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report from chaos 24 |
『 12音平均律→バークリーメソッド→MIDIを経由する近・現代商業音楽史 』 後期第13回(平成16年度最終講義) 「ポスト / カウンター・バークリー (2)」 2005.1. 20 東京大学駒場キャンパス1225教室 講師: 菊地成孔 大谷能生 ゲスト講師: 濱瀬元彦 「 」→発言大意 (菊地=K 大谷=O 濱瀬=H ) ( )→その他、授業内容の要約・補足・メモ・実況 ■ 註 ・このレポートは、講師の菊地様、大谷様、濱瀬様のご承諾のもと、作成/公開しております。 ・無断転載はお断り致します。 ■ 目次 ・本講義は、章ごとに立てられたテーマに沿って進められました。以下は各章へのリンクです。 |
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O 「もう、入ったかな?」 K 「はい。じゃあ、始めてしまいましょうか。どうも一年間お疲れさまでした」 (礼) K 「通年の講義も、今日が 最終回ということです。 長かったような短かったような」 O 「長かった(笑)」 K 「私も長かったです。つまり長かった、 ダブル長かったということですね」 K 「その長かった一年間の最終回のゲストに、 濱瀬先生がご来校してくださったことを 非常に喜ばしく思っております。この講義の、 通底テーマとしてはですね、ジャズを ただ単に面白おかしく紹介するっていうこともありますけども(笑)、 ようするにこの 講義が元々持っていたタイトルね。 平均律から バークリー・メソッド、それが MIDIへと繋がっていく、 音楽が記号論化されていく、音楽が記号化され学問化され セオリーになっていくという流れが、20世紀の中で どういうことを起こしたのかということを、 できればジャズ界というフィールドの中から生まれた知性から 推進して 」 O 「そうですね」 K 「そして ジャズ界から生まれた知性というものが、 ジャズ界を越えてどういう力を持っていくのか、そして20世紀におけるジャズ理論 というものが、果たして我々が大文字で知っているジャズ理論やジャズ史というものが、果たして 真に受けてしまっていいものなのかという懐疑的な態度を、 しつこいようですが(笑)、”ジャズ界から 出てきた知性”によって、そのことが覆されていくというひとつの 懐疑性撞着的なね」 O 「ジャズ界というか、ポピュラー・ミュージック」 K 「ポピュラー・ミュージックと言ってもいいですよね。 まあ、一方でハイ・アートとしての音楽界というのがあって」 O 「クラシック的なものというのはずっとあるわけですけども」 K 「音楽学者ってものがね、アカデミシャンというものの中にあります」 O 「それが20世紀になって、ポピュラー音楽の理論化という作業が始まって」 K 「そのビッグ・バンがバークリーなわけだが、 そのバークリーが生んできた子、孫というような歴史の中で、どちらかと言えば ジャズ、ポピュラー界にいるプレイヤー、音楽理論の学者が考えた もので推進していく、 その今のところの最先端の作業を 日本人がやっているという事、 そのことが非常に、まだまだ解明されていないことがありますし、 今日我々は濱瀬先生と、この 開講までの間約2時間ですか?お話させて頂きましたが、その段階でもう、 お腹いっぱいなほど面白い(笑)。こんなんなっちゃってこの先どうすればいいのかわからなくなるほど 面白さ、ですね 」 K 「というわけで、僕らが『憂鬱と官能』を出版した時から マークしていて、現在もマーク中の!」 O 「『ブル調』」 K 「そう、今日濱瀬先生 ”ブル調って言ってんの、みんな?”て仰ってましたけどね(笑)。その『ブルー・ノートと調性』 の著者であり、最近衝撃の、『読譜と運指のための本』という」 O 「日英バイリンガルですからね」 K 「これですね、この2冊の著者であり、株 式会社ラングの代表者であります、そして我々が知るところの今のところ ポピュラー・ミュージック、ジャズ・ミュージックから出てきた知性としては 最先端の、そして最もハイ・クオリティのものであろうと言って良いでしょう。 ご来校をともに喜びましょう。 濱瀬元彦先生です」 (拍手。濱瀬先生、下手扉より入室) |
