、誰にも喋らずに、企業秘密みたいにしてやっていくわけ」 O 「マスコミとか批評家には一切教えなかった」 K 「何が起こってるんだろう?っていう、謎かけが好きな人ですからね」 K 「明らかに編集して良くなってることがわかりますよね」 O 「そうね」 K 「ジャズではやっちゃいけない事と言われている。ジャズは生演奏で録るものというね」 O 「生演奏だし、コードをグルグル進行してると、編集しちゃうとわかっちゃうじゃないですか」 K 「そうそう」 O 「こういう一発モノだと、編集してもわからない」 K 「ようするに、周回する音楽だとハサミを入れてもわからない」 O 「音楽構造が崩れないという風に、この時代にわかってきて、時間感覚とかも変わってくる」 K 「これロックのサイケデリアが生演奏で、その場でどんどん瞑想していくってことに行ったのに対して、けっこうクールだよね」 O 「クールだね」 K 「編集してしまうことで、時間の感覚をそらしていくっていうね」 K 「はい。じゃ、次行きましょうか。これはまあ、キーボードとギターの一部はエレクトリックになったよと。でもウッド・ベースですから。ハーフ・エレクトリック時代ですね」 O 「・・・『ビッチェズ・ブリュー』は、飛ばしましょうか。オミットして」 K 「飛ばす・・・・・・?『ビッチェズ・ブリュー』、聴かない!?マイルス・デイヴィス・ゼミで、『ビッチェズ・ブリュー』聴かない。すごいですね」 O 「最後に取って置く、みたいな」 K 「芥川龍之介ゼミで『吾輩は猫である』やらないようなもんですけどね」 O 「・・・・・・それは夏目漱石でしょ」 K 「夏目漱石でした」 (笑) K 「『鼻』。みたいな」 O 「『羅生門』でしょ」 K 「『羅生門』」 O 「知ってること全部言えばいい、みたいな」 (笑) K 「でも飛ばすって」 O 「でも飛ばす」 K 「聴かないすか、本当に?」 O 「『ビッチェズ・ブリュー』さ、難しいじゃないですか」 K 「説明が?」 O 「パッと聴いてさ、どうのこうのみたいな感じじゃないじゃないですか」 K 「そうね・・・・・・。大問題作ですけどね」 O 「聴きますか、頭だけでも」 K 「軽く『スパニッシュ・キー』だけでも聴きましょうか」 O 「『スパニッシュ・キー』聴きますか」 K 「前回『スパニッシュ・キー』かけて終ったんだよね」 O 「そうそうそう」 ■ 26-3 2枚組 批評史 O 「えーとね、『イン・ア・サイレント・ウェイ』のすぐ後に」 K 「すぐ後ですね。ほとんど一年空けてないよね」 O 「ほぼ同じメンツでありながら、リズム体を強化して、2枚組のトータル・アルバムを出します」 K 「そうですね」 O 「ほとんどビートルズにぶつけるぐらいの勢いで」 K 「ビートルズと、ピンク・フロイドにぶつけるぐらいの勢いで」 O 「ピンク・フロイドにぶつけたか(笑)」 K 「ボリュームね」 O 「ああ」 K 「あとはコンセプトアルバムっていう」 O 「『原子心母』にぶつけたっていう」 K 「2枚組っていう」 K 「くどくなっていく。時代がね」 O 「じゃあ、『スパニッシュ・キー』にしようかな」 K 「『スパニッシュ・キー』にしましょう」 ♪ スパニッシュ・キー O 「ちょっともう、ビートがね」 K 「うん。さっきの『イン・ア・サイレント・ウェイ』に比べると、かなりバーバルな感じですけどね」 O 「発想としてはさ、『クールの誕生』の時のアンサンブルと似てると思うんだよね」 K 「似てるね」 (当時の写真をモニターへ映す) K 「まあ服装はこういう・・・こんなような感じね。じっくりゆっくりゆっくり行く、ロックの方に(笑)。やがて上半身レオタードになって、グラムまがいの格好になっていくんですけど」 O 「ベースが2台、ドラムが2台で」 K 「69年ね。もう世界にはジミ・ヘンドリックスもフーもいるっていう時代ね」 O 「ああ」 K 「もう、ビートルズは相当具合悪くなってるよね」 O 「(笑)」 K 「まあみんなこの頃具合悪いですけどね。キメすぎちゃって」 O 「ビートルズの『ホワイト・アルバム』にぶつけた感じね」 K 「そうね。ビートルズの『ホワイト・アルバム』も2枚組で」 K 「まあこんな感じね。当時の音楽界における、スタジオっていうことの意味がだいぶね。ようするにそこに篭って、大量のものを作り出して、それを2枚組みで平気で出すっていう時代ではあった。録りっぱなしっていうね」 O 「そうですね。曲っていう単位が違う」 K 「そうね。だからその、結果と時間の関係ね。かつては卓上で書いてピアノの前で作曲していたのが、まずスタジオに篭っちゃう。何も用意せずスタジオに入って、スタジオを楽器として使ってとにかくその中でどんどん録音していってしまう」 O 「マイルスはちゃんとピアノでやってる時代からやっているんだが、この時期からスタイルを変えていく」 K 「この時期から音楽に参入していったミュージシャンっていうのはいっぱいいたはずで」 O 「こういうやり方がもう当たり前というかね。というか、そういう奴を探していたよね」 K 「そうね」 O 「グツグツした感じですよね。爆発はしないけど、なんか」 K 「煮えたぎってるんだよね(笑)。でっかい鍋で、こう」 (聴きながら) K 「やっと、この辺でモードが明るくなる」 K 「マイナー系モードであるフリジアンというモードから、メジャー系モードであるミクソリディアンというモードへ、モードの明度が変わってちょっと明るくなってますけど、明るくなったところでこの有様ですからね。延々続きますね」 K 「まあ巷間言われるほどのポリリズムじゃないね」 O 「そうね」 K 「当時ポリリズムって、たくさん音が鳴ってることをポリリズムっていう」 O 「そうそうそうそう(笑)」 K 「メンバーが多いとポリリズム」 O 「コンガが入ってるとポリリズム」 K 「2人以上ドラムがいると」 KO「ポリリズム」 (笑) K 「全くおんなじリズムを2人で叩いてたらモノリズムだと思いますけど(笑)」 O 「(笑)」 K 「これポリリズムって言われました。たっくさん音が入ってて、ステレオ的に配置されて、律動情報がバラバラにあるっていう」 O 「あとさ、ロックのビートって言われてたりね。でもロックのビートじゃないですよね」 K 「全然ロックのビートじゃないね。ド・ジャズの感じですよね。まあ、録音史的に言っちゃうとキリないんだけど、キックの音止めてないからね、これ。ドーンてキックの音、キックってベースの音だよね。ドーンて。これは後にディスコに結実していく、キックの音が止まるっていうさ」 O 「ドッて」 K 「ドッパッドッパッて止まって行きますけど、これは」 O 「トゥーン、トゥーンってね」 K 「めちゃくちゃジャズ・ドラムですね(笑)。その残響のあるキックに、残響のあるアコースティック・ベースの音が絡んで、完全にジャズ・リズムのフィギュアの上に、何て言うか、とても魔術的なギラギラしたものがグルグル回っていく。で、スタジオを一種の楽器というか仕事場として篭って、何日も篭って、大量に録っていく」 O 「まあ『ビッチェズ・ブリュー』に関しては、また後で」 K 「そうだね」 O 「一日かけてやりましょう」 K 「『ビッチェズ・ブリュー』は本当に、20世紀のね」 O 「遣り甲斐があるからね」 K 「まあこれを出して、大騒ぎになる。簡単に言うとね。一大革命が起こったように言われる」 O 「今さ、昔の雑誌をいろいろ調べているんだけど」 K 「批評史ね」 O 「批評史をね。