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第十八回 菊地成孔

※今回は、面識のある方なので、ちょっと書きにくいな(苦笑)。

 菊地さんと知り合ったのは五年くらい前のことで、実は最初、音楽家だということを知らなかった。
 インターネットを始めたばかりの頃、「カエターノ・ヴェローゾ」で検索して見つけた、ブラジル愛好家の方が主宰されていたBBSがあって、よく書き込ませていただいていたのだけど、そこでアップダイクの『ブラジル』(※)という小説のお話をしているところにレスを下さったのが最初だったと思う。とにかく博覧強記の方で、メンズ・クラブとアイヴィやトラッド、の話でも、ブラック・コンテンポラリーのお話でも、何でも当意即妙に答えて下さるのでとても愉しかった。
 で、音楽家だと判ったのでライヴを見に行こう、となったのだけど、最初は行くのが怖かった。もし音楽がつまらなかったら、せっかくBBSで愉しいやりとりをしていたのに、それからあとのやりとりがツラくなるからだ。実生活で仲良くなって「へえ、バンドやってるんだ、じゃあライヴ見に行くよ」とか言ってライヴ見に行って、打ち上げ会場で「で、どうだった?」と聞かれて返答に詰まる、というのはありがちなことだ。あんな気まずいものはない。
 しかし幸い、菊地さんの音楽はとても素晴らしかった。最初に見た東京ザヴィヌルバッハ(まだ三人組で、ドラムンベース色が強かった)も良かったが、次に見たサックス・ピアノ・ベースのトリオの演奏はもっと素晴らしかった。
 でまァ、BBSでの知り合いからファンになり、そのうち音楽講座の生徒になったりした次第である。
 初めてライヴを見る前、もっとグチャグチャしたサックスを吹く方なのかな、と勝手に想像していた。インテリの方がやる音楽はやっぱりとても前衛的なんだろうと。ところが(まァそういう曲ももちろんあるけれども)実にきれいなサックスを吹く方だと判って、それで大ファンになった。
 菊地さんが御実家の歓楽街を語るエピソードはとても美しかったが、あれを読むと判るように、歓楽街の音楽の演奏家としての菊地さんはすこぶる血統の良い方だと思う。
 だから本当は古典的なジャズだけに専念しても、いやむしろその方が、音楽家としての成功は得られたかも知れない。
 ところがそういう方が、いわゆるジャズではない、最先端の音楽をやっているのは、とてもスリリングなことだと思う。
 今でこそそれほど珍しくなくなったと思うけれども、ピットインに出ているようなジャズメンの皆さんをクラブ・シーンに引っ張り出した、その走りが、菊地さんのDCPRGであったと思う。
 そういう意味では、元々結びついていなかったものを結びつけて成功させたのだから、かなり優れたプロデュース能力のある方、ではあるのだけど、頭の良すぎる方特有の、セルフ・プロデュースだけが下手、というところはあるかも知れない。彼のポップ・ユニット、スパンク・ハッピーが私はとても好きだったが、ライヴで一番盛り上がっていた曲を敢えてアルバムに入れなかったりしたのは、やはりセルフ・プロデュースの弊害だったかも知れない。と、これは、飽くまでもセールスのことだけを考えた上での話だけれど。一度、ポップ・スターになった菊地さんを見てみたいと、ファンとして素直に思う。小西さんがなれたんだから菊地さんがなれないはずがない。

(※)アップダイクの中でも異色作というべき、幻想奇譚的要素の強い作品で、どっちかって言うとマルケスとかああいうのがお好きな方がお読みになると面白いのではないか。なーんて、近年の私をよく知る方がこれを読むと「お前本なんか全然読まねえじゃねえか」と突っ込まれそうで怖いのだが、この頃まではそれなりに読んでいた。インターネットを始めてから(特に文学関係は)読書量がかなり減ったなァ。

※いよいよ残り二回となりました。次回はピチカート・ファイヴについて。



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