■ 004.[小畑理論の紹介] ヘルムホルツの研究は現代に受け継がれて、新しい協和理論を生み出しています。今日ご紹介した いのは、その流れを汲むひとつの新しい理論です。 『楽器の音色を視野に入れた音高構成理論の研究 - 感覚的協和理論音楽への応用 - 』 というタイトルで九州芸術工科大学大学院の博士論文として、小畑郁男さんが書かれたものです。 その博士論文は140ページもありますので、今日、ここで配布したものは、 同じく小畑さんが書かれた『和声二元論と音響現象』 という論文です。『音楽学』という雑誌に発表されたもので、実際のページ数は12ページほどのコンパクトなものです。 この論文は下方倍音に相当する存在を感覚的協和性理論の不協和度を算出する 数学的モデルから証明したものです。 K 「うん」 小畑さんは研究の過程で、これまでの協和理論では固定した上方の音域しか計算されていなかった為、ふと、下の 音域を計算したらどうなるだろうと思い立ち実行してみた、すると、考えてもみなかった左右対称のグ ラフが現れてきたため、直ちに私の『ブルー・ノートと調性』を思い出した、と仰っていました。 また、インターネットで私の住所を調べて、2001年、この論文をお書きになってすぐにお送り頂いた そうなんですけど・・・ K 「住所を間違えちゃったっていう」 (笑) H 「そうみたいなんです(笑)。住所が違うということで返送されてしまい、非常にがっかりしたとおっしゃっていました」 小畑さんは私よりも一つ年上で、美しい現代曲をお書きになる作曲家です。また、現在、 長崎純心大学で非常勤講師をされています。 ヘルムホルツの延長線上にある感覚的協和理論は、”うなり”がもたらす”ラフネス(roughness)” を不協和の原因と考え る協和についての考え方です。音高、音色、音の強さによって決定される”うなり”から不協和・協和を捉える、この感覚 的協和理論は現在では協和を説明する理論として一般的に支持されています。 また感覚的協和理論では、”不協和なもの以外が協和である”というように考えます。 K 「うんうん」 人間は、不協和なものの方を自然 に感じているらしいのです。まあ言われてみれば、その通りです。部分音の周波数とその振幅とによって、感覚的不協和度 を数学的なモデルによって計算することが可能であり、その結果は音楽理論における協和の概念と一致します。 この数学的モデルには1965年のプロンプ、レヴェルトによるもの、1969年の亀岡、厨川(くりやがわ)によるモデルなどがあります が、小畑さんはナショナリズムから亀岡モデルを使って計算したそうです。 H 「ちなみに、まだ他にもモデルはあるそうで、でも結果はどれを使っても同じだということです」 K 「はあ」 ”うなり”は二つの音を同時に提示した時に生じる知覚現象です。二つの同時に提示される音を第1次音と呼ぶとすると、 うなりと粗さ(”roughness”)は、耳が第1次音・・・今の、最初に出てきた音ですね。それ を2音に分離して聞き分けることができないときにだけ生じる現象と定義されます。 二つの純音(複数の部分音を持たない音)・・・ H 「ようするに、一つだけの倍音で出来ている音ということですが」 二つの純音を、片方の周波数を固定し、同じところから一方を連続的に変化させていくと”うなり” が発生します。しかし、うなりが増大するとともに濁り感も増大し、ピークが訪れ、そのあと次第に減少し、最終的には澄んだ 状態になります。 感覚的協和理論ではこの澄明度の高い状態が協和、澄明度の低い状態を不協和と考えます。