南博さんは、僕のライターで煙草に火をつけた。

~小股の切れ上がったバンド、南博 GO THERE!のライブに心酔するの巻~

小股の切れ上がった女。という表現がある。いや、別にどうって事はないけれど、凄くいやらしい言葉だなあと、きっと多くの人と同じように僕は思った。

辞書によれば「若い女性の姿態がすらりとしていて、いきな感じを与える様子」とある。

いや、股ではなく小股だったり、切れてるんじゃなくて切れ上がっていたりする所に、どうしようもないいやらしさを感じるのは、僕だけなのだろうか?

いちいち説明しないが、やっぱり切れ上がったと言われれば、幼かった僕は、そこに女性差別よりも前に、ある種のエロティシズムを感じたし、そんな田舎の中坊にさえ、ちょっとしたいやらしさを感じさせる表現というのは強力である。

じゃあ、小股の切れ上がった女に会った事があるか?と言われると、そうそう会った事がない訳で、それは、やっぱり哀しいのである。

思うに、そういった類の女性は浅草やら大阪のディープな所や、ちょっとした城下町で粋な呑み屋でもやっていて、いわゆる俗に言うところの平穏な結婚生活はしていない気がする。

つまりは男とかに依存しない訳で、だからこそ僕も出会ったり出来ないのかもしれないと、さり気なく自分に言い聞かせる。

ただ、そう言った美意識が、今もこの国に生きているのだろうか?と、ふと思う。

肝心なのは「粋」である。

「かぁわぁいい」ばかりが氾濫するこの国で、「粋」というのは、ニッポニアニッポン以上に保護されたり、優遇措置を取られても良い位じゃないか、と思う事が多々あるのだ。

でもって「粋」を調べてみると、「着ている物の格好や仕草が、気がきいて見える様子」とあり、「気がきく」を紐解けば「センスがいい」とある。

ただ、ここで僕が言う「粋」とは、随分と古い日本人が持っていた、独特のセンスと思ってもらって良い。

決して綺麗綺麗している訳でもなく、独特の美意識と言葉使いを駆使する人である。花柳界とかで使われている下世話だけれど、ひねりの効いた言葉使い。いやらしいだけなのに、小粋な言葉を使って、それを巧みにオブラードに包んでみせる。

そういう真の「大人」というか、エロ親父の癖に憎めないタイプや、小うるさくはあるが魅力的な大人の女性である。

そんな人は減ったよなあと、久々に思ったのは、南博GO THERE!の演奏に、すっかり忘れかけた「粋」を見せつけられたからにちがいない。

「GO THERE!」「Celestial inside」で、その洗練された素晴らしい名演に、すっかり虜にされてしまったついでに、録音用のMDさえ持って、ミーハーモード全開でライブにも出掛けた。

敬愛するおしゃべりドラマー、芳垣安洋に、ティポでや井上陽水のバックでもお馴染み水谷浩章、竹野昌邦と鉄壁の面子を排したGO THERE!のライブが悪い訳がないのだが、その良さは想像以上だった。

決して派手になる事なく、どちらかと言えばストイックささえ感じるが、そのけれんの無い癖に、じわじわと効いてくる熱い演奏にはまいった。

ハイライトは、新曲(未だタイトルはないらしい)~「HOPE」の演奏である。恐怖にとりつかれた兵士が撃ちまくる機関銃にも似た壮絶なリズム隊の演奏に、祈りにも近い、美しい南博のピアノと竹野のサックスが奏でる美しいフレーズ。徐々にリズムに取り込まれて混沌とする演奏のまま新曲がフェイドアウトし、その余韻冷めやらぬ内に始まる「GO THERE!」のラストを飾るバラッド「HOPE」。そのやりきれない哀愁も含めて感動的だった。

新宿の片隅のジャズライブハウスで、今世界に起きているあらゆる物事を、恐ろしくシンプルに僅か30分で描き切る離れ業を目の前で見た、と誇大妄想さえ起こしかねないくらい息を呑む演奏に、久々に鳥肌が立った。

南博の奏でるピアノは、決して派手ではない。ただ、鍵盤に置かれる指先は、どうみても柔らか過ぎに見える癖に、放たれる音は驚く程静謐で力強い。

力ではなく、その柔軟さから全てを包括しようとしているようでもある。

そう、はったりもけれんもない粋なピアノなのだ。

聞く所によれば、南博さんは、アメリカで活動を続けていて、日本に帰って来たらしい。アメリカ留学の最中で、日本の良い部分と悪い部分を真剣に見つめていたのではないだろうか?

そう、日本文化に心酔した外国人の、見よう見真似だけれど、愛情溢れる古の日本文化に依拠した立ち振舞いに似た、ほんの少し本物からはスライドした美意識が、そこはかとなく匂って来る。アンディ・フグの逆バージョンとかみたいな。

ピアノを前にしてジャズをやっていても、その緒方拳に少し似た渋い横顔からは、禅僧にも近いストイックで、わびさびさえ感じられる程なのだ。

アンコールで、南さんは、くわえ煙草のままピアノを前にして辺りを伺い、客席に近付いて来た。僕は、そそっとライターを差し出すと、煙草に火をつけ、美味しそうに煙草をくゆらせた。

ちょっと出来過ぎなんじゃないの?と思うくらいに粋な振舞いだ。

ライターを差し出したのが、小股の切れ上がった良い女だったら完璧なのになあと、いらぬ所で反省までしてしまった。

クールとは、格好良いだけではなくて、粋でもなければならない。

南博GO THERE!は、日本一クールなバンドなのだ。