楽しいですね本当に」 K 「前回言った通りその、音楽を革新していくことで何が起こるかというと、批評の成熟ということが起きずに、批評に対する挑発が起こり続けているわけだよね。それをオンタイムでわかる人とわかんない人。好きな人と嫌いな人がパッキリ分かれる。ある種の何て言うかな、それも自我のあり方ですけど、生涯追及した人で」 O 「もうね、すごい良くわかってるのが油井さんで」 K 「はいはいはい」 O 「全然わかってないのが**さんで」 K 「(笑)」 O 「ごめん(笑)、全然わかんないだよ」 K 「当時の、批評家の紹介史っていうか批評史というのが生じるわけですよね、近代化が進むとね。そんなものがなければ、一個の練られた芸に対する練られた批評という、ひとつの蜜月が起こるんだけども」 O 「そうそうそう」 K 「どんどん挑発していけば批評の方もそれに対応していかないといけないので、批評の方も闘争的になるし近代的になっていくということが、まあ明文化されていくわけ」 O 「モダン以降ね」 K 「だから今、大谷君がね、国会図書館とか行って」 O 「そうそう(笑)」 K 「ごくろうさまです(笑)。マイルス・デイヴィスをオンタイムで、発表された段階でどういう批評を誰が行っているのかっていうことのね、いうことに関するひとつのアーカイブが作れるといいと思いますが」 O 「結局アメリカ行かないと駄目なんだよね、揃わないから。まあ、いいんだけど・・・留学させてくれないかな(笑)」 K 「アメリカ行かないと駄目だからね。たしかに。まあ言っても、日本語で読めるっていう線もあるよね」 O 「うん、そうだね」 K 「日本語で読めるマイルス・デイヴィスの批評史っていう」 O 「すーごい楽しいよ」 K 「まあマイルス・デイヴィスだけじゃなくて、ジャズミュージック総体にしても楽しいですけどね」 O 「これとか、こういう感じ。絵だけでも楽しいですからね」 (資料を見つつ) K 「こういうことの遣り甲斐のある人なわけですね。ようするに時代の流れと対応してるからね。まあそれ言ったらビートルズもそういうところあんだけど」 O 「ビートルズは短いからねえ」 K 「短いからね、活動年数がね」 (当時の写真をパラパラめくりつつ) O 「カッコいいねえ」 K 「カッコいいねえ(笑)。明らかにわかりますね、ワークアウト史的な、フィットネス史的な見方すると」 O 「(笑)」 K 「ボクシングやる前とやった後で」 O 「(笑)」 K 「明らかに体脂肪的のつき方がさ(笑)。この頃まだ、ぽっちゃりしてるんだよね」 O 「(笑)」 K 「初期ね。ちょっと」 O 「ぽっちゃりしてるね」 K 「アフター・ボクシングになると、いきなりあの・・・」 O 「いきなりこうなっていきますからね」 (モニターに写真 & 笑) K 「簡単に言うと側筋が発達してくるんだよね」 O 「やっぱり裸にネクタイかって」 K 「やっぱり裸にネクタイで(笑)。洗練を目指したところクンタキンテに見えてしまったという」 O 「何?この、こういう・・・」 (笑) O 「このあたりが、さっきの」 K 「『ビッチェズ・ブリュー』の頃ね。こういうね、サングラスからまず、みたいなところがありますから」 O 「珍しく笑ってますね」 K 「笑ってますね。ゴキゲンです。このあたりはマイルス、アフター・ボクシングですからシェイプされて」 O 「でも、その前のイメージはこういう感じですからね」 (タキシード時代。ぽっちゃりしてる & 笑) O 「ちょっと丸い感じのね」 K 「そうね。このままね、この人ボクシングやらずにいたら、下手するとね、まあ想定ですけど、仮定ですけど、場合によっては・・・ああ、でもこの人デブになるのヤだったからな・・・チビだったし」 O 「(笑)」 K 「ルイ・アームストロングみたいになったかもしれないですから」 (笑) K 「なった可能性も。ジャズマンのクリシェですからね。でっぷり肥ってズートスーツ着るっていうのはね」 O 「でも体弱いからさ」 K 「肥らないか」 O 「肥らないよ」 K 「まあ肥れるのも体力ですからね」 O 「ガリガリだからね」 ■ 26-4 ハーフ・エレクトリック O 「じゃあ、もうちょっと派手めなところで、『1969 マイルス』聴きましょうか」 K 「はい。この頃のライブ盤ね。この人スタジオでこういうことやりながら、ステージでは何をやっていたか」 O 「この間も聴きましたが」 ♪ 『1969 マイルス』より (激しいドラミング) K 「完全なミッチ・ミッチェルだね」 O 「(笑)」 K 「ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスと全く同じスタイル」 O 「ディジョネットあたり」 K 「ジャック・ディジョネットですよね」 K 「ピアノが綺麗に周期リズムを刻んでて」 O 「ピアノがキープしてる」 K 「ピアノがキープしてるのね。ドラムがその中でどれだけ割ってるかっていうことで」 K 「こうなの(と指を鳴らして示す)。こう割ってるのわかる」 O 「ベースもすごい」 K 「まあ、凄くさ、聴くとわかるのは、すごい闘争的っていうか。何て言うのかな、ある種のポリティック感っていうか」 O 「それは政治的に」 K 「政治的。つまりそれはね、ロックっていう文化に対する政治のあり方として、ロックの一番いいところを吸収しながら、ロック・ミュージシャンには絶対出来ないことだけで構築して、叩き潰すっていうね」 O 「この同時期のロックをこれと並べて聴くと、いかに単純なのかっていうことがわかるね」 K 「いかにロックがね。どんなにバラバラに叩いても、誰もがタテ線が揃って聞こえるのかって」 O 「ダダッタッタ、ダダッタッタって(笑)」 K 「ジミヘンとか凄いタテ線が合っててすごいんだけど」 O 「ああ、ああ」 K 「この段階でもの凄くポリリズムですね。3つくらいのタイムが流れてて、メロディがとってるタイムとベースがとってるタイムと、ドラムが割ってるタイムが全部別。で、その伝統っていうのは実はマイルスのアコースティック時代を聴いてもわかるんだけど、コルトレーンとか聴くとわかるね」 O 「そうですね」 K 「ようするにエルビン・ジョーンズからずっと来てる、周期時間をアフリカ的な感覚で割っていくっていう」 O 「エルビン・ジョーンズっていうのはドラマーで、1960年代にジョン・コルトレーンというサックスと一緒に活躍した人ですけど、それはまた後でやっていきましょう」 K 「あの人たちも、”モード・ジャズをやることでリズムが細分化した”っていうより、”せざるを得なかった”っていうような時間感覚の中で発達した、独自のアフロ・アメリカン的なポリリズムのあり方っていうのがあって、そのドラミングのスタイルをそのまま継承したのがジャック・ディジョネットっていう人で」 O 「そこに、ファンクのビートがちょっと入ってることが」 K 「そうそうそうそう。エルビン・ジョーンズ、プラス・ファンクだよね。ジャック・ディジョネットね」 K 「でもまあ、ミッチ・ミッチェルなんかの言っちゃアイドルですよね。あの、手がね、スティックの持ち方がこんな、こんなんなって。逆さに」 O 「レギュラーの」 K 「ようするに、ジャズ・ドラムのスティックの持ち方だった時代。ロックがまだね」 O 「うん」 K 「まあ、もうちょっと聴いてみましょう」 O 「こういうのが段々グツグツとこうなっていって」 K 「でも、まだディストーション・ギターはいないんだよね」 O 「そうなんですよ」 K 「電化はされてるんだけど、ピアノのバッキングって意味では、60年代以前のスタイルを守っているわけよ(笑)」 O 「ちょっと一応キーボード・メインて感じなんですよね。