配布 論文の図1をちょっとご覧頂きたいと思います。 配布論文の図1は、二つの純音を使ってこの実験をおこなった結果をグラフにしたものです。この場合は真ん中の同一周波 数の時が濁り度の谷間になっています。 実際の楽器のように、部分音を複数持つ音の場合はどういう風に考えるかと言いますと、それぞれの部分 音(倍音)を純音と見なせば、一緒に鳴っている純音同士は互いに干渉しあっているわけですから 、二つの楽器音を比較する場合は、それぞれの部分音(倍音)”すべて”の組合せについて考慮するわけで す。 K 「なるほど」 実際の計算の手順は、配布論文の18ページにあるとおりです。 K 「すごいな、それは(笑)」 O 「この、下のやつですか(笑)」 H 「そうです」 H 「その九州大学のホームページに行くと、 フルの論文読めます。 九州芸術工科大学っていうのは、九州大学に併合されたんですね」 K 「はいはい」 H 「今、その小畑さんの博士論文は、九州大学のホームページで読むことができます。 検索してですね、九州大学、博士論文、小畑、というだけで出てくると思います。 PDFファイルをダウンロードして、興味のある方は読んでみて下さい」 (小畑郁男[2001年度博士学位論文/甲第62号]: http://www.kyushu-id.ac.jp/KID/Library/doctor/02mokuji.html ) H 「数学的な説明だけで十分わかります。 僕は・・・わかりませんね(笑)」 K 「(笑)」 O 「東大生はこのぐらいは 受験でやるんじゃないですか」 K 「むしろ、わかると思う」 H 「ええ、わかると思います。まあ、難しいそういった、数学的な計算の問題はですね、お読み下さい。で、 原理を言いますとですね・・・」 原理的には同じピッチの二つの音を同時に鳴らして、片方のピッチを固定し、 もう片方のピッチを連続的に変化させていくときに、変化させた音の部分音のいずれかが、固定されて いる音の部分音のいずれかに一致した時に澄明性があらわれ、結果として、濁り度の谷ができるということです。 H 「ようするに二つの音を、純音の場合には一個しか出ないんですけど、そういう 複数の部分音を持つ音をズラして鳴らして、 ”うなり”がすごく鳴ったりすごく澄んだり、また出たり引っ込んだりということを 繰り返すわけです。 そのポイントがですね、その澄んだポイントというのが、 感覚的協和理論では、和声学でいう方の 協和音程に一致すると」 K 「あ、一致するわけですか」 H 「そう。一致するわけです」 O 「ああ」 K 「あの、純音と部分音という話がありますけれども、 普通の楽器ね、ギターとかピアノとかっていうのは、 純音を発するものではないのね。みんな、部分音を持ってるのね。倍音を」 O 「ポーンとひとつに聞こえるけど」 K 「聞こえるけどひとつではなくて、部分音/倍音がたくさん鳴ってるから、 純音同士の比較ではなくて、 楽器を2台鳴らすとね、その楽器の倍音から何から 諸関係の 全っ部をまとめて計算するとこうなるっていうことですから。だから大変な数の演算 が行われるわけですが」 H 「コンピューターが高性能になって、やっと出来ることなんですね」 H 「そう。でもね(笑)、結果としてはいわゆる自然倍音列の倍音とそっくりだっていうことと・・・ じゃ、これちょっと先まで行きますね」 K 「はい」 さて、配布資料の23ページに譜例2、3として結果が示されています。譜例2の左側のものは、 第3倍音までを考慮した音列です。 譜例2の右側は第5倍音まで考慮した音列です。 そうすると第5倍音まで考慮したものになりますと、まず上方音列に長 三度のeが登場してきますからこれが、自然倍音列として できます。 (右図:譜例2の「真ん中」と「右側」) K 「んん」 そして、下方倍音列に長三度下のasが現れます。これは、自然倍音列にはない事です。で、まあ これだけあればですね、下方倍音の概念を使って論じられていた長三和音と 、短三和音についての論議は感覚的協和理論の立場から見れば、実証されたと K 「実証されたと」 H 「言えると思います」 この音列では上方に長6度上の音程が現れています。自然倍音列では、 第13倍音で高すぎる短6度、または低すぎる長6度が現れますが、明瞭に長6度が現れる点は協和音列 の特徴でしょう。下方には、この楽譜にはないですが、じつはfとcの間に長6度下の音程esが現れます。これは先生の 記入ミスだそうです。 K 「あ、そうですか(笑)」 H 「ええ、ですからfとc、ヘ音記号の上から2番目の線のfと、下 から2番目と3番目の線の間にドがありますね。その間にミ・フラットが入ります」 (註:右上図にも記入されていません) K 「ああ、はいはい。なるほど」 H 「だからFm7ができちゃう」 K 「Fm7ができちゃうんですね。はい。短7度が入っちゃうから」 H 「ブルー・ノートと言っています」 K 「そうですね(笑)。ブルーノートですね。うーん」 譜例3は第6倍音までを考慮に入れたものです。ここで興味深いのは上方音列に短三度が現れることです K 「なるほど」 感覚的協和理論によれば、下方に短三和音を認めることが出来るだけではなく、上方にも短三度音程を認める ことが出来ます。これは感覚的協和理論の大きな成果といえるでしょう。 K 「あー」 また下方音列に短3度下のaが現れ、下方にもFの三和音ができることを示しています。 H 「まあこれは僕の理論とは一致しないというか。ちょっとコンフリクトを起こすんですけどね」 K 「ああ(笑)」 さて、感覚的協和性理論の応用で得られたこの音列を小畑先生の博士論文ではR協和音列と命名しています。 K 「このRは”ラフ”っていう」 H 「そうですね」 (菊地氏、”Rough”と板書) K 「これは なんていうかな、ザラつきというか、ザラザラしたというか。そういう、Rですね」 このR協和音列によって、倍音列と基音という視点から協和性という考え方に視点を移せば、従来 の下方倍音の考え方も妥当性を得るわけです。 注意が必要なのは、R協和音列は二音が同時に響いた場合の協和性の結果です。 ある意味で垂直なスタティック構造においてのみ成り立つ関係ですが、 音楽には時間軸にそって水平にある音が別の音に向かった結果、我々 が感じる結句感・・・先ほど言いました、”句を結ぶ”の結句ですね。そのあるなしも、 非常に重要なファクターです。したがって、私の論議の一部と矛 盾する側面も含んでいます。その点、扱いに注意が必要だと思います。 |
■ 015 鼎談-3 K 「あとはあれですね、やっぱりチャーリー・パーカーの本は出せない状況ですか。にっちもさっちも」 H 「いや・・・もう、著作権の問題だよね」 K 「それは音源ですか?」 H 「音源も、両方ですね」 K 「出版も」 H 「だから結局、僕は最初はね」 K 「はい」 H 「オンデマンドで、自分で出そうと思ってたよね」 K 「なるほど」 H 「で、ガーシュインの著作が切れましたね。 だからガーシュインの曲を使っていけば行けるぞと思っていたら、 音源の著作権の問題が出てきて。それは 僕みたいな素人じゃ扱いきれないんで」 K 「ああ、はい」 H 「まあ 出版社がね、やるって言ってくれれば簡単なんだけど」 K 「そうですね。何とかそういうことを動かしていける機動力にね、なっていくため にも、いろんな僕らのアカデミズム関係の仕事があると思っているんですけれども」 K 「さきほど、いかにバークリー・メソッドが、ただ受け入れられているだけで あることすら(笑)意識されていないという、 二重の不自覚の問題があるんですけど、 それはそのまま、ジャズ史におけるチャーリー・パーカーの問題と 全く相似的な問題とも言えますよね」 O 「バップのスタイルに関して」 K 「そう、ビ・バップスタイルという事に関しては、どれだけの本が書かれてきたか わかったもんじゃない、佃煮にして売るぐらい出版されているんだけど、 濱瀬先生の、その600曲の分析によるチャーリー・パーカーの アナライズ本っていうんですか」 H 「まだ全部は分析してないけどね」 O 「トランスクリプションは?」 