まだまだ」 O 「じゃあ、『ライブ・アット・フィルモア』」 K 「『フィルモア』はあれだっけ、ピート・コージーだっけ」 O 「いない。キース・ジャレットですね」 K 「まだキーボード時代ですね」 O 「でもさあ、そろそろワウが来ますね」 K 「そう。そろそろワウというサウンド。”わおわおわお・・・”っていう」 ♪ 『ライブ・アット・フィルモア』より O 「ワウと、パーカッションもね。アイアート・モレイラ」 O 「これが70年代、1970年代。さっきの、60年代の『ネフェルティティ』とどんだけ違ってどんだけ違わないか」 K 「そう、どんだけ違ってどんだけ違わないか(笑)」 O 「面白いところですね」 K 「最初に言ったけど、どれが来たかってのを憶えておいてね。雑にね」 O 「なんか、あれだね。講義っぽく・・・メモっておくようにね(笑)」 K 「こういう何か、呪術的な時間を持っていたわけね。これは・・・アゲアゲになるっけ?」 O 「アゲアゲになるかな。このまま行くかな・・・ちょっと待って」 ♪ (曲チェンジ) K 「実はこの人、120ぐらいが多いんだよね。ドッチードッチードッチードッチーってさ(笑)、あとでハウスミックスされそうなテンポが意外と多い人ですけど」 O 「同じアルバムの、『アット・フィルモア』からです」 K 「あの、フィルモア・イーストっていうのとフィルモア・ウェストっていうのがあって、簡単に言うと”ロックの殿堂”みたいな感じであったのね」 O 「ああ」 K 「そこに”進出した”っていうね」 O 「日本で言ったらなんでしょうね」 K 「まあ、新宿ピット・インでやってた人が、リキッドルームに行きますよ、みたいな」 O 「菊地さんじゃないですかッ」 K 「俺だ」 (笑) K 「だって、そうするしかないんだよ、結局。これ見てると、そういうことだっていうか。・・・これ見るとっていうか(笑)、見てると、そうならざるを得ない」 K 「まあ日によってこういう、ちょっとサイレンスな時もある」 O 「こういうのもあるし、」 ♪ (曲チェンジ) K 「まだキーボード、ワウこそありますけど」 O 「まだキーボード」 K 「こういう、鍵盤楽器がバッキングしてるってところからまだ離れられないね。思い切ってギター入れちゃってから、マイルス行くところまで行くんですけど」 O 「そうねえ」 K 「まだギリギリで」 O 「じゃあちょっと派手な、『オン・ザ・コーナー』に」 K 「まあこういった試行錯誤の果てに、フル・エレクトリックになっていくわけですけど」 O 「あ、じゃあ・・・『ゲット・アップ・ウィズ・イット』から」 K 「『ゲット・アップ・ウィズ・イット』。あ、まだ板書してないや」 O 「『ゲット・アップ・ウィズ・イット』っていう、これも2枚組の」 K 「2枚組ですね(笑)」 O 「アウトテイクっていうかな。未発表を集めたアルバムが」 K 「そうね」 O 「この時期の(板書を指して)、大体、いろいろ実験したのを集めたアルバムがあって」 K 「『レイテッド・エックス』?」 O 「『レイテッド・エックス』(笑)。72年ぐらい?これはキーボードが凄いことになるね」 K 「そう、マイルスが弾いてるね」 O 「えっとね、『ホンキー・トンク』」 K 「あ、そうだね、『ホンキー・トンク』聴こうか」 O 「『ホンキー・トンク』という曲です」 ♪ ホンキー・トンク O 「これは同じ時期です」 K 「そうね。これはマイルス・デイヴィスの生涯でもっともリズム構造が複雑で、トリッキーな曲といわれてますね」 O 「リズム構造、テープ編集」 K 「テープ編集」 O 「あと・・・そうだな」 K 「あと、ミステイク」 O 「そう」 K 「ミステイクの導入。あとはミステイクの隠蔽としての編集。いろんな形、いろんな魔法がかかってる、結構重要なテイク。一番重要かもしれないね」 O 「スタジオ・テイクとライブがあるんですけど、これライブからですね」 (菊地氏、指でリズムをとる) K 「これをこういう風に採ってて、基礎律動、まあ、踊るつもりで聴いてて、びっくりしない人はいないっていうね。・・・というか、当のやってる方がびっくりしてるからね(笑)」 K 「(指を鳴らしながら)まあ誰が聴いてもこう聴こえるんだと思うんだけど・・・そろそろ2段目に入るからね。もうテープで編集されてますからね。ガクンとくる」 O 「今の耳で聴くとビート聴こえるんだけど、昔は普通のオンタイムだと思って聴いてますからね」 K 「このまま演奏してると思ってる」 (聴きながら) K 「ここもまだ、”そんな難しくないじゃん”って思うんだけど(パチンパチン)・・・この後すんごい事になる」 ■ 26-5 あれから3年 (それまでの4拍子の上に3拍子が重なってくる) K 「これなんと、シャッフルになるんだよね」 K 「あんまり極端に、変化がトリッキー過ぎて、”普通じゃん”って(笑)」 O 「”ブルース回帰”とかね」 K 「ホントに日本人がリズムに弱いっていうのがわかるのは、これを聴いて”ブルースに帰ってきた!”っていう(笑)。アフロ・アメリカン的なって」 K 「これがまた戻るからね。それを聴くと、なるほどってなりますからね・・(3拍子シャッフルから4拍子に戻る)・・・はいはい。これも長いテイクで、行ったり来たりするわけ」 (指を鳴らして3拍子と4拍子のポリリズムを実演) K 「ンーージャジャン(4拍子)っていうのと、ガッガガッガっ(3拍子)て、リズムが行ったり来たりして、途中で間違えたりしちゃう(笑)。間違ったりしてるのを、全員は間違えないですけど、そのまま入れてしまう。あんまり考えられない。ミステイクを入れて、驚かそうとする」 O 「あとはさ、定位の問題がある」 K 「そうだね」 O 「ドラムのハイハットを左右に飛ばしたりするのね。だからわかんなくなっちゃう」 K 「ドラムを裏にしたらもうわかんないですから」 K 「でもこれが一番極端だよね」 O 「そうですね。これと『オン・ザ・コーナー』」 K 「これと『オン・ザ・コーナー』だね、リズム実験はね」 O 「これが凄いリズム実験をしているということは、後々」 K 「そうだね」 O 「これと同時期に、『オン・ザ・コーナー』という」 K 「今でこそ、ファンク期の最高傑作とか言われてますけど、出た頃はもう」 O 「ボロックソ」 K 「本当にボロクソで。もう、ゴミみたいなね」 O 「ひっどい扱いだよ」 K 「酷い扱い」 O 「というわけで、『オン・ザ・コーナー』」 ♪ On the Corner K 「頭どこ?っていう」 K 「頭どこかっていうと、こう(指を回して示す)」 (モニターに写真) K 「この時代、この時代。ジャケット見せましょう」 K 「完全にソウルトレインの世界ですね。世界観がまた変わる。まあ後のこう、ヒップホップのグラフィティ・アートとか、ライディング・ツールとしてのスケット・ウォールとかを予感させる感じね」 ♪ (曲チェンジ) O 「これはテオ・マセロによるリミックスで」 K 「実質リミックスだよね」 O 「この『オン・ザ・コーナー』っていうのは、ほとんどEPだよね。2曲しか入ってない(笑)」 K 「そうだね。リミックスって概念のない頃の、実質リミックス」 (聴きながら) O 「さっきのを編集してる」 K 「テープがバシバシに編集されてるわけですけど」 K 「まあエレクトリック・ギターが入って、もうこれ完全にエレクトリック・ベース、ドラム、ギターでファンクね」 (しばらく聴く) K 「これはそんなにリズムの仕掛けないね。