H 「採譜はやってます」 K 「アナライズはどれくらいですか」 H 「・・・どのくらいかな、ちょっとわかんないな。もの凄い時間がかかるんだよね」 O 「一曲の中でもやっぱりわからないことがあったりとか?」 H 「ありますあります」 K 「濱瀬先生なりの”これだ”っていう、全体像っていうか、チャーリー・パーカーの メカニズムというか構造をつかむには何曲ぐらいアナライズすると・・・ 」 H 「もうだから、10年ぐらいやってるんですけどね。 最初、ああ、こうだな、と思ってやっていくと、違う、なんてなっていくんですよね」 K 「(笑)」 H 「それがもう、ある時・・・で、もうそれを繰り返すしかないよね。なんか 誰かがやった方法でやろうとかね、そうやってもうまくいかないんですよ」 K 「なるほど」 H 「まあやってましたよ、勿論ね。人の方法も 援用して、どうだろうな?って見ていくんだけど、 外れちゃうんだよね。 あんまりだから、 人は信用しちゃいけない」 (笑) H 「結局だから自分がとにかく見ていって、やっていって失敗して、繰り返していってある時、 パッて」 K 「ああ、なるほど」 H 「それで、もう9割方言えるんですよ。だけど、 その10%ぐらいがわかんない。まだ」 K 「まだ」 H 「だからその、わかんないってことが、っていうか、 それがわかんないぞってことが重要だと思うんですよね」 K 「ああ、はいはいはい。さっき仰ってましたね」 H 「そう。だからそれがあるぞと、どんなことやってもそれはあるよって」 K 「そうですよね」 H 「だから、全部わかったっみたいな話は嘘だよと」 K 「ああ・・・!そうですよね。それは本当に東大生に言っておいた方がいいことですよね。 全部わかりたいとかね、 一秒で痛みを消し去りたいとか、 一冊ですべてを把握したいとかね。 これ一個で世界が把握できるという事に、簡単に納得してはいけないということですよね」 H 「ああ、駄目だね」 K 「とはいえ、90% わかるっていうのは、すごいことですけどね」 (笑) H 「あ。いや、簡単なんだけど」 K 「簡単ですか」 H 「うん。でもね、それをまとめるのが凄い時間がかかる」 K 「あとは今日の最初から今までを通じて、濱瀬先生が ミュージシャンであることを言わずにきたことを”しまった!”と思っているんですけど(笑)。 先生はベーシスト、と言ってよろしいんですよね?」 H 「僕はベーシストで作曲家ですよ」 K 「そうですね。ベーシストで作曲家。そして音楽家としてのキャリアもある」 K 「後期は飯野先生、そして大友良英、野田努。そして濱瀬先生と。この中で、音楽家、実際のね、楽器のプレイヤーが二人と、 文学者が一人と。そして 編集者だね。エディターが一人。各々のね、講演の質の違いね、強度の違いっていうことも 、感じ取って欲しいことのひとつですけど」 K 「先生は何せ弾く人だからね、今日音源かければよかったですね、今日ね」 K 「でね。 何を言いたいかというと、僕もミュージシャンなわけなんだが、一時期ベースの濱瀬・・・まあ これは聞き書きなので敬称略になりますけれど、”ベースの濱瀬元彦が、もうベース弾くのをやめちゃって、 チャーリー・パーカーの研究に入ったらしい”っていうね、 都市伝説めいた(笑)、アレがあったわけ」 H 「(笑)」 K 「もうベース弾くのをやめちゃった、 朝から晩までチャーリー・パーカーの研究をして暮らして、 もう何年になるっていう」 (笑) K 「都市伝説があったのよ。で、ホントかよ!?って言ってたわけ。 何でそんなチャーリー・パーカー分析してるんだ?ってなりますよね。イメージとして。で、 今日、そのことどうだったんですかって聞いたら、 本・・当、だった」 (爆笑) H 「幸せだった、その頃」 (爆笑) H 「朝起きて、仕事場行って」 K 「はい」 H 「コピーして、ね?」 K 「はい」 H 「で、夜9時ごろになって、プール行って泳いで」 (笑) K 「それ、幸せだったんですね」 H 「すーごい幸せだった」 K 「それどのくらいやってたんですか?」 H 「4,5年やってたんじゃない」 O 「本当だったんだ」 H 「ここのところ他所の仕事が入ってきて中断しちゃってるけどね」 K 「はいはい」 H 「本当はそれ続けたい」 K 「はあ・・・」 H 「でも、実際にはレッスンやってますから、そんな風に暮らせたらいいなあという」 K 「それはでも、学問の徒ですよね、自我のあり方が」 K 「それでも、4年で600曲というのはすごいですよね」 H 「出来ますよ。曲が短いからね」 K 「コルトレーンはどうですか」 H 「コルトレーンは厳しいよね(笑)。ちょっと気が重いんだけど・・・いずれやらなきゃいけない」 (笑) K 「やっぱりパーカーが終ったら行くわけですか」 H 「いやぁ行くだろうねえ・・・」 K 「コルトレーンで、じゃあまた10年みたいな、ね」 H 「そうだねえ。どのくらいだろうねえ。・・・いや、ただね、コルトレーンもパーカーがわかれば」 O 「次に行けると」 K 「あっそうか、2次曲線的に速くなると」 H 「もうね、ジャズの9割方のイディオムはね、全部パーカーですよ」 K 「うん、なるほど」 H 「それがね。わかってないんですよ、世間が」 K 「いま、今日はここに潜在的な音楽学者、音楽家が、まあいると思うんですが、濱瀬先生に直接師事したいと 思った人がたくさんいると思うよね。僕は フロイド読みである以上にリビドー読みですから、感じましたよ、リビドーを(笑)」 K 「習いたいな、みたいな波をね。この、一応東大生にも濱瀬先生の門戸を開きましょう。開いてるんだけど(笑)」 O 「これは、どちらへご連絡をするといいんでしょうかね」 H 「ホームページがあるんで、見ておいてください」 (株式会社ラング・ホームページ http://www.lung-inc.com/lung_home.html) K 「そこで、ベースも習うことができるし、 チャーリー・パーカーのアナライジングも」 H 「ああ、それはやってます」 K 「なるほど」 O 「残念ながら、いま著作が切れてるという」 K 「在庫がね。・・・増刷しましょう。我々が何とかしましょう」 (笑) K 「だからまあその、濱瀬さんの業績にある種の抑圧がかかってしまっているという状態になってるという 様々な状況があるのね。 そのうちの一個が、”LCCがはっきりしていないから”とかいうような つまらないことがね 」 O 「そうですねえ」 K 「それから拝外思想的なことがあって、っていうさらにつまらないことがね。 あとはさっきも言ったみたいな、 学術であろうとそれが出版物として、商品/プロダクツとして売られていくという、 つまらないとは言えない深刻な状況があって。 たくさんの問題のコンプレックスによって、こういう状況が起こっているというわけ」 K 「でも、 何せ一番憂慮すべきことは、 これが日本の中で起こっているということなんだな。で、僕らは日本人なわけだから、 ここでレヴィ・ストロースがどうのこうのっていくら・・・ いっぱいいると思うんだけどね、学内には(笑)。 いると思うんだけど、まずは 自分たちの足元にこういうものがあるんだということを 再認識して何とかしていくという力が、 力動が必要だと強く思いますね。まあそれは 授業の最後のまとめとしてはね」 O 「うん」 K 「そのためにも次の、まあ 『官能と憂鬱』はさ、中高生を対象にした読本として書きましたが、今度はもう少し アカデミックな本として。今言ったようないくつかの問題をね、クリアして・・・」 K 「ま、今日はその話まで行けなかったんだけどね。濱瀬先生はラカン の学問に関しても精神分析学に関しても、援用も含めた造詣の 深い方で、僕の個人的な、もう今はやってないですけど、 僕は精神分析治療で不安神経症を治したんだが、 その分析家が、日本のラカニスト協会の中でも 気鋭の論客です。で、 インター・テクスチャリティに関して非常に優れた読書きが出来る学者で、 濱瀬先生の『読譜と運指の本』をね、彼にたとえば渡して、インター・テクスチュアル的な視点から 再分析を加えてっていうような形の転がし方で、いろんな論理/理論の自律性っていうものの強度をも上げていくというような 試みも含めて、今後もやっていきたいと思っていますので、これで 一年間の授業も 最後ですが、前回も言ったように、最後であると同時に ”トゥー・ビー・コンティニュー”で、これからの始まりということの終止となればよかれ、と思っています」 K 「ということで、 とりあえずこの通年に関しては、最後に濱瀬先生にいらっしゃって頂いて、こういう形でフィニッシュできたことを非常に 嬉しく、光栄に思っています。 どうもありがとうございました」 O 「ありがとうございました」 K 「濱瀬元彦先生でした」 (拍手) O 「ではこれで終わります。みなさん、レポート出すように」 K 「そうそうそう。レポートの書式は、こちら!」 (板書。” レポート2月8日まで!!提出ボックスへレポートの長さは・・・自由!!100~∞ ”) |
■ 017 謝辞-2 最後に、この講義及び拙講義録を存立させてくださった核人方々への謝辞を記させて頂きます。 ■ まずは、結局のところ一度もまともにお話することの叶わなかった、『ラブかな』スタッフのみなさま。 授業前のセッティング、講義の記録等、多くの本講義以外の作業にも追われる中、数の読めない聴講生と 先の見えない怪物的有機性を具えた講義の仕切り、本当におつかれさまでした。 ■ また、こちらを読んでおられるかはわかりませんが、東京大学関係各所の皆様。私のこの一年間の充 実と、今後の道行きに対して想像もつかないほど大きな影響を齎すであろう数多くの経験は、この講義に関わらずし て生まれることはありませんでした。本当にありがとうございました。 ■ そっくりもぐらさま。 今や講師のお二人はもとより、大友様、岸野様といった錚々たる方々も書き込む大掲示板 (菊地成孔東大ゼミ非公式 website http://f37.aaa.livedoor.jp/~skmogura/index.html) の黎明期に立ち 会えたことを、私はとても幸運に思っています。そして御講義録を初回から読むうちに出てきた「このテキスト、自分なりに構成してみたいなー。」という安易かつ無邪気な思いつきを具現化するに際して、快くそのご承諾を下さいましたこと、またその後も幾度となくメールや掲示板、サイト・リンク等での交流を続けて頂いている事に深く感謝致します。今後ともよろしくお願い致します。 ■ そして、これまで特に知られていなかったコアにして豊穣な音楽 トピックに、私たちが触れることを実現させて下さいました菊地先生、大谷先生のお二 人には、今ここに集結しうる、あらん限りの感謝を捧げます。ありがとうございました。僭越なが ら、この奇跡のような音楽講義に関われたことにより、私の毎日は激変し、多くの思いがけない感動を 得ることができました。お二人を主軸とするチームのご活躍はもとより、多岐に渡る今後のご活動を心より楽 しみにしております。 ■ 最後になりましたが、こちらをご覧下さいました皆々様、無限に及ぶ数あるサイトと限られた時間 の合間を縫ってのご来場、本当にありがとうございます。また、メールやBBSを通してのサイト内容への ご指摘、ご感想、激励を下さいました方々、及び御サイト上にてご紹介を頂きました方々へ深く感謝致します。 それがどれだけ大きな励みになったことでしょう。 今後も修正・補完は随時行って参りますので、どうぞよろしくお願い致します。 それではこれを持ちまして、今年度最終の講義録を終らせて頂きます。 2005.1.27 もぐら屋 |
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