この一曲前に聴いた『オン・ザ・コーナー』と」 O 「『ホンキー・トンク』。『ホンキー・トンク』と『オン・ザ・コーナー』だね」 K 「『ホンキー・トンク』と『オン・ザ・コーナー』は、かなりリズム的な仕掛けがあって、その解説をするっていうので、僕と大谷君が組んだのが最初だね」 O 「そうそうそうそう(笑)」 K 「誰もその話しないからさ。ちゃんと譜面に全部書いて、高円寺のクラブで説明したんだよね」 O 「もう3年前ですよ」 K 「3年前。・・・あれから特に何が起こったわけじゃないけどね」 O 「(笑)」 (笑) O 「無駄だったんじゃないか!(笑)」 K 「無駄だったんじゃないか(笑)」 O 「我々の・・・」 K 「多分、世界で初めてスコア・ライジングしたんじゃないかっていう自負があったんですけど、無駄だったんじゃないかっていう」 O 「何にも変わってないんじゃないかっていう」 K 「ねえ。そのぐらい日本人は本当にリズム弱いよね」 O 「ああ」 K 「何となくいい感じだあ・・・みたいな」 O 「なんか盛り上がってるなあ・・・」 K 「とかさあ(笑)。なんか適当な」 O 「それは音が大きかっただけだろう!っていうね」 K 「なんかクリックが出るとみんな、こんな、なるんだけどさ(笑)・・・ちょっとね」 O 「まあ、こんな感じの音で一番強力なのは、この時期はやっぱりこれでしょうね」 ♪ Rated X K 「これは『レイテッド・エックス』。編集だけで出来てる」 O 「これさ、未だにどこが編集でっていうのが」 K 「わからないんだよね」 O 「わからないんで、やるよ、もう(笑)。頑張るよ」 (しばらく聴く) K 「ジャケット、これ」 (モニターに『ゲット・アップ~』のジャケット) K 「これね・・・(と、大谷氏に話かける。爆音なのでよく聞こえない)・・・」 O 「・・・・・・フェーダーだよ・・・」 K 「・・・これフェーダーだよね・・・・・・」 (ボリュームを下げる) K 「これDJがやってるんじゃなくて・・・何年だっけ」 O 「72年・・・73年だよ」 K 「もうすでにこうやって発表されてるわけね。録音したもののリズムセクションを・・・まあ要するにダブの先駆けですよね」 O 「うん」 K 「テープ切っちゃったり、フェーダー下げたりすることで、こういう結構均質な音楽を、切ったり、いきなり音が出たり入ったりっていうことを繰り返して刺激を与えていく、という意味でのダブ。これ、『レイテッド・エックス』って言ってね」 O 「『レイテッド・エックス』」 K 「ポルノだよね」 O 「ああ、ああ」 K 「うん。これ以上は見せられないっていう意味のね。まあ、シュトックハウゼンって言われたり、ノイズ・ミュージックの人たちがこっから始まっただとか、いろんな・・・」 O 「シュトックハウゼンの影響を受けて作ったとかさあ、いろいろマイルスも言うよね」 K 「まあ、カマす人ですからね。この人の語録がいかに面白いかっていうことも(笑)、ミスティフィカシオンの人として、語録がどれだけ面白いかっていうことは後でね、まとめて」 O 「それも一日かけて」 K 「あれ一日読み続けたいよね」 O 「俺、プリントしてくるからさ」 K 「(笑)。プリントして、みんなに持って帰ってもらって」 O 「持って帰ってもらって」 K 「本当に面白いからね」 O 「金言として。枕もとに置いて欲しいよね」 K 「ホントに」 O 「口癖のように言って欲しいよね。・・・”足を踏んづけてやる!”って」 K 「今度エリック・ドルフィーに会ったら、足を踏んづけてやるッ!って言った人ですからね」 (笑) K 「どういう意味なんでしょうか」 (笑) O 「ちょっと、その10年前まではこういうのやってた人ですからね」 ♪ (リラックス・ジャズ・ミュージック) K 「これ10年前ですか」 O 「12年、かな」 O 「こういう人だった。それが10年後に」 K 「10年後に」 ♪ Rated X (笑) K 「いかにロックがこれでもね、時代がサイケになろうとも、”それはないだろ、マイルス”って言われちゃいますよね」 O 「で、10年前はこれ」 ♪ (リラックス・ジャズ・ミュージック -2) K 「これが好きな人は、全員帰っちゃった」 (笑) K 「本当に帰っちゃった」 O 「そして10年後はこれ」 ♪ (ファンキー・マイルス・ミュージック。from『ゲット・アップ・ウィズ・イット』?) K 「こうなってくる」 O 「楽しくなってきちゃった」 K 「楽しくなってきちゃったね(笑)。まさにセルフ・アーカイヴの世界ですね」 K 「で、まあ、今言ったような、『オン・ザ・コーナー』・・・せっかくだから書いておこうか、『ゲット・アップ・ウィズ・イット』ね」 (板書) K 「これが70年~74年までの録音の中から、集めたものですね。まあ『ゲット・アップ・ウィズ・イット』って、”そいつとともに起きろ!”って意味ですが」 O 「そいつとは何か」 K 「まあコカインですよね」 (笑) K 「コカインで起きろ、という」 O 「この時期”IT”と言ったら」 K 「”IT”と言ったらコカインですね」 O 「”それ取ってくれ”って言われたら」 K 「コカインです」 (笑) ■ 26-6 プールの一番向こう K 「それ取って”って、”IT”って言われたら、それコカインの意味ですからね」 O 「ちゃんと言えないからね」 K 「まあ1910年代に”IT”って言うと、”女性”の・・・まあいいんですけど」 O 「(笑)」 K 「アメリカの俗語の流れもあるんだけど。で、まあさっきも言ったんだけど、ロックはアシッドっていうかね、エル食って、うわぁあーーって瞑想していくのに対して、明らかにマイルスはコケインのリズムだってことが重要。心拍数がどんどん上がって、メチャメチャ強気になって怒りやすくなって、こう、上がっていくみたいな状態で」 O 「(笑)」 K 「全員でコカイン決めてもう、マイルスこの時期、鼻ばっかり(笑)」 O 「鼻ね。鼻啜ってばっかりだからね」 K 「映像見るとずっと鼻啜ってるから、よっぽど鼻の中がやられてるんだろうなと思いますけど」 O 「粘膜とかカピカピだったと思いますよね」 K 「鼻血噴いてたと思うんですけど。この人コカインとパーコダンの人ですね」 O 「そうですね」 K 「で、ビバップ期にはヘロイン地獄を通り抜けて来てるんですけど、まあコカイン的な音楽に70年代なっていって。で、この時期ね」 O 「さっきの、そういった」 K 「ファンク期を経て、結局もうね、バーンアウトしてるわけ」 ♪ (from 『Get Up With It』) O 「こういうような格好で、これは『ゲット・アップ・ウィズ・イット』ね」 K 「そう」 O 「これが一番『アガルタ』『パンゲア』に近いかもしれない。で、ここからね、ギターが2本になって、キーボードを自分で弾き始めて」 K 「そうですね」 O 「トランペットは全部ワウワウをかける」 K 「トランペットを吹いてる人とかもいるかもしれないけど、すごい体力を使う楽器なのね。だから吹けなくなってくる。コカインで体ボロボロで。オルガン弾いたことある人にはわかると思うけど(笑)、押せばいい。掌の重さがあれば弾けるからさ(笑)。オルガンがすごい楽だってことになっていくんだけど」 K 「まあこういった形で、焼き切れてく寸前でですね、一回バーンアウトするわけ」 O 「バーンアウトして」 K 「するのが、75年の、レコード史的には『アガルタ』『パンゲア』。これなんと日本の大阪のフェスティバル・ホール・・・大阪城ホールでいいのかな」 O 「えーとね、厚生年金だったりして」 K 「いや、一個大阪城ホール。朝の部と夜の部だったりするんじゃないかな」 O 「朝の部ってさ、ピットインみたいだよね」 K 「ピットインみたいでしょ。マチネーとソワレ(笑)」 O 「もうないけどね」 K 「日本のライブなんだよね」 O 「うん」 K 「日本にライブに来て、ライブ盤を出して沈黙するんですが」 O 「今日ちょっとね、アガルタがね、持ってくるの忘れた」 K 「ああ、『アガパン』ないの」 O 「『アガパン』ないので、『ムトゥーメ』で我慢して下さい」 ♪ ムトゥーメ (from『Get Up With It』) K 「もう、『アガパン』はもっと酷いけどね」 O 「『アガルタ』『パンゲア』っていうのはライブ盤なんで、これよりもっとグズグズで、みんなコカインやってるから、もうなんていうか・・・」 K 「これでも相当シャッキリしてるよね」 O 「これはかなりキッパリ、合ってますね」 K 「そうだね」 O 「リズム合ってるんですけど」 K 「『アガルタ』『パンゲア』はジャズには聴こえないの」 K 「とにかくマイルスの体調の悪さっていうかね。本当に、臨死の人間がやってるっていう感じの、ファンク」 O 「サウンド的にはこんな感じ」 (しばらく聴く) K 「一回こういう形で、行くとこまで行くわけね。『ダーク・メイガス』とかない?」 ♪ バグス・グルーヴ O 「これは10年前」 K 「10年前ね(笑)。20年前じゃないよ。10年前ね。・・・ビブラフォンいるからね。いいね(笑)、シャッフル機能みたいで」 ♪ イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド K 「これやった人ですからね」 O 「ここにさ、80年代ちょっと帰って行くところが・・・」 K 「そうそう、復帰後にここに戻るんだけどね。これ、50年代ですから」 O 「これは1955年・・・もうちょっと前かな」 K 「『イット・ネヴァー・・・』」 O 「『イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド』」 K 「いや違うよ、『ウィズ・ユア・・・』」 O 「ちゃうちゃう、いいんだよ。『イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド』」 K 「そうかそうか、失礼」 (うっとり聴く) K 「”心が通じない”って意味ですからね、大雑把に言えば」 O 「で、20年後は・・・」 K 「20年後が」 ♪ Rated X (笑) O 「これですからね」 K 「これですね」 O 「ねえ」 K 「ねえ?」 K 「ま、こんななっていくわけ。にっちもさっちもいかない感じが伝わってきますね」 O 「体調も最悪で」 K 「体調最悪」 O 「事故って足の骨とか折ってるんだよね」 K 「そう。この頃、交通事故で足の骨折るね。まあ、お年寄りが足の骨折ると・・・ねえ?」 O 「(笑)」 K 「どうなるかっていうことは、いろいろ皆さんもご存知だと思いますけど。足やられるとね」 O 「血液回んなくなる」 K 「”ふくろはぎは第二の心臓!”って。・・・”ふくらはぎ”ね」 O 「ふく、ふくろはぎ」 K 「”ふくろはぎ”だって。田舎の子供みたいになっちゃった。”ふくらはぎは第二の心臓”って、そこの骨折ってますから。マイルス、スネ折ってるのね、2発とも。だから、死ぬまでそれに苦しめられるんですけど」 O 「そう」 K 「そういう病苦、事故もあって。で、コカインだね、ボロボロになって、どんどんイージー・ウェイ、ダーク、ビッグ・サウンド。ロック、ファンクっていう形になってって」 O 「あとは意外と年だったっていう」 K 「そう。じつは年齢もあって」 O 「50歳ぐらい」 K 「50・・・かな」 O 「引退したのが」 K 「引退するの50か」 O 「それなのに今みたいな音楽ですからね。リャーリャーリャーって」 K 「ねえ。『アガパン』のビデオとかも見せたいですけどね」 O 「ああ」 K 「この辺はビデオとか多いですからね。DVDも多いですから」 O 「で、75年に、こういうライブ盤を出した後に、一回6年ぐらい」 K 「6年ぐらいね」 O 「現役生活から、っていうか音楽生活から足を洗います。で、家に篭って何をしていたかというのは・・・言えない」 (笑) O 「って感じだけどね」 K 「・・・言えるけどね(笑)。まあ放送上ね」 O 「書いてあるからね。自叙伝にね」 K 「まあセックスとドラッグですけど(笑)。やり狂ってる」 O 「やり狂ってる」 K 「本当に凄い勢いで。もう、みんながゾッとするほどやり狂ってるっていうね。でも思うんだけど、当時あった、ある種のロックスターの雛型だよね」 O 「うん、そうですね。極端だけどね(笑)」 K 「極端なんだけど。ちょっとカリカチュアライズされたっていうか。ジャズメンが、50年代に一回ね、ビーバッパーたちがヘロインでバタバタ死んでいくのね」 O 「うん」 K 「で、マイルスっていうのは、フタを開けてみれば一番長生きした人なのよ。とくにビーバッパー一期生っていう考え方で見ると、ビーバップの時代にいた人とすれば、最後までね」 O 「最後までね」 K 「プールの一番向こうの岸まで手が着いた人ですから。もう、チャーリー・パーカーなんか飛び込んだ瞬間死んでるからね」 (爆笑) O 「ドォワーーッ!つって(笑)」 K 「派手に飛び込んでそのまま死んだみたいな」 (笑) O 「バカーンて泳がせたら絶対死んだでしょうね」 K 「泳げなかったでしょうけどね」 O 「泳げなかったよね」 K 「そういう人ですからね」 O 「(笑)」 K 「ディジー・ガレスピーも頑張ったけど・・・まあ」 O 「ディジーの方が長生きしてるよ。ちょっとだけだけど」 K 「ディジーの方が長生きしてるけど、途中で止まってるからね」 O 「そうだね」 K 「このね、マイルスのやったことっていうのは、なんていうかな。一種の”50年代リバイバル”っつってもいいけど、ようするに、60年代末期にロック・ミュージシャンがやっぱり今度は先端の人たちとして、ある種パンキッシュな自滅の仕方をいっぱいしていくわけね。まあそっちの方がみんな知ってるでしょ、みんな?マーク・ボランとかさ」 O 「ジミ・ヘンドリックスとか」 K 「ジミヘンもそうだし」 O 「ジャニス・ジョプリン」 K 「ジャニス・ジョプリンとか。そういうことが時代の状況としてあるわけね。それをちゃんと忠実に追ってるところが偉いっていうかさ(笑)」 O 「そうだね」 K 「あの、当時のジャズメンはこんなことしなくて良かった。ジャズ・ミュージックは完全なコンサバティブなものとして、ロックがあろうがジャニス・ジョプリンが死のうが何だろうが、べつにホテルで演奏すれば食えたかもしれないし、もう国家がちゃんと、すでにアメリカの国家がある種ね、認めてたところがあるから、この時は別に」 O 「この時期のさ、黒人音楽の状況っていうものも」 K 「そうだね」 O 「あとでチェックしたいね」 K 「チェックしたいね。ファンクがどうなっていたか、ジャズがどうなっていたか」 O 「ジェイムス・ブラウンもさ、この時期ほぼ引退になりましたからね」 K 「そうだね」 O 「そういう一番黒い音楽やってた人が、この時期バタバタ」 K 「いく時期ですよね。休むっていうか」 O 「息が上がる・・・時期が、あります」 K 「ここで一回息が上がるね。・・・ひとつはね、コカインだと思うけど」 O 「かなりコカイン(笑)」 K 「相当コカイン(笑)。コカインさえやってなきゃさ・・・でもコカインやってなきゃ『アガパン』ないからね」 O 「うん。あんなコカイン・ミュージックない」 K 「ずっと瞳孔開いてるからね」 O 「目ぇ白いしね」 K 「あんな心拍数上げてトランペット吹いてたら死ぬよね。だから吹かないんですけどね(笑)。オルガン弾いてますからね」 O 「オルガンの音が一番デカイっていうね(笑)」 K 「デカイね(笑)」 K 「まあ一回こういう感じになります。で、引退していく感じとしては、”惜しまれつつもちょっと休む”って言うよりも、簡単に言うと”痛い”感じ。うわぁっていう、もう戻ってこねえだろうなあっていう」 O 「”ああ、もう死ぬなあ”っていうか」 K 「もうこのまま死んじゃうだろうなーってね。当時のイメージとしてはね」 O 「そうですね」 K 「もう無理だろうって。下手にロックとかファンクとかいう時代の音楽と寝たもんだから、ちゃんと自分をクラシック化して、保身に回れば元気に行けたものを、あんな頭、カーリーヘアにしてね」 O 「ねえ」 K 「あんななって」 O 「マイルス写真集は後で(笑)」 K 「後で(笑)・・・いい年して、みたいな」 O 「いい年して、セミ・ヌードだね」 K 「そうそうそう、いい年してロックのさ、本当にチンピラみたいなのと組むよね」 O 「(笑)」 K 「危ないさ、本当に。・・・危ないよね、マイケル・ヘンダーソンとかさ」 O 「危ない。危ない危ない」 K 「どう考えても危ないよね。当時のサイドでさ、ベース弾いたりギター弾いてる人とか、本当に危ないわけですよ(笑)。一歩間違えたらこっからナイフが出てくるとか」 O 「と同時にヤッピーみたいなのとも組むし」 K 「そうそうそう(笑)」 O 「何かね、YMCAの学生みたいな」 K 「そうそうそう(笑)。まあ、引き裂かれてた人ですよね、常にね。音楽のエリートで、ちゃんと勉強してるっていう、ナード的な感じね。眼鏡かけてすごい、もう楽譜読めますよ、みたいな人と、ストリートでカーリーヘアの中にナイフ持って刺しそうな奴とかをおんなじバンドに入れて」 O 「一緒にやらせる」 K 「一緒にやらせるということを、言っちゃあ50年代からやってる人で。あのー、ある種の血統主義に対する、微妙にエレガントな反発っていうのを常に」 O 「うん」 K 「50年代すでに、『カインド・オブ・ブルー』の段階でピアニストが・・・」 O 「これですよね」 K 「これがね」 (モニターに当時のメンバー集合写真。マイルス、ラリー・コニエル、アル・フォスター、菊地雅章etc...) O 「これもさあ・・・メンツがよくわからないっていうか」 K 「ある種のニュー・ゲットーですよね」 (爆笑) K 「ここには赤瀬川源平さんがいますけどね」 (笑) K 「先週も言いましたけどね(笑)」 O 「これはどういう集団なんだろう!」 K 「何でプーさん、松葉杖ついてるのか(笑)」 (笑) O 「そして寂しそうなんだろう」 K 「寂しい顔になってるから」 O 「寂しい顔になってる」 K 「で、ラリー・コリエルね」 O 「ラリー・コリエル。ラリー・コリエル、すごい顔してるね」 K 「ちょっとナードっぽいね」 O 「ナードっぽい」 K 「ここにホワイト・トラッシュみたいな人がいて、これは完全に・・・危ないね」 (笑) O 「危ないね」 K 「絶対チャカが入ってる」 O 「髪の毛の中に入ってるんだよ」 K 「ナイフはこっから」 O 「こっから出てくる」 K 「レーザー光線はここから(目)」 O 「(爆笑)」 K 「そんな、ロボットじゃないんだからって(笑)。で、帝王はここでね」 (マイルスは巨大なサングラスをかけて前列中央の椅子に鎮座) O 「椅子に座ってるのは、足ヤバイからですね」 K 「この人は後にヘロインの売人になります。日本で捕まります」 (笑) O 「アル・フォスター」 K 「本当に、本当に言ってたのよこの人。横浜かなんかの港で釣り上げられちゃった人ですね」 O 「本当?(笑)」 K 「本当、本当」 O 「あ、そう」 K 「”アル・フォスター捕まったよお”って電話来たよ」 (笑) K 「まあ、いいんですけどね」 O 「時間ないよ、時間ない。復帰後、行きましょう」 K 「こういう話になってきます。もう50年代からこれやってます。”ピアニストになんで白人入れんだよー”って、黒人仲間から文句言われてた人ですね」 O 「(前述の集合写真をしげしげと眺めつつ)・・・本当に変なメンツだよね、これね。これでバンド組んでんだから凄いよね」 K 「(笑)。だからワイルドさと、アカデミズムさを混ぜるって事を生涯、結構ね」 O 「そうだね」 K 「執着していた人と言ってもいいですね。完全にどっちかに行っちゃうっていうことを嫌がった人です。まあ、ある種の統合できないことに執着するという・・・」 ■ 26-7 復帰後 泣いちゃう K 「でまあ、この人は81年まで引退していてですね、時代の方で勝手に、まあよくあることなんですけど、ほら”果報は寝て待て”っつってさ、寝て待ってるあいだに、みんなの方が、もういい具合になってるっていうね。忘れられなかったんですね」 K 「81年の復帰ライブというのは、僕も現場に、学生で行きましたけど」 O 「82年でしょ」 K 「2か。あ、81年まで引退ね」 O 「『ウィ・ウォント・マイルス』の年ですね」 K 「そうですね。復帰するわけですね、80年代。80年代初頭にね」 O 「『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』っていうアルバムとともに復帰するわけですが」 K 「するわけですが、これはまあ世界もジャズ界も物凄いニュースになったの」 O 「なって、”マイルスが復活するぞー!”ってみんなワクワクっていったら、こーれだったっていう」 K 「そう。またしても、前の客が全員帰ったっていう」 (笑) K 「ここまでファンキースタッフで、もう」 O 「それまでこれだったでしょ」 ♪ Rated X O 「これね」 K 「もう、コカインでウッヒョー!!」 O 「ウッヒョー!!」 K 「って、パウダーに顔埋めてウッヒョー!!って言ってた人たちが」 ♪ ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン(イントロ) K 「帰ってきたらこんなんなってましたからね」 (笑) K 「ルパン3世じゃないですか!」 (笑) K 「こうなってくる。これが復帰後の姿」 O 「復帰後の一番の」 K 「復帰後の最大の特色は、シンセサイザー(笑)」 K 「時あたかもヤマハDX-7が世界初のデジタル・・・」 O 「出る前でしょ?」 K 「あ、そうか!」 O 「MIDIより前だからルパンみたいになってる」 K 「そうか(笑)、失礼」 O 「歌が入ってる」 K 「歌入っちゃってる。未だに、マイルスが復帰したアルバムでボーカルが入ってるってことは、ジャズ界では”ない”ことになってる。この曲は」 O 「タイトルチューンなのに。ないことになってる」 K 「もう、あんまりジャズ・マスコミがこの曲のことシカトするからね」 O 「ねえ」 K 「ステージで歌ってやろうかと思ってるんだけど」 O 「(笑)」 K 「何が始まったかと思ったら”『ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン』です!”って(笑)。”マイルス主義者ですから”ってこれ歌ったら、凄いだろうね。今までの客全部帰っちゃってね。でもそれがマイルス主義ですからね」 O 「すごいいい気持で歌えそうだよね」 K 「まあブラコンに行きたかった。簡単に言うと」 O 「でも、こういうね」 K 「まあこんな曲ばっかりじゃないですね」 ♪ (曲チェンジ。ファンキー風) K 「ちょっと、ちょっと前のが残ってる」 K 「とはいえね、大分これ、洗練されてはいますね。70年代のグチャグチャに比べるとね」 O 「MIDIが出てさ、ガーンと変わるよね」 K 「変わる変わる。これはまだMIDI前だからね」 O 「MIDI前」 K 「MIDI前」 O 「MIDI前って言ってもわかんないかな?」 K 「ようするに、打ち込み前ね」 (しばらく聴く) K 「これがさ、クリックを使ってるかどうかっていうのが凄い問題だと思うんだよ。いつからクリックをマイルスが使っていたかっていうのが、非常に重要な問題なんですけど」 O 「俺ねえ、『TUTU』からだと思うんだよね」 K 「ここはまだ使ってないよね、速くなったり遅くなったりしてるもんね」 O 「『ユア・アンダー・アレスト』でも使ってないと思うんだよね」 K 「この75年から81年までの間に、簡単に言うとポピュラー・ミュージックの録音の技法とか再生の方法なんかが変わってくるわけね。マイクの立て方とかが」 O 「で、復帰してさ、次の年ぐらいにMIDIが出来るっていうのが面白いよね」 K 「そうね。MIDI前夜に復帰してるわけね。MIDIに合わせるように」 O 「音楽がデジタル化するんですよ。82年から83年ぐらいに。で、実際に演奏しなくても音楽が作れるようになってしまう」 K 「まあ、いわゆる打ち込みですよね」 O 「打ち込み」 K 「打ち込みが始まる」 O 「で、その直前に復帰して、こういうわりとまだ、4ビートのりが残ってる」 K 「そうね。70年代のフィギュアでやってるんだけど、レコーディングのされ方や音の録られ方は、ディスコとかフュージョンの音になってる」 O 「構造自体は、本当に・・・ファンク時代っていうか」 K 「キメラだよね」 O 「うんうん、キメラ」 K 「70年代の、こうぶつかってる感じと」 O 「そう」 K 「80年代のブラコンの感じとこう、ギリギリの感じ」 O 「それが、打ち込み時代に入ると、またちょっと一変するっていうか、ガラッと」 K 「一変しますね。これが、MIDIとDXに順応するとこういう形になりますね」 O 「えーとね、『デコイ』」 K 「いきなりクールになる縦線がビシッてなって。いわゆるMIDIミュージック」 ♪ Decoy K 「こうなっちゃうね」 K 「打ち込みだよねえ。このチキチキチキとかは・・・」 O 「これがねえ・・・!これはミノ・シネルだと思う(笑)」 K 「このトライアングルが打ち込みかどうかっていうのが凄い問題になったの」 K 「こうなっちゃうね」 O 「ベースも打ち込みだよね」 O 「完全にデジタルな縦割りの」 K 「まあハーフ・デジタルだけどね。ハーフ・エレクトリック、ハーフ・デジタル」 K 「で、この時は(復帰前を指して)、すごい簡単に言うと、まだまだメディアの挑発者だったし、怖い感じだった人なのね、マイルスデイヴィスが」 O 「そうそうそう」 K 「でも復帰してからは、復帰しただけで、もう”おめでとう!”って感じで、世界に迎えられた人です。あのー、病気から復帰すると、みんな喜ぶでしょ?」 O 「(笑)」 K 「ミスター・チルドレンとかさ」 (笑) K 「よく知らないけど、脳梗塞で倒れて、また復帰すると美談になってくるんだけど。それとおんなじ構造で、”よく帰ってきた!”っていうウェルカムな感じを世界中から受けて、もう差別もされなくなるし、怒りもない。だから復帰後のマイルスっていうのは、もう結構ゴキゲン。ゴキゲンで、ゴキゲンついでにイイ男」 (笑) K 「ゴキゲンついでに写真修正!?みたいな」 O 「修正、入ってますね」 K 「完全に、自意識としてはマイケル・ジャクソンと変わらないっていう」 (笑) O 「変わらない。や、本当ですよ」 K 「年齢聞いてびっくりしますよ」 O 「もう50いくつとか」 K 「すでに60近い(笑)。で、こういう感じになっていく」 O 「”俺が一番カッコいいんだ”って」 K 「カッコいいんだっていうさ、”俺がもう戻ってきたからには!”」 O 「お前らには!”っていう」 K 「そうそう(笑)」 O 「デカい面させねえぞ、マイケル!みたいな」 K 「もう完全に服が、ストリート、ヒッピーの感じから、DCブランドに移るね。アーストンボラージュに移って行く。音的にはMIDI、服装的にはDCブランド。完全に80年代に順応していくね。マイルス・デイヴィス」 O 「で、この後が、『ユア・アンダー・アレスト』になるんですけど」 K 「このままね(笑)、調子に乗ってもう一発おじいちゃんやっちゃたっていうね」 O 「そう(笑)」 K 「これによって、世界中がまた、全員帰りかけた」 (笑) K 「また帰ろうかな?みたいな。もう。デコイは結構クールだったけど。あ、ちなみにね、今聴いた曲が、マイルスデイヴィスの生涯で最初にね、プロモーションビデオ」 O 「ああ」 K 「ようするに、当時はMTVの黎明期ですから、マイケル・ジャクソンの『スリラー』とかさ。ああいうのもう落っこってるから。マイルスのも・・・誰か持ってるよね、多分ね」 O 「うん」 K 「初めてマイルスが演技したっていう」 O 「で、ちなみに今日使ってるこの本が、丁度その『ユア・アンダー・アレスト』のプロモーション本なんですが」 K 「そう。この次のアルバムで、気をよくした、もう世界中からウェルカムで迎えられて、ついでにいいポートレイトも撮っちゃって、PVで演技もしちゃったおかげで、やっちゃったぁ!っていうのが」 (笑) K 「やっちゃったぁ!」 O 「ドォーン!って感じで」 K 「ピストル持っちゃいました」 O 「ピストル持ったりさ・・・これは一応トランペットですけど」 K 「これはトランペットですか。ライフル見ましょう、ライフル。トランペットならまだいいですけどね」 K 「・・・トランペットぐらいだったらね、まだいいでしょう。はい、ピストル」 (モニターにピストルを持ってポーズするマイルス) K 「なんでしょうか?(笑)これ、わかんないんですよ。僕がこの頃、もういい年でしたから、これをどうするかってことで大学のジャズ研、侃侃諤諤でしたよ」 O 「(笑)」 K 「『ユア・アンダー・アレスト』をどう考えるかってことで、あんなに徹夜で議論したことないです。・・・あの、ジャケットで、銃持ってますから」 (笑) K 「これは・・・あの、何て言ったらいいんですかね。このぐらいの年代の老人が、幼児退行起こすと」 O 「(爆笑)」 K 「ヒーローになっちゃう」 O 「ヒーローになっちゃう」 K 「っていうさ、よくわかりませんけど、これはたぶん西部劇とかのイメージがあるんじゃないかと思うぐらいの、退行ぶりですけど」 O 「ブラックヒーローじゃないかな」 K 「もう、誰がアートディレクションやったのかわからないんですけど、とにかくね、マイルスはやる気です」 O 「やる気でだね」 K 「もうグラミーも獲りましょう、下手したらヒットチャート1位も行きましょう」 O 「そうやって、本気で作ったのがこれですね」 K 「そう。ちなみにスティングがラッパーとして入ってますからね。しかもフランス語でラップしてる」 ♪ (from『ユア・アンダー・アレスト』) O 「マイルス鼻啜ってるんだよ」 K 「(笑)」 O 「喋るし、鼻啜るし(笑)」 K 「花粉症だったりしてね」 O 「(笑)」 K 「コカインだろって」 (聴きながら) K 「もう、やりたいことやっちゃってる」 (喋り声) K 「これ、マイルスですよ」 (喋り声) O 「英語がわかる人はよく聴いておくように」 (トランペット・スタート) O 「(笑)」 K 「トランペットはこんな感じ」 K 「おじいちゃん頑張ってますね(笑)」 O 「このアルバムは、もう・・・何て言うのかな」 K 「さっき言ったね、マイルスは批評の挑発者って言いましたけど、これはもある種、挑発の極点ですね」 ♪ (イントロ) K 「あ、これいいな!」 O 「これはさっき言った、マイケル・ジャクソンのカヴァー」 ♪ ヒューマン・ネイチャー (すこし聴く) K 「こうなってくる。あれは、ない?『タイム・アフター・タイム』」 O 「はいー」 ♪ タイム・アフター・タイム K 「シンディ・ローパー」 O 「シンディ・ローパーのカヴァーだからね、これ」 K 「シンディ・ローパー、これでグラミー獲りましたからね」 O 「獲ってますからね。”俺も”」 (笑) K 「ね。当然、俺も」 (『タイム・アフター・タイム』を聴きながら) K 「これはいいよ。もう泣いちゃうよ、これ」 O 「これ油断してるとね、いきなりかかるからね。ラジオとかで」 K 「そうだね」 O 「うわッって」 K 「夜中にね、辛いことがあると泣いちゃいますからね」 K 「これ、原曲知ってる人います?知ってる人。『タイム・アフター・タイム』。シンディ・ローパーの」 (挙手) K 「もぐりだ(笑)」 O 「これは全部もぐりでしょう。まあ今はほら、80年代リバイバルですから」 K 「そうね」 O 「かと思えばね、こういう」 K 「かと思えばですね」 ♪ (曲チェンジ) O 「このアルバムは、いいアルバムだよねえ」 K 「うん。このアルバムは批評の挑発性という事に関してさ、ある種の、悪意のある攻撃的な挑戦に対する裏っていうかさ」 O 「うん」 K 「”困っちゃったなあ”っていうさ」 O 「(笑)」 K 「もの凄い乗り気で、おじいちゃん乗り気で頑張ってるんだけど・・・”すいません!”っていう」 (笑) K 「世界中をそういう気にさせた(笑)、迷アルバムなんだけど。でも、今聴くといいよね」 O 「そうだねえ」 K 「この時の批評の混乱っていうのが、このアルバムの為の・・・そもそもこの資料ね(教壇にある目下使用中の資料)、これ自体がこのアルバムの為のムック本なんだけど、いろんな人がコメントしてるわけ。この困った写真の前で。このコメントのね、歯切れの悪さ」 (笑) K 「”まったく良い意味で裏切られました”」 (笑) K 「ね。ここら辺のね、無理くり頑張ってる感じがね」 O 「”僕は好きです”とか言って」 (爆笑) K 「微妙な、なんか」 O 「みんなは嫌いでしょうけどっていう」 (笑) K 「なんか他にありますか?」 O 「はい」 K 「”今までのマイルス・ファン以外の人にお薦めしたい”」 (爆笑) K 「”このアルバムで、マイルスは混乱する世の中に偉大な一石を投じた”・・・まあかなり無理してますね」 O 「(笑)」 K 「一石も投じてないです、これは」 K 「”今回はマイルスの現在が見られる”」 O 「何も言ってない。っていう」 K 「たぶん、声は聴こえると思う」 (笑) O 「これは凄いよ」 K 「これね(笑)。”最初に針を落とした時は本当にこれがマイルスかとびっくりした。また、何となく感じていた拒否反応も、くり返し聴くうちに納得できた。これはなかなかのものです”」 O 「”なかなかのものです”!」 (笑) K 「こんなに苦しまなければならないっていうね。ここまでしなければ、言えない」 O 「こんな、プロモーションの本なのに!」 (笑) K 「プロモーションの本なんだよ?」 O 「『OH!マイルス』!」 K 「しかも、これスイング・ジャーナルが出してますね」 O 「『OH!マイルス』」 (『アンダー・アレスト』最終曲のハイライトが流れている。不穏さを醸し出すピアノのアルペジオに赤ん坊の泣き声が重なる) O 「これ、DX7でさ(笑)」 K 「DX7でさ、地球の破滅のイメージね。最終核戦争の音楽的表現」 (笑) K 「(笑)」 O 「これが最後の曲だからね」 K 「そう。全人類に対してのレクイエムですからね。まあ、こういう時期でもあった。完全なレーガノミックスで、米ソが睨み合ってる時代で、いつ核発射のボタンが押されてもおかしくない、エイズと核戦争だけが怖かった時代ね」 O 「そうだね」 K 「他は何にも怖くない。もう景気も良かったし、文化的にもまったく良かったけど、裏側にエイズと核戦争だけがあって」 O 「85年ね」 K 「85年ね。世界の中で、いち早くね」 O 「もう、警鐘を(笑)」 K 「地球の破滅を、ヤマハDX7一台によって(笑)。そして、最終戦争後の地球に残ったのは、アルペジオとマイルスのトランペットだったというね。あのー、凄まじい独善的な世界観ね」 (笑) O 「自分の声も入ってんだよね、最後に」 (クライマックス。マイルスが何か囁いている) K 「なんか言ってるわけですね」 (鐘が鳴る) O 「しかも、いかにもDX7の鐘の音が」 K 「鐘の音だね(笑)。これも一種の鎮魂の鐘の音ですね」 O 「鎮魂の鐘」 K 「ダンテの『神曲』の最後に鳴らされる」 O 「(笑)」 K 「”煉獄の鐘”みたいなもんで」 O 「みんな困ったという」 (笑) K 「もうどうしようって」 O 「こんな、鐘鳴らされんのもなあって」 (笑) K 「この時も困ったしこの時も困ったし(過去作品を指して)、この時も困ったけど、なにせ一番困ったのはこれっていう(『ユア・アンダー・アレスト』)」 (笑) K 「このさ、スイング・ジャーナルと言ったら凄いあの、コンサバティヴな雑誌ですけどね。そこが、この本を出したっていうこと自体がすごいですけどね」 O 「すごいよね」 K 「この後マイルスは・・・あーもう時間ないね。この後マイルスはワーナーっていうレコード会社に移籍して、打ち込み・・・」 (切り上げるよう伝えられる) O 「ああ、はいー。そろそろオーバーみたいですけどね」 K 「終わりですね」 O 「ちょっとじゃあ、『TUTU』と、『doo-bop』だけ聴きましょうか、最後に」 K 「説明して聴いちゃえばいいんじゃない?この後はようするにMIDI、シンセね。で、この後完全に打ち込んでいって、人にバックトラックを作らせて自分は吹きに行くだけっていう時代を経て、最後はターン・テーブルというところまで行きます」 ♪ (from 『doo-bop』) K 「はい。やっぱり全部は終わんなかったね。でも今日はここまで行きました。あとはこことここで終わりですからね」 O 「はいおつかれさまでしたー」 K 「はいおつかれさまでした」 O 「次回からはわりと細かく見ていきますね」 ■ 26-8 註と余談 永らくかかってしまいましたが、これにてひとまず、今年度東大菊地ゼミ第2回目の講義録は終了となります。 修正補完は随時行って参ります。間違いのご指摘及びご意見ご感想は、アバウト・ページにありますメールアドレス、 もしくは諸ブログのコメント欄よりお願